42 あの日の真相
ケインさんは割れた花瓶の片付けを先程ティーカップを運んできてくれた少女に頼むと、私をエルマン商会の裏手にある建物に案内してくれた。
どうやらこちらが居住スペースのようだ。
先頭を歩くケインさんの後ろをくっついて広いエントランスを抜けて、赤い絨毯張りの廊下をしばらく歩いていく。
すごい。完全にお金持ちの家だ。
少し前にルミナにきょろきょろするなと言われたけど、見るもの全部が珍しくてつい目移りしてしまう。
ケインさんの足が両開きのドアの前で止まった。
「こちらがキース様のお部屋になります」
しんと静まり返った廊下にケインさんの声がよく響いた。
言外に覚悟はいいですか? と聞かれているようで、私はごくりとつばを飲み込んだ。
サリーナさんはキースさんに会うのが怖いのか、先ほどからずっと私の服の裾をつまんだまま俯いて小さく震えていた。
ゆっくりとドアが開けられ、部屋の中の様子が目に入ってくる。
窓から少し離れたところに設置された大きめのベッドの上に、ガリガリに痩せた男の人が寝かされているのが見えた。
まるで死んでいるかのようにぴくりとも動かないその人は、見たこともないような装置に囲まれて延命措置を受けているようだった。
私はその人をよく見ようとして、そのベッドの奥――部屋の角のあたりに、膝を抱えて座る青年の姿に気づいた。
膝におでこをくっつけるようにしているから顔までは分からないけど、髪型やその色はサリーナさんから聞いたキースさんの特徴とそっくりだった。
「キース、さん……?」
思わず名前を呼べば、キースさんは弾かれたように頭を上げた。
弟のアバンさんと似た狐目の瞳が、私とその隣にいたサリーナさんを捉えて大きく見開かれる。
『サリーナ、なのか……?』
男の人にしてはやや高めの柔らかい声音に呼びかけられて、サリーナさんがびくりと体を震わせた。
恐る恐るといった感じで顔を上げたサリーナさんの目はすでに涙で濡れていた。
『キース……! キース、キース、キース……!』
『サリーナ! ああ……サリーナ……!』
二人は駆け寄って、部屋の中央で涙ながらに抱きしめ合った。
感動的な再会だけれど、これは一体どういう状況なんだろう。
二人の姿が見えないケインさんとアバンさんはベッドに横たわるキースさんの傍で辛気臭い顔をしているし、ギャップが半端ない。
ちらりとルミナに目配せをしてみれば、彼は肩をすくめてみせた。
聞いてみればいいだろうということらしい。
「あの……キースさんはどうして……」
キースさんとケインさん、どちらにともなく話しかけると、二人は私の方を見て同時に話し出した。
「あれは五年前の夜のことです……」
『五年前のあの日……』
え、ちょっと待って。二人いっぺんに話すの!?
どちらか片方ずつ順番にお願いしたい。
「翌日は取引先の商家のお嬢様と顔合わせをする予定でした」
『僕は父に取引先の商家の令嬢と結婚させられそうになって、家を出てサリーナと駆け落ちをするつもりで準備をしていました』
うん。どちらもそれとなく聞き取れる。
私はそのまま話を聞いてみることにした。
「深夜、巡回中の使用人が大量の荷物を持って階段を下りるキース様を見つけて声をかけたのですが、驚いたキース様は階段を踏み外してしまって……以来、目覚めることはなく、こうして延命治療をしているのです」
『準備もできて、あとは屋敷をこっそり抜け出して町を出れば自由になれるはずでした……今思えば、浮かれていたんだと思います。深夜、屋敷を出ようと階段を下りている途中に後ろから声をかけられて、びっくりした僕は足を踏み外して――――気がつけば、こんなことに……体には戻れないし、アバンたちも気づいてくれないし、町からは離れられないし。もうダメだと思っていたんです』
「……そうだったんですね」
話を聞いてみれば、どちらも同じような内容だった。
つまり、サリーナさんと駆け落ちするために家を出ようとしたキースさんは、階段を下りている途中で声をかけられて足を踏み外して落下、体から魂が放り出されて戻れなくなってしまったらしい。
