43 キースさんを体に戻す方法 ①
脱力したキースさんの手がルミナの胸元から離れてだらりと落ちる。
キースさんが掠れた声で誰にともなく呟きを漏らした。
『そんな……五年……五年だぞ……五年何をやっても戻れなかったのに、そんなに簡単に体に戻れるわけが……』
『確かに、霊体の存在で何をしようと現世に影響を及ぼすことは不可能に近い。霊体で現世に影響を及ぼすようになると、それはもう悪霊か神のたぐいだ』
ルミナはフードの襟を正しながら淡々と説明してくれる。
『ただ、そこに生者の干渉があれば別だ』
『生者? 見えない者にどうやって助力を請えばいいというんですか……』
キースさんがあからさまに顔を顰めた。
この五年、この部屋を訪れる人に手当たり次第に話しかけても気づいてもらえなかったそうだ。
それは部屋の隅で丸まりたくもなる。思わず同情の眼差しを向けた。
『リン』
不意に呼びかけられて、私はわずかに肩を震わせた。
まさか呼びかけられるとは思ってもみなかった。
『キースに力を貸してやってほしい』
私!?
この状況でしゃべるわけにもいかず、目だけでどういうことかと問いかける。
ルミナはそれだけで私が何を言いたいのか察してくれたらしく、その先の説明を始めた。
『キースの状態は生霊という生きながらにして霊体になってしまった状態だ。霊体である以上、現世に干渉することはできない。だが、リンのような生者に間を取り持ってもらえれば、それを通じて戻ることが可能なはずだ。昔、実験中に何度か魂の抜けた者の魂を元の体に戻したことがあるから間違いない』
『ほ、本当ですか!!』
キースさんから期待のこもった視線を向けられて、私は手を握りしめた。
間違いないとか言われて、ちゃんとできなかったらどうしよう。プレッシャーが半端ない。
何をさせる気か分からないけど、やる前から期待させるようなことを言わないでほしい。
恨めしい視線を送れば、ルミナはふっと笑って言った。
『安心しろ、リン。お前はそこで寝てるキースの手を握って、元に戻れるように霊道を開いてやればいい』
新しい単語が出てきた。れいどう……霊道、で合ってるのかな?
手を握ってと言われても、ケインさんとアバンさんの目の中で急に手を握るのは不自然すぎる。
無理だよとこっそり首を振って見せれば、ケインさんが私の傍まで駆け寄ってきて手に触れてくる。
『お願いします! 貴女だけが頼りなんです!』
その手から必死な思いが伝わってきて、私はうっと二の句が継げなくなる。
私が何を考えているのか分かったのか、ルミナが不思議そうに首を傾げた。
『そんなに難しく考えなくとも、そこの二人にお前がミーティアスだと話せば済む話だろう』
いやいやいや。
急に意識不明のお兄さんのところに連れてきた人に、自分は霊能力者です。今からお兄さんの魂を体に戻すので手を握らせてください、なんて言われたって到底信じられるわけがない。
むしろ、超怪しい。通報されてもおかしくないくらい胡散臭いしやっぱり怪しい。
自らお縄にかかる趣味はないので、隠せるもんなら隠しておいた方がいいに決まってる。
『言っておくが、お前が思っているほどこちらの世界のミーティアスへの待遇は悪くない。試しに自分はミーティアスだと話してみるといい』
本当に? と視線だけで問いかければ、ルミナは黙って頷き返してくれた。
普段だったら、絶対に話すことはしなかったと思う。
だけど、手から伝わってくるキースさんの想いが、ここで逃げちゃだめだと私の背中を押してくれた。
「あの」
と、私はキースさんとアバンさんに声をかける。
二人の視線が私に集まって、変な汗が吹き出る。
大丈夫。頑張れ、私。
私は手を握りしめて小さく深呼吸した。
「信じられないかもしれないんですけど……私、キースさんの姿が見えるんです」
「はい?」
「何を当たり前のことを? 兄はここにいるだろう?」
ベッドの上のキースさんを示されて、言葉が足りなかったことに気づいて慌てて付け加える。
「あ、いや、そっちのキースさんじゃなくて……ええと、その……霊体のキースさんが見えると言うか……その……私、幽霊が見えるミーティアスなんです!」
テンパって途中自分でも何を言ってるかよく分からなくなってしまったけど、言った。言ってしまった。
部屋に沈黙が落ちる。
ちらりとケインさんとアバンさんの反応を伺ってみれば、二人は驚いたように目を見開いたまま固まっていた。
やっぱり信じられないよね。
私はそのあとに訪れる胡散臭いものを見るような視線に耐えれるように身構えた。
けれど、二人の反応は私の思っていたものとは違っていた。
「本当に……本当にキース様のことが見えるのですか!?」
「兄さん……兄さん、ここにいるのか!?」
二人はややあって我に返ると、部屋のどこかにいるキースさんを探すようにきょろきょろと部屋を見回し始めた。
『ここだよ! 僕はここにいる!』
キースさんは私の手を離して、二人に駆け寄る。
勢いあまって二人の体をすり抜けてたたらを踏んだところで、私はケインさんとアバンさんにキースさんの居場所を伝える。
「今、お二人の間をすり抜けましたよ」
そう言ってキースさんを指させば、二人も私の指を追って壁の方へ目を向けた。
「キース様……」
「だが、幽霊ということは、兄さん……兄はもう……?」
アバンさんが振り返って私に問いかける。
私は「いいえ」と首を振って、キースさんとルミナから聞いた話を順に話した。
階段から落ちて自分の体に戻れなくなってしまったこと、まだ死んでないこと、霊体が体に戻れれば意識を取り戻すこと。
そのためにキースさんの手を握りたいと言えば、ケインさんもアバンさんも快く承諾してくれた。
緊張した面持ちでキースさんが寝かされているベッドの傍らに膝をついて、痩せて骨ばった手を優しく握る。
それで、これからどうするの? とルミナを見上げれば、彼はキースさんに手を繋いでいる手とは逆の手を握るように指示を出してくれた。
キースさんも緊張した様子で、もう片方の私の手を包み込むように両手を添えてくる。
両手にキースさんな状態になった私だけど、これからどうしたらいいか分からない。
ただ繋いでれば霊道って開くの? 開けゴマとか何か言う必要あったりする?
「………………」
『………………』
「………………」
『………………』
「………………」
『………………』
「………………」
「………………」
「………………」
『………………』
『………………』
『………………おかしいな』
全員が固唾をのんで見守る中、一向に何も起きないことにルミナが訝し気に首を傾げた。
どうやらもうとっくに霊道が開いてもおかしくないらしい。
ええ……この状況どうしよう。
今更上手くいかないなんて言い出しにくい。
キースさんが絶望的な顔をして俯いてしまって、私は申し訳ない気持ちになる。
とりあえず、いったん仕切り直した方がいいだろうということで、私は状況のつかめていないケインさんとアバンさんに現状を伝えた。
二人は落胆した顔をしながらも、どれだけ時間がかかってもかまわないからキースさんのことをお願いしますと、お屋敷に部屋を用意してくれることになった。
***
宿泊していた宿屋の部屋をキャンセルしてキースさんのお屋敷へ行く道すがら、両手に荷物を抱えながら歩いていた私は、堪えきれなくなって涙をこぼしてしまった。
上手くできなかった自分が不甲斐ない。
建物と建物の間の細い路地に入って蹲って泣いていたら、不意に頭をなでられた。
言葉はなかったけれど、ルミナだと分かる。
ルミナは慰めるように、私の涙が止まるまでずっと頭をなでてくれていた。




