48 鳥便と旅立ち
キースさんのお屋敷に着く直前に、ルミナはもとの姿に戻った。
やっぱりちょっと残念な気がする。
「戻っちゃうんだ」
『あの姿は長く保てないんだ――それに、突然子供を連れて帰ってどう説明するつもりだ』
確かに。
キースさんの一件で、もうお屋敷の人には何でもアリと思われていそうだけど、面倒ごとは極力避けたほうがいいだろう。
お屋敷に戻ると、ちょうど外に出ていたケインさんが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま戻りました。ケインさん、それは?」
「ああ、鳥便を送っていたのですよ」
「鳥便、ですか」
久しぶりに出てきた鳥便――こちらの世界の郵便に、ふと思いついたことを口にした。
「あの、それって私にも送れますか?」
「もちろんでございますよ。送られるのでしたら、便箋をお持ちしますが」
「いいんですか!?」
ぱあっと顔を輝かせた私に、ケインさんは目元の笑みを深めながら頷いてくれた。
部屋に戻った私は、さっそくケインさんにもらった鳥便用の便箋を机に広げて――頭を抱えた。
そういえば、こっちの世界の字なんて書けないんだった。すっかり失念していた。
『そもそも、手紙なんてどこに出すつもりだったんだ?』
「うー……エクスさんのとこ」
帰るのに時間がかかりそうだったから、せめてエクスさんに無事ですって手紙を送ろうと思ったんだけど。
突然いなくなって心配しているかもしれないから、せめて自分が今ヴェラードにいて、これからオルト村に戻りますってことを伝えられたらと思ったんだけど、まさか文字を書くところから躓くとは思わなかった。
『俺が代わりに書いてやろうか?』
ふと投げかけられたルミナの提案に、私が目をぱちぱちとさせて「そんなことできるの?」と聞き返せば、ルミナはドヤ顔をして『できる』と言ってのけた。
どうやら手を実体化させればペンも握れるので代筆が可能だという。
代筆をお願いすると、手だけ実体化させたルミナが私が使うはずだったペンを持ってすらすらと書き始めた。
みるみるうちに白い紙に見知らぬ形の文字が書き連ねられていく。
これ、見えない人からすると所謂ポルターガイスト現象ってやつだよね。
一通り書き終えたルミナは最後に私を見て宛先を聞いた。
『宛先は? エクス、なんていうんだ?』
「え?」
『下の名前だ。それがないと鳥便は飛ばんぞ』
「うそ! え、えーと……なんだったかな」
エクス……エクス……ああ、もう! 聞いたはずなのに全然思い出せない。
なんかコンビニみたいな名前だったような気がしなくもない。
エクス・セブン? エクス・ローソン? エクス・ファミマ?
…………どれも違う気がする。
日本人みたいな名前だったらともかく、横文字の人の名前なんて一回聞いただけじゃ覚えられないよ。そもそもルミナの名前だってうろ覚えだ。
「うー……ルミナはフルネーム何だっけ?」
『ルミナリス・マイザーだ』
「マイザーさん」
某ステロイド剤と同じ名前だね。うん、覚えた。
エクスさんの名前どころか、ルッツさんにもリッツさんにもちゃんと名前を教えてもらったはずなのに全然思い出せない。
結局、鳥便が飛び立つことはなかった。
***
五日後、とうとう出発の日がやってきた。
お屋敷を出発する前に、私はお別れの挨拶をするためにキースさんの部屋を訪れていた。
まだ一人では起き上がることのできないキースさんが、ベッドの上で上半身を起こしたままの状態で私とルミナに微笑みを浮かべた。
「本当にありがとうございました。貴方がたにはなんとお礼を言ったらいいか……」
目覚めから数日。キースさんは普通にしゃべれるようになるまで回復していた。
キースさんに寄り添うようにベッドの隣に立っていたサリーナさんが、私の手を両手で握るようにして持ってぶんぶんと振った。
『あたしからも。リン、ルミナ、ここまで連れてきてくれてありがとう』
「サリーナさん、よかったね。キースさんとお幸せに」
憑りつき先を私からキースさんに変えたサリーナさんは、成仏を取りやめて現世に留まることを決めた。この世界は自分の意思で成仏をキャンセルすることができるらしい。
以前とは変わり果てた姿になってしまったキースさんの傍にいることが今の彼女の望みで、キースさんが死んだら二人で一緒に成仏するのだという。
一通りの挨拶を済ませてキースさんの部屋を後にした私は、荷物をまとめて待ち合わせ場所のロビーへと向かった。
お屋敷の前には二人乗り用のこじんまりとした馬車が用意されていた。
黒を基調とした客室の中は綺麗な装飾品があしらわれていて、まるでシンデレラの馬車のようだと思った。
「わぁ……すごい! これ、本当に私が乗っていいんですか!?」
馬車の中を一通り見た私が外にいたケインさんとアバンさんに駆け寄ると、二人は顔を見合わせて頷いてくれた。
「もちろんだ。兄を助けてくれた恩人の旅立ちだ。せめてこれくらいはさせてもらわないと」
「ええ。行く先でよい出会いがあるようにお祈り申し上げております」
「ヴェラードに来たら、またいつでも寄ってくれ」
「ありがとうございますっ!」
もともと少ない荷物を積んでしまえば、すぐに出発の時間になった。
私は御者のおじさんに挨拶をして、ケインさんとアバンさんにお世話になりました、と頭を下げてから馬車に乗り込んだ。
客室に乗り込む時に、先に乗っていたルミナが私に手を差し出して乗るのを手伝ってくれた。なんだか本当にお金持ちのお嬢様にでもなった気分だ。
布張りの椅子の上に座って窓の外を見ると、ケインさんとアバンさんが手を振ってくれているのが見えて、私も手を振り返す。
ゆっくりと馬車が動き出した。
大きなお屋敷の横を通り過ぎて行けば、車いすに乗ったキースさんとサリーナさんが中庭からこちらを見送っているのに気がついた。
どうやら、見送りに中庭に出てきてくれたようだ。
幸せそうに笑う二人の姿が見えなくなるまで手を振って、私はぽそりと呟きをもらした。
「私のいた世界にはさ、死が二人を分かつまでって言葉があるんだけど……」
『うん?』
「サリーナさんたちは死がようやく二人を一緒にしてくれるんだね」
二人に幸せになってほしいとは思っているけど、それはつまりキースさんの命が尽きる時で。
その複雑な心境をどう表現していいのか思案していると、向かい側に座ったルミナが小さく笑う気配がした。そちらを見れば、ルミナもまた過ぎ去った景色に目を向けたまま口を開いた。
『こちらには、死して共にという言葉があるんだ』
「死して共に、か……なんかいいね」
死んでからも一緒にいられるなんて素敵だなと思った。
お読みいただいて、ありがとうございました。
更新遅くなってすみません。




