57 助けを呼びに
「ま、待ちなさいっ!」
話のまとまりかけた私とテト君の母さんの間にシルヴィアさんが割り込んできた。
シルヴィアさんはテト君のお母さんが黒い影から解放されたにも関わらず、錫杖を前に構えて警戒しているようだった。
シルヴィアさんは私に目を向けると、不可解なものを見る目を向けてくる。
その視線に既視感を覚えて、私はびくりと体をすくませた。
「貴女、一体なんなの!?」
あちらの世界で『見える能力』をカミングアウトした時の友人の反応にそっくりだった。
まさか、こちらの世界に来てまで――しかも見える人にまでそんなことを言われるなんて思ってもみなかった。
「わたし……わたし、は……」
シルヴィアさんと目を合わせるのが怖い。
どこを見ていいか分からなくて、しきりに目を泳がせて言いよどんでいると、ルミナが私とシルヴィアさんの間に立って背中にかばってくれた。
『リンはただのミーティアスだ――悪霊を浄化することのできる加護を持っている』
「なっ……悪霊を浄化ですって!? ただのミーティアスにそんな力あるわけが……」
『だが、お前も今目の前で見ただろう? 霊体を覆う黒い影が跡形もなく吹き飛ぶ様を』
「そんな……そんなことって……」
シルヴィアさんは口元に手を当てて、何かをぶつぶつ呟いている。
どうやらミーティアスだからといって悪霊を浄化する力を持っているとは限らないようだ。
かくいう私も私自身に悪霊を浄化する力があるわけじゃない。ただラティスからもらった風の加護が黒い影を吹き飛ばしたにすぎない。
シルヴィアさんに目を合わせられなくて視線をさまよわせていると、少し離れたところに倒れていた子供がぴくりと動いた。
私はその子供のところに駆け寄って、来た時と同じように軽く肩を揺すった。
「大丈夫!?」
何日前にいなくなった子供なのかは分からないけど、だいぶ衰弱しているように見えた。
早く村に連れて行ってあげないと。
そう思ってふと気づいてしまった。
ここにいるのは私とルミナとシルヴィアさんとテト君のお母さんの四人。
さらわれた子供も四人。
ルミナはもしかしたら戦力になるかもしれないけど、テト君のお母さんに子供を担ぐことはできないだろう。
村から誰か呼んできた方がいいかもしれない。
そう思って、口元に手を当てたままぶつぶつと呟いているシルヴィアさんに目を向ける。
シルヴィアさんは教会から派遣されてこの村に調査に来たと言っていた。
村から人を呼んでくるなら、私より彼女の方がいいだろう。
私は無意識に胸元に揺れるペンダントを服の上からぎゅっと握りしめた。
そういえば、こうやってペンダントから勇気をもらうのも久しぶりだ。
大丈夫、ちゃんと言わないと。
そうして一つ深呼吸をして、声を張り上げた。
「シルヴィアさん!」
「!?」
私の呼びかけに、シルヴィアさんがはっとなってこちらを見た。
その視線に先ほどのような怪訝なものを見るような色はなくなっていて内心ほっとする。
私は勇気をふりしぼって思っていたことを提案した。
「あの! 私はここに残ってこの子たちの様子を見ているので、シルヴィアさんは村から誰か呼んできてもらえませんか?」
「私が?」
「私なんかが行くより、教会から派遣されたシルヴィアさんが説明した方が村の人も信じられると思うんです」
シルヴィアさんは私とルミナ、それからテト君のお母さんに視線を巡らせて、最後に小さく息をついた。
「…………わかったわ。私が行って人を呼んでくる――――けど、一つだけ条件があるの」
条件があると言ったシルヴィアさんの目に険呑な光が宿る。
「な、なに?」
「そこの悪霊から話を聞きたいの。私が戻ってくるまでちゃんと捕まえておいて!」
悪霊という単語に、私は引っかかりを覚えて眉を顰めた。
テト君のお母さんはもう悪霊じゃなくなったのに。
言い返したいのに、シルヴィアさんの雰囲気に気圧されて何も言い返せない。
『分かった。まぁ、逃げるも何もないと思うがな』
私の代わりにルミナが答えてテト君のお母さんを見やると、彼女は状況が分かっていないながらも、ルミナとシルヴィアさんを交互に見て頷いた。
そうして渋々村へと人を呼びに出て行ったシルヴィアさんを見送って三人になった私たちは、待っている間にテト君のお母さんにテト君の話をすることにした。
地割れにできた穴に落ちて死んだことを知ったテト君のお母さんは、顔を覆って涙を流した。
『…………本当は、鳥便が飛ばなくなった時点で薄々気づいてはいたんです』
「鳥便……?」
