68 それ、私も手伝います
森の中で出会った男の人の幽霊はアドルフさんと名乗った。
そのアドルフさんが先ほどからずっと『ない、ない』と探していたのは、彼の腕だったようだ。
「腕……」
『腕か……』
私とルミナはちらりとお互いの顔を見合わせると、もう一度アドルフさんの左腕に視線を落とした。
アドルフさんの左腕は何かに引きちぎられたのか、服の袖がほつれてゆらゆらと揺れている。
困った時に項をかくのがくせなのだろうか、アドルフさんは諦めのような表情を浮かべてため息をついた。
『魔獣に食いちぎられてしまってね――もう死んで何年も経つのに全然見つからないんだ』
「腕を食いちぎられて……」
想像してヒエッとなった。
先日のテト君のお母さんといい、この世界って結構危ないの!? 獣に食い殺されるとか腕を食いちぎられるとか、怖すぎるんですけど。
そういえば、私もベルナ山で毛玉みたいな尻尾の獣に追いかけられたっけ。ドラゴンも馬を食べてたし。
その時のことを思い出して思わず身震いすると、横に立っていたルミナが心配そうに覗き込んできた。
『大丈夫か?』
「あ……うん、なんか色々思い出しちゃって……」
へたり込みそうになる足を叱咤して地面を踏みしめる。
そりゃ、日本でもたまにクマに襲われて亡くなるってニュースを見るけど、こうして実際に襲われた人の話を聞くと改めて恐怖を感じざるを得ない。
気分を落ち着けようと深呼吸をしたところで、少し離れたところから私を呼ぶシルヴィアさんの声が聞こえてきた。
***
「腕を探してるんですって?」
私たちと合流したシルヴィアさんは事情を聴くと、アドルフさんの左腕を見て眉間にしわを寄せた。
『数年前に魔獣に食いちぎられたんだ――なくした方の腕には大事な腕輪をしていたんだけど、その時に一緒に持ってかれてしまって……』
「それで腕……というか腕輪を探してずっと現世を彷徨っているのね」
『あれがないと死んだ妻に合わせる顔がなくてね』
「奥様との思い出の品なの?」
『ああ。結婚した時に互いに贈り合ったものなんだ』
アドルフさんは今はもうない左腕を右手でさすった。
とても大事なものだったのだろう、その顔はとても辛そうに歪んでいた。
シルヴィアさんはアドルフさんの顔をじっと見つめて、大きく息をついた。
「わかったわ。それ探すの、私も手伝ってあげる」
思いがけない言葉にシルヴィアさん以外がぎょっとなった。
中でも一番驚いたのはアドルフさんだ。
『て、手伝ってくれるのか!?』
「ええ。私たち退魔師は貴方のような幽霊を一人でも減らすためにいるんだもの――そのかわり、探し物が見つかったら速やかに成仏すること。それが条件よ」
私が呆気に取られているうちにシルヴィアさんがさくさくと決めてしまう。
私は完全に置いてきぼり状態だ。
「あ、あの……」
控えめに声をかけると、シルヴィアさんは私を見てそういえばというような顔をした。
「そういう訳だから、リン。貴女とはここでお別れね」
すごくあっさり別れを告げられて、私は「え!?」と声を上げた。
お別れ!?
私の反応に、シルヴィアさんは不思議そうに首を傾げた。
「だって、リンとは次の村までって話だったでしょう?」
「え、あ、いや、確かにそう、です……けど」
てっきり強引に「貴女も手伝って」って言われるんだと思ってた。
シルヴィアさんは私のすぐそばまで歩み寄ると、ぎゅっと私の手を握った。
「馬車、乗せてくれてありがとう。すごく助かったわ。ここから先は私の都合だから貴女までつきあわせるわけにはいかないもの」
とてもサバサバした人だなと思った。
探し物ならみんなで探した方が早いに決まってる。言ってくれたら手伝うのに。
そこまで考えて、ふと自分の気持ちに気づいてしまった。
私、まだシルヴィアさんとお別れしたくないんだ。
目の前で手を握るシルヴィアさんの整った顔をまっすぐに見る。
こっちの世界で出会った、私と同じ能力をもつ年の近い女の子。最初は苦手なタイプの人だと思ったけど、話してみたらそうでもなくて。彼女は彼女の事情で退魔師をしてて、同じ能力を持つ私のことを厭わず会えて嬉しいと言ってくれた。
こんなふうに私の能力を知ってもよそよそしくならない人、あっちの世界にはいなかった。
どのみち次の村までって約束だったから、今別れても村に着いてから別れてもそう変わらないはずだった。
でも、急に別れを告げられたことで、別れを惜しむ気持ちが私の中で芽生えた。
できることなら、もう少し一緒に旅をしていたい。
このまま私が何もしなければ、ここでお別れ。
きっと別れたらもう二度と会えないだろう。
シルヴィアさんの手が離れて、私に背を向けた。
行っちゃう。
私は服の上からペンダントを握りしめて、精いっぱいの勇気を振り絞る。
今引きとめなきゃ、きっと後悔する。
「あの!」
張り上げた声に、シルヴィアさんとアドルフさんが振り返った。
言おう……言わなきゃ。
私は右手をぴっと上げて宣言した。
「私もそれ、手伝います!」




