32 神官エクスの憂鬱(エクス視点)
凛がオルト村から消えた日。
日が傾きかけた教会の礼拝堂で、神に祈りを捧げ終わったエクスは参拝者用のベンチに座って頭を抱えていた。
腰まで伸びた銀髪を右肩から前に下ろし緩く結んだエクスの表情は暗い。その口から本日もう何度目か分からないため息が漏れた。
まさか、こんなことになるなんて。
昼間、凛が少年の幽霊を成仏に導いているのを見て、この子には退魔師の適性があるかもしれないと思ってしまったのがそもそもの間違いだったのだ。
手始めにと、村で暇を持て余していた精霊の話し相手に選んだのもまずかった。
彼女は一度『狭間』に落とされた者だったことを失念していた。
精霊の作るワームホールのような狭間に落ちる者はそう滅多にいない。
精霊の怒りを買った者、精霊に気に入られた者、精霊の気まぐれなど諸説あるが、落ちた人が記憶障害を起こしたり、発狂したりすることも研究がいまいち進まない原因の一つではあるのだが、いかんせん落ちた人の数が少なすぎるのだ。
中には異形に変化したという報告もあったので、『狭間』に落ちた者を見つけた場合は速やかに教会で保護して監視するのが決まりとなっている。
それなのに、だ。
保護して早々行方を見失うなんて、由々しき事態である。
いや、状況からいって凛に悪意がないのは分かっている。
彼女が『狭間』に落ちるのを遠目でみたが、彼女はエクスに助けを求めていたように見えたし、最後に彼女と話していたピティを問い詰めたら、『狭間』に落としたことを白状した。
けれど、凛をどこに落としたのか聞いてもピティは『知らなーい』の一点張りで、ついぞ教えてくれることはなかった。
まずい。非常にまずい。
まだ保護していない状態であったならば何とでも誤魔化しようはあったのだが、もう凛の名前は誓約書に書かれてしまっている。彼女の存在をなかったことにするなんて不可能だ。
狭間に落ちた者の所在を見失うなんてあってはならないことだ。
エクスは手で顔を覆って盛大なため息をついた。
どうにかして本部にバレる前に探し出さなければならない。
これは誰にも頼めない。自分で探しに行くしかなさそうだ。
とはいえ、オルト村に派遣されている神官はエクス一人である。
教会を無人にするわけにはいかないので、代理を立てる必要があるだろう。
かといって、代理を要請するにもそれ相応の理由が必要になる。
「――――仕方がありません。あまりこの手は使いたくなかったのですが……」
旅に出る前にやらなければならないことは山ほどある。必要なことを頭の中で思い浮かべながら、エクスはのろのろと立ち上がると、王都にいる己の補佐官に鳥便を送るところから始めることにした。




