51 誘拐未遂?
串と一緒に買った果実水で喉を潤しながら、私は広場で行きかう人を眺めていた。
人の往来は若干少ない気もするけど、ぱっと見はいたって普通な農村だ。
ふと、目の前を小学校低学年くらいの子供が五人、楽しそうな声を上げて通り過ぎていった。
子供はどこの世界も外を駆けまわって遊ぶものらしい。
それを微笑ましく見ていると、一番後ろを走っていた茶色の髪をした男の子が不意に足を止めて、他の子とは別のところをじっと見ているのに気がついた。
どうしたんだろ。
なんとなく気になって目で追っていると、男の子はそのまま一緒に遊んでいた子たちの輪から外れてふらふらと歩き出した。
他の子たちはまだそのことに気がついていないようだ。
男の子の歩みはゆっくりだったけど、確実に他の子たちから離れていっている。
なんだか嫌な予感がして立ち上がると、私はその男の子に駆け寄ってその手をつかんだ。
その瞬間、男の子はびくりと体を震わせて、ぎこちなく私を見上げてきた。
「あ……れ……姉ちゃん、何?」
「えと……お友達、あっちじゃないかと思って」
そう言って一緒に遊んでいたお友達を指さしてあげれば、男の子は首をかしげた。
「ほんとだ。おっかしいなー、なんか呼ばれたと思ったんだけど――姉ちゃん、ありがとな!」
ばいばいと手を振ってみんなのもとに走っていく男の子に、私も手を振って応える。
『リン』
不意に呼ばれて振り返ると、ルミナは眉間にしわを寄せて先程男の子が歩いていこうとしていた場所を睨みつけていた。
「どうしたの?」
『…………あまりよくない気配がした。一度宿屋に戻った方がいい』
私もルミナが睨みつけている場所に目を向けてみたけど何も見えなかった。でも、確かにどことなく違和感のようなものを感じた。
得体のしれないもやもやした感覚には覚えがあった。
「もしかして、幽霊?」
『おそらく』
それなら、これ以上はここで話をしないほうがいいだろう。
人目が気になるし、第一こんな大っぴらなところで不穏な話をして疑われたくはない。
私はルミナの言う通り一度宿屋に戻ることにした。
***
宿屋に戻った私は、着ていた白いローブを椅子の背もたれに引っかけて、そのまま腰を下ろした。
ルミナも向かい側の椅子に座る。
「ルミナが感じた気配ってどんなの?」
私が聞けば、ルミナは少し考えたあとで口を開いた。
『…………なんというか、どす黒い感じの気配だ。一瞬で消えてしまったから断定はできないが、この子供がいなくなってる事件、もしかしたら悪霊が関わっているかもしれん』
「悪霊……」
悪霊とは穏やかではない。
そういえば、日本にも生きてる人を手招きして道連れにしようとする幽霊の話とかあったな。
「ねぇ、ルミナ。こっちの世界ってさ、『おいでおいで』みたいなのっているの?」
『…………おいでおいでとは何だ?』
ルミナは聞きなれない単語に首をかしげた。
どうやら通じなかったらしい。
私はどうやって言葉で伝えるか考えながら、身振りを使って説明する。
「えとね。こう……人の手だけが宙に浮いて、手招きして生きてる人を死後の世界に連れてっちゃう幽霊……かなぁ」
『…………手だけになりながら意思があるのか――お前がもといた世界は恐ろしいな。修羅の国なのか?』
至極真面目に聞き返されて、私は返答に困る。
なんか突っ込まれるところがおかしい気がする。
日本はいたって平和な国だよ!?
どうしてそんな発想になるのか。
「っていうか、こっちの世界には手だけの幽霊とかいないの?」
『いるわけないだろう。人の意思は頭に宿るものだ。腕がもぎれた幽霊はたまに見かけるが、腕だけで歩き回るやつはいないな――まぁ、デュラハンのような頭と体が別々に動き回るやつもいるにはいるが、あいつらは一説では頭と体に別々の魂が宿ってると言われているからなぁ……』
とても饒舌にこちらの幽霊事情を説明してくれるルミナに、私はほへーと呆けた返事を返した。
さすが幽霊を研究していただけあって詳しい。
とりあえず、こっちの世界の幽霊は頭に魂が入っているらしい。興味深い。
『それで、その『おいでおいで』というのがどうかしたのか?』
「あ、うん。さっきの話。子供がいなくなってるのって、『おいでおいで』みたいに幽霊が子供を呼んで連れてっちゃってるのかなって思って」
『…………なるほど』
「私、明日もあの広場に行ってみようと思う」
私が言えば、ルミナはあまり気が進まなさそうに小さく息を吐いて好きにしろと言ってくれた。




