↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/107

71 襲ってきたモノ

 なに……なにが起こってるの……?

 突然現れた黒い獣に左肩から背中にかけて噛みつかれているアドルフさんを前にして、私は何が起きているか理解できずにいた。

 奥歯がガチガチと音を立てて震える。まばたきを忘れるほど目を大きく見開いて、私はそれを見ているしかできなかった。

 全身の毛が逆立つような感覚がして、全神経が『あれは危険だ』と訴えてくる。その黒い影で覆われた獣が、ゆっくりと首だけを動かして私を視界に入れた。


 逃げなきゃ。


 そう思うのに、足が地面に縫いつけられたかのように動かない。


『リン!!』


 動けない私の手をルミナが強引に引いた。

 その手に引かれてよろけながら数歩移動した矢先、先ほどまで自分がいたところに魔獣の鋭いかぎづめが振り下ろされた。

 魔獣の口から解放されたアドルフさんが地面にズシャッと倒れこんだ。

 アドルフさんはうつ伏せに倒れたままピクリとも動かない。肉体がないせいだろうか、噛まれたところは損傷しているように見えるけど血は出ていなかった。

 助けなきゃと思うのに、その思いとは裏腹に体がすくんで動けない。

 魔獣の怒ったような咆哮が響き渡る。


『グオオオオオオオオオ!!』


 ビリビリと空気が振動するほどの鳴き声に、私は恐怖で「ヒッ!」と小さく悲鳴をあげた。


「リン! これを!」


 少し離れたところからシルヴィアさんが手にしていたものを放り投げる。

 それはやり投げの槍のように私のところに飛んできた。受け取り損ねてカランと音を立てて地面に転がり落ちたものは、シルヴィアさんが大事なものだと言っていた錫杖だった。

 邪魔されたのが気に食わなかったのか、魔獣はシルヴィアさんに向き直って腕を振り上げた。


『グワアアアアアァァ!!』

「くっ」


 シルヴィアさんが素早く地を蹴ってその攻撃を避ける。

 シルヴィアさんの手が無意識に錫杖を構えたような形を取って、それを私に投げてしまったことを思い出して小さく舌打ちした。

 どうしよう、シルヴィアさんに返さなきゃ。

 渡されたけど私じゃどう使っていいかわからない。

 先ほどより少しは動けるようになっていた私は、錫杖を拾い上げてシルヴィアさんに向かって投げるタイミングをうかがう。

 けど、攻防を繰り広げる二人の動きに全然隙が無い。

 変に投げたら逆にシルヴィアさんの邪魔をしてしまいそうで投げるに投げられない。

 陸上選手のやり投げのように錫杖を構えたまま動けない私は、隣にいるルミナに「あれ、何!?」と問いかけた。

 魔獣は退治されたはずじゃなかったの!?

 言外にそう言えば、ルミナは険しい表情で黒い影に覆われた魔獣を睨みつけながら答えた。


『あれは魔獣が悪霊化したものだ』

「悪霊化!? つまり死んでるってこと!?」

『そうだ。なんらかの理由で恨みを抱けば人間だけではなく獣でも悪霊になる』


 ルミナの説明を聞いて黒い獣をもう一度よく見てみる。

 悪霊になると黒い影で覆われるのは人も獣も同じようだ。


『あの穴には魔封じの結界が張られていた……おそらく、誰かがあの悪霊を穴から出てこれないように仕掛けていたんだろう』

「それ……もしかしなくても割れちゃった石と関係ある?」

『結界を形成する石は中から持ち出してはいけないんだ』


 なるほど、だからさっきシルヴィアさんは血相を変えて私を止めようとしたんだ。

 私は自分の迂闊さに唇を噛んだ。

 知らなかったとはいえ、今この状況を作ってしまったのは私のせいだ。

 繰り出されるかぎづめをすんでのところでかわすシルヴィアさんは、錫杖を私に渡してしまったから攻撃する手段がない。早く、せめてこの錫杖だけでも返さないと。

 繰り出す攻撃すべてを避けられて魔獣が威嚇するような鳴き声を轟かせた。

 同時に、素早い動きでもう片方の腕も振り上げられる。

 攻撃のパターンが変わって、シルヴィアさんがもう片方の振り上げられた腕の攻撃を避けられずにかぎづめに引っかかれた。


「つぅっ!!」


 服が破れて二の腕に赤く二本の筋が走る。

 痛みに顔を歪ませたシルヴィアさんに魔獣がにたりと不気味な笑みを浮かべたように見えた。

 私の頭の中を、アドルフさんが噛みつかれて地面に倒れ込む情景がよぎる。

 このままだとシルヴィアさんまでアドルフさんみたいになっちゃう。


 そんなのダメ!!


 そう思ったら、体が自然と動いていた。

 手に構えていた錫杖を思いっきり魔獣に向かって投げつける。

 けれど、悪霊に物理攻撃は通用しない。私の投げた錫杖は魔獣の体をすり抜けてカランと音を立てて地面に転がった。

 それでも魔獣の気を引くには十分だったようだ。

 黒い影をまとった魔獣が再び私を見る。

 その瞬間、私は考える間もなく反射的に森の中へと走り出していた。

 少しでも遠くシルヴィアさんとアドルフさんから離れないと。


「リン!」


 背後からシルヴィアさんが呼びかけてくれたのが聞こえたけど、振り返っている余裕なんてない。

 私はできうる限りの力をもって木々の間を縫うように走った。

 どのみち獣の足と人間の足ではすぐに追いつかれてしまう。

 そう思ったのもつかの間、木の根に躓いて転んでしまった。

 すぐに立ち上がることのできなかった私は、転んだままの状態で体勢を変えて、くるりと背後を向き直った。

 お尻が地面について見上げる形になっているせいか、間近に迫った魔獣がすごく大きく感じる。

 恐怖で止まりそうな頭を振って必死に考える。

 前にルミナは私には悪霊を浄化する加護を持ってるって言った。ラティスからの加護が黒い影を吹き飛ばしてくれるなら、この現状を何とかすることはできそうな気がする。

 ただ、私にはこの加護がどうやったら発動するのかわからない。

 今までも本当にギリギリの状態にならないと発動しなかったのだ。もし発動しなかったらって考えたら、怖すぎて試してみようなんて思えなかった。

 何とかしなきゃ。何か、何か、何か。

 ふと、魔獣から守るように私の前に立ってくれたルミナの背中を見て思い出す。

 そういえば前にドラゴンに追いつめられた時もこうしてルミナが立ってくれた。確かその後ルミナから力を貸せって言われて魔法みたいなのでドラゴンを撃退したっけ。

 ドラゴンは倒せなかったけど、あれなら魔獣にも効果があるだろうか?

 後がないなら何でも試してみないと。

 私は覚悟を決めて魔獣に対峙するルミナの背中に向かって手を伸ばした。


「ルミナ、力を貸して!」


 動きをけん制するように鋭い目線を魔獣に固定したままで、ルミナが何をする気だと問いかけてくる。

 私はあの時とは逆にルミナに答えた。


「前にドラゴンを追い払った時みたいに、想いの力を魔法に変えてほしいの!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。