私はベッドに近づいて延命装置に繋がれたキースさんの様子を見てみる。
五年も寝たきりだというだけあって、キースさんの体はガリガリにやせ細って、唇はカサカサ、眼は少し窪んで濃い隈ができていた。
霊体のキースさんとはだいぶ印象が変わってしまっていて、元の姿を知っているだけに痛ましい気持ちになる。
部屋の中央で抱きしめ合っていた二人だったけど、不意にキースさんがサリーナさんを引き離して彼女のことをまじまじと見つめた。
『それより、サリーナ。貴女はどうしてここに? それに、その体は……?』
どうやら、キースさんはサリーナさんが幽霊であることに気づいたらしい。
サリーナさんは涙をぬぐってキースさんに笑いかけた。
『リンが連れてきてくれたのよ! アナタってば、全然迎えに来てくれないんだもの。死んでも未練たらたらで成仏できなかったから、一言文句を言いに来たってわけ』
『死んだ……?』
『そうよ、事故でね。でも、いいの。こうして一目キースと会えて、待ち合わせ場所に来ようとしてくれてたことが分かったから……』
もう心残りはないわと笑うサリーナさんのことを、キースさんが離すまいと強く抱きしめる。
『嫌だ……嫌だ、サリーナ。僕を置いていかないで……!』
『キース……』
『だったら、僕も連れてって。ようやく家から解放されて一緒になれると思ったのに、こんなことってないよ! 僕はサリーナと一緒にいたいんだ……』
『キース……』
なんか部屋の中央でラブロマンスが始まってしまった。
この状況で私はどうすればと思っていると、今まで私の後ろに静かに控えていたルミナが二人へと歩み寄っていく。
行くの!? あそこに割って入るの!?
何を言うんだろうと固唾をのんで見守っていると、ルミナはいつもと変わらない淡々とした口調で話し出した。
『取り込んでるところ悪いが……サリーナと一緒に行くことはできない』
今まで目に入っていなかったのか、ルミナの姿を認めたキースさんが表情を強張らせる。
『な……なんなんだ、君は! ……まさか、サリーナの新しい男!?』
『ちょっと待て。どこをどうしたらそんな話になる!?』
『そうよ! 酷いわ、キース! あたしには今も昔もアナタだけなのに、そんな言い方……!』
『まったくだ。リンならともかく、サリーナとは頼まれても無理だ』
『ちょっと! それはそれで酷くない!?』
修羅場が始まるのかと思われたけど、そうはならないらしい。
ルミナの言葉にかちんときたサリーナさんがぎゃーぎゃーと言い返している。
ルミナはうるさそうに耳を塞いで取り合う気はないようだ。
こんなにうるさいのに、ケインさんとアバンさんには全く聞こえていないようだ。ちょっとだけ二人が羨ましくなる。
ルミナとサリーナさんのやり取りを見て、二人が心配していたような関係ではないと察したキースさんが咳払いをして話を仕切り直した。
『それで、どうして僕はサリーナと一緒に行くことができないんですか?』
『死んでないからだ』
『死んでない!? この状態は死んでるのと同じじゃないんですか!?』
淡々とルミナが答えると、キースさんが苛立ったように声を荒げた。
私はそっと部屋の中央からベッドに横たわるキースさんに視線を戻す。
おびただしい数の延命装置のおかげでキースさんは生きながらえているのかもしれないけど、確かにこの状況は生きているとは言い難いのかもしれない。
キースさんが手を握りしめて、呻くように声を絞り出した。
『じゃあ、どうしたらいいんだ……このままだと、僕は生きることも死ぬこともできないじゃないか……』
『体に戻ればいいじゃないか』
『戻れないからこんなことになってるんだろっ!!』
激昂したキースさんがルミナにつかみかかる。
ルミナは胸元につかみかかられても取り乱した様子はなく、いつもと変わらない様子で事も無げに言ってのけた。
『戻れるぞ』
『は?』
『はぁ!?』
「へ?」
私も思わず声が出てしまって、急いで手で口を覆った。
視線だけをルミナに投げかけると、ルミナは涼しげな顔のまま口元に笑みを浮かべて続けた。
『戻りたいなら力を貸そう』




