69 シルヴィアさんの錫杖
アドルフさんの失くした腕を探すことにした私たちは、ひとまずもともと行く予定だったサイベルの村を拠点に活動することにした。
馬車を待たせていたし、広大な森の中を手がかりもなしにやみくもに探したところで現実的ではないと思ったからだ。
宿代節約のためにシルヴィアさんから相部屋でいいかと聞かれて反射的に頷いた私は、一人の部屋よりも少し広い部屋に並ぶ二台のベッドを見て、なんだか修学旅行みたいだなと思った。
シルヴィアさんが手前側のベッドを選んだので、私は窓際にあるベッドに自分の荷物を置いた。
それぞれ荷物整理をすませて中央のテーブルにつくと、椅子が足りなくて立ったままだったアドルフさんから詳しい話を聞くことになった。
アドルフさんの住んでいた村は、もともとここから少し離れたところにあったらしい。
だけど、数年前に魔獣の襲撃を受けて村は壊滅状態に追い込まれ、生き延びた人々がサイベルの村に移り住んだそうだ。
アドルフさんの腕はその魔獣の群れから村を守ろうと戦った際に食いちぎられて失ったという。
命からがらサイベルの村まで逃げたものの、腕からの出血がひどくてそのまま亡くなってしまったらしい。壮絶な人生だ。
魔獣の襲撃はその後もなくならなかったことから、一年ほど前に王都から派遣された冒険者たちによってこの辺一帯の魔獣が退治されたそうだ。
魔獣の心配はしなくていいとわかったので、明日はアドルフさんが住んでいた村に行って手がかりがないかどうか探してみることになった。
***
明日の方針が決まると、また明日と言ってアドルフさんが部屋を出ていこうとした。
どこで寝るんだろうと思って聞くと、奥さんのお墓の横で休むんだと返ってきた。無理に引き留めるのは野暮かと思ってそのまま見送ると、部屋には私とルミナとシルヴィアさんが残された。
なんとなく気まずい。
さっきたくさん馬車の中で話はしていたのに、いったん話題が切れると次に何から話していいかわからなくなる。
さっき修学旅行みたいって思ったけど、話したことはあるけど友達まではって子と同じ部屋になった時みたいに気まずい。
サーという砂の落ちる音に砂時計に目を向けてみれば、七の刻くらい――まだ夕方の五時くらいだった。夕ご飯には少し早い。
出会って日も浅いから共通の話題と言えるものもまだそうなくて、話のとっかかりをと思ってきょろきょろと視線を巡らせる。ふと、シルヴィアさんのベッドに立てかけられた錫杖に目が留まった。
悪霊だったテト君のお母さんと対峙した時、錫杖の先端が淡く光っていたのを思い出す。あれ、どういう仕組みなんだろう。やっぱり異世界だし魔法みたいなものなのかな。
好奇心が勝ってシルヴィアさんに声をかけてみた。
「あの、シルヴィアさん……こないだからずっと気になってたんですけど、シルヴィアさんの持ってる杖って幽霊を祓う力があるんですか?」
私がベッドに立てかけられた錫杖を指さすと、同じように錫杖を見たシルヴィアさんが「そうよ」と肯定した。
シルヴィアさんは錫杖を手に取って、慈しむように白い柄の部分をなでた。きっととても大事なものなんだろうことが伺い知れた。
「このままだとただの杖だけどね、力をもつ人が使えばその力を増幅して放出してくれるものなの。私に退魔のことを教えてくれた先生が、独り立ちする時に餞別だって作ってくださったの」
「大事なものなんですね」
「ええ、とても。これがないと悪霊に太刀打ちできないからね――――って、そうだわ! ちょっとリン、一回この杖握ってみてよ」
シルヴィアさんは思いついたように私のところに歩いてきて錫杖を差し出した。
突然のことで、私は一歩後ずさる。
「え!? いやいや、そんな大事なもの触れませんよっ!」
「触ったくらいじゃ壊れたりしないわよ。リンに適性があるかどうか見てみたいの」
「てきせい?」
「そう。貴女もミーティアスでしょ? 退魔師としての適性があれば杖を光らせることができるはずだから」
そう言って、もう一度錫杖を突き出してくる。
大事なものに触るのは恐縮だけど、その話には少し……いや、だいぶ興味が湧いた。
つまり、私に退魔師の適性があればシルヴィアさんみたいに錫杖を光らせることができるってことだよね? ――――ちょっとだけやってみようかな。
私は恐る恐る手を伸ばして、シルヴィアさんが差し出した錫杖を両手で受け取った。
何の材質でできているかは分からないけど、つるつるした白い柄の部分は女の人が持ちやすいくらいの太さで手になじんだ。
受け取ったはいいけど、どうやったら光るんだろ?
