34 お買い物とこちらの地図
気になったものをルミナに教えてもらいながらの散策は、あっという間に過ぎていった。
資金は限られているので、まずは物の相場を知るところから始めることにした。
というか、お金の価値も全然分かっていないのだ。
ルミナに聞いてみたけど、初めて見るお金だったらしく分からないと首を振られてしまった。
ドリスさんから渡された銀貨とガイルさんから預かった金属の小さな玉の価値がいかほどなのか、まずはそれを調べないといけなかった。
分かっていることは小さな玉十個でレベナっていう実が十個買えるってことくらいだ。
レベナがどんな実かは分からないけど、あちらでいう百円から二百円くらいの価値なんだろうか。
レベナ一個を百円と仮定して、市場の店を回ることにした。
食料品や衣服、雑貨などをざっと見て回って、小さな玉と銀貨の間に銅貨があることが判明した。
お客さんが店員さんとやりとりしているところを見て、どうやら小さな玉五十個で銅貨になるらしいということが分かった。
問題は銅貨何枚で銀貨一枚になるかなんだけど。
売り物が日用雑貨中心の市場だと、銀貨まで値が張るほどのものがなかなか見つからない。
もういっそレベナ1個を銀貨一枚で買ってみようとしたら、お店のおばさんにおつりがないから勘弁してくれと言われてしまった。
きっと果物一個に一万円出すような感覚だったんだろうなぁ。
とりあえず、何か買うにも銀貨を銅貨に換金しないといけなさそうだ。
そんなことをもんもんと考えながら、買いたいものリストを頭の中に書き込んでいった。
***
黄色いグレープフルーツのような見た目のレベナを買って、そろそろガイルさんのところに戻らねばという時間になった時、私は天蓋のあるお店の前で足を止めた。
ひょろりとした痩せたおじいさんが中央で胡坐をかいて座っている店の隅っこに、目的のものはあった。
黄色みがかった固そうな長方形の紙には、大陸のような模様や文字のようなものが描かれている。初めてみる地形だけど、見た瞬間にこれが地図だろうと分かった。
「あの」と声をかければ、おじいさんがこちらに顔を向けてきた。
「なんだい、嬢ちゃん」
「それ、地図ですか?」
「そうだが……あー、でも嬢ちゃんが買うにはちょいと足りんかもしれないなぁ」
あまり羽振りがよさそうには見えなかったのだろう。
言外に高いよと言われ、私はしゅんと気落ちする。
まだお金の価値はよく分かってないとはいえ、私が持っているのはドリスさんから餞別にともらった銀貨くらいだ。
一枚一枚丁寧に手書きで模写されたような地図を買えるほど懐は温かくはないだろう。
諦めるしかないか。
そう思って踵を返そうとした時、店主のおじいさんが項のあたりをぽりぽりかきながら私を引き留めた。
「まぁ、なんだ。売ってはやれないが、ちょっと見てく分にはかまわんよ」
「ほんとですか!」
なんていい人。こっちの世界の人はいい人しかいないのかしら。
私は地図の近くに膝をついて目を凝した。
書いてあるのは国とか町や村の名前なんだろうけど、相変わらずこちらの文字は何が書いてあるのか見当もつかない。
黄ばんだ紙には、東西南北に大きな大陸が四つ描かれていて、村や町のと思われるところに名前のような文字が書いてあった。
眺めるだけでは分からないので、おじさんに聞いてみることにする。
「あの、オルト村ってどこか分かりますか?」
「オルト? んー……どこだっけなぁ………………ああ、ここだよ。ここ」
そう言っておじいさんが指をさしたのは、西の大陸の南東の外れあたりだった。
ちなみに今はここな、とオルト村を示したところから北にだいぶ上がったところを指さされた。
間に村か町がいくつもある。山も越えるらしい。
なるほど。ちょっとどころかだいぶ遠い。
でも、ドリスさんに言われた通り行けない距離ではなさそうだ。
どちらも西の大陸にあるところが救いだろうか。
こんな時スマホがあったら写真で撮って保存できるのに。
どうしてポケットじゃなくてカバンの中に入れちゃったんだろうと悔やんでも仕方がない。
私は必死に頭の中に地形を叩き込んで、ふと黙ったままのルミナをちらりと見た。
やや前かがみになったルミナの顔は長めの前髪に隠れて表情は読み取れなかったけど、明らかに様子がおかしいのだけはわかった。
「どうしたの?」
思わず言ってしまい、店主のおじいさんに変な顔をされる。
私は何でもないですと笑って誤魔化すと、地図を見るふりをしてもう一度ルミナを見た。
もともと霊体な彼は血色がいいとは言えないけれど、今はそれを通り越して青白く見えた。
『……ない……』
その口がようやく何かを発する。
聞き取るのがやっとな声は続けて言った。
『カイナルディアがない……だと……?』
「カイナルディア?」
ようやく聞き取った単語を口に出せば、それを聞き留めた店主のおじいさんにまた変な顔をされた。
「なんだ、そんな昔に滅んじまった国の名前なんぞ出して」
『!?』
私が聞き返すよりも先に、ルミナが動いた。
店主のおじいさんにつかみかかる勢いで詰めって、その体をすり抜けた。
ルミナは悔しそうに唇をかみしめて、押し殺したような声で言う。
『滅んだってどういうことだ……』
「滅んだってどういうことですか?」
ルミナの代わりに私が聞くと、おじいさんはルルド村をさしていた指を北に滑らせた。
ルルド村から少し北に位置するバゼル村を通り越して、更に北にある山岳地帯の湖を指さして答えた。
「カイナルディアって言ったら、かれこれ百五十年ほど前に湖に沈んだ国だよ」
そこはルミナと初めて出会った湖だった。




