66 新しい同行者
急に口説きモードに入ってしまったルミナから逃げるように、私は墓地を後にした。逃げたいのに、ルミナは私から十メートル以上離れることができない。
ちょっと一人にしてほしい時に一人になれないのがもどかしい。この気持ちを落ち着けるにはどうしたらいいんだろう。
できるだけ早足で舗装されていない道を宿屋に向かって歩いていると、見知った人物を見つけて足を止めた。
あ。シルヴィアさんだ。こんな朝早くに何してるんだろう。
ログハウスの中にぽつんと佇む石造りの建物はオルト村にあった教会の造りと同じで、おそらくそこが教会であることは安易に想像がついた。
その建物の入り口で、シルヴィアさんは誰かと激しく言い合いをしているようだった。
私がいる場所からは何を言っているのかは聞こえない。
面倒ごとに巻き込まれるつもりはなかったので、見なかったことにしようと踵を返す。そうして一歩踏み出したタイミングで、後方から「リン!」と呼び止められてしまった。
嫌な予感と共に振り返ってみれば、すぐそこまでシルヴィアさんが駆け寄ってきていた。
シルヴィアさんは私の腕を掴んで、こっそり耳打ちしてくる。
「ごめんなさい、リン。お願い、ちょっとだけつきあって」
そのとても困った様子に私も嫌とは言えなくて、腕を引かれるがまま教会の入り口まで連れていかれた。
入り口で背の高くて痩せた男の人が私を見て軽く会釈したので、私も同じように会釈を返す。
茶色の髪に白髪が混じった初老の男の人は、エクスさんと同じような服装をしていることから教会の神官さんだと推測できた。
神官さんは商人さんのように手をもみもみして、私たちに笑顔を向けた。
笑顔というものの、なんとなく胡散臭さを感じさせる笑顔に、私は無意識に身構えた。なんだろう、嫌な感じのする人だ。
シルヴィアさんとどんな関係の人なんだろうと思っていると、胡散臭い神官さんがシルヴィアさんに媚を売るように話しかけた。
「それで先ほどの話ですが、ぜひともうちの村の専属退魔師になっていただけないかと……もちろん、今よりも謝礼をはずみますし、損はさせません!」
村の専属退魔師?
なっていただけないか、という言葉遣いから勧誘らしいということが分かった。
そして、シルヴィアさんの様子を見る限りその勧誘を断りたいということが分かった。なんか、あれに似てる。駅前で何かの勧誘に掴まって、なかなか帰してもらえない感じ。
シルヴィアさんはもともと教会から派遣されてきたって言ってたけど、専属とは違うのかな?
言葉の端々からでは詳しいことは分からない。
でも、ここで下手に割り込むのも話をややこしくしそうなので、私は黙って話の行方を見守ることにした。
シルヴィアさんは盛大なため息をつくと神官さんを睨みつけた。
「ですから、私にそのつもりはありませんと散々言いましたよね? それに、私はこれから本部に彼女を連れていかないといけないのです。諦めてください」
ぴしゃりとした物言いに、私も神官さんもびくりと肩を震わせる。
っていうか、ちょっと待って。
今さりげなく巻き込まれた気がする。
なんですか? その『本部に彼女を連れていかないといけない』っていうのは。
恐る恐るシルヴィアさんに視線を向けると、彼女は毅然とした表情のまま私を見た。まるで、余計なことは言わないでと牽制するように。
無言の圧力に、私は固く口を閉じた。
「これ以上しつこく勧誘するようでしたら本部へ報告しますがよろしいですか?」
「ぐ……そ、それだけは……」
シルヴィアさんの脅しともとれる言葉に、神官さんは苦虫を噛みつぶしたような顔をして言葉を飲み込んだ。
話の終わりが見えたのか、シルヴィアさんは作られたような笑顔を顔に貼り付けて神官さんに別れの挨拶をした。
「では、失礼します」
そうして、私の手を取って教会に背を向けて歩き始めた。
これ、私が一緒にいる意味あったのかな……?
元も子もないことを考えながら手を引かれるままに歩いていくと、宿屋の近くまで来たあたりで振り返ったシルヴィアさんに頭を下げられた。
「突然ごめんなさい。でも、助かったわ。あのおじさんったら専属退魔師になれってしつこくて!」
「あ……いえ」
大丈夫ですというように、私は胸の前で小さく手を振ってこたえる。
それよりも、彼女の口からでてきた『専属退魔師』という単語が気にかかった。
「あの、専属退魔師って何ですか?」
「ああ。専属退魔師っていうのは、教会専属の退魔師ってことよ」
「? 教会に所属している退魔師とは違うんですか?」
「ええと、専属退魔師も教会に所属している退魔師に違いないわ。この専属っていうのは、村にある教会に帰属するって意味よ」
シルヴィアさんの説明がいまいちしっくりこない。教会に所属している退魔師と専属になるのは何が違うんだろう。
「村にある教会の専属になると何かあるんですか?」
「教会が専属の退魔師に仕事を斡旋するとね、村の教会が仲介料っていう名前の寄付金がもらえるのよ。さっきの神官はそれが目当てで、私を専属に誘っていたってわけ。専属になると教会の仕事も手伝わないといけなくなるから、退魔師にはメリットよりもデメリットの方が多いの」
「教会の仕事……礼拝とか、村の祠の聖水変えたり、ですか?」
私は以前オルト村でエクスさんに教えてもらった仕事を思い出す。うろ覚えだけど、確かこんな仕事だった気がする。
「そうそう、それ! それが嫌で教会出て自立したっていうのに、専属になったら元も子もないじゃない!」
シルヴィアさんが眉間にしわを寄せて心底嫌そうに言うので、私は曖昧な笑顔で「大変だったんですね」と当たり障りのない言葉でその場を凌いだ。
すると、突然シルヴィアさんがパンと手を打って、お願いしますと言わんばかりに頭を下げた。
「それでね、リン。この流れで一つお願いがあるの!」
「お願い、ですか?」
「昨日、村長さんの家で今日村を発つって言ってたじゃない?」
「言いましたね」
「一つ先の村まででいいから、貴女の馬車に乗せてもらえないかしら?」
「ええ!?」
「あの神官にこれ以上何か言われる前にできるだけ早く村を出たいんだけど、馬車がつかまらなくて……」
今まで通行規制で村に足止めされていた人たちが一気に移動したせいで馬車が出払ってしまったらしく、向こう一週間は予約でいっぱいの状態だという。
聞けば、あの神官さんは毎日のようにシルヴィアさんを勧誘しに宿屋まで押しかけていたらしい。シルヴィアさん的には一刻も早くこの村を出たいのだそうだ。
私はどうしたものかと少し後ろを歩くルミナにちらりと視線を送ってみる。
私の視線の意味を察したルミナは、『リンの好きなようにしたらいい』と言ってくれた。
いつもと変わりないルミナの様子になんだかとてもほっとした。どうやら口説きモードは終了したらしい。
正直、シルヴィアさんにはまだ苦手意識が残ってはいるものの、もう少し彼女のこととか退魔師のこととか聞いてみたいと思っていたところだった。
それに、今はルミナと二人であの馬車に乗るのも何だか気まずい気がして、私はシルヴィアさんと次の村まで一緒に行くことを決めた。




