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44 キースさんを体に戻す方法 ②

 ひとしきり泣いて少しだけ気分が落ち着いた私は、ルミナに誘われて少し寄り道をしてからキースさんのお屋敷に行くことにした。

 サリーナさんもキースさんと積もる話があるだろうし、しばらく二人っきりにしてあげたいという思いもあったし、何より泣きはらした顔のまま行きたくはなかった。

 『こっちだ』と私の手を引こうとしたルミナが、私の両手に持つ荷物を見て『持とうか?』と提案してくれた。

 でも、よく考えてほしい。

 ルミナに持ってもらったら、はたから見たら荷物が宙に浮いているようにしか見えないに違いない。

 気持ちだけ受け取っておくよと断ると、ルミナは差し出した手を宙に泳がせたまま残念そうな顔をした。

 そんなに気を遣わなくてもいいのに。

 私は荷物を抱えたまま、隣を歩くルミナに案内されて高台までやってきた。

 その頃にはすっかり夕方になっていて、さっきまで青かった空は見事に夕焼けに染まっていた。

 石畳の階段を上るのは結構大変だったけど、上ってみると心地よい風と見晴らしのいい景色に心が軽くなった。


『すまない』


 不意に声をかけられて、私は隣にたたずむルミナに目を向けた。

 私がどうして謝られたのか分からないという顔をしていると、ルミナは顔を顰めて続けた。


『俺が『間違いない』なんて言ったから、リンにプレッシャーをかけてしまっただろう?』

「あー……」


 一応、気にしてたんだね。

 私は首を横に振ってルミナに真っすぐ向き直る。


「確かにプレッシャーにはなったけど、違うよ。上手くできなかったのは私、だから……」


 そこまで言って、また泣きそうになって慌ててルミナに背を向けた。

 気分を落ち着けようと深呼吸して眼下に広がる景色に目を向ける。ここからだとヴェラードの街並みがよく見える。

 レンガ造りの家々が夕日に照らされて、町全体が真っ赤に染まっているようだった。

 お互い無言のまま少し冷たい風に当たっていると、気分もだいぶ落ち着いてきた。


「………………帰ろっか」


 夕日が地平線へと沈み始めた頃、私はルミナに声をかけた。



 ***



 キースさんのお屋敷に戻ると、ケインさんが出迎えてくれた。

 私が戻るのが遅かったせいか心配させてしまった。申し訳ない。

 案内された部屋は大きさでこそ宿屋で借りた部屋より少し大きいくらいだったけれど、豪華な調度品がたくさん置いてあった。

 一人、というかルミナと二人きりになった私は、ふかふかのソファーに体をうずめて深く息を吐いた。

 疲れた。食欲もないし、今日はもうこのまま寝てしまおうか。

 うつらうつらしながらも、私は今日のことを考えていた。


「…………どうして上手くいかなかったんだろ……」


 ぽそりと誰にともなく呟けば、ルミナが私の隣に腰を下ろしてきた。

 近い、と思って少しだけ横にずれると、ルミナはちょっと不満そうな顔をした。せっかくどいてあげたのに、なぜ。


「ねぇ、ルミナ。ルミナが前にやった時には手を繋ぐだけで生霊の人は元の体に戻れたのよね?」

『…………そうだな』


 ややあって、ルミナが肯定する。

 私はさっきからずっと思っていたことがある。ルミナと私の違うところ。


「上手くいかなかったのってさ……私がこの世界の人じゃないから、とか関係あるかな」

『………………』

「正直に言っていいよ。ルミナはどう思ってるの?」


 ルミナは口元に手を当てて少し考えた後、自分の考えを話し始めた。


『正直なところ、俺にもよく分からない。リンとこちらの人間が同じかどうかを知るすべはない』


 包み隠さない意見にチクリと胸が痛んだ。俯きかけると、ルミナが『だがな』と続けた。


『俺はそれが原因じゃないと思ってる』

「? どういうこと?」

『ずっと研究をしてきたから言えることだが、人が誰かを想う力の大きさは存外馬鹿にできないということだ』


 え? つまり、どういうこと?