一向に光らない錫杖に視線を落としたまま固まっていると、正面に立つシルヴィアさんが私の手に自分の手を添えて力の込め方を教えてくれた。
「こう……自分の中にある力を杖に流し込むようなイメージをするの――こんなふうにね」
添えられた手が温かみを増したと思ったと同時に、錫杖の先端にぽっと光が灯った。
「おおっ!」
驚きのあまり声が出た。
すごい! 魔法みたい!
私の反応に気をよくしたらしいシルヴィアさんが、ふふっと笑ってコツを教えてくれる。
「目をつむった方がイメージしやすいかもしれないわ」
シルヴィアさんの手が離れて私の番が回ってきた。
私は言われた通りに目を閉じて、杖を握る手に意識を集中してみる。
初めてのことで何をどうしたらいいかはわからなかったけど、とりあえず前に読んだ漫画みたいに自分を包んでいる白い靄みたいなものがあると仮定して、それを杖に向けて流し込むイメージをしてみる。
光れ、光れ、光れ……光って!
錫杖を握る手に力を込めれば、シルヴィアさんから感嘆の声が上がった。
「すごい! すごいわ、リン!」
「え!?」
光ったの!?
驚いて目を開けると、白い錫杖の先端がわずかに光を放っていた。
さっきのシルヴィアさんの光よりもだいぶ小さくて、言われてみれば光ってる程度の光だったけど、確かに錫杖は光を放っていた。
「初めてでこれなら上出来よ!」
「ありがとう、ございます……」
褒められたのがくすぐったくて、私はそっと錫杖をシルヴィアさんに返した。
私の手を離れた錫杖は光を失ってシルヴィアさんの手の中に納まった。
「貴女、真面目に退魔師になる気はない?」
元のただの白い杖に戻った錫杖を大事そうにベッドに立てかけながらシルヴィアさんが言う。
興味はない? から、なる気はない? に変わった言葉を受けてシルヴィアさんに顔を向ければ、彼女はにっこりと笑いかけてくれた。
「その気があるなら師匠を紹介するわ」
「でも、私ほんのちょっとしか光らせられなかったのに……?」
「初めはみんなあんなものよ? 私なんかもっと薄ぼんやりしか光らなかったもの」
昔を思い出すように楽しそうに話すシルヴィアさんの言葉を聞きながら、私は自分の両手を握ったり開いたりしてその感覚を確かめてみる。なんの変哲もない手にしか感じない。
「訓練したら、シルヴィアさんみたいに退魔師になれるんですか?」
「え? まぁ、退魔師として仕事をするには王都の神官に認めてもらわないといけないけどね。訓練だけなら誰でもできるわ。どう? 興味でた?」
ぐいぐい勧誘してくるシルヴィアさんの勢いに苦笑しながら、私は自分の気持ちを正直に伝えた。
「ええと……まだ決めてはないですけど、ちょっと興味でました」
もともとバゼル村で出会ったおばあさんの幽霊とのやりとりを通じて、人と幽霊の懸け橋になれるような退魔師になりたいとは思っていたのだ。
シルヴィアさんの言う退魔師と私のなりたい退魔師のイメージがずれてて、まだ胸を張って退魔師になりたいとは言えないけど。
この世界で生きてくためには仕事に就かないといけない。
まだこちらの世界に残ると決めたわけではないけれど、退魔師として仕事ができればシルヴィアさんみたいに教会に頼らなくても生活ができそうだ。
私は退魔師として生きていくことを選択肢の一つに追加した。




