61 気持ちの正体
ルミナと二人だけになった部屋で、私は項垂れたまま静かに泣いていた。
ルミナはそんな私に泣いている理由も聞かずに、黙って傍に立って頭をなでてくれた。
ほら。こんなに優しい人なのに、どうして悪霊になるかもしれないなんて言うんだろう。
ルミナの何が分かるの!? って、シルヴィアさんに言ってやりたかった。でも、意気地なしな私は何も言えなかった。
悔しい。
言いたいことも言えない引っ込み思案な自分が嫌で自己嫌悪に陥っているのに、そんな自分を棚に上げて、言われっぱなしのルミナに沸々と怒りが湧いてくる。
「……して?」
『ん?』
「どうしてルミナは何も言い返さなかったの!?」
『言い返すって、何をだ?』
「何をって……ルミナはもう悪霊になんかなったりしないのに、シルヴィアさんにあんなこと言われて嫌じゃないの!?」
噛みつくように言えば、ルミナは目を瞬いてふっと少し悲しそうに笑った。
『嫌も何も、事実だ。それに俺はもともと悪霊だった――――その頃のことはあまり覚えてはいないが、おそらく湖にやってきた人間を何人か手にかけている』
その言葉に、私ははっと息をのんだ。
呆然と見つめる先で、ルミナは私の頭から手を離して自身の手のひらに目を落とした。
『リンが風の加護をもっていなかったら、俺は黒い影に捕らわれたままお前を殺していた』
「ルミナ……」
『もう二度と悪霊になるつもりはないが、あのシルヴィアという退魔師の言っていることは正しい。リンも前にサリーナが悪霊化しそうになったのを見ただろう?』
私はぎこちなく頷いた。
キースさんと会わせてと激昂したサリーナさんが花瓶を真っ二つに割ってみせた日のことは記憶に新しい。
どうやら負の感情にのまれると幽霊はあっという間に悪霊になってしまうらしい。
『悪霊になると現世に実害を及ぼし始める。だから、疑わしい芽はさっさと摘んでしまいたいんだろう。その考えは正しい――俺は自分が祓われることになっても仕方がないと思ってる』
まるで天気の話でもするように言うものだから、さらっと聞き流しそうになった。
祓われる? ルミナが?
私はルミナが言ったことを自分の中で反芻する。
仕方ない?
「仕方がないって何? なんでそんなに達観してるの!? ――――私はやだよ! ルミナが祓われるのなんて絶対いや……!」
私の目から涙がぼろりと零れたのを見て、ルミナがあからさまに狼狽える。
『待て……最後まで……』
「祓われたら消滅しちゃうんでしょ? そんなのやだよぉ……」
椅子に座ったままぼろぼろ泣く私を、手と胸を実体化させたルミナが抱きしめてくれた。
とさっとぶつかった胸板の感触に、私はびっくりしてルミナを見上げた。
『リン、最後までちゃんと聞いてくれ。祓われるのは仕方ないと言ったが、俺はまだ祓われるつもりはないからな』
「ふぇ?」
『言っただろ? ずっと一緒にいるって。少なくとも、俺はお前を無事オルト村に送り届けるまでは祓われる気も成仏する気もない。こんな道半ばでお前を一人にしたら、それこそ心配で悪霊になりかねん』
抱きしめる手に力を込められて、私はルミナの胸に顔を押しつけられた。
ルミナの言葉通りの気持ちがダイレクトに伝わってきて、私は顔が熱くなるのを感じた。
まっすぐにアメジストのような瞳を向けられて、心臓がドキン跳ねる。
私はそれを誤魔化すように、あたふたとルミナの胸を押し返した。
「な、なんか、ほんとルミナってお兄ちゃんみたいだね!」
『…………』
私の言葉に、ルミナはなんとも言えない顔をした。
私は胸の動悸を押さえるのに必死だというのに、なんでそんな可哀想なものを見るような目で見てくるんだろう。
『…………そういえば、さっき話の途中になっていたが兄がいたと言っていたな』
「あ、うん。いたよ、お兄ちゃん。三年前に亡くなったけどね」
『そうか……』
お兄ちゃんの話を振られて動悸は自然と治まった。
代わりに、私は三つ歳上のお兄ちゃんのことを思い出していた。
