36 私はルミナを信じるよ
今日はこの村に泊まるというガイルさんに宿屋まで案内してもらった私は、昨日と同じように部屋で食事をとったあと、体を清めてベッドに転がった。
宿屋は二泊四食付きで銅貨二枚と言われたので、ドリスさんに餞別でもらった銀貨を一枚受付のおばさんに渡した。
市場ではおつりがないからと断られた銀貨は今度は受け取ってもらえて、おつりで銅貨八枚が返ってきた。
どうやら銅貨十枚で銀貨一枚のようだ。
もともと銀貨は十枚入っていたので、ドリスさんから結構な額をもらっていたことになる。
いつかまた会えたらお礼が言えるといいんだけど。
そんなことを考えながら天井の木目をぼんやり眺める。
それにしても、今日も色々あったなぁ。
すっかり口数の少なくなってしまったルミナをちらり横目で見れば、彼は窓に立って外を見つめていた。その表情からは何を考えてるかはわかない。
思い至るのは昼間のことだ。やっぱり故郷のことだもん、気になるよね。
「ベルナ山まで戻る?」
そう聞けば、ルミナは私の方に顔を向けてゆるりと首を振った。
『いや……どのみち戻ったところでもう何もないんだ。このままリンと一緒に行くさ』
「いいの?」
『いいんだ』
それっきりルミナは黙り込んでしまった。
私もそれ以上突っ込むこともできず、お互いに無言の時が過ぎる。
なんとなく寝つくこともできず、ベッドサイドにあるチェストの上に置いてあった砂時計の砂が落ちるのを意味もなく見ていると、不意にルミナが動く気配がした。
上体を起こすと、彼はベッドの縁に座って何か言いたげにこちらを見ていた。
「どうしたの?」
そう聞けば、ルミナは口を開きかけて閉じ、やっぱり開いて閉じて、最後はばつが悪そうに口を開いた。
『……その…………少しだけ、頭を撫でてもいいか?』
「…………うん。どうぞ」
羞恥心を捨てて頭を差し出せば、恐る恐るといった感じでそっと頭をなでられた。その際に、ルミナの感情が流れ込んできた。
不安や絶望といった漠然とした感情が彼の中に渦巻いているのを感じる。
俯いているのでルミナの顔は見えなかったけど、その手つきはとても優しかった。
『前に、俺が国家魔導士をしていたと話したことがあるだろう?』
ぽつりとルミナが話し始める。
「うん」
『俺は生前、カイナルディアで国防……国を守るために死者を利用する研究をしていた』
「…………うん」
『ある日、大規模な実験をしている最中に弟子に襲われてな……術を暴走させてしまったんだ。術の中心だった俺が死ぬことで暴走は止まったはずだったんだが……』
撫でていたルミナの手が止まる。
そっか。ルミナはそれが原因で国が滅んだんじゃないかって気に病んでいるんだね。
「ねぇ、ルミナ。ルミナは自分のせいで国が滅んじゃったって思ってるの?」
『…………そうだ』
「昼間も言ったけどさ……私はそうは思わないよ」
『どうしてそう思える? 俺は死者を冒涜するような男だぞ』
「でも、国を……そこで生きてる人を守るための研究だったんでしょ?」
『…………だが』
「確かに死んだ人や残された人からしてみたら、ルミナのやってた研究は許せないことなのかもしれない……でもね」
私は顔を上げて、ルミナを真っすぐに見た。
ちゃんと伝わりますように。そう思いながら続ける。
「私はルミナが優しい人だって知ってるから。あの時、山の中で放り出すことだってできたはずなのに、ルミナはついてきてくれた……今ここに私がいられるのはルミナのおかげだから。だから、私はルミナのこと信じるの」
『リン……』
「ルミナ、ぎゅーってしてもいいよ?」
なんか急に気恥ずかしくなって冗談っぽく手を広げてみせれば、ルミナは一瞬きょとんとした表情をした後、苦悶に満ちたものに転じた。
呻くように言葉がひねり出される。
『……ぐ……お前、それはずるいだろ……』
「? できないから?」
手は実体化してるのに? と首を傾げれば、ルミナはどことなく忌々しげに教えてくれた。
『手だけ実体化させるのと体全体を実体化させるのとでは訳が違う。できなくはないが、体を圧縮させないといけないから正直やりたくない』
「?? そうなんだ?」
なんだかよく分からないけど、とりあえずぎゅーはいいらしい。
その代わり、ルミナは私の両肩に手を置いて肩口に顔をうずめた。
両手と頭だけ実体化したらしい。器用な人だ。
『――――とりあえず、今はこれでいい』
くぐもった声で言われたけれど、これだって十分恥ずかしい。
私はかちんこちんに体を強張らせたまま、ルミナの気が済むまで肩を貸してあげた。




