53 村の外で出会ったのは
『こっち……こっちにきて……』
はっきりと聞こえた声に顔をきょろきょろさせて声の出所を探すと、少し離れたところの木と木の間に白い服を着た茶色い髪の男の子の姿があった。
歳は昨日いなくなった男の子と同じくらいだろうか。
男の子はその場に立ったまま動こうとせず、私を手招きしている。
不思議なことに、男の子からは昨日感じたような嫌な感じはしなかった。
ついていっても大丈夫かな……?
ちらりとルミナを見ると、眉間にしわを寄せながらも渋々と頷いてくれた。たぶん危害を加えるような幽霊ではないのだろう。
よし、行ってみよう。
私は気合を入れて足を踏み出した。
草をかき分けながらなので、歩くのに少し手間取った。
もう少しで男の子に到達するといったところで――急に踏み出した先の地面がなくなった。
踏みしめる地面を失った私は、その勢いのまま穴の中に落ちた。
「ひゃあああああああああ!」
『リン!』
とっさにルミナが手を伸ばしてくれたけど、焦っていたルミナは手を実体化することまで気が回らなかったらしく、その手は無情にも私をすり抜けてしまった。
ドサッいう音と共に、私は胸と足に衝撃を受けて痛みを覚悟する。
けれど、いつまでも経っても痛みがない。
恐る恐る目を開いてみれば、目の前にルミナの整った顔があって思わずのけ反った。
とっさにお尻の後ろ辺りに手をついたはいいけど、ぬかるんでいた地面でつるっと滑ってそのまま尻もちをついた。
「わわっ……ぃったー……」
『何をしてるんだ……』
呆れたような声に顔を上げてみれば、ルミナが呆れ顔をして手を差し出してくれるところだった。
だって、イケメンさんのドアップがすぐ近くにあったらびっくりするじゃない。
最近見慣れてきたとはいえ、ルミナは自分がイケメンさんである自覚を持ってほしい。
ルミナの手を取って立ち上がった私は、上を見上げて自分が落ちた穴を確認した。
上まで四、五メートルはあるだろうか。
どうやら私は地割れでできたような縦穴に落ちたらしい。
背の高い草に隠れてたから穴があるなんて全然気づかなかった。
『怪我はないか?』
聞かれて、自分の体を一通り見回して怪我がないことを確認する。
どうやら怪我がないのはルミナのおかげのようだ。
ルミナは私の手を掴めないと分かると、落下する私と地面の間に入って、その体を一部実体化して受け止めてくれたそうだ。器用な人だ。
「助けてくれてありがとう」
きちんとお礼を伝えれば、ルミナは照れたように私から視線をそらした。
その反応を微笑ましく思いながら、私はさっきから鼻をかすめる何とも言えない臭いに顔を顰めた。
なんだか生ごみがもっと腐ったような臭いがする。
薄暗い穴の中をぐるりと見回すと、少し離れたところに白骨化した子供の遺体が転がっていた。
「ヒッ!!」
小さく悲鳴を上げて思わずルミナの後ろに隠れると、ルミナは私を庇うように白骨死体の前に立ってくれた。
そして、どこにともなく声をかけた。
『お前が呼んだのか?』
少々いら立ったような声に応えるように、幼い男の子の声が上から降ってくる。
『ごめんなさい。でも、こうするしか思いつかなくて……』
その声に顔を上げると、先ほどまで私たちと白骨遺体しかいなかった空間に、上で手招きをしていた白い服の幼い男の子の幽霊が立っていた。そういえば、エオ君もこれくらいだったなと思い出す。
背格好からもこの白骨遺体の子なのかもしれない。
「あなたは……そこの……?」
『うん。俺はテト。そこの穴から落ちてそのまま……』
白骨遺体の隣に立った男の子はテト君というらしい。名前までどことなくエオ君と似ている。
テト君はメレエ村の出身で外壁にあいた隙間を見つけて以来、こっそり村を抜け出しては探検ごっこをしていたそうだ。
そして半年前のある日、この穴に落ちて命を落としたらしい。
どうやら半年に三人いなくなった子供の一人目がこの子だったようだ。
それじゃあ、人さらいというのは何かの間違いだったんだろうかと思っていると、テト君は私をじっと見つめて今にも泣き出しそうに顔を歪めた。
「ど、どうしたの!?」
『お姉ちゃん……お願い、母さんを……母さんを止めて』
唐突にでてきた母さんという単語に、私とルミナは顔を見合わせた。
「母さん?」
『母さん?』
私とルミナの声がハモる。
テト君は頷いて話を続けた。目にたまった涙がぽろぽろと彼の頬を伝う。
『俺の母さん、こないだこの森で俺を探している時に魔獣に襲われて死んだんだ。俺が生きてるって信じて、半年間ずっと探し続けてくれてた。だけど、俺が生きているのか死んでいるのかも分からないまま死んじゃったから、母さんは……』
『……まさか、村の子供たちが行方不明になっているのはお前の母親が原因か!』
何かに思い至ったらしいルミナが声を上げる。
「え?」
どういうこと? とルミナを見れば、彼は幽霊というものについて教えてくれた。
『本来、人は死ぬと幽霊になって成仏する。だが、未練や憎しみ悲しみといった強い負の感情を抱いたまま死ぬと、その思いに捕らわれて悪霊化してしまう……そうなると、自我が保てなくなってこの世に害を及ぼし始めるんだ』
「じゃあ、テト君のお母さんが子供たちをさらっているのって……」
『おそらく死してなお、自分の子供を……テトを探しているんだろう』
「そんな……」
『俺、どういう訳かこの穴からあんまり離れられなくて……呼びかけても誰にも気づいてもらえないし……気づいてくれたの、お姉ちゃんが初めてなんだ。だから、頼むよ!』
悲痛な叫びが穴の中に響く。
お母さんを助けたいのに誰にも気づいてもらうこともできなくて、ずっと助けを求めて叫び続けていたんだろう。こんなに幼い子供が、だ。
私でもできることがあるのなら何とかしてあげたいと思った。
「私で力になれるなら……」
私はルミナの背中から前に出て、テト君に手を伸ばした。