気まずそうに視線をそらしたルミナに、なんとなく私の家族のことを聞いてほしくなって、実体化されたままになってた彼の袖に手を伸ばす。
空を切らずにルミナの袖をつかむことができた私は、俯いたまま口を開いた。
「ねぇ、ルミナ。私の家族の話……聞いてくれる?」
『…………ああ』
ルミナは私のすぐ隣に椅子を引き寄せて腰を下ろした。
じっくり聞いてくれるらしいルミナの様子に、私は少し緊張する。家族の話をするのはいつぶりだろう。
「さ、三年前ね、家が火事になったの。あの日は私の誕生日だった。夜中のことでね、寝てる私をお父さんがたたき起こして外に連れ出してくれたの――だけどね、お兄ちゃんを起こしに行ったお母さんが外に出てこなくて、お父さんが二人を助けるために家の中に戻ったの」
『………………』
「それっきりだった……それっきり、誰も戻ってこなかった。私に残されたのは親の遺産とこのペンダントだけ」
声が震える。
私は肌身離さず身に着けているペンダントをしゃらりと服から取り出して見せた。
火事で焼け残ったのが嘘のように不思議なほど綺麗なままの両親の結婚指輪と、火事になる直前に誕生日プレゼントと言ってお兄ちゃんが渡してくれた天然石のついたペンダントトップがぶつかり合ってちゃりっと音を立てる。
「幽霊を見る力があるのに、私……一度も死んだ両親やお兄ちゃんの幽霊を見たことがないの。幽霊でもいいから会いたかった。会って、どうして私だけ置いていったのって文句を言ってやりたかったのに」
『リン……』
「…………ルミナは未練があるから成仏できないんだよね?」
『たぶんな』
「ってことはさ、私の両親やお兄ちゃんは私を残したことに何の心残りもなく成仏したってこと……なのかな?」
ずっと心のどこかで期待してた。
私を残したことを未練に思って、幽霊になっても会えるんじゃないかって。
そうしているうちに、四十九日が終わって、一年忌が終わって、三年忌が終わって――――私はとうとうお兄ちゃんの歳に追いついてしまった。
私は、あの人たちの心残りにはなれなかったんだろうか。
そんなことを考えていると、隣に座っていたルミナが私の手を握ってくれた。
『俺はリンの家族じゃないから何を言っても気休めにしかならない――だが、俺がもしリンの家族だったら、お前だけでも助かってよかったと思っただろうな』
「ルミナは……そう、思ってくれるの……?」
『ああ……ベルナ山でお前が滝から落ちた時は生きた心地がしなかったしな』
「生きた心地って……ルミナ、死んでるじゃない」
『それもそうか』
ルミナが私の軽口にふっと笑って返してくれる。
ルミナは音もなく椅子から立ち上がると、私の前に身をかがめて頭をなでた。
『――――もし、リンが望むなら兄の代わりになってもいいんだぞ』
その言葉に、大きく目を見開いてルミナを見た。
そのどこまでも優しい申し出に、私は気づいてしまった。
お兄ちゃんじゃ嫌だってことに。
私はそれを悟られないように、いつも通りを装って答えた。
「んーん! お兄ちゃんはいいかなぁ」
『いいのか?』
「だって、ルミナはルミナだもん! 話、聞いてくれてありがとう。私、ルミナが祓われないように明日シルヴィアさんと話してみるよ。私にはルミナが必要だって、ちゃんと知ってもらわないと!」
私は涙にぬれたままの目をごしごしと拭って、よしっと席を立つとベッドにごろりと寝転がった。
手つかずの夕飯がそのままだけど、片付けるのは明日にしよう。
私の胸は高鳴ったまま治まる気配がない。
ルミナから顔を背けて壁側を向いた私は、自覚してしまった想いを隠すように赤く腫れた目元を腕で隠した。
どうしてこんなにルミナのことで心が乱されるんだろうと思ってたけど――そっか……私、ルミナのことが好きなんだ。
素直な気持ちは胸にすとんと落ちた。
お読みいただき、ありがとうございました。
ようやく……ようやく、凛がルミナへの気持ちを自覚した……!




