60 生者と死者と生きてる世界
退魔師に興味はない?
シルヴィアさんの言葉に、私はゆっくりと目を瞬いた。
いつか、エクスさんに退魔師の仕事をしてみませんか? と誘われた時のことを思い出した。
あの時の私は、それがどういうことかよく分かってなかった。
思えば、お試しでと言われて受けた初仕事で、精霊の話し相手をしに行ったばかりに『狭間』に落とされたんだった。
でも、そのおかげでルミナと出会えたし、バゼル村で出会ったおばあさんの幽霊を通して退魔師になりたいと思うようになった。
なんとなく流されるまま生きていた私に目標ができた。
最初にエクスさんに説明された通り、退魔師っていうのはこの世にとどまっている死霊たちをあの世へ導くのが主な仕事と認識している。
けれど、シルヴィアさんを見る限り、それだけが退魔師じゃないような気がしてならなかった。
日本の霊媒師だって、悪霊を祓ったりするのだ。退魔の方法も色々あるのかもしれない。
ラノベの主人公のように戦いに身を投じることは私には無理だ。人間捨てるような能力は私にはない。
私はひとまずシルヴィアさんがいう退魔師の仕事について聞いてみることにした。
「退魔師って、どんなことをするんですか?」
「単純にいえば、この世に残ってる幽霊の排除ね」
「排除……」
「排除って言っても方法はいろいろよ? 成仏させたり、祓ったり」
言っていることはエクスさんと同じようなことのはずなのに、『排除』という言葉はとても無慈悲なものに聞こえてしまって、私は思わず眉を顰めた。
シルヴィアさんにとっては成仏させるのも祓うのも同じなんだろうか。祓われたら魂が消滅してしまうのに。それって人を殺めるのと同じことじゃないの?
「シルヴィアさんは、祓うことに抵抗はないんですか?」
「ないわね。だって、そのままにしておいたら悪霊化して現世に影響が出てくるかもしれないもの」
「その幽霊が消滅してしまっても?」
「大事なのはそこに生きてる人よ。霊のせいでそれが脅かされるのは許せない」
「…………」
シルヴィアさんの目には確固たる信念があるように見えて、私はそれ以上何もいうことができなかった。
口を噤んだままテーブルに置かれたグラスを包み込むように両手で持つと、なみなみとつがれた水に視線を落とす。
もともと喋るのは得意な方ではなかった。
向こうの世界ではみんなに交じって話を聞くことの方が多かった。
シルヴィアさんみたいにハキハキとものを言う人と話すのは特に苦手で、反論や曖昧な返事をして機嫌を損ねないように、地味に目立たないように生きてきた。
だから、こういう時どういう反応を返したらいいか分からない。
「リン」
と良く通るシルヴィアさんの声が私の名前を呼ぶ。
その改まった感じから、何を言われるんだろうとグラスを持つ手に力を込めて控えめに顔を上げると、シルヴィアさんの真剣な眼差しとぶつかった。
「手遅れになる前に言っておくわ。貴女はそこの幽霊と早々に縁を切るべきだわ」
「え……?」
どういうこと?
言っている意味が分からない。
「何がきっかけで悪霊になるかなんて分からないの。貴女のそばにいるそいつだって、悪霊になりえる可能性を秘めてる」
「え……?」
「生者と死者が一緒にいることはよくないと言っているのよ」
「どう……して……?」
掠れた声で聞き返せば、シルヴィアさんは怪訝な顔をこちらに向けて答えた。
「どうしてもなにも、住む世界が違うじゃない」
「住む……世界……が、違う……」
「私たちが彼らを見ることができるのはミーティアスだからよ。感知する能力がなければ、彼らと世界は交わらない」
確かに、ただの人にはルミナの姿は見えないかもしれない。
私が見ることができるから、ルミナと一緒にいられる。
でも、見えても見えなくても、ルミナはここにいるのに。
ふとサリーナさんとキースさんのことが頭をよぎった。
彼らだって生者と死者だ。二人寄り添い合って笑い合う姿は、住む世界が違うなんて思えなかった。
私はちらりと隣に佇むルミナを盗み見る。
ルミナは腕を組んで憮然とした表情でシルヴィアさんを見ていた。
ルミナは今何を考えてるの? どうして何も言い返さないの?
私はテーブルの下でルミナの服をつまもうと手を伸ばして、指先が空を切った。
やっぱり私からじゃ触ることができない。
住む世界が違う、その言葉が重くのしかかった。こんなに近くにいるのに、ルミナの存在がひどく遠くに感じる気がして。
「ちょ、ちょっと……なんで泣いてるのよ」
がたりと席を立ってシルヴィアさんが狼狽える。
泣いてる? 誰が?
そう思ってルミナに目を向けたけれど、ルミナは泣いていない。
ルミナが心配そうな顔で私を覗き込むようにかがんできたので、私はもしやと思って自分の目元に手を持っていく。その指先に涙が触れた。
私、泣いてるの……? どうして?
自分の涙の意味が分からずに戸惑いを覚える。
何が悲しいんだろう。
ルミナと縁を切れって言われたから? 住む世界が違うって言われたから? 触ることができなかったから……?
私は正面からルミナの顔を見つめて「ああ」と思った。
たぶん、その全部だ。
突然この世界に連れてこられて、右も左も分からないうちに山の中に飛ばされて……そんな私の前に現れてくれたルミナ。最初こそ悪霊として攻撃もされたけど、私はもうずっとルミナに助けられっぱなしだった。
同じ世界に存在しているのに住む世界が違うと言われて、反論できずにいる自分が悔しかった。
私からはルミナに干渉できないのが悲しい。
こんなに傍にいるのに、私では触れることもできない。
「ごめ……泣くつもりなんて、わたし……」
泣き顔を見られたくなくて、私は顔を覆って俯いた。
どうか、お願い。何もできない私を嫌いにならないで。
「ごめん……ルミナ……」
『リン……シルヴィア、悪いが今日はこれで帰ってくれ。話なんて無理だ』
ルミナは私をシルヴィアさんから隠すように背中にかばってくれた。
シルヴィアさんは何か言いたそうに口を開いたが、思い直したのかきゅっと口を結んだ。
「分かったわ――――リン、今日はごめんなさい。泣かせるつもりはなかったの……」
結局、晩ご飯に手をつけられることはなく、シルヴィアさんはそのまま静かに踵を返すと部屋を出ていった。




