37 お買い物
翌朝。
どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい私は、肩を揺すられる感覚で目を覚ました。
「ううー……もうちょっとぉ……」
掛布団を引き上げて頭まですっぽりかぶる。
まだ起きたくない。
『リン、今日は買い物に行くんだろう?』
「そうだ! お買い物!!」
もう一度ゆさゆさと揺すられて、がばっと上半身を起こす。
そうして意気揚々とベッドを出た私は、ベッドサイドの砂時計に目を向けた。
砂時計のメモリから二の刻半くらいだと分かる…………だいたい六時くらいか。
「って、早くない!? まだお店空いてないよ!?」
『もう日は昇ってるが?』
「もうちょっと寝ててもバチは当たらないよ……あと一時間くらいしたら起きるー……」
ごそごそと布団に戻ると、ほどなく眠りへと戻っていった。
***
「うわああああああ、寝坊した!!」
次に目が覚めた時、お昼前になっていた。完全に寝過ごした。
わたわたと起きだして身支度を整えだした私を尻目に、ルミナがやれやれといった感じで小さくため息を漏らす。
「ああああ、ルミナ。どうして起こしてくれなかったの!?」
『そもそも起こしてほしいと言わなかっただろう』
「ぐ……」
ええ、まったくその通りです。
せめてもの救いは誰とも約束をしていなかったことくらいだろうか。
これが明日だったら、商人のおじさんに迷惑をかけてしまうところだった。危ない危ない。
ルミナが文字が読めることが分かったので、宿屋の一階に下りて食堂で遅めの朝食をとってから、昨日の市場へと出かけることにした。
市場の露店の場所はだいたい決まっているようで、昨日と同じ場所に同じお店が出展されていた。
私は昨日欲しいと思ったものを順に買っていくことにする。
ルッツさんの奥さんにお借りしてる洋服をずっと着ていたけど、ロングスカートは動きづらいと思っていたところだ。昨日、冒険者向けに動きやすい洋服を売っているのを見かけたので、露店を覗いてみることにした。
通気性のよさそうな爽やかな色合いの薄い水色の長袖のシャツに黒のスキニーパンツが目に留まった。動きやすそう。
サイズが分からないからお店の人に見繕ってもらってそれを購入する。それから今着ている洋服が入るくらいのカバンも欲しかったので、それも一緒に購入する。
銅貨三枚だと言われて巾着から銅貨を三枚取り出して店員さんに渡すと、店員さんは「まいど!」と言って小さなハンドタオルをおまけにつけてくれた。
得した気分でほくほくと店を出て、次に向かったのは文房具を扱っているお店だ。
この世界にも紙やペンといったものはあるようなので、メモ帳になりそうなものを探す。
何十枚か重なった不揃いな紙きれが紐で綴じられたものを見つけた。
聞けば、本を作る時に出た余材をもったいないからまとめて紐で綴じて売っているのだという。
捨てる神あれば拾う神あり。
私はそれとインクが必要ないという羽ペンを購入することにした。銅貨一枚を渡して商品を受取る。
よし、これでメモ帳もゲットできた。
入手したばかりのメモ帳を見て、ルミナが首を傾げた。
『そんなものどうするんだ?』
「ふふふ……よくぞ聞いてくれました! これでね、オルト村まで通る町の名前をメモしておこうと思って」
『ふむ……?』
「商人さんに荷馬車に乗せてもらうにしたって、次に行く街の名前くらい分かってないと交渉もできないでしょ?」
そう答えれば、ルミナは納得したようだった。
私はその足で昨日地図を見せてもらったおじいさんの露店へ向かった。
「こんにちは」
「ああ、昨日のお嬢ちゃんじゃないか。いらっしゃい」
おじいさんは覚えてくれていたようで、穏やかな笑みをもって出迎えてくれた。
昨日は地図しか目に入らなかったけど、おじいさんのお店は壺や家具、お皿や骨董品といったものを手広く扱っているようだった。
