67 森の中の声
シルヴィアさんと一緒に隣の村まで行くって決めたのは私。
だから、今のこの針のむしろに座らされているような状況を作り出してしまったのは自業自得としかいいようがないんだけど……。
私は今メレエ村から次の村まで向かう馬車の中で、どうしてこうなったとルミナの膝の上で頭を抱えていた。
***
あれは数時間前に遡る。
シルヴィアさんと一緒に村を発つことにした私は、自分が乗ってきた二人乗りの馬車を見て、はたと固まった。
そういえば、二人乗りだった。
ルミナには申し訳ないけど次の村までは立っていてもらうしかないか。そう思いながら御者のおじさんと話をして戻ってくると、私が座ろうとしていた席にちゃっかりルミナが座っていた。
にやっと笑ったルミナが自分の太ももをぽんぽんと叩いて、無言で上に座れと促してくる。
「いやいやいや、なんでナチュラルに膝の上勧めてくるかな!?」
「二人乗りなんだから仕方ないじゃないか――――これなら、俺もお前も座れるだろう?」
…………そんな見事なドヤ顔を向けられても困る。超名案というような顔をして言わないでほしい。
じゃあ私が立ってるしかないかと思った矢先、御者のおじさんに早く席に座るように注意されてしまった。
おじさんにはシルヴィアさんの向かいの席は空席にみえるのだから仕方がない。
結局、私が折れてルミナの膝の上に座ることになったというわけだ。
ふと、以前ヴェラードに向かう荷馬車でも同じようなことがあったなと思い出す。
あの時はクッション製作が間に合わなくて、やっぱり今みたいにルミナに先を越されたんだった。ちなみに、クッションはシルヴィアさんに貸し出し中だ。
そういえば、あの時ルミナはどういうつもりで膝の上を勧めてくれたんだろう。てっきり私のお尻事情を心配してのことだと思ってたけど、まさか私を膝の上に乗せたかっただけなのでは。
思い返せば、ヴェラードに着くまでずっと機嫌がよかった気がする。
………………ダメだ、考えるのやめよう。
こういう時はあれだ。円周率とか素数とか数えると無心になれるんだっけか。
…………………………ダメだ、どっちも最初しか思い浮かばない。
こうなったら、ルミナの存在を考えないようにシルヴィアさんと話しまくるしかない。
こうして私の精神修行のような旅が始まった。
シルヴィアさんと話して分かったことは、意外とおしゃべり好きだということだった。
シルヴィアさんは初めこそ、私と私を膝の上に乗せたルミナのことを怪訝な顔で見ていたけど、聞けば大抵のことは答えてくれた。
シルヴィアさんは私の二つ上の二十歳で、もとは王都の教会で神官として働いていたらしい。そこでミーティアスとしての力を活かさないかと力の使い方を教えてもらって退魔師になったんだそうだ。
今では教会を出て、退魔師として生計を立ててるんだって。
人形のような綺麗な顔立ちをしているからもっと物静かな人だと勝手に思い込んでいたけど、どうもそうではないらしい。人は見かけによらないものだ。
人と話すのは苦手な私だけど、シルヴィアさんはとても気さくな人で、最初の苦手な印象もこの数時間でだいぶ薄れていた。
シルヴィアさん的にも同じ年頃のミーティアスと話すことなんて滅多にないらしく、私の大して面白くない話も楽しそうに聞いてくれた。
***
『……こだ……』
旅は順調に進み、もうすぐ次の村というところまで来た時、微かな『声』を拾った。
「え?」
「え?」
私とシルヴィアさんは同時に声を上げて顔を見合わせた。
今、何か聞こえた気がする。シルヴィアさんの反応を見てもそれは間違いないだろう。
『……ない……ない……』
頭に直接聞こえてくる微かな『声』は男の人のものだった。
この感じ……幽霊だ。
何かを探しているのか、声は『ない、ない』と繰り返し訴えてくる。
何を探してるんだろうと思っていると、向かいに座っていたシルヴィアさんが小さな小窓から御者のおじさんに馬車を止めるように指示をだしていた。
シルヴィアさんは不思議そうな顔をする御者のおじさんを適当に言いくるめて馬車を下りた。それを追って、私とルミナも馬車を下りる。
「シルヴィアさん!?」
「彷徨える幽霊をそのままにしておくことはできないわ。悪霊化してしまったら大変だもの」
シルヴィアさんは先ほどの声の主を探すように辺りをきょろきょろと見回している。
私はルミナを見上げて、私たちも手伝おうと頷きあった。
シルヴィアさんと少し離れたところで、もう一度『声』が聞こえないだろうかと目を閉じて耳を澄ましてみる。
風に木が揺れる音と鳥のさえずり、虫の声、馬の嘶き声。
木の葉がガサガサ擦れる音に交じって微かな声が聞こえてくる。
『……こだ……どこに……』
「あっちだ……」
頭の中に直接聞こえる声だけど、なんとなくどちらの方向から聞こえてくるかは分かった。
私は声の聞こえた方へと、草藪をかき分けて街道から森へ分け入った。
『リン、油断するなよ』
「うん」
横にぴったりくっついて忠告してくるルミナに頷いて、私は一歩また一歩と声の方へ近づいていく。
『どこにあるんだ……』
だんだんとはっきりしてくる男の人の声は、やはり何かを探しているようだ。
だいぶ近い。
ひときわ大きな木の横を通った時だった。
右側から歩いてきた男の人とばったり出くわした。というか、ぶつかりそうになった男の人の体は私をすり抜けていった――この人、幽霊だ。
「わっ!」
すり抜けた瞬間、その男の人の焦りとか不安といった気持ちが私の中に流れ込んできた。
『!? あ……ごめんよ』
私をすりぬけた男の人は少し驚いた顔で私に謝ると、再び視線を森の中に戻して『ない、ない』と歩き出そうとした。
勇気を出して「あの!」と声をかけると、男の人は私を振り返った。
灰色の髪に薄い青色の目をした短髪の男の人だった。歳は三十歳くらいだろうか。
でも、それよりも私の目を引いたのは、彼の左腕だ。肘から先がなかった。
「!!」
私がひゅっと息をのんで左腕を凝視したせいだろうか、目の前の男の人はすまなそうな顔をして右手で項をかいた。
『あー、すまない……驚かせてしまったね』
「あ、いえ……」
『ちょっと探し物をしていて』
そうして男の人の幽霊は私とルミナを見て続けた。
『ねぇ、君たち――――俺の腕、どこかで見なかった?』
凛「腕!?」




