40 サリーナさんの探し人
「サリーナさんの探してるキースさんってどんな人?」
人を探すにも夜が明けてからにしようということで、私はサリーナさんの恋人について聞くことにしたんだけど、それを聞くと途端にサリーナさんは信じられないといった表情を浮かべた。
『ちょっと待って! あたし昼間に散々キースの話したわよね!?』
「いや、うん。されたけど……あんな状況じゃ、まともに聞けるわけないじゃん」
私は恨みのこもった視線をルミナに投げかける。
イケメンの膝の上に座った状態で碌に話が聞けるわけがない。
ルミナは私の視線を受けて口元に笑みを浮かべた。なんか余裕そうで悔しい。
いっぱいいっぱいだったのは私だけだったようだ。
『俺はただリンに快適な旅を送ってもらいたかっただけだ』
「ぐ……」
ルミナなりの好意だと分かっているから何も言い返せない。
私はがくりと肩を落としてサリーナさんに話の続きをするように促せば、彼女はベッドに座った私の隣に腰を下ろして、恋人のキースさんのことを話し出した。
『あたしがキースと初めて出会ったのは、ルルド村のお祭りの準備をしている時だったの。彼はヴェラードで商人をしていてね、村に納品に来たと言っていたわ。その時に、商人同士でちょっとしたいざこざがあって、祭りの役員をしていた父が間を取り持ってその場を収めたの。その時に怪我をしたキースを手当てしたのがあたしってわけ。それがきっかけでその年のお祭りの準備を一緒にすることになって仲良くなったの。誠実で優しい人だったなぁ。本来なら商人って職業は少しくらい性格がひん曲がっていた方が上手くやっていけるみたいなんだけど、彼は曲がったことが嫌いな人だったから、よく自分には合わないと言っていたわ』
「うんうん、それで?」
『そのお祭りの後も、彼が村に納品に来たりした時は一緒に食事したり出かけたりして……気がつけばあたしはキースのことが好きになってた。彼と出会ってから二年が過ぎる頃には、あたしも十七歳になってて周りからはそろそろ結婚しないのかって言われるようになって……それで、諦める前に告白をしたの』
女子恋バナ好きーに漏れず、私もこういう話を聞くのは結構好きな方だ。誰かとつきあったりといった経験がないから相談されるのは困るけど、人の恋愛話にはすごく興味がある。
高校生にもなると、さすがに周りもそういう話をするようになる。
うちのクラスの子が隣のクラスの男子と付き合ってるとか、大人しそうに見えるクラス委員の子が別の学校の男子と一緒に手を繋いで歩いているのを見たとか、友達づてに情報が流れてきたりするのを聞いてわくわくしたものだ。
私はどきどきしながら彼女の話の続きを待った。
『彼もあたしを好きだと言ってくれてすごく嬉しかった。けど、結婚は少し待ってほしいと言われて』
「どうして?」
『彼、商家の長男の生まれで、家を継がないといけない立場の人だったの――――でも、自分は商人には向かないから弟に家督を譲って、あたしと一緒に暮らしてくれるって言ってくれたのよ。弟に仕事とか家のこととか引継いでくるって、キースはヴェラードに帰っていったんだけど、周りに色々と反対されたみたいで』
「うん」
『無理やり取引先の商家の娘さんと結婚させられそうになって、あたしに手紙をくれたの。君さえよければ、どこか小さな田舎町で一緒に暮らさないかって。そこには迎えにくる日にちが書いてあったんだけど……』
「…………来なかったんだね」
私の言葉に、サリーナさんは俯いたまま小さく頷いた。
『一応ね、何日か門のところで待ってみたの。でも、暴走した荷馬車が門に突っ込んできて……』
「…………」
私はそっとサリーナさんの背中に手を添える。
手を通して、サリーナさんの最期の記憶が流れ込んでくる。
荷台を押した黒い馬がサリーナさんめがけて真っすぐ走ってきて、咄嗟に動くことができなかった彼女はそのまま馬に轢かれて地面に倒れた。
痛い、痛い、痛い。一体何が起こったの? あたし、死ぬの? キースはどうするの? あたし、キースを待ってなきゃいけないのに。キース、キース、キース。会いたいよ。
死への恐怖とキースさんへの強い想いに、私は涙を堪えることができなかった。
私が泣いているのに気づいたサリーナさんがぎょっとなる。
『ちょっと……! なんでアナタが泣いてるのよ!?』
「ご、ごめ……私、幽霊の人に触るとその人の気持ちが伝わってきたり、死んだ時の記憶が見えるみたいで……」
それを聞いたルミナもぎょっとして私の前に立った。
『待て、リン。初耳なんだが……』
「え。だって、聞かれなかったし、言う必要ないかと思って……って、何か問題あった?」
『大アリだ…………それで、見たのか?』
「へ?」
『俺のも見たのかと聞いてるんだ』
ずずいと言い寄られて、私は上半身を反らす。びっくりして涙も止まった。
何? 私、何かまずいこと言った?
確かにルミナに触れた時にも何かしら感情は流れ込んでくる。
そういえば、ルミナの感情はサリーナさんやエオ君みたいにはっきりと分からないような気がする。
何でだろう……?
手の甲で涙をぬぐってルミナに向かって手を伸ばせば、ルミナは軽やかに一歩飛びのいた。避けられてしまった私の手だけがスカッと宙を切った。
「なんで避けるの」
『いや、すまない。思わず……』
「心配しなくても、ルミナのことは何となくしか分からないよ?」
『何となく?』
「なんか、こう……不安に思ってるとか、嬉しいとか悲しいとか、そういう漠然とした気持ちしか伝わってこないって言えばいいのかな? どうしてかは分からないけど、サリーナさんやエオ君みたいにはっきり見えないの」
それを伝えると、ルミナはあからさまにほっとしたような表情を浮かべた。
これはこれでちょっと傷つくんだけどな、とこっそり思う。
だめだめ、気弱にならない。話を戻そう。
「それで、サリーナさん。キースさんって下の名前は?」
『ランガーよ。キース・ランガー。背中くらいまで伸ばした灰色の髪を後ろで一つに縛っていて――ああ、それから丸眼鏡をかけていたわね』
私はサリーナさんから聞いたことをメモ帳に書いておいた。
灰色の髪に丸眼鏡ね。名前も分かるし、明日市場で聞いてみたら、案外すぐに見つかるかもしれない。
その時の私はそう気楽に考えていた。
***
翌日。
ヴェラードの朝市を訪れた私はその規模の大きさに圧倒されていた。
今までの村の市場とは全然違う。
ヴェラードが大きな町ということもあるけど、物流の中継地点になっているようで、とにかく商人さんの出店が多い。
ひとまず『キース・ランガー』さんについて聞いて回ったんだけど、知っている人は誰もいなかった。
暫く聞いて回ったけど、手がかり一つつかめない。
喉も乾いてきたので、私はその辺の露店で果実水を買って道端の花壇の縁に座り込んだ。
「…………こんなに見つからないなんて……」
地面を見つめてため息をついたところで、頭上に影が落ちた。
ふと顔を上げると、白髪交じりのおじさんと目が合った。
「ああ、やっぱり。さっきキース様を探していた方ですね」
「!! キースさんを知ってるんですか!?」
やっと得られたキースさんの情報に、私は思わず立ち上がった。
「ええ。貴女が探してらっしゃるキース様は、我がエルマン商会の会長のご子息様でございます。どうぞ、私と共に一緒にいらしてください」
礼服のような服をきっちりと着こなしたおじさんは、丁寧に腰を折ってお辞儀をした。