 説明を聞いてもいまいちよく分からない。

 肯定も否定もできないまま首を傾げていると、ルミナは更に分かりやすく説明をしてくれた。


『つまり、俺やリンは昨日初めてキースに会ったばかりだろう? あの状況を見て可哀想だとは思っても、親兄弟や親しい友人ほどの思い入れはない…………違うか?』

「あー……うん、確かにそうかも……」


 確かにあんな状況で五年も体に戻れないなんて可哀想だと思ったけど、正直それ以上の感情は持ち合わせていない。

 ルミナが言いたいのは、今日足りなかったのは『想いの力』じゃないかということだった。


『当時、俺が元に戻したのは全員がよく知る同僚だった。だから、それを明日試してみようと思う……そうだな……始めに俺とリンで試して、それでだめならアバンを入れて試してみたい。アバンに明日立ち会いできないか頼んでおいてくれないか?』

「わかった。頼んでみる」


 方針が決まったところで、その日は眠りにつくことにした。



 ***



 翌日。

 商会の副会長さんだと言っていたから急に頼んでも断られるかと思ったけど、意外にもアバンさんは快く承諾してくれた。

 アバンさんを伴ってキースさんの部屋を訪れた私は、さっそく昨日と同じように手を繋いでキースさんを元の体に戻そうと試してみることにした。

 昨日と違うのは私と霊体のキースさんの間にルミナを加えたことだ。

 ルミナは片手を私と、もう片方の手を霊体のキースさんと繋いでいる。

 私は用意してもらった椅子に座って気持ちを静めて、キースさんが無事に元の体に戻れるように願った。

 これでだめなら、次は私と寝たきりのキースさんの間にアバンさんを入れるそうだ。

 心配した面持ちでアバンさんとサリーナさんが見守っている。

 小一時間ほど頑張ってみたけど、結果は昨日と変わらなかった。

 落胆するキースさんをサリーナさんが励ます横で、ルミナは口元に手を当てて思案顔で寝たきりのキースさんに目を向けた。


『やはりだめだったか……』

「知ってて試したの?」

『まぁな。確信はなかったが、これでお前がこの世界の人間と変わらないことが証明されたじゃないか』


 私は大きく目を見開いてルミナを見返した。


「……もしかして、私が気にしてたからわざわざ試してくれたの?」

『――――別にそれだけじゃない。俺も確かめてみたかっただけだ』


 ルミナは居心地が悪そうに私から視線をそらして、そっぽを向いて答えた。

 素直じゃない反応に思わず笑ってしまった。本当に優しい人だ。

 そんなルミナが間違いなくキースさんは体に戻れるって言ったんだから、私も諦めないで頑張ってみよう。

 私は自分の頬をぱんと叩いて活を入れると、気持ちを切り替えてアバンさんに向き直った。


「すみません。やっぱりアバンさんにも協力してもらってもいいですか? どうも、家族の人とかキースさんをよく知る人に手を繋いでもらった方がいいみたいなんです」


 ルミナから聞いた話を説明すると、アバンさんは寝たきりのキースさんの顔を見て、たくさんの管に繋がれたその骨ばった手を握りしめて強く頷いてくれた。



 寝たきりのキースさんの手をアバンさんが繋ぎ、アバンさんのもう片方の手を私が繋いで、私の手をルミナが、そのルミナの手を霊体のキースさんが握る。

 私は静かに目を閉じてキースさんが元の体に戻れるように願った。

 きっと大丈夫。私もルミナもアバンさんも、みんながキースさんが体に戻れるようにと想っている。


 どれくらい時間が経っただろうか、何となくルミナと繋いでいる側の手がほんのり温かみを帯びてきた。ルミナに体温はないから不思議に思って目を開けると、ルミナの奥の霊体のキースさんが消えているのに気づいた。

 キースさん!? と呼びかけそうになって、視線だけでまだだとルミナに止められる。

 私はもう一度目を閉じて気持ちを集中する。ルミナの手から伝わっていた温かさが私とアバンさんと繋いでいる手に移っていくような感覚を覚えた。

 まるで、私たちを介してキースさんが自分の体に戻っていくようだった。

 温かさが私からアバンさんに移ったところで、もう一度目を開けて今度はベッドで横たわっているキースさんに目を向ける。

 少しして、淡い黄色の光がキースさんを包み込むと弾けて消えた。

 振り返ってルミナを見れば、彼は口元に笑みを浮かべて頷いてみせた。

 どうやら成功したらしい。

 ほっと安堵の息をついて、横たわったままのキースさんに視線を戻した。

 固唾をのんで見守っていると、キースさんと手を繋いだままのアバンさんがはっと顔を上げた。


「今……指が……指が動いた……!」


 部屋にいた人の視線がキースさんに集まる中、キースさんは微かに瞼を震わせてゆっくりと目を開いた。

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