58 テト君とお母さんの再会
「なに? じゃあ、貴女たちはそこの悪霊の子供に言われて母親を探してたってこと?」
テト君と別れた場所を覚えているというルミナを先頭に歩きだした私たちは、移動がてらシルヴィアさんに事の次第を話すことにした。
テト君のお母さんのことを悪霊と呼ぶのを聞いて、もやっとした気分になる。
「もう悪霊じゃないよ。『テト君のお母さん』」
「…………で、そのテト君っていうのが息子さんなの?」
呼び方を指摘されたシルヴィアさんが不服そうに少し前を歩くテト君のお母さんに目を向ける。テト君のお母さんはシルヴィアさんが怖いのか、一瞬びくりと肩を震わせた後おどおどと答えた。
『はい……半年ほど前に行方不明になってからずっと探していたのですが……そうしているうちに私も死んでしまい……』
『探しても見つからない焦りと不安で悪霊化してしまったというわけだ』
テト君のお母さんの言葉に続けてルミナが補足する。
「なるほど……それで、容姿の似た子供を自分の子供だと思ってさらっていたというわけね。それで、今からその『テト君』って子に会いに行くのね?」
一通り話を聞いたシルヴィアさんが私に目を向けて確認してくる。
概ねその通りだ。
頷き返したところで、目の前に地割れでできたような縦穴が見えてきた。
行きはうろうろ探して歩き回っていたせいでテト君が命を落とした縦穴から数時間かかったけれど、帰りは小一時間くらいで元の場所に戻ってくることができた。
遺体のすぐそばで膝を抱えて座っていたテト君を見つけて、テト君のお母さんが両手で口元を押さえた。
『…………テト!!』
名前を呼ぶのと同時に、テト君のお母さんの目から涙が零れ落ちた。
自分を呼ぶ懐かしい声に、膝を抱えて俯いていたテト君はがばっと顔を上げて立ち上がった。
『かあ、さん……!? 本当に、母さんなの!?』
信じられないといったふうに立ちすくんでしまったテト君の元へ、テト君のお母さんが駆け寄ってその小さな体をぎゅっと抱きしめた。
『テト……テト……ずっと……ずっと探してたのよ!!』
『かあさん……かあさん! ごめんなさい! ごめんなさい!!』
お母さんに抱きしめられたことでようやく実感がわいたのか、テト君は大粒の涙を流しながらお母さんの背中に手をまわした。
そんな親子の再会を目の当たりにして、私も胸がいっぱいになった。
よかった、本当によかった。
涙が溢れそうになるのを必死に抑えていると、頭に何かが触れた。
目だけ向ければ、ルミナが私の頭に手を置いて、抱きしめあう二人を眩しいものを見るような目で見つめていた。
テト君たちは再会の抱擁をしたあとで、私たちに向き直った。
『……ずいぶんご迷惑をおかけてしまったようで申し訳ありませんでした』
テト君のお母さんが深々と頭を下げる。
隣に立つテト君もまた、お母さんのスカートを掴んだまま深くお辞儀をした。
「よかったね、テト君。あ、そうだ!お守り返さなきゃ」
私は手首に巻いたままだったテト君のお守りを返そうと紐をほどいて、ふと動きを止めた。
霊体のテト君に渡してもすり抜けちゃうよね。
思い直した私はテト君の遺体のそばに膝をついて、彼がもともとしていたように首から下げてあげる。
すると、霊体のテト君の首にもお守りが戻った。やっぱりこれで正解らしい。
テト君の遺体もあとでお母さんと一緒のお墓に入れてあげなきゃ。
そんなことを考えながら立ち上がってテト君親子を見ると、二人の体が淡く発光していた。
半透明な体の表面から淡い黄色の光を放って、細かい光の粒子となって少しずつ空へと消えていく。
エオ君が成仏する時と同じ様子に、私はお別れの時が来たのだと悟った。
きっとテト君もそれを察したのだろう。
私のそばまで駆け寄ってくると、満面の笑みを浮かべた。
『お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう!』
『本当にありがとうございました。なんとお礼を言ったらいいか……』
「いえいえ! 私、大したことできてないですし……」
いや、本当に。
見つけられたのはさらわれた子供のおかげだし、テト君のお母さんの黒い影を払ったのはテト君から借りてったお守りだし。
両手を小さく振って否定すれば、テト君は大げさなほど首を横に振ってみせた。
『ううん、お姉ちゃんたちのおかげだよ。俺と母さんを会わせてくれてありがとう!』
テト君が私の手に手を添えてお礼を口にする。
そんなテト君の頭をルミナがわしゃわしゃとなでて優しく微笑んだ。
『もう離れるなよ』
『うん!』
そうして、手を繋いだテト君親子の姿はだんだんと薄くなって、最後の光が空に消えるのと同時に彼らの姿も見えなくなった。
森に残された私はテト君の遺体を前に膝を着いて黙祷をささげ、立ち上がったところでシルヴィアさんの存在に気づいた。
しまった。
テト君たちに気を取られて一緒に来ていたのをすっかり忘れていた。
というか、シルヴィアさんもシルヴィアさんで何か話しかけてくれたらいいのに、呆気にとられたように呆然とテト君たちが消えたところに目を向けたまま固まっていた。
「あの、シルヴィアさん……?」
控えめに声をかけると、シルヴィアさんははっと我に返ったようにゆっくりと私に顔を向けた。その表情が何か苦々しいものを噛みしめたように歪む。
「…………見事だったわ」
「え?」
「私じゃ、あんなふうに見送ることはできなかった……」
シルヴィアさんは錫杖をなでて、きゅっと唇を結んだ。
それっきり黙り込んでしまったシルヴィアさんに何て声をかけたらいいかもわからずにおろおろしていると、空気を読まない私のお腹がぐううううと鳴った。
「ひゃああああ!」
咄嗟にお腹を抱えて蹲ったけれどもう遅い。
静まり返った森の中に間抜けな音が響き渡ってしまった。
そういえば、お昼に洋梨みたいな味のりんごしか食べてなかった。そりゃお腹もすくよね。自覚したら、急激にお腹がすいてきた。
ちらりと辺りを伺えば、きょとんとした顔でシルヴィアさんが私を見ていた。恥ずかしいからそんな顔で見ないでほしい。
何とも言えない空気が漂う。
少しして、その沈黙を切り裂くように、くくっとルミナが笑い声をあげた。
『まぁ、なんだ。俺たちも村に戻ろう』
その提案に、私もシルヴィアさんも苦笑して頷きあった。




