38 出発は波乱な出会いと共に
クッション作りを諦めて眠ってしまった私は、またしても肩を揺すられる感覚で目を覚ました。
「むー……もうちょっとぉ……」
掛布団を引き上げて頭まですっぽりかぶって、昨日と同じやり取りを繰り返す。
まだ寝ていたい。
『リン、起きないと置いていかれるぞ』
「そうだ!待ち合わせ!!」
もう一度ゆさゆさと揺すられて、がばっと飛び起きた。
商人のおじさんと待ち合わせしてたんだった。
「今何時!?」
『二の刻半だ』
二の刻半…………六時くらいか。
昨日と同じ時間だ。
「だから、早くない!? 待ち合わせ三の刻半だよ!」
『日が昇ったら起きるものだろう?』
「日が昇ったら起きるって……おじいちゃんじゃないんだから!」
思わず突っ込んでしまった。
ちなみに三の刻半は八時半くらいだ。あと二時間半どうしてくれよう。
がっくりして文句を言えば、ルミナはどや顔を向けてくる。
『規則正しい生活は基本じゃないか』
「国家魔導士って、もっとこう不健康な職業じゃないの?」
『生前はそうだったが、今は霊体だしなぁ』
規則正しい生活を推奨する幽霊ってどうなんだろう。
「もうちょっと寝てからでも間に合うって……あと十分したら起きるから……」
『待て待て。そう言って昨日寝過ごしたのはどこのどいつだ』
ごそごそと布団に戻ろうとする私の布団をわざわざ手を実体化させて引きはがしてくる様は、まるでお母さんのようだ。
確かにルミナの言う通り、昨日みたいに寝過ごすわけにはいかない。
仕方ない、起きよう。
カーテンを開けて部屋の中に朝日をいれると、一気に目が覚めた。
大きく伸びをして、そのまま腕を伸ばした状態で体を左右に倒してわき腹を伸ばす。
うん、今日もいい天気だ。
「次の町もいいところだといいね!」
『そうだな』
高揚した気分のままに話しかければ、ルミナは笑みを返してくれた。
私はルミナに少し部屋を出てもらって新しい服に着替えると、鏡の前でくるりと一回転してみる。
伸縮性のある水色のシャツに黒のスキニーパンツは、どちらも冒険者向けとして売っているだけあってとても着心地が良かった。
ルミナと合流して一階の食堂に下りると、昨日の夜手当をしてくれたおかみさんが出迎えてくれた。
「おや、あんた! おはよう、昨日は大丈夫だったかい?」
「あ、おはようございます。昨日はありがとうございました。おかげ様ですっかり血も止まって痛みもないです」
「それはよかった! 朝ご飯は何を食べるね?」
「あー……」
壁に張り出されてあるメニュー表らしきものを示されて、私は言いよどむ。
やっぱり全然読めない。
せっかくだからこの辺でよく食べられてる朝ご飯を食べてみようと、おかみさんに聞いてみたらミルクのパン粥を作ってくれた。
温かくてほんのり甘いパン粥は朝ご飯にぴったりだった。うん、優しい味。
そういえば、こういう宿屋って櫛とか歯ブラシとかって扱ってないんだろうかと思いついて聞いてみる。櫛は手櫛でいいけど、さすがにいつまでも歯磨きをしないのは気になる。
聞いてみると、既に『清め』の加護でできていることが判明した。
どうやら綺麗になっていたのは体だけじゃなくて口の中もだったようだ。清めの加護、便利すぎる。
ひとまず虫歯の心配もなくなったところで、部屋に戻って荷物をまとめる。
さすがにこれからクッションを仕上げる時間はない。
潔く諦めてクッションの材料を紙袋にまとめて突っ込んだ。荷物が増えるけれど仕方がない。
私は余裕をもって商人のおじさんとの待ち合わせ場所に行こうと、早めに宿屋をチェックアウトした。
***
まだ清々しさの残る空気の中、舗装されていない道を真っすぐに南の方へ歩いていくと、すぐに丸太で造られた門にたどり着いた。
まだ商人のおじさんは来ていないのか、門にはロングスカートをはいた少女が外壁に寄りかかるように立っているだけで、他に人はいなかった。
同い年くらいかな。
腰まで伸びた赤毛を二つに三つ編みにした少女は、村の外に目を向けている。他に誰もいないこともあって、私は何となく少女に声をかけた。
「あの、貴女も誰かと待ち合わせですか?」
そう聞くと、ルミナに『おい』と声をかけられる。
え? 何? そう思った時にはすでに遅かった。
赤毛の少女は弾かれたように私を見て、口を開いた。
『驚いた。アナタ、あたしが見えるの?』
その時になって初めて、私は少女が幽霊だということに気づいた。
思わず話しかけてしまった手前、見えない振りもできず控えめに頷くと、少女はぱあっと顔を輝かせた。
『まぁ! 人と話すのは久しぶりだわ! ねぇねぇ、アナタ。名前は? 何している人? 誰かと待ち合わせをしてるの?』
繰り出される質問の嵐に、私は気圧されながらも次の町ヴェラードまで商人のおじさんに荷馬車に乗せてもらう約束をしていることを答えた。
『ヴェラードに行くの!?』
「う、うん」
『お願い! あたしも連れてって!』
「ええええええ!?」
『あたし、ヴェラードに行かなきゃいけないの! それなのに、この村から離れられなくて』
「で、でも、この村から離れられないんでしょう?」
『そうだけど! でも、その後ろの人はアナタにくっついて外に行けるんでしょう? あたしだってアナタと一緒にいけばヴェラードに行けるんじゃない?』
「それは……」
ど、どうしよう。
必死に頼み込んでくる少女に、私は困ったような視線をルミナに投げかける。
ルミナはやれやれといった感じで少女と私の間に割って入ってくれた。
『すまないが、リンが困っている。まずは落ち着いてくれないか』
ルミナの大人な対応に、少女がぐっと口を噤む。
よかった、ちゃんと話を聞く理性は残っているようだ。
『一体なぜヴェラードに行きたいんだ?』
『…………約束があるの』
「約束?」
『恋人とね。駆け落ちしようって約束をしていたの……それなのに、いつまで経っても来ないから』
「それは……」
貴女、騙されたんじゃない? と言いそうになって慌てて口を閉じる。
それなのに。
『お前、その恋人に騙されたんじゃないか?』
「ちょ、ルミナ! 人があえて言わなかったのに、なんでそんなはっきり言っちゃうかなぁ!」
私はルミナの口を塞ごうとして、彼の体をすり抜けた。
だめだ、物理的に塞ぐことができない。
『リン。こういうことははっきり言ってやった方がいいこともあるんだ』
「はっきり言っていいことと悪いことがあるよ!」
『…………つまり、アナタたちは二人して、あたしがキースに騙されたって思ってるのね!?』
少女が琥珀色の目を吊り上げて声を張り上げた。
私はびくりと体を震わせてルミナの後ろにさっと隠れる。
「ああ、ほら! 怒らせちゃったじゃない!」
『お前だって同罪だろ!』
『あんまりだわ! だったら、確かめさせてくれたっていいじゃない! あたし、絶対アナタにくっついてヴェラードに行くんだから!! 連れてってくれないなら呪ってやる!』
「いや……それは困るんだけど……」
『じゃあ、決まりね! あたし、サリーナ。よろしくね!』
ああ、なんかよく分からないうちに勝手に決められてしまった。
こうして、次の町まで同行人がもう一人増えることになったのだった。




