39 中継都市ヴェラード
どうしてこんなことになったのか。
ヴェラードまでの道すがら、私は荷馬車に揺られながら頭を抱えていた。
それもこれも、私を膝の上に乗せて上機嫌なルミナと、その隣で恋人のキースとの出会いから恋に落ちるまでの話をずっと続けているサリーナさんのせいだ。
クッションが完成しなかったので、今日もガタガタする荷台でお尻の痛みを我慢するしかないと思っていたのだけれど、ルミナに先手を打たれてしまった。
ルミナは私が座る場所に先に座って、あろうことか膝の上に座るように促してきた。
商人のおじさんに気づかれないように無理だって伝えたのに聞き入れてもらえなくて、もたもたしているうちに出発の時間になってしまった。
人一人分しか座るスペースがないから必然的にルミナの膝の上に座ることになったんだけど、ご丁寧にルミナは太ももだけ実体化してくれているようで、荷馬車から伝わってくる振動が随分軽減されている。それがまたいたたまれなさを倍増させているんだけど。
もう色々といっぱいいっぱいで、サリーナさんの話が右から左にすり抜けていく。
時折、サリーナさんに『ちゃんと聞いてる!?』と確認されては「聞いてるよ」と答えるんだけど、ごめん、サリーナさん。この状態でちゃんと聞くの無理!
心の中で謝りながら、ただただ早く町に着いてほしいと願っていた。
***
日が暮れる頃、ヴェラードの町が見えてきた。
レンガを積み上げた外壁に囲まれた町はこのあたりでは一番大きな町らしく、今まで通ってきた村とは既に町の造りから違っていた。
ログハウスのような家はなく、どの家も赤茶けたレンガのような素材を積み上げられて造られている。
どうみても他の村とは生活水準が違う。
町を行き交う人の身なりもどことなく小綺麗に見える。
まるでヨーロッパの田舎から都会に出てきたような感覚だ。
目に入るものが珍しくてきょろきょろしていると、頭上からルミナの笑う気配がした。
何かと思って背後を仰ぎ見れば、ルミナが口元に手を当てて笑いをこらえているところだった。
『リン、あまりきょろきょろしているとおのぼりさんだと思われるぞ』
「なっ!」
これでも元は都会暮らしだったのに。
おのぼりさんとはひどい言われようだ。
思わず絶句すると、ルミナが辺りに目配せしながら急に真顔になる。
『冗談はさておき。あまりきょろきょろしていると田舎から出てきた世間知らずだと思われる。お前は傍から見たら女の一人旅なんだから、格好のカモにされかねん。気をつけたほうがいい』
「な、なるほど……」
別にからかわれていた訳ではなかったらしい。
それにしても、ルミナの膝の上に座って彼の顔を見上げているこの状況は、いつもよりはっきりと彼の整った顔が見えて落ち着かない。
立派な門をくぐったところで荷馬車がようやく止まったので、私はいそいそとルミナの膝の上から飛び降りた。
やっと解放される!
私はこの針のむしろのような時間の終わりに安堵して、商人のおじさんにお礼を言って別れた。
気難しそうなおじさんだったけれど、別れ際に持ってきなと売り物として積んであったレベナを三つ手渡してくれた。やっぱりこちらの世界の人は温かい人が多い。
前回と違ってお尻の痛みは段違いに軽減されていたけど、精神がごりごり削られて正直疲れた。
もう日も暮れるし、早く宿屋で休みたい。
ひとまず宿屋を取らないとと歩き出そうとしたところで、サリーナさんに呼び止められた。
『待って! どこ行くの!?』
「どこって、宿屋だよ。もう日が暮れるから部屋を取っておかないと」
『そんなの後でもいいじゃない! あたし、キースを探しに行きたい!!』
「ええ……」
いや、早く恋人を探しに行きたい気持ちは分かるけど、このまま宿屋が閉まっちゃうと私が夜の町に放り出されてしまう。それは勘弁してもらいたい。
でも、サリーナさんもずっとこの町に来るのを心待ちにしていたはずだ。
「じゃあ、ここからは別行動ってことでどうかな?」
私は妥協策として別行動を提案してみる。
問題はサリーナさんが私から遠く離れられるかってことなんだけど、それを聞いてみれば、この町の中ならば離れても自由に動き回れそうということだった。
そうして、サリーナさんと別れて宿屋のベッドにごろりと転がったところで、あれ? と違和感の正体に気づいた。
ルミナは確か十メートルくらいしか私から離れられなかったはず。憑りつかれた時にどのくらいまで離れられるかを試してみたので間違いない。
「ねぇ、ルミナ」
窓際に立ってすっかり暗くなった外を見ていたルミナに声をかける。
「ルミナは私からあんまり離れられなかったよね?」
『そうだな』
「どうしてサリーナさんは自由に動けるんだろ?」
『……サリーナが特殊なのか俺が特殊なのかは分からないが、霊体の行動範囲にも個体差があると考えてもいいのかもしれないな――さすがにそういうところまでは研究してなかったな。実に興味深い』
どうやら生前に霊の研究をしていたルミナは死後も探求熱心なようだ。
私はルミナの幽霊談義を聞かされながら、うつらうつらと眠りに落ちていった。
***
『……きて……起きてよぉ……』
真夜中、女の人の泣き声にはっと目を覚ますと、目の前に涙を流したサリーナさんの姿があった。
何事かと上半身を起こすと、サリーナさんは私に泣きつこうとして、そのまま私の体をすり抜けた。
その瞬間に彼女の感情が流れ込んでくる。
悲しい。誰も気づいてくれない。
暗い部屋の中で、淡く発光したサリーナさんはぼろぼろと大粒の涙を流しながら、私と別れた後のことを話し始めた。
どうやら恋人のことを誰かに聞こうとしたみたいなんだけど、誰にも気づいてもらえなかったそうだ。
私のように見える人が一人くらいいるかもしれないと随分粘ったようだけど、どんなに話しかけても気づいてくれる人は誰一人いなかったとサリーナさんはさめざめと泣いた。
多くの人が行き交う町の中で、誰にも気づいてもらえない状況はだいぶ堪えたらしい。
どんなに頑張っても得られない恋人の情報に、やりきれなくなって私との繋がりをたどって宿屋に戻ってきたようだった。
サリーナさんは真っすぐに私と目を合わせると、ベッドに置いた私の手に自分の手を添えて懇願した。
『ねぇ、リン。お願い、助けて……キースを探すのを手伝って。あたしだけじゃどうにもならないの……』
サリーナさんの気持ちが鮮明に伝わってくる。
キースさんを想う気持ち。どうして迎えに来てくれなかったのかという疑問や、不安。それから、会いたいという願い。
その切ない思いに胸が締め付けられる。
なんだか可哀想になってしまって、何とか少しでも力になってあげたいと思った私は、サリーナさんの琥珀色の瞳を見返して力強く頷いた。
「うん。一緒にキースさんを探しに行こう!」




