64 事の次第とお礼の宴
ふとルミナに起こされる前に自然に目が覚めた。
どうやら布団でゴロゴロしているうちに寝てしまったらしい。
ベッド横のチェストの上にある砂時計に目を向ければ、三の刻の少し前――あちらの時間で大体七時くらいだった。
ルミナが起こすときはいつも二の刻半だから、今日は起こさずにそっとしておいてくれたようだ。
昨日あんな話をした後でどんな顔して話せばいいだろうと、いつもルミナがいるベッド横の床に目を向けると普段と変わらないルミナと目が合った。
『おはよう、リン』
「お、おはよう」
あれ? なんかいつも通り?
いつもとなんら変わらない挨拶に、私は昨日のことが夢だったんじゃないかと錯覚しそうになる。
ルミナは私の顔をじっと見ると満足そうに頷いた。
「な、なに?」
『いや。昨日は起こして悪かったな――よく眠れたようでよかった』
「!」
やっぱり夢じゃなかった。
昨日のことを思い出して、気まずさからぱっと顔をそらした。
どうしてルミナは普段通りでいられるんだろう。私が気にしすぎなだけ!?
そんなことをぐるぐると考えていると『リン』と呼びかけられて思考が停止した。
ギギギギと音がするんじゃないかっていうくらいぎこちなくルミナの方に顔を向ければ、彼は苦笑してベッドの縁に座った。
『昨日の話だが、俺は自分の気持ちを押しつけるつもりはない。だから、リンの決心がつくまでは今まで通りに接してほしいと思ってる』
「え、あ……うん。わかった」
なるほど、だからルミナはいつも通りにふるまっているのか。
それならば私も極力そのようにふるまうべきだろう。
私は目を閉じて小さく息を吸った。
大丈夫。いつも通り。
自分に言い聞かせて目を開けると、大きく伸びをした。
寝ている間縮こまっていた体が伸びて一気に起きたって気分になる。
「今日は村長さんの家に行かなきゃいけないんだよね」
昨日、シルヴィアさんに半ば強制的に決められてしまった予定を口にする。
話を伺いたいって言っていたけど、何を聞かれるんだろう。
考えたら緊張して胃が痛くなってきた。
何時に行くかは決まってないけど、時間ぎりぎりまで寝ていようかな。
おもむろに布団に入ろうとしたところで、それをルミナに止められる。
『今寝ると絶対寝過ごすぞ』
「えー……」
『あと何か食べたほうがいい。昨日の夜から何も食べてないだろ?』
まるでお母さんみたいと思ったら、私は笑いをこらえることができなかった。
「ルミナ、お母さんみたい」
『なっ……』
絶句したまま固まったルミナを横に、仕方なく起きるかと布団から出て身支度を整える。
食欲はなかったけど、確かに何かお腹に入れておいた方がいいかと一階の食堂へ向かうことにした。
***
「あ」
「あ」
食堂に入った瞬間、先に朝ご飯を食べていたシルヴィアさんと目が合った。
私が思わず身を固くすると、シルヴィアさんが席を立った。
ルミナが私をかばうように一歩前に出ると、シルヴィアさんは小さく息をついて肩を落とした。
その様子から、昨日の一連の話に悪意があったわけではないことが分かった。
「昨日はごめんなさい。貴女を泣かせるつもりはなかったの」
「あの……」
私は首から下げているペンダントを服の上から握りしめて、なけなしの勇気をひねり出す。
まっすぐにシルヴィアさんの青い瞳を見る。
大丈夫、言える。ルミナのこと、ちゃんと私が言わなきゃ。
「あの、昨日は忠告ありがとうございました――――でも、大丈夫です。私、ここに来てからルミナにはずっと助けられっぱなしで……ルミナにいなくなられると私が困るんです。もし、シルヴィアさんの言うようにルミナが悪霊化することがあったら、その時は私が止めます。だから、ルミナを祓うなんて言わないでください。お願いします」
深く頭を下げて、シルヴィアさんの反応を待つ。
頭を上げて彼女の顔を見るのが怖い。
少しの沈黙の後、シルヴィアさんから「顔上げて」と声をかけられた。
ゆっくりと相手の反応を伺うように顔を上げると、少し困ったような顔をしたシルヴィアさんの姿がそこにあった。
「……貴女とその幽霊のことを知らない私があれこれ口を挟むべきじゃなかったわね。その幽霊にいいように憑りつかれてるわけじゃなければいいの。中にはそういう姑息な幽霊もいるから――――お詫びに奢るわ。よかったら、一緒に食べましょう?」
そう言って、シルヴィアさんは自分の座る向かいの席を勧めてくれた。
苦手なタイプだと思ってたけど、自分の意見を押し通すような人ではないようだ。
ちゃんと話せば分かり合える人なのかもしれない。
私はもう少し、このシルヴィアさんという退魔師の女の子のことが知りたいと思った。
***
メニュー表を読めなかった私はシルヴィアさんと同じものを食べて、予定していた通り村長さんの家に向かった。
村長さんの執務室に通された私とシルヴィアさんは、村長さんとその補佐役の人を前に事の次第を説明することになった。
私は村の広場で偶然様子のおかしい子供を見かけたこと、その子供が翌朝行方不明になっていたこと、村を囲う外壁に隙間を見つけて子供の靴を見つけたこと、それからテト君とそのお母さんのことを順番に話した。
