75 野宿の前に
セゼの実を食べて気を失ったシルヴィアさんと体を損傷して意識のないアドルフさんをセゼの木の下に寝かせて一息ついた私は、持ってきていた革袋の水筒を取り出して水の残量を確かめた。
チャプチャプと音のする水筒の中身は重さ的に半分くらいだろうか。
野宿なんて想定してなかったから、明日までとなると心許ない。肩から下げていた鞄にはお昼に食べるはずだったパンにお肉を挟んだものが入っているけど、朝宿屋を出る前に作ってもらったものだから痛んでいないか正直不安だ。
冬だったら迷わず食べたんだけど、微妙に暑かったから食中毒が気になる。
こうなったら、以前ベルナ山でやったように森で何か食べられそうなものを採ってきた方がいいのかもしれない。
シルヴィアさんもアドルフさんも動けない以上、私が行くしかない。
もうすぐ日が暮れる。探しに行くなら今しかないだろう。
まずは水の代わりになるリャナの木が近くにあるといいんだけど。
森に入ることを決めた私は、ラティスなら知ってるかなと思って声をかける。
「ねぇ、ラティス」
『なに?』
「この辺にリャナの木ってあったりする?」
『んー……』
私の問いかけに、ラティスは目を閉じて森の奥の方を指さした。
『あっちにあるね。そんなに離れてはないかな』
「案内してもらうことってできる?」
『お安い御用さ!』
ラティスは意気揚々と私の前に降り立って、くるりと空中で一回転した。
「ルミナ、途中に食べられる木の実とかあったら教えてもらっていい?」
『ああ、任せておけ』
サバイバルの先生であるルミナからも頼もしい返事が返ってくる。
「それじゃあ、日が暮れる前に行ってきますか!」
気合を入れて立ち上がる。
足は疲れて太もものあたりが張っているような感じがしたけど、休んでいる暇はない。
私は太もものあたりをトントンと叩いて解した後、薄暗い森の中に向かって歩き出した。
***
ルミナに食べられる木の実を教えてもらいながら歩いていたら、肩からかけていた鞄はすぐに木の実でいっぱいになった。
前にメレエ村の近くの森でルミナに採ってもらったリンゴみたいなピアリという実を見つけられたのはラッキーとしか言いようがない。リンゴなのに洋ナシの味がするから違和感が半端ないけど、また食べたいと思うくらいには美味しかったのだ。
リャナの木はラティスの言った通りそんなに離れていないところにあった。
野宿なんてベルナ山を下りて以来だから、リャナの実のお世話になるのも久しぶりだ。
お昼も食べ損ねてたし、ヒョウタンに似たリャナの実を見たら急にお腹がすいてきた。
ひとまず一つもぎ取ってヘタのところを強く引っ張ると、中の芯と種がにゅるっと出てきた。
甘い匂いにつられるように芯を取り除いてできた穴に口をつける。
さらりとしたほんのり甘い果汁が口いっぱいに広がる。
途中で少し水は飲んだけど、甘くて美味しいリャナの水分が体に染み渡るようだった。
一気に飲み干して一息つく。美味しい。
私は空になったリャナの実を捨てて、木になっている実の採取に取りかかった。鞄がいっぱいだったから、ポケットがいっぱいついているローブに詰めるだけ詰め込んだ。
来た道を戻る頃には、ローブの重さで体がよろけるほどだった。まるで重りをつけて歩いているような感覚に体が左右にぶれる。
ちょっと欲張って採りすぎたかも……。
ちょっとしか歩いてないのに息が上がる。服に重りをつけて修行してる漫画のキャラになった気分だ。
やばい、なんかくらくらしてきた。
よろけて倒れそうになる。
そこを横を歩いていたルミナに支えてもらって倒れることはなんとか耐えた。
『おい、リン。無理はするな』
「む、無理じゃっ、ないと思ってたんだけどっ、ちょっとだけっ、やすんでもっ、いいかな?」
膝に手をついて肩でぜぇぜぇと息をする。
日暮れまで時間がないのはわかっていたけど、ちょっとだけ休めれば回復すると高をくくっていた私はそのまま地面にへたり込んだ。
………………………………。
…………………………。
……………………。
………………。
…………おかしい。
いつもならちょっと休めば息くらい整うのに。
むしろ荒くなる息づかいに、私だけでなくルミナもおかしいと気づいたようだ。
『…………リン、さっき魔獣から攻撃を受けたか?』
「そっ、そんなこと、ないけ――……あ。」
指摘されて、そういえばさっき魔獣の牙がほんの少し腕をかすめていたことを思い出した。
ちょっと引っかいただけと思っていた私は、牙がかすめてうっすら赤くなった線から黒い靄が漂っているのを見て息をのんだ。
「これ……!」
『このままではマズいな――――リン。さっき風の精霊からもらったセゼの実を持っているか?』
「ここにっ……」
ルミナの問いかけに、懐にしまい込んでいたセゼの実を震える手で取り出す。
深く考えずに懐にしまっていたけど、まさかこんなに早く役に立つなんて思いもしなかった。
ルミナは私の手からセゼの実を取り上げると、さっきシルヴィアさんにむいてあげたみたいに綺麗に皮をむいてくれた。
『ほら、食べるんだ』
「…………」
食べた瞬間に悶絶したシルヴィアさんの姿が頭をよぎる。
どうしよう、怖くて食べれない。
「これ、どうしても、たべなきゃ、だめ……?」
ちらりと上目遣いでルミナを見上げれば、彼はぐっと眉間にしわを寄せて目をそらした。
『そんな顔をしてもダメだ。食べないと傷口が腐って手を切り落とすことになるぞ』
何それ、すごい怖いんですけど。
それを聞いて食べる決心がついた私は、ルミナが口元に運んでくれたセゼの実に恐る恐る口をつけた。
「…………!?」
プラムのような見た目のくせに、全然甘くない。
甘くないどころかものすごい苦みと渋みだ。
私は口元を押さえてあまりの不味さに打ち震えた。体が拒絶するように涙で視界が揺れる。何ものにも形容しがたい味だ。
ベルナ山に生えてた痛み止めに効く葉っぱも相当不味かったけど、それがかわいいって思えるくらいの不味さだ。きっと日本にいたらこんなに不味いもの口にする機会なんてなかったに違いない。
吐き出したい衝動を必死に押さえつけてなんとか口の中の一欠けらを飲み込む。
それで終わりかと思ったら、そうじゃない。
今度は体の中から熱が吹き出すように熱くなった。ひときわ熱く感じるのは魔獣の牙がかすめた傷のあたりだ。
今ならシルヴィアさんが気を失ったのがわかる。
不味さに、というよりはこの体の中を暴れまわるような熱のせいに違いない。
熱い。熱い。熱い。だれか、この熱をどうにかして。
助けを求めるように伸ばした手をルミナが取って握りしめてくれた。
ルミナ。
言葉が声にならない。
視界が歪んでよく見えないけど、手を握ってくれる感触をはっきりと感じて、私は安心して意識を手放した。




