63 ルミナの気持ち
「ルミナが、私の居場所に……?」
ルミナの言葉に、私は目をぱちぱちと瞬いた。
何を言われているか分からなかったけど、反芻するうちにだんだん意味が分かってきて、顔がカーッと熱くなるのを感じる。
『リン?』
呼びかけられて、私は咄嗟に布団をかぶった。
やばい。
やばい、やばい、やばい。
私、いま絶対顔赤い。
なになになに何!? 急に何なの!?
『リン? やはりどこか体調が?』
布団をかぶった私に、心配そうな声がかけられる。
起きたらルミナが目の前にいるし、いきなりあちらの世界に居場所はあるのかって傷を抉るようなことを聞いてくるし、かと思ったら私の居場所になりたいとか言ってくるし。
もう何が何だか分からない。
なんなの、そのプロポーズみたいなセリフは。
ルミナはどういうつもりでそれを言ったんだろう。
『リン?』
「………………」
混乱した頭で考え込んでいると、ルミナは実力行使と言わんばかりに私のかぶった布団をはぎ取ろうとしてくる。
やめて。お願いだから、お母さんみたいにお布団をはぐのやめてほしい。
『リン、ちゃんと顔を見せろ』
「ま、待って。ほんと待って――――今、だめ。絶対ダメ」
私はかぶった布団を取られないように握る手に力をいれる。
私の頑なな様子に、ルミナは布団を引っ張る手を止めてくれた。
ほっとして私も布団を握りしめる手を緩めると、布団の外からルミナの声が聞こえてきた。
『すまない。お前を傷つけるようなことを言ってしまった』
どことなく沈んだような声に、私はかぶっていた布団から頭だけ出して慌てて否定した。
「ち、違うの!」
顔を出すとちょうどその先にルミナがいて、がっつり目が合ってしまった。
気まずさからすぐに目をそらして、私はしどろもどろに答える。
「いや……まぁ、確かにちょっとグサッとはきたけど……でも、これはそういうことじゃなくて……ええと、その……理解が追いついてないっていうか……」
『?』
要領を得ない私の言葉にルミナが眉間にしわを寄せて首を傾げる。
好きだって自覚した直後に、まるでプロポーズみたいなセリフを聞いて平静を保てるはずがない。
「ル、ルミナはさ……なんでそんなことを言ってくれるの?」
私はその理由が知りたくて、勇気を振り絞って聞いてみた。
誰かの本心を聞くのは怖い。
今までずっと家族以外の人とは広く浅くしか付き合ってこなかったから、こういった踏み入ったことを聞くのはものすごく勇気がいる。
でも、それでも。
それでも私はルミナがどんなことを考えて自分の居場所になってくれると言ったのか知りたかった。
私が見つめる先で、ルミナは口元に手を当てて口を開いた。どう言おうかと言葉を選びながら、そんな印象を受けた。
『…………お前はあまり人を頼らないだろう?』
「え? そう……かな? こっちの世界に来てからは頼りまくりだと思うけど……」
ルミナからの指摘に私は首を傾げる。
ルミナには言うまでもなく頼りっぱなしだし、ドリスさんに出会ってからヴェラードで専用馬車を手配してもらうまでは商人さんに頼って荷馬車に乗せてもらっていた。
結構頼ってると思うんだけど。
『そう思っているなら、それはそれでいいんだ――――だが、俺には何となくリンが一人に思えてな』
「え?」
『なんだか一人きりで生きてるように見えたんだ。あちらの世界に帰っても、もし一人で生きていかなければならないのなら、こちらの世界にいたらいいのにと思った。少なくとも、リンがこちらの世界にいる間は俺が一緒にいてやることができる』
それが理由だとルミナは言葉を締めた。
そんなふうに思ってくれてたんだ。本当にどこまでも優しい人だ。
向こうでは家族や親族以外にこんなに心を砕いてくれる人なんていなかった。
