55 退魔師の少女
すごい綺麗な人だ。
目が合った瞬間に私が一番最初に思ったことはそれだった。
整った顔立ち、波打つ艶やかな金髪に空をはめ込んだような青い瞳。そのどれもが造られたような美しさで、まるで人形が動いているようだと思った。
見つめ合うこと十数秒。
私が呆然としていると、唐突に少女が手首を掴んできた。
「いっ!」
見た目の可憐な印象からは想像できない強い力に顔を顰めると、少女ははっと我に返ったように手を離してくれた。
「あ……ごめんなさい。でも、貴女、変なのに憑りつかれているから……」
そう言って少女は私のすぐ後方に目を向けた。
もしかして、ルミナのこと見えてる……?
私も少女の視線を追って、ルミナに目を向ける。
『どうやら、この女もミーティアスのようだな』
「ミーティアス……ルミナのこと見えるの……?」
私が少女に問いかけると、彼女は驚いたといったふうに私に視線を戻した。
「驚いた……貴女もミーティアスなの?」
「そう、みたいです」
「それなのに、こんなのに憑りつかれて平気なの?」
つっと冷ややかな視線をルミナに向ける。
その明らかに敵意のこもった視線が少し怖くて、私はルミナの服の裾を掴もうと手を伸ばした。けれど、伸ばした手はルミナをすり抜けて宙を切った。
そうだ、私からはルミナに触れないんだった。
掴むものがなくて心細い。でも、ちゃんと言わないと。
「ル……ルミナは変なのじゃ、ありません。私のことを助けてくれたんです」
「そう、ルミナっていうの――――そこの、幽霊。どうやってこの子を誑かしたかわからないけど、さっさと離れて成仏なさい!」
『ほぅ? そんなことで俺が離れるとでも?』
「私は退魔師よ! 力ずくで祓ってもかまわないのよ?」
少女は片手に持っていた緻密な装飾の施された錫杖のような杖を構えて強気に笑った。
退魔師。
今、少女は退魔師と言ったか。
エクスさんの話では未練があってこの世にとどまっている死霊の人をあの世に導くのが仕事だって聞いていた。幽霊の話を聞いて成仏に導くのが仕事だと思ってたのに、力ずくでなんて。
思っていた退魔師の姿と違くて、私は震える声で少女に尋ねた。
「あの……あなた、は、退魔師……なんですか?」
「そうよ。私は教会から派遣されて、この村の調査に来たの」
この村の調査と聞いて、私は「あっ!」と声を上げる。
そうだ、こんなことをしてる場合じゃなかった。今はテト君のお母さんを探してる途中なんだった。
視線を森の奥に移すと、ふらふらと歩く子供が随分遠くに行ってしまっていた。
「あの! 私たち、行方不明になった子たちを探してる途中だったんです。ひとまずその話はあとにしてもらえませんか? あの子を追いかけないと」
見失わないように少女の脇を通り抜けて歩き出すと、少女が後ろからついてきた。
「ちょっと、それどういうこと!?」
「あの子、たぶん村で行方不明になってる事件にかかわってるんです。追いかけたら、他の子たちがいる場所に連れてってもらえるかもしれないと思って」
私の説明に、少女は「なるほど」と一つ相槌を返して私の隣に並んだ。
「そういうことなら、私も協力するわ。私はシルヴィア・ライナー。貴女、名前は?」
「リン・ヤガミ……です」
「そう。とりあえず、その幽霊のことは後回しにしておいてあげるわ」
『………………』
シルヴィアさんの棘のある言い方に、ルミナは無言で視線を返した。
なんか空気が険悪で嫌な感じだ。私は目をそらすように目の前を行く虚ろな目を下少年の後を追いかけた。
***
男の子はふらふらと歩いて森の奥へ奥へと入っていく。
何の目印もないのに迷いのない足取りは、まるで誰かに呼ばれているかのようだった。
やがて、縦に割れた大きな岩の隙間に入っていった。
私たちはその岩を前に、少年が入っていった隙間を覗き込んだ。
……通れるかな?
大人がやっと通れるかどうかという細い隙間を男の子はすいすいと苦も無く進んでいく。
見失わないように私とシルヴィアさんも体を滑り込ませて、時折岩に服をこすりつけながら奥へと進んでいった。
少し歩いたところで、突然周囲を高い岩にぐるりと囲まれた広い空間に出た。
ふらふらと歩いていた男の子が足を止めていたので、どうやらここが目的地のようだ。
先にいなくなった子供たちだろうか、奥に三人倒れているのが見えた。
私は一番手前に倒れている子供に駆け寄って、その肩を揺すった。
「大丈夫!?」
茶色い髪をしていて、歳はだいたい六、七歳くらいだろうか。テト君と同じような外見をした男の子だった。
呼びかけても反応がない。生気を抜かれたように虚ろな目でぐったりとしている。
近くに倒れていたもう一人の男の子にも声をかけてみたけど、反応は返ってこなかった。
この子、広場で見かけた子だ。
上半身を起こして軽く肩を揺すってみたけど、虚ろな目はこちらを見ることはなく虚空をじっと見つめている。
『ダメだ、意識を囚われてしまっている』
私の隣で様子を見ていたルミナが口を開く。
どういうこと? と聞こうとした時、不意に私の横を黒いもやもやした影が横切った。
ぞわっとした嫌な感覚が背筋を駆け抜ける。
これ、やばいやつだ。
そう思うのと同時に、シルヴィアさんが黒い影と今しがたここに着いたばかりの男の子の間に体を滑り込ませた。
「悪霊! お前の仕業だったのね!」
手に持った錫杖を構えて、シルヴィアさんがまっすぐに黒い影を見据える。
その様子を少し離れていたところから見ていた私は、シルヴィアさんと対峙する黒い影に目を向けた。
黒いもやもやした影で覆われていて姿は見えないけど、立ち姿から女の人のような印象を受けた。
あれがテト君のお母さんなのかな……?
そんなことを思っていると、隣にいたルミナが焦ったような声を上げた。
『おい、リン。まずいぞ』
「え?」
『あのままだと、あの女にテトの母親が祓われる』
「祓われる?」
『祓われると、その魂は成仏することなく消滅する』
「!?」
視線の先では、シルヴィアさんの構える錫杖の先端に淡い光が集まっていた。
『母さんを止めて』そう頼んだテト君の悲痛な声が私の耳に甦る。
魂が消滅してしまったら、テト君のお母さんが成仏できなくなってしまう。
シルヴィアさんが錫杖を持つ手をゆっくりと振り上げる。
ダメ! やめて!
私は震える足を叱咤して、黒い影とシルヴィアさんに向かって走り出した。




