59 帰還
村に戻る頃には、九の刻になっていた。
向こうの時間で夜の九時半すぎか……そりゃ、お腹もすくはずだ。
行方不明の子供が見つかったと湧く宿屋の酒場をすり抜けて、こっそり部屋へと続く階段を上る。
シルヴィアさんも同じ宿屋に泊まっていたようで、一緒に階段を上がってくる。特に会話もなかったので、そのまま別れようとしたらシルヴィアさんに引き留められた。
「貴女、ご飯は?」
「え?」
「ご飯。食べに行かないの? って聞いてるの」
「あ……私、夜は部屋で食べることにしてて……」
メニュー表が読めないのもあるけど、酒場は宿泊してるお客さん以外の人もいて、ガヤガヤと騒がしくてちょっと怖い。
ルミナにも酒癖の悪いやつがいるかもしれないから、晩ご飯は部屋でとった方がいいと言われているのだ。
「それ、私もご一緒してもいい?」
「え……?」
ご一緒? 今、一緒って言った?
聞き間違いじゃないかと思って思わず聞き返すと、シルヴィアさんは癖のある柔らかそうな金髪を耳にかけて、むっとした表情で繰り返した。
「だ・か・ら、私も貴女の部屋で夕飯をご一緒したいって言ったの。ダメかしら?」
「い、いえ、ダメ……じゃ、ない、ですけど」
「じゃあ、決まりね。それじゃあ、荷物整理して体を清めたら部屋に行くから」
言うだけ言って踵を返したシルヴィアさんに、私は呆気にとられたまま「あ、はい」としか返せなかった。
ひとまず部屋に戻った私は、一度ルミナを追い出して急いで体と服を清めた。
そうして綺麗になったところで、ベッドにごろりと寝転がって一息つく。
あー、もうこのまま寝ちゃいたいかも。
ぼんやりと天井の木目を眺めながら、これからの展開を想像する。
なに言われるんだろ。
シルヴィアさんの仕事の邪魔をしてしまったことだろうか。
もともとあまりポジティブな思考回路をしていないので、考えれば考えるほど憂鬱なことしか思い浮かばない。
「はぁ……考えるのやめよう」
『なにが『考えるのやめよう』なんだ?』
ドアからぬっと顔を出したルミナがそのままドアをすり抜けて部屋に入ってきたので、私はベッドから上半身を起こして彼を迎え入れた。
「あ。おかえり」
『で? お前は何を思い悩んでいるんだ?』
「ふぇ……?」
ルミナがふわふわと私のところまできて隣に腰を下ろすと、心なしか心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
なんだかその様子が記憶の中のお兄ちゃんと重なって、私は思わず笑ってしまった。
「ルミナ、なんかお兄ちゃんみたい」
『兄……』
なんだかルミナの周りの空気が重くなったような気がする。何か気に障ることでも言ってしまっただろうかとちょっと心配になってその顔を見返せば、ルミナはどんよりとした空気を纏ったまま口を開いた。
『リンは兄がいるのか?』
「え? あ……うん。いたよ、お兄ちゃん」
私は首から下げたお兄ちゃんからもらったペンダントを服の上からぎゅっと握った。
『いた……?』
私の言い方に気づいたルミナが聞き返してくる。
隠すことでもないからと話し出そうとした瞬間、ドアがノックされた。
「リン、来たわよ」
外から聞こえてきたのはシルヴィアさんの声だ。荷物整理して体を清めてから来るって言っていたけど、随分早い。
私は「はーい」返事を返して、わたわたと彼女を出迎えた。
「あ……イ、イラッシャイマセ」
美少女が部屋に来るなんて緊張しかない。男じゃなくても緊張する。
緊張しすぎて店員さんの挨拶みたいになってしまった。
シルヴィアさんはシスターのような服から襟付きの紺色のワンピースに着替えていた。
この洋服もすごく似合ってる。やはり美少女は何を着ても可愛らしい。
人形のように整った顔立ちなのに、人形と結びつかないのはころころ変わる表情のせいだろうか。
じとっとした目を向けられると、なんだか緊張してしまって変な汗が出てくる。
何か話したほうがいいのかな。
でも、何を? そう思っていると、タイミングよく食事が運ばれてきた。
丸いテーブルに向かい合うようにトレイが置かれて、パンとスープとお肉とサラダが盛られた皿が並べられていく。
私はその様子を眺めながら、必死に何を話そうかと考えていた。
結局、お皿を並べ終わるまでのわずかな時間は時間稼ぎにもならず、私は緊張した面持ちで席についくと、水差しから私とルミナ、それからシルヴィアさんの分の水を注いでそれぞれの前に置いた。
「貴女……」
シルヴィアさんが呆れたように口を開く。
「貴女、この人にも水を用意するの?」
「え?」
この人と言ってルミナを見たので、『この人』がルミナなのは分かるけど、シルヴィアさんの言っていることの意味が分からなくて首を傾げた。
「だって、この人飲めないじゃない」
そう言われて、そういえば初めてルミナに水を差し出した時も似たようなことを言われたのを思い出した。
私からしてみたら、なんか私だけ食べるのが申し訳ないという思いもあって始めたことなんだけど、他の人はそうは思わないようだ。
でも、なんだろう。ルミナ本人に言われた時と違って、なんだかその言葉にカチンときてしまった。
飲めなくたって、ルミナはここにいるのに。
「だって、一緒に食べてる気分になれるから……」
こうして一緒の席についてご飯を囲んでいると、たとえ食べれなくても一緒に食べているような気になれた。寂しさを紛らわすための自己満足じゃないかって言われたら、その通りだけど。
私は震える手を握りしめて、勇気を出して顔を上げた。
「ルミナと一緒が嫌なら帰ってください」
まっすぐにシルヴィアさんを見据えて言うと、彼女は少し驚いたような顔をした後、しれっと答えた。
「別に嫌じゃないわよ? 第一、私はリンと話がしたくてきたんだから」
「わ、私?」
「そ。貴女と」
「わ、わたし、何かしてしまったデショウカ……?」
口元に手を当てて考えるけど、話したいことなんてやっぱりテト君のお母さんを祓うのを邪魔したことくらいしか思い浮かばない。
これから怒られる未来しか想像できなくて、体が硬直する。
「そんなに固くならないでよ。何を想像してるか知らないけど、別に怒りに来たわけじゃないんだから」
「へ? そう……なんですか? 私、てっきりテト君のお母さんのことで怒られるんじゃないかと……」
呆気に取られて返すと、シルヴィアさんは口をへの字に曲げて呆れるような目を向けてきた。
「あのねぇ、怒るならご飯なんて誘わないわよ! それに関しては悔しかったけど、私のやり方ではあの親子は救えなかった」
「それ……は……」
「さらわれた子供もあの母親も両方を助けるなんて発想、私にはなかった――――リン、単刀直入に聞くわ。貴女、退魔師に興味はない?」
それは、予想だにしてなかった言葉だった。