みんなどこか表面的でよそよそしくて……いや、違うか。私が踏み込めなかったし踏み込ませなかったんだ。
家族を亡くして、私の力を知る人はいなくなった。叔母さんにも打ち明けることはできなかった。
力のことを知られるのが怖くて、表面を繕って虚勢を張りながら毎日を生きてきた。
だから、こんなふうに優しくされると何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。
「……どうして、そんなに優しくしてくれるの……?」
胸がいっぱいで、喉に何かがこみあげてくる。
涙で視界が歪んで、目の前にいるルミナの姿がぼやけた。
きっと今、すごく情けない顔をしているに違いない。
ルミナが小さく息を吸う気配がする。
『――――リンのことが大事だからだ。一緒にいる期間はそんなに長くはないが、ずっとリンのことをそばで見てきて、いつの間にかお前の存在が俺の中で大きくなっていた。俺は誰にでも優しいわけじゃない。俺はお前だから優しくしたいんだ、リン』
「私、だから……?」
『好きだ、リン。あちらに居場所がないのなら、このまま俺の居場所でいてほしい。そして、俺をお前の居場所にしてもらえないだろうか』
こんなことってあるの? それとも、いま夢でも見てるとか……?
ルミナのことが好きだって自覚してすぐに、そのルミナ本人から好きだって言われるなんて。
思わず、布団の中で二の腕をつねって現実かを確かめてしまった。
『リン?』
怪訝な顔で顔を覗き込まれて、私は思わずのけ反って裏返った声を上げてしまった。
「あ、あの! わ、わたし……」
私もルミナのことが好き、そう言おうとしたところでドアがノックされる音に遮られた。
「えっ!? はい!?」
私は反射的に返事を返してしまっていた。
私の返事に、ドアの外から年配の女性の声が返ってきた。
「宿の者だけど、他の部屋のお客さんからお客さんの様子を見てくるように言われて」
「え? 誰にですか?」
「ええと、シルヴィアさんって方だけど……夕食の食器も出されていないようだったから、具合が悪いのかと思って――――大丈夫かい?」
私はベッドを出て部屋のドアを開けると、廊下にいた恰幅のいいおばさんを迎え入れた。
そういえば、夕ご飯食べずに寝ちゃったんだった。せっかく作ってもらったのに悪いことをしてしまった。
「すみません……食欲がなくて夕食が手つかずのままで」
「いや、それはいいんだけど。なにか食べれそうなものを作ってきてあげようか?」
「あ。いえ、大丈夫です。食器だけ下げてもらってもいいですか?」
「はいよ。何かあったら、受付横の扉を叩いてもらえれば夜中でも対応するよ」
「はい、ありがとうございます」
手際よく皿を片付けて部屋を出ていった宿屋のおばさんの後ろ姿を見送る頃には、すっかりルミナに告白するタイミングを逸していた。
うやむやにするのもあれかと思って口を開こうとしたところで、『さっきの話だが』とルミナに先を越される。
『今まで住んでいた世界をそんなにすぐに諦められるわけがないのは分かってる。だから、オルト村に戻るまでじっくり考えて結論を出してほしい』
「あ……うん……」
私はぎこちなく頷いてベッドに戻って寝転がった。
確かにルミナの言うことは一理ある。
ルミナのことは好き。ルミナの気持ちも嬉しかった。
でも私、そんなに簡単にあっちの世界を捨てられる? こっちの世界で生きていく覚悟がある? 好きって気持ちだけでこの世界を選んで後悔しない?
舞い上がっていた気持ちが冷静さを取り戻して私にそう問いかける。
ちゃんと考えよう。
きっとこの問題に正解はない。けど、どちらを選んでもきっと後悔する。
だから、少しでも後悔のない方を選ぼう。
それでこの世界で生きていく覚悟が決まったら、その時はルミナにちゃんと自分の気持ちを伝えよう。




