50 ゲラゲラ焼きの丸焼き
「なんか、あんまり活気のないとこだね」
それが、私が率直に感じたメレエ村の印象だった。
門から少し歩いたところにあった手ごろな宿屋の二階の部屋を借りた私は、窓に手をついて外の景色をぼんやりと眺めた。
ぽつぽつと点在するログハウスの敷地内にはどの家にも畑のようなものが見える。
商業よりも農業が盛んな村なのだろう。
道行く人も今まで畑仕事してましたといったような服装の人が多い。
日暮れが近いこともあって人通りはまばらだけど、どことなくひっそりして活気がないように感じられるのはそれだけが原因ではないだろう。
ルミナも外に目を向けて村の様子を伺っているようだった。
『人さらいがあったばかりだというし、警戒してるのではないか?』
「あー……それは確かに」
『それにしても、よく人さらいの起きた村に入ろうと思ったな』
「え?」
『俺はてっきりあの御者と前の村に戻るのだと思っていた』
「でも、あのおじさん、前の村に戻って迂回しても危険な道な上に日数かかるって言ってたじゃない?」
『言ってたな』
「私からしてみたら、何日もここに足止めされるよりも危険な道を行く方がリスクが高いかと思って。私、もう山でサバイバルなんてしたくない」
日頃の運の悪さを自慢するわけではないけど、タイミングの悪さなら定評のある私が胸を張って言おう――危険な道は絶対やばいと。どうしても土砂崩れに巻き込まれたり、崖から転落するといったようなビジョンしか見えない。
どのみち日本にいたって毎日どこかしらで警察沙汰の事件は起こっている。他人事とは言わないけど、巻き込まれさえしなければ不自由なく滞在できると思ったのだ。
あとはこの村の警察が優秀であることを祈るばかりだ。
ルミナは私の話を神妙な面持ちで聞いて、おもむろに口を開いた。
『一応、考えた上での行動だったんだな』
「ちょっ! 『一応』って、それ失礼じゃない!? 私だって、ちゃんと考えてるよ!?」
声を上げて反論した私に、ルミナは笑いをこらえた声で『すまない』と返してきた。
これ、全然心にも思ってないやつだ。
私は半眼でルミナを見上げて、むぅと頬を膨らませた。
***
翌日、宿屋の一階にある酒場兼食事処で軽い朝ご飯をとった私は、ルミナと一緒に市場に繰り出した。
宿屋から市場までは少し離れていたけど、物流のために大きめの荷馬車が通るせいか、他よりも幅が広く作られた道路のおかげで迷うことなくたどり着くことができた。
けれど、店自体が少ないし、出店しているお店の呼び込みもどことなく元気がない。
だからだろうか、市場独特の喧騒がなく、どことなくひっそりしていた。
私はお肉系の総菜を売っている屋台がないかときょろきょろと辺りを見回した。
市場を歩く人に紛れて、ガタイのいい男の人が周囲を警戒しながら歩いているのが目に留まった。
パトロールだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、ふわりとお肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。
美味しそうな匂い。
吸い寄せられるようにお店の前まで歩いていくと、カエルのような姿をした何かの肉が串刺しにされて炭火で焙られているのが見えた。いや、見えてしまった。
「う……」
これはビジュアル的になかなか厳しい。
そりゃ、海外でカエルを食べる国もあるし、日本にだってイナゴの佃煮とかあるにはある。
ただ自分から進んで食べるかと言われたら否だ。
「へい、いらっしゃい!」
お店の人に声をかけられてしまった。
私は脂汗を浮かべて一歩後ずさる。
「こ、こんにちは……オイシソウナニオイですね……」
「おうよ! うちのゲラゲラの丸焼きは最高に美味いよ!」
カエルのような姿の丸焼きはゲラゲラというらしい。
なんだろう、この買わなきゃいけない雰囲気。
なんとか回避できないかと、世間話を振ってみることにした。
「私、昨日村に着いたばかりで、いろいろ見て回ってるんです」
「お、そうかい! でも、ちと来た時期が悪かったなー。ちょっと前に村長のとこのボウズがいなくなっちまったってんで、みんなピリピリしてんのさ」
「門のところでも聞いたんですけど、見つからないんですか?」
「ああ。子供だけで遊んでいたらしいんだが、夜になっても帰ってこなくてな。一緒に遊んでた子が言うには、別れ際に誰かに呼ばれてるような感じだったらしい。そこで分かれて以降、誰もその姿を見てないんだよ」
「そうなんですか……」
「昨日も結構な人数で探したんだが、どこ探してもいねぇってんで、とうとう狭間に落ちたんじゃって話も出てるくらいだ」
「狭間……」
確かに精霊の作ったワームホールに落ちたのなら見つからなくても不思議はない。
あれは人を何の前触れもなく全く違う場所に連れてってしまうものだから。
「だがなぁ、いなくなったのは村長んちのボウズだけじゃないから一概に狭間に落ちたとは考えにくくてなぁ……」
「そうなんですか?」
「ああ、ここ半年で三人だ」
それは多い。
前にオルト村で教えてもらった情報によれば、狭間に落ちる人間というのはそういるもんじゃないらしい。
半年で三人も、というのはいくらなんでも多すぎるというのが店のおじさんの見解だ。
「で、買うかい?」
最後にいい笑顔を添えられてしまえば、もう逃げられる気がしなかった。
ええい、女は度胸。
私は覚悟を決めて、人差し指を立てて言った。
「…………じゃあ、一つください。あとそっちの果実水も」
「まいど!」
おまけでもう一本つけてくれようとしたおじさんを全力で止めて、私は座って食べられそうな場所を探した。
食べ歩きができるほど気軽な食べ物には思えなかった。
これを食べるには勇気と度胸と覚悟が必要だと思った。
幸い、少し歩いたところに座って食べれそうな場所を見つけた。
大きな木を囲むようにレンガが積まれたところに腰を下ろすと、しげしげと串焼きを見つめる。
ああ、買ってしまった。
見れば見るほどカエルにしか見えない。
『食わないのか?』
横からルミナに聞かれて、私は眉間にしわを寄せた。
「ルミナはこういうの平気な人?」
『こういうの?』
「だって、どうみてもカエル……ええと、見た目に難があるというかなんというか……」
『?』
きょとんとした顔を向けられる。
こういうの平気な人らしい。
共感を得られないとわかって、串焼きに視線を落とす。
『魚の丸焼きと同じだろう? 何故そんなに抵抗があるんだ?』
まさかの魚と同じ扱い。
「もしかして、ゲラゲラってこっちじゃ普通に食べられてるもの?」
『そうだな。北の方だとあまりないが、この辺じゃよく見かけるな』
「…………なるほど。ちなみにルミナは食べたことあるの?」
『ああ。脂がのって美味いぞ。ちなみに、腹の部分から食べるのがおすすめだ』
しれっと返してくるルミナの言葉に、私はごくりとつばを飲み込んだ。
何事も食べず嫌いはよくないのかもしれない。
カエルじゃない、カエルじゃない、これはカエルじゃない。
ぎゅっと目をつぶって、思い切って串にかぶりつく。
弾力のあるお肉からじゅわっとした肉汁が染み出て、香ばしい香りが口いっぱいに広がった。
あれ……なんか思ったよりもジューシーで美味しい。
私は薄目を開いて、今しがた齧ったものをまじまじと見つめた。
確かに見た目はカエルだけど、味はまるで焼き鳥のぼんじりのようだ。
「…………これ、頭は食べられるの?」
『ああ。コリコリして美味い』
「……」
一口食べられたんだから大丈夫。ししゃもだって頭から食べられるんだし。
そう思って齧れば、難なく食べることができた。
頭はまるで軟骨のようなコリコリ感だった。
「……ごちそうさまでした」
美味しかった。おまけのもう一本を断らなければよかったとさえ思うくらいに。
今度また買おう。
私は今日、食べず嫌いは損だと言うことを身をもって知った。