「昨日は地図を見せてくれてありがとうございました。参考までに、昨日見せてもらった地図っていくらか教えてもらえませんか?」
「ああ、あれな。金貨一枚だよ」
「金貨……」
新しい通貨が出てきた。
うん、確実に銀貨よりも格上な硬貨だ。買えるわけがない。
がっくりと肩を落とすと、おじいさんが苦笑して「今日も見てくかい?」と言ってくれた。本当にいい人だ。
さすがに金貨一枚の価値のするものをただで見せてもらうのは申し訳なかったので、せめておじいさんのお店の商品を何か買うことにしようと商品を眺めれば、手のひらに載るくらいの小さな砂時計が目に入った。これくらいの時計なら旅のお供に持ち歩いてもかさばることもないだろう。
「これはいくらですか?」
「それは銅貨五枚だよ」
「じゃあ、これください」
銅貨はちょうど五枚あったけど、あえて銀貨一枚を出して銅貨五枚をおつりでもらう。
あとで他のものを露店で買いたいときに銅貨があった方が便利だと思ったからだ。
商品を買ってくれたことで気をよくしたおじいさんから快く地図を見せてもらう。
私はメモ帳とペンを手に、ルルド村から南の町の名前をルミナに読んでもらってそれを書き留めていく。
オルト村の文字を書き終える頃には小さなメモ帳の一枚目がいっぱいになっていた。
いくつあるんだろうと思って数えれば、町の数だけで二十三ほどあった。
こうして書き出すと遠いなぁと思って、本当にたどり着けるかなとちょっと不安になる。
そのタイミングで頭になにか触れるような感覚がして、ふと顔を上げるとルミナと目が合った。
言葉はなかったけど、まるで大丈夫だと励ましてくれるように頭をぽんぽん撫でられて少し気分が浮上する。
うん、大丈夫。一人じゃない。
最後に地図の大体の形を描いて、メモ帳をカバンにしまった。
おじいさんにお礼を言ってお店を離れる頃には、すっかり日が傾き始めていた。
あと何を買うんだったか。
「あ! クッション!!」
急に思い出して立ち止まる。
完全に忘れてた。
辺りのお店は暗くなる前に店じまいを始めている店も少なくはなく、私は大慌てでクッションの売っているお店を探した。
手芸屋さんのような露店はあったものの、私がほしかった厚みのあるクッションは売ってなくて、仕方なく材料と針と糸だけ買って宿屋に戻ることにした。
***
宿屋に戻って一息ついた私は、クッションの材料を机に並べてみた。
こちらの世界にも綿花のようなものがあるのか、クッションの中に詰める綿は難なく入手できた。
カバーは茶色の織物で安いけど丈夫そうな布を選んだ。自分で切らなくて済むようにと、お店の人にちょうどいいサイズで切って売ってもらったので、布は半分に折って縫うだけでいいだろう。
私は買ったばかりのこちらの世界の針を手にしげしげと眺める。
日本のものよりも太くて弧を描いた針は、縫い針というよりも釣り針のようだと思った。糸もあちらのものよりも大分太い。
…………ちゃんと糸を通す穴がついているから使い方は変わらないはず。
そう思って縫い始めたんだけど、この曲がった針はなかなかにクセが強い。真っすぐ縫うのが難しい。
直線の半分ほどまで縫ったあたりで、油断したのかうっかり針を指に刺してしまった。
「いたっ!」
チクリという痛みにびっくりして手を引っ込める。
やっちゃった。
刺したところを見ると血がぷっくりと盛り上がって出ていた。
『大丈夫か!?』
私の声にびっくりしたのか、ルミナが向かいの椅子から立ち上がってこちらに駆け寄ってきた。
大げさな反応に、私は笑って「大丈夫、大丈夫」と血の出る親指を口にくわえる。
舐めとけば治ると思ってたけど、針が太かったせいかなかなか血が止まらない。
結局、宿屋のおかみさんに傷の手当てをしてもらって、この日はクッション作りを諦めて寝ることにした。




