46 人生初のナンパ
「お礼かぁ……何かあったかなぁ……」
柔らかいベッドに寝転がりながら、ぼんやりと呟く。
厳密にいえば、元の世界戻る方法が知りたいとか、そういう希望はある。
けれど、言ったところでどうなる問題でもないだろう。
じゃあ他にはと考えたところで、綺麗な洋服も装飾品も旅には邪魔になるだけだ。お金はあったら嬉しいけど、お金がいいですとは面と向かって言い出しにくい。
ごろり、ごろりと身じろぎして眠気がくるのを待っていると、ふいに『眠れないのか?』とルミナから話しかけられた。
「あはは……なんかお礼のこと考えてたら寝付けなくって」
思いつくまで屋敷にいていいとは言われたけど、いつまでもこうしているわけにはいかない。
お礼が思いつかないからとずるずる長居するような図太い精神はしていないのだ。
私が小さくため息をつくと、ベッド脇の床に座っていたルミナがふわり立ち上がってベッドの縁に腰かけてきた。
『リンは難しく考えすぎだ……もっと、軽く考えていいんじゃないか?』
「でもさ……ルミナなら好きなものがもらえるって言われたら何て答えるの?」
『そうだな…………んー……生きていれば、研究費って言いたいところだが……」
それはものじゃない、お金だ。
首をひねりながら考え出した答えがそれ。
結局、最後はお金に行きつくらしい。
「でも、お金って言いづらくない?」
『………………そうだな。名目があればせびり易いが、特に使い道がないと言い出しにくくはある』
「ね? でも、じゃあ他のって言われてもぱっと思いつかないでしょ?」
私に突っ込まれて、ルミナは考えるように口元に手を当てて動かなくなった。
しばらくして、ルミナが名案を閃いたとばかりに口を開いた。
『じゃあ、いっそ専用の馬車でも用意してもらったらどうだ?』
「専用の馬車?」
『オルト村まで行く直行の馬車を用意してもらうんだ。今だと次の村まで荷馬車に乗せてもらうしかないだろう? 』
「あー……なるほど」
確かに、それなら私も毎回市場に出て次の村まで行く商人さんを探さなくて済む。
うん、いい考えかもしれない。明日、ケインさんに相談してみよう。
***
「オルト村までの馬車、ですか?」
翌日、ケインさんに馬車の話をすれば、彼は鳩が豆鉄砲くらったような顔をした。
やっぱりお礼はものじゃないと都合が悪いんだろうかと思って聞き返せば、そんなことはないらしい。
一晩も考えたら、もっと大層なものを要求してくると思われていたようだ。むしろ、そんなことでよろしいのですか? とすら言われてしまった。
馬車の手配に時間がかかるというので、出発は五日後ということになった。
その間に旅に必要なものを市場で見てきてはいかがですか? と言われて、その日は町の散策も含めてルミナと一緒に町の南側にある商店街を見て回ることにした。
東側にある市場と違って、商店街の方は建物の中にお店がある感じだ。
看板の文字は相変わらず読めないけど、開かれた扉から見える店内の様子から何屋さんかは判断がついた。
きょろきょろと物珍しそうに辺りを見回していると、声がかけられた。
最初、自分が声をかけられてるとは思わなくてガン無視してしまったけれど、進行方向に回り込まれて引き留められたことで自分が話しかけられていたことに気づいた。
五分刈りくらいの短髪をサイドで刈り上げたガラの悪そうな青年が、私を上から下まで見てニヤッとした笑みを口元に浮かべた。
「はーい、姉ちゃん。この辺りは初めての人?」
「え……えと、はい? そう、ですけど?」
「へぇ。一人? よかったら、案内しようか?」
「へ? えっと……いえ、その、だいじょう……」
「いいじゃん、一人なら一緒に行こうぜ? 俺、いい店知ってるんだ」
厳密には一人ではない。ルミナが一緒だ。
それ以前に、この人について行っちゃだめだと全神経が警告してくる。
断らなきゃって思うのに、なんだか怖くて言い出せない。手が震える。
何かいい断り文句を考えなきゃ。考えなきゃ。何か、何か、何か――。
不意に、誰かに手を掴まれてびくりとした。
「リンは俺の連れだ。勝手に連れていくな」
少年のような高い子供の声が斜め下から聞こえてきて、私は視線を落とした。
そこには、黒いローブを着た黒髪にアメジストのような紫の瞳をした七、八歳くらい少年が立っていた。
ガラの悪そうな青年は、少年を見てチッと舌打ちした。
「なんだ子連れかよ」
子連れ!?
誤解もいいところだと思ったけど、この際このガラの悪い青年から逃れられるのなら使わない手はない。
私は少年の手をぎゅっと握り返して青年に向き直ると、にっこり愛想笑いを浮かべた。
「じゃあ知り合いがきたので、私はこれで……」
そう言って、相手の返事も待たずに踵を返して歩き出す。
助けてくれた少年には悪いけど、もう少しだけ付き合ってもらおう。
二つ先のお店の角を曲がって先ほどの青年が見えなくなったところで、私は少年からぱっと手を放して地面に膝をついた。
「助けてくれてありがとう! ごめんね、つきあわせちゃって。怖い思いはしなかった?」
少年に目を合わせるようにして言うと、少年は照れ臭そうにそっぽを向いた。どことなくルミナに似てる気がする。
「してない――――それより、あんまりきょろきょろするなと言っただろ?」
言われた言葉にきょとんと首を傾げる。
少年とは今さっきあったばかりのはずなのに、どうしてルミナと同じことを言ってるんだろう。
ふとこういう時にお小言を言ってくるルミナに目を向けると、その視線の先に誰もいないことに衝撃を受ける。
うそ……ルミナが、いない。
今までどんなに頑張っても十メートルくらいしか離れられなかったのに。
体から血の気が引いて、頭の中が真っ白になった。
一体どこに行ってしまったんだろうと立ち上がって、きょろきょろと辺りを見回していると、少年に「リン?」と声をかけられた。
そういえば、どうしてこの子は私の名前を知ってるんだろう。
「ねぇ、どうして私の名前を知ってるの?」
疑問を口にすれば、ルミナによく似た少年は拗ねたようにむすっとした顔をして答えた。
「……ルミナだ」
「ふぇ?」
「俺だ、ルミナリスだ」
私は目をぱちくりと瞬いて、少年に言われたことを頭の中で反芻する。
ルミナ? ルミナって言った?
私は幼い少年の姿をまじまじと見て声を上げた。
「はあああああ!?」
ルミナがちっさく!?