口ひげを生やした濃い顔つきの村長さんは神妙な顔をして私とシルヴィアさんの話を最後まで聞くと、私たちを村の恩人として歓迎してくれた。
やっぱりこちらの世界の人は幽霊が見えるミーティアスのことを肯定的に受け入れてくれているようだ。あちらの世界では幽霊の話を口にした途端におかしなものを見るような目を向けられるというのに。
実際、執務机に座る村長さんの表情からは疑いの類のようなものは感じられない。
「…………そうか……子供たちをさらっていたのはナナリーだったか……」
テト君のお母さんの名前だろうか、村長さんは組んだ手の上に顎を載せて伏し目がちに語り出した。
「ナナリーは早くに夫を亡くしてね……以来、再婚もせずに息子のテトのことを女手一つで懸命に育てていたんだ。半年前にテトの行方がわからなくなってからというもの、彼女は何かに取り憑かれたかのように毎日のように村中を探し回るようになった。それでも見つからないと森の外まで探しに出て、ナナリーは不幸にも魔獣に襲われて命を落としたんだ」
「そうだったんですか……あの、テト君は……テト君の遺体はお母さんと一緒のお墓に埋葬されるんでしょうか?」
「もちろんだ。もう離れないようにしっかりナナリーの隣に葬ってやるつもりだ」
「よかった」
それなら安心だ。
ほっと胸をなでおろしていると、村長さんが立ち上がって深く頭を下げた。
「子供たちのこともだが、ナナリーとテトに関しても、改めて礼を言わせてもらいたい。シルヴィアさん、リンさん、お二方とも本当にありがとうございました」
「いえっ、私は何もっ!」
改まった言葉遣いで感謝の言葉を告げられて私が慌てて首を横に振ると、村長さんは「いいえ」と止める。
「そんなことはありません。貴女がたがテトを見つけナナリーを救ってくれたからこそ、私の息子は……さらわれた子供たちは助かったのです」
それこそ成り行きでしかないのだけれど。
いたたまれない気持ちになっていると、横からルミナに声をかけられる。
『そう謙遜するな。お前は礼を言われるようなことをしたんだ。胸を張るといい』
向こうの世界の感覚で物事を考えてるせいなのか、こちらの世界の心霊的なものを受け入れてくれる肯定的な反応に戸惑いを禁じ得ない。
その思いを知ってか知らずか、ルミナリスが苦笑して続ける。
『お前のことだから自分は何もしてないと言いたいんだろうが、時には礼を受け取るのも礼儀だと俺は思う――――心配しなくとも、ここにはお前の力を否定するやつはいない』
礼を受け取るのも礼儀、その言葉は私の心にすとんと落ちた。
なるほど、そういう考え方もあるんだね。
私は村長さんのお礼を素直に受けることにして、気になっていたことを聞く。
「そういえば、村の出入り制限ってどうなるんですか?」
「行方不明の件は解決されたから、即刻解除される。貴女がたのような旅人には不便をかけて申し訳なかった――――お二人はもう発たれる予定で?」
逆に尋ねられてしまい、私はどうしようかと考える。
今すぐ出発できないこともないけど、未だ眠り続けているらしいさらわれた子供たちの様子を確認してからでも遅くないと思った。
「ええと……まだ何も考えてはいないんですけど、さらわれた子たちが目を覚ますのを確認してからにしようと思っています」
そうじゃないと旅先で気になって仕方がない。幸い路銀にもまだ余裕があるので、数日滞在を延ばすくらいなら問題ないだろう。
それならば、お礼の宴を開くからぜひ出てほしいと言われ、私が断る前にシルヴィアさんが二つ返事で承諾してしまった。
***
宿屋の酒場を貸し切って、宴は盛大に開かれた。
「息子を助けてくれてありがとう」と涙ながらにお礼を言った商人のおじさんを筆頭に、いろんな人から代わる代わるお礼を言われた。
私とシルヴィアさんは宿屋を経営しているおじさんや宿泊していた商人さんたち、それに集まった村の人たちに囲まれて、終始飲み物を注がれ食事を勧められた。
おそらく、こちらの世界に来てから一番豪華で賑やかな食事だった。
宴会はまだ続いていたけれど、さすがに疲れた私はシルヴィアさんや村長さんに声をかけて部屋に戻ってきた。
遠くにどんちゃん騒ぐ人たちの声を聞きながら、私は一度清めの加護で体を清めてからベッドに倒れこんだ。
「あー……つかれたー……」
次から次へと途切れることのない人の波に、出される料理の数々。
気疲れもいいところだ。
昼間森の中を歩き回った時よりも疲れたかもしれない。
げっそりした私の頭にルミナの手が下りてきて、そっとなでられる。
『大変だったな』
労ってくれるルミナの声も心なしか優しい。
頭をなでられる感覚にうっとりと目を閉じると、すぐに睡魔が襲ってきた。
「……きもちいい……」
ああ、頭が回らない。
なんだかふわふわした気持ちのまま、ルミナに問いかける。
「わたし、役に立てたかな……?」
頭をなでながら、ルミナは『ああ』と優しく返してくれる。
「テトくんも……さらわれた子たちも……ちゃんと家族のところにかえれて、よかっ……」
最後まで言い切ることができず、私の意識は夢の中に落ちていった。