私が首を傾げれば、ルミナが鳥便のシステムについて教えてくれる。
『鳥便は相手の名前と村の名前を書くと飛んでいくだろう? だが、本人が死んでこの世にいない場合や名前が間違っている場合は飛び立たないんだ』
なるほど。
どうやらテト君がいなくなってから何度か鳥便を飛ばしていたようだ。いつの日からか飛び立たなくなった鳥便に、村の人は「もう諦めろ」と何度もテト君のお母さんに言ったらしい。
けれど、テト君のお母さんは息子が亡くなったという事実を信じたくなかった。
だから、誰になんと言われようと、一人になってもずっと探し続けていた。
結局、テト君は見つからずテト君のお母さん自身も無残な最期を迎えてしまったわけだけど。
そこから先は記憶に靄がかかったようにぼんやりしてしまっているそうだ。
悪霊になってから、テト君によく似た子供をさらって連れてきていたことを知ると、テト君のお母さんは血の気の通わない白い顔を更に青くさせた。
『わたし……わたしは、なんてことを……』
テト君のお母さんはそのままふらふらと子供の傍らに膝をついて、その顔を覗き込んだ。
ルミナ曰く、悪霊に意識を囚われていた子供は生気を吸われて衰弱して眠りについている状態だという。
『安心しろ、まだ誰も死んでない』
『死んで……ない……?』
『ああ。貴女はまだ誰の命も奪ってはいない』
『…………よかった……』
テト君のお母さんは脱力してへなへなと座り込んだ。
***
辺りがすっかり闇に包まれた頃、シルヴィアさんが村の人を連れて戻ってきた。
二つある月が照らしてくれているおかげで月明かりだけでも結構明るい。
村から結構な距離を歩いたように思ったけど、実はこの場所はそこまで村から離れていないのだという。
この周辺も何度も捜索はしたようだが、村人もまさか岩の間にこのような空間があるとは思わず見過ごされていたようだ。
実際、私やシルヴィアさんで通るのがやっとだった岩の隙間に体格のいい男の人は入れなかった。
入れたのはひょろ長い小柄な男性と心配でついてきた子供の母親たちだけだった。
彼らはこの場所にたどり着くと、一目散に自分の子供のところに駆け寄った。
強く揺すっても目覚めないわが子に、母親たちから悲痛な声が上がる。
心配になって無言でルミナを見ると、彼は私の視線の意味を読み取って答えてくれた。
『おそらく生気を吸われすぎたんだろう。衰弱しているが、寝ていればいずれ目覚めるはずだ』
よかった。
私は小さく安堵の息をついて、シルヴィアさんが母親たちに「大丈夫です。早く村に連れ帰って寝かせてあげましょう」と声をかけて回っている様子を見ていた。
やがて、子供たちが抱きかかえられて一人、二人と狭い岩の隙間を出ていく。
最後に私たちが残り、来た時と同じように岩の隙間をずりずりと進んで外に出た。
外に出たところで、口ひげを生やした濃い顔つきのおじさんに出迎えられた。
村長と名乗ったおじさんは、私とシルヴィアさんを前に深々と頭を下げてお礼を口にした。
「あなた方にはなんとお礼を言ったらいいか…………明日、改めてお話を伺いたいので私の家にきてはいただけないでしょうか」
「あ、いえ、私は何も……」
「わかりました、二人で伺います」
断ろうとした私の言葉を遮ってシルヴィアさんが一緒にと答えてしまう。
なんで私も、という目を向ければ彼女に「当事者なんだから当たり前でしょ」と言われてしまった。
私は村に戻る人たちの最後尾をゆっくり歩きながら、前の人との距離をとっていった。
あと一つ、村に戻る前にまだやることが残っている。
そっとフェードアウトしてテト君のところに行かなければ。
テト君のところに戻るまでの道はルミナが教えてくれる。
他の人に色々と説明するのも面倒なので、シルヴィアさんが戻ってくる前に決めた段取り通り、私はここではぐれたことにして別行動をとる予定だ。
そろそろいいかな?
私は木の陰に隠れるようにして立ち止まった。
人の歩く音と気配が遠ざかっていく。
やがて足音が聞こえなくなって、私はほっと息をついた。
「さ、行こっか」
ルミナとテト君のお母さんに声をかけて踵を返した時だった。
「どこに行こうっていうの?」
凛とした声に背後から呼び止められる。
私がびくりと体を震わせて後ろを振り返れば、錫杖を手にしたシルヴィアさんの姿があった。
月の光を浴びてますます神秘的な雰囲気をまとったシルヴィアさんは、強気そうな笑みをこちらに向けた。
「ねぇ、私も一緒に連れてってくれないかしら?」




