52 手がかりを探そう
翌朝。
いつもよりもゆっくりした時間に目が覚めた私は、ベッドの上で大きく伸びをしてから、すぐそばの床に座り込んでたルミナに目を向けた。
ルミナはベッドの足の部分を背もたれに床に座った状態で、私を見上げて柔らかな笑みを浮かべた。
相変わらずイケメンさんだけど、だんだんこの顔にも慣れてきた気がする。
『おはよう、リン』
「おはよう、ルミナ」
『今日は起こさなかったぞ』
どや顔で告げてくるものだから、思わず笑ってしまった。
ルミナは目覚ましとしてとても優秀な働きをしてくれるんだけど、日の出と共に起こされるのだけは勘弁してほしい。
今日は移動の予定もないから起こさずに寝かせてくれていたらしい。ありがたや。
「ありがとう……っていうか、椅子あるんだから、あっちで寝ればいいのに」
部屋の中央にある丸テーブルと二脚の椅子を指さして言ってみたけど、今までこの意見が一度も聞き入れられた試しはない。いくら幽霊とはいえ床は疲れると思うんだけど。
ベッドから下りていつもの白いローブを身に纏って身支度を整えると、朝ご飯を食べに行こうと部屋を出た。
こちらの世界の宿屋はたいてい一階に酒場兼食堂、二階に宿泊部屋があって、朝は食堂で朝食が取れるようになっている。
階段を下りる途中、やけに階下が騒がしいことに気づいて足を止めた。
どうしたんだろうと思って、踊り場から一階にある食堂をそっと覗いてみると、商人風の中年のおじさんが何かを喚き散らしている。
耳を澄まして集中して聞けば、どうやら昨日の夜に子供がいなくなったらしい。
その周りにいる子供たちに見覚えがあった。昨日広場で遊んでいた子たちだ。
子供たちは自分たちの親と思われる大人の側で、親の服の裾を掴んで不安そうに立っている。
その顔ぶれを見ていると、ひとり見当たらない。
あの子がいない。
みんなの輪から離れて、呼ばれた気がすると言っていたあの男の子の姿がそこにはなかった。
どうやら喚き散らしているのはその子の親のようだ。
他の客も気の毒そうにその様子を遠巻きに見ている。
私は隣で身をかがめていたルミナに目配せをして、そっと宿屋の外に出た。
どの道この騒ぎでは朝ご飯を食べるどころではないだろう。
宿屋を出たところでルミナに声をかけられた。
『どうするんだ?』
「とりあえず、市場でご飯食べたら昨日の広場に行ってみようと思って。何か手掛かりにでもなるようなものがあればいいけど」
人目を気にしつつ小声で答えると、ルミナは何か言いたげにこちらを見てきた。
『…………』
「なに?」
『この事件は危険だ。関わるなら誰かに協力を求めた方がいい』
「確かにそうかもしれないけど……でも、まだ悪霊の仕業って決まったわけじゃないでしょ。それに、こういう話って誰に相談したらいいか分からないし……私は誰も信じてくれそうにない話をして誰かを巻き込むのは嫌なの」
確信のない話をして、誰かを振り回したくはない。
もし違った場合、周りからこの人何言ってるの、という白い目で見られるのも怖かった。
だから、せめて誰かに協力を求めるのは何か手掛かりをつかんでからにしたい。
私の言い分に、ルミナは小さく息をついて折れてくれた。
『分かった。だが、深追いはするなよ』
「うん!ありがとう!」
なんだかんだで私に甘いルミナにお礼を言って、私は市場へと繰り出した。
途中、昨日ゲラゲラの丸焼きを売っていたおじさんのお店の前を通ったので挨拶をしたら、すでに事件を聞いて知ってたのか、いなくなった子供の話になった。
「行商人のボウズがいなくなったって話だが……まったく、一体この村はどうなっちまったってんだ――はぁ、王都に来てるっていう神子様がいらしてくれたらなぁ」
「神子様?」
聞きなれない単語に首を傾げると、おじさんは物知り顔で知っていることを教えてくれた。
「あれだ。つい最近、東の大陸で邪竜の封印に成功したっていうイーニス教の神子様だよ。なんでもイーニス様の愛し子って呼ばれてて、今うちの国の王都に来てるってんで、王都は神子様見たさに人で溢れてるらしい」
「へー……」
イーニスの愛し子、か。
もしかしたら、その人ならイーニスに会えたりするのかもしれない。
王都に行ったら会えるかな。できたら会って話をしてみたい。
まぁ、この村を出ないことにはどうにもならないけど。
それからおじさんと二、三言葉を交わして、果実水だけ買って店を後にした。
それからホットドックに似た食べ物を買って、昨日あの男の子を見た広場へ向かった。
立て続けに子供がいなくなったという話は既に村中に知れ渡っているらしく、昨日よりも出歩いている人が少ない。
私は昨日と同じ場所に座って、腹ごしらえをしながら男の子の行動を思い返してみる。
市場の方から走ってきて、立ち止まったのはあの辺かな。
それからみんなとは違う方向を見て歩き出したんだった。
ホットドックを平らげたあと、あの時と同じように立ち上がって男の子を引き留めたあたりで足を止めた。
男の子が歩いていこうとした方向を見てみる。
畑付きログハウスのお家が数軒と村を囲うようにそびえたつ石を組み合わせてできた外壁。
何の変哲もない村の風景が広がっているだけで、特に変わったところは見当たらない。
『…………ち……』
「え?」
微かに何かが聞こえたような気がして、きょろきょろと辺りを見回す。
けれど、誰も私に話しかけている様子はない。
気のせいかとも思ったけど、変な胸騒ぎがする。
私は自分の直感を信じて、まっすぐ男の子が歩いていこうとした方へ歩き出した。
通り過ぎる家々を横目でちらりと見ても別段変わった様子はない。
一体何がそんなに気になってるんだろう。
そんなことを考えているうちに外壁の突き当りまできてしまった。
村の端っこともなると、村人の姿もほとんどない。
さっき感じた胸騒ぎはなんだったんだろうと思っていると、今度はさっきよりもはっきりと声が聞こえてきた。
『……っち……こっち……』
え、何。
声の聞こえる方向に顔を向ければ、外壁の下――ちょうど草に隠れる辺りに子供一人くらいが通れそうな隙間を見つけた。
石を組み合わせた部分が一部崩れてしまったのか、故意に通れるようにしたのかは分からない。
私は手を地面について這いつくばるように外壁の隙間から向こうを見ようと試みた。
というか、もう少しだけ隙間が大きければ私も通れそう。
外壁の向こうを覗いていた私は、小さな子供用の靴がひとつ転がっているのを見つけた。
隙間から手を伸ばしてそれを手に取ると、自分の方へ引き寄せてみる。
布を張り合わせてできた子供用の靴は片手に収まるくらい小さい。まだ真新しい靴の表面には綺麗な刺繍が施してあり、おそらく高価なものだろうと推測できた。
もしかして、昨日いなくなった子のものだろうか。
そう思って外壁の隙間から村の外に子供の姿がないかもう一度見てみる。
木々が覆い茂っているのが見えるだけで、人の気配はない。
やっぱりいないか。
でも、ここに外に通じる隙間があって外壁の向こうに子供の靴があったってことは、やっぱり村の外に出てしまっている可能性が高い。
もうちょっと何か手掛かりになりそうなものがあるといいんだけど。
この隙間、もうちょっとだけ掘ったら私でも通れるかな?
ものは試しと土を手で少し掘り下げて隙間を広げると、地面に這いつくばって地面と外壁の間にできた隙間に頭と肩をねじ込んでみる。
狭いけど通れないことはなさそうだ。
『おい、リン。深追いはするなと……』
「ちょっとだけ! ほんのちょっと見てきたら、ちゃんと戻るから!」
ルミナの心配をよそに私は軽い気持ちで答えると、ずりずりと体を引きずらせて村の外に這い出た。
外壁を越えた先は、背の高い木々とひざ丈くらいの草が覆い茂った薄暗い森の中だった。




