49 精霊の加護の話と新しい村
ヴェラードを出て数日。
私たちの旅は専用の馬車を手に入れたことによって飛躍的に効率が良くなっていた。
何より、雨でも移動できることが大きい。
雨の降りそうな日は天気を理由に商人さんに荷台に乗せてもらうのを断られたりしていたので、それがないのが嬉しい。
御者の人はどうやら村ごとに交代という決まりになっているのか、世間話をするくらいで特別親しくなるということはなかった。
荷台と違って座席が壁で覆われているのでルミナと気兼ねなく話ができるのもよかった。
私は流れゆく景色を見ながら、ちらりとルミナを盗み見た。
長い前髪で目元は隠れがちだけど、相変わらずイケメンさんだ。
出会ってまだそんなに経っていないのに、一緒に苦難を乗り越えてきたせいか、もう長いことずっと一緒にいるような気さえしてくる。
この世界に来て散々な目にもあったけど、人生投げ出さずにいられるのはルミナのおかげと言っても過言ではない。彼には本当に感謝しかない。せめて何かお礼ができればいいのだけれど。
そんなことを考えていると、ルミナと目が合った。
『どうした?』
首を傾げて聞かれて、私はびくっと肩を震わせた。
ただ見てただけなんて言いにくい。
どうしようかと膝の上においた手に視線を落としてみれば、袖の間からラティスにもらった風の加護のリストバンドが見えた。
「え、ええと……この世界の精霊って、レアなのかと思って?」
『れあ?』
「ええと、珍しいって意味ね。私、これをくれたラティス以外にはオルト村にいた水の精霊にしか会ったことないけど……本当はもっといるんでしょう?」
山の中で火起こしでお世話になった石には火の精霊の加護が宿っていたし。ラノベ的な知識だけど、火や水や風がいるならきっと地の精霊とかもいるんじゃないかと予想できる。
『まぁ、リンの言う通りもっといるのは確かだが……そもそも珍しいというのはそこじゃない』
「?」
『人前に精霊が出てくるということ自体が珍しいんだ』
「うーん……つまり、精霊は基本的に人前には出てこないってこと?」
『そうだ』
私の言葉を受けてルミナが頷く。
そういえば、確かにラティスも親切にしてはくれたけど村まではついてきてくれなかった。
『水や土の精霊なんかは人好きや好奇心旺盛な個体が多いせいか、気まぐれで人前に姿を現すことがあると言うが、火や風は滅多にそういうことはないと聞いたことがある。姿を現したところで、ミーティアスじゃないと彼らを感知することはできないしな』
「じゃあ、村にある清めのマットとかランプとかの加護ってどうやって得てるの?」
私は素朴な疑問を口にした。
あれは誰でも使えたはずだ。
『ミーティアスが彼らの加護を受けて、それを通して加護を分けてもらってるんだ。その証拠に、マットやランプには陣が書いてあるだろう?』
どうやら直接精霊の加護が授けられているわけではないらしい。
ルミナは手だけ実体化すると、私の手を持ち上げてラティスから貰ったリストバンドをあらわにする。
『本来、直接的な精霊の加護は陣を必要としない。リンの風の加護も火おこしの石も色だけで特に陣は書いてないだろう?』
「確かに」
銀色のような水色のような不思議な色合いをしたリストバンドの表面に魔法陣のような模様はない。
あの陣はミーティアスを通じて精霊から加護を得るためのものらしい。
ルミナは何かを思い出したらしく、ふっと笑った。
どうしたのかとルミナを見ると、ルミナは昔を思い出すように目を細めて窓の外を見た。
『昔、友人が精霊の加護について研究をしていたのを思い出してな』
「友達?」
『ああ。専攻は違うが、一緒に国家魔導士をしていた。あいつがやっていたのは精霊の加護をどうにかして人々の生活にいかせないかという研究だったが』
「へー」
『そういえば、あの清めのマットも入浴が面倒だと言ったあいつが開発したんだったか』
ぶ……。
今、なんかすごいことが聞こえた気がする。しかも、ものぐさからの発明品。
「す、すごい人、だったんだね?」
『ああ……あいつは顔に似合わず、周りが驚くほどの面倒くさがりやだったな』
その人を思い出して、ルミナが楽しそうに笑った。
ルミナって、こういうふうに笑う人なんだ。
私はちょっと彼の笑顔に見惚れてしまった。
***
日暮れが近くなる頃、私たちはメレエという小さな村に到着した。
村に入るのに手続きが必要らしく、すでに数台の馬車や荷馬車が門のところで待たされていた。
中には村の中に入らずに引き返していく馬車もある。
何かあったのかな。
それを馬車の中から見ていると、ふとドアがノックされた。
返事をすると、御者をしてくれていたおじさんが顔を出した。眉間にしわを寄せて、どことなく難しそうな顔をしている。
「村への出入りが制限されてるそうだ」
「何かあったんですか?」
私がそう聞けば、御者のおじさんは門番の人から聞いたことを教えてくれた。
「どうやら一昨日人さらいが出たらしい」
「物騒ですね……」
「いなくなったのが村長のとこのボウズだったらしくてな。躍起になって犯人探しをしているせいで村に出入り、というよりは出る方に制限がかかってるらしい。中に入ったら出入り制限が解けるまで村から出れなくなるけど、おたくらはどうするよ?」
つまり、村には入れるけど出れないそうだ。
御者のおじさんは私たちに二つの選択肢を提示した。
一緒に前の村まで戻るか、この村に入るか。
ちなみに村に入る場合は、馬車と私たちだけ置いて、おじさんは引き返す荷馬車に乗せてもらって元の村に帰る予定だそうだ。
参考までに元の村まで戻って迂回するルートがあるかどうかを聞けば、危険で日数かかるルートならあるという。
さて、どうしようか。
口元に手を当てたままルミナを見上げると、彼は私に『リンのしたいようにしろ』と言った。
そういう意見が一番困るんだけど。
決定権は私にあるようなので、ひとまず路銀と相談して決めることにした。先立つものは大事だ。
バゼル村で餞別にもらった銀貨はまだあと八枚残っている。
この辺りの村の宿泊費の相場は銅貨一枚らしいので、数日くらいなら滞在しても問題ないだろう。
出入り制限というのがいつまで続くかは賭けのようなものだけれど、最悪馬車の中で寝泊まりすれば何とかなる。危険な道を行くよりは安全な気がする。
「ここで下ります。制限が解けたら、どうやって馬車を動かしてくれる人を探せばいいですか?」
「あー、それなら門番か市場を取りまとめてる人に聞いてもらえれば、日雇いの御者を紹介してもらえるよ」
「わかりました」
御者のおじさんは駐車場のような馬車を止めるスペースまで移動してから、元の村へと帰っていった。
ルミナにエスコートされる形で馬車を下りた私は、村に入る手続きをするために門番をしているというおじさんに話しかけた。
門番のおじさんは慣れた様子で何かが書かれた紙と羽ペンを渡して、「じゃあ、それ書いて」と言ってきた。
だから、文字読めないんだってば。
渡された羽ペン片手に固まっていると、ルミナが助け船を出してくれた。
『ここに名前と出身と入村理由を書けばいいらしい』
とんとんと空欄をつついて教えてくれるのはありがたいのだけど、ついでに代筆もお願いしたい。
そう目で訴えてみれば、ルミナはまかせろと言わんばかりのドヤ顔で羽ペンを握る私の手に己の手を添えてきた。
手を包みこむような感覚と共に、私の手が勝手に動き出して紙にすらすらと何かを書いていく。
私の手なのに自分の手じゃないみたいな、なんだか不思議な感じがする。
書きあがった字を眺めてみたけど、相変わらず何がかいてあるかはさっぱりだ。
私はできあがったそれを門番のおじさんに手渡して、後ろめたさを誤魔化すように愛想笑いを浮かべた。
門番のおじさんは私と入村の台帳を見比べてちょっとだけ首をひねった。
「リン・ヤガミさん。出身はオルト村。入村理由は……あー……オルト村に戻るため? に旅をしている……ね?」
「はい」
言われたことに間違いはないので肯定したけれど、なんでところどころ疑問形なんだろうか。
門番のおじさんは私と目が合うとその顔に笑みを浮かべて入村を許可してくれた。
「お嬢ちゃん、若いのに随分古風な言い回しをするんだなぁ」
どうやらルミナの書いた文章はだいぶ昔っぽい書き方だったらしい。
まぁ、百五十年も前の人だもの。仕方ないよね。
いずれにしても私じゃまったく書けないのだから、書いて通じる分ルミナの方がいいに決まってる。
ひとまず日が暮れる前に滞在する宿を探さないと。
私たちは先行き不安なまま、メレエ村の門をくぐり抜けた。




