54 テト君のお母さんを探そう
テト君の力になりたいと言ったはいいけど、まずはこの穴から抜け出さなければどうにもならないことに気がついた。
穴の底から地上まで四、五メートル。
ごくごく平均的な筋力しかない女子高校生が自力で登るには不可能な高さだ。
垂直にそり立つ壁には手でよじ登れるような突起もなければ、蔦のようなロープに代わるものもない。
いよいよどうしようと思った時に、ルミナが挙手してしれっと解決策を提示してくれた。
『俺が上まで運ぼう』
目から鱗が落ちた瞬間だった。
確かにルミナなら宙に浮けるし、実体化すれば私の手を掴んで引っ張り上げることもできる。
私はルミナに両手首を掴まれて、万歳の状態で地上に引き上げられた。傍から見るとちょっと間抜けかもしれない。
続いて白骨化したテト君も慎重に引き上げられる。
テト君の遺体を近くの木の根元にそっと寝かせた時に、首元にかけられた小さな巾着袋を見つけた。
「テト君、これは?」
そっと首から外して手のひらにのせて見せると、テト君は『あっ!』と声を上げた。
『それ、母さんからもらったお守りなんだ』
「お母さんから?」
『うん。母さんとおそろいだったんだ』
大事なものだったのだろう、壊れ物を触るようにお守りを指でなぞる。
『それなら、そのお守りは持ち歩いた方がいいだろう。母親と揃いのものならば引き合う可能性がある』
この広い森の中で人を探すには有用なものだとルミナが言ったので、私は失くさないように手首に巻き付けて持ち歩くことにした。
***
遺体の側から離れられないテト君と別れて森の中を歩き回ること数時間。
お腹すいた。
朝ごはんを食べてから、もう結構な時間が経っている気がする。
腹の虫がならないように力をいれるのにもそろそろ疲れてきた。
ルミナは食べる必要がないから、私が言わなければ食事は考慮されない。というか、食事を取るということすら頭にないんだろう。
ちらりとルミナを盗み見ると、目ざとく気づかれて『どうした?』と声をかけられた。
何でもないと言おうと口を開いた瞬間、私のお腹が盛大にきゅるるるという音を鳴らした。
緊張感のない音が森の中に響き渡る。
「ぬああああああああああ!」
思わずお腹を押さえて蹲る。恥ずかしい。超恥ずかしい。
恥ずかしさで動けなくなった私の耳に、ルミナの笑い声が降ってくる。
「しょうがないじゃん! お昼ご飯食べてないんだから!」
『くく……すまない。腹がすかないから失念していた』
抗議すれば、ルミナは口元を抑えて笑いをかみ殺しながら周囲の木々に目を配った。
ふわりと浮くと、すぐそばの木になっていたリンゴのような果物をもぎ取って私に差し出してくれた。
『食べたほうがいい。少し休憩しよう』
からかわれている訳ではないと分かっているから、私はそれ以上抗議することはできなかった。
手が土で汚れていたので、軽くはたいて汚れを落としてから差し出された果物を受取る。
テレビで見たように果物の表面を比較的綺麗な服の裏地でこすって表面を磨くと、つやつやとした光沢が生まれた。とっても美味しそうだ。
齧りつくと、カシュッという音と共に甘い果汁が口いっぱいに広がった。
でも、何だろう。リンゴなのに洋ナシの味がする。
先日食べた見た目グレープフルーツだけど味はオレンジなレベナという果物といい、こっちの世界の食べ物は見た目と味がちぐはぐなものが結構多い。
違和感を感じつつもくもくと食べて、最後に残った芯の部分をどうしようかと悩んだ末に地面に穴を掘って埋めた。どうか自然に還りますように。
お腹も満たされたところで、私はルミナに話しかけた。
「ルミナはテト君のお母さんの居場所って分からないの?」
『悪意むき出しの悪霊だったら離れていても分かるはずなんだが、どうにも悪意が感じられなくてな』
「悪意が感じられない? 悪霊なのに?」
『そうだ。おそらくテトの母親が子供を探すという強い想いから悪霊になってしまったことに原因がある。テトの母親は悪意を持って子供をさらっているわけではないんだと思う』
「つまり、そこには悪意がないってこと?」
『そうだ。ただ、悪霊になって自我を失ったテトの母親は、もう自分の子供が判別がつかない状態になっている可能性が高い』
「そんな……」
私は言葉を失った。
死んでからもテト君を探し続けて、テト君はそんなお母さんを止めたいのに、どうにもできなくて。
そんなの悲しすぎる。
「なんとかできないのかな……」
『ひとまずは母親を見つけてみないことにはどうにもならないな』
「だよね」
私は自分の両頬をパンと叩いて気合を入れて立ち上がった。
「よし!がんば……」
頑張ろうと言いかけた私の口を、ルミナが咄嗟に塞いだ。
何事!?
どうしたのかと見ると、ルミナは人差し指を口の前に添えて静かにというポーズを作ってみせた。
『…………人の気配がする』
木の陰に隠れるように立って辺りをうかがうルミナの隣に並び立って、私も息を潜める。
耳をすませば、微かにカサカサと何かが草をかき分けて何かが歩いているような気配がする。
薄暗い森をぐるりと見回すと、奥の方に動く小さな影を見つけた。
目を凝らしてよく見てみれば、テト君と同じくらいの年頃の男の子だった。
短めの薄い茶色の髪をした男の子はおそらく村の外壁にできた隙間を通ってきたのだろう、不自然に前半分だけ土で汚れている。
ぼんやりと何かに引き付けられるように歩く男の子の琥珀色の目は、虚ろ気で焦点が合っていないように感じられた。
明らかに様子がおかしい。
昨日の行方不明になった男の子と似たような状態に、私はルミナと視線を交わして頷きあうと少し距離をとって後をつけることにした。
――――のだけど。
男の子から距離を置いて追いかけようとした私は、木々の間から勢いよく飛び出してきた人とぶつかりそうになった。
「ご、ごめんなさい!」
「こちらこそ、前をよく見てなくて……」
間一髪のところでぶつからずにすんだ私が謝罪して顔を上げれば、シスター服に似た服に身を包んだ金髪碧眼の美少女が驚いたような表情でこちらを見返していた。




