31 旅立ちの空の下で
どうでもいい言い合いをしている間に夜が明けたらしい。
食堂に下りて、同じ宿に泊まっていたドリスさんに挨拶をする。ドリスさんは見るからに甘そうなパンケーキのようなものにナイフを入れているところだった。
何あれ美味しそう。
相席してもいいか聞いて、快く頷いてもらったので向かいへ座る。
「おはよう。よく眠れたかい?」
「はい、おかげさまで。おじさんも怪我は大丈夫でしたか?」
「ああ。お嬢ちゃんの持ってた痛み止めの葉っぱのおかげでもう痛みはないよ。お互い大したことなくてよかったのぉ」
昨日部屋に夕食を持ってきてくれた恰幅のいいおばさんを見つけて、ドリスさんと同じものを頼む。おばさんは「はいよー」と返事をして厨房へ入っていった。
その背中を見送ったドリスさんが、水差しからカップに水を注いで渡してくれる。
「それで、お嬢ちゃんはこれからどうするんじゃ?」
「えと、予定通りオルト村に行こうと思ってます」
「ほぉ。オルトとな」
顎にはやした立派な髭を撫でつけながらふむふむと聞いてくれる。
「お世話になった人がいるんです」
「なるほどのぉ……まぁ、ちと遠いが行けない距離ではないな――――よし! ここで会ったのも何かの縁じゃ。わしがオルト村まで荷馬車を乗り継いでいけるように商人仲間に手紙を書いておこう」
「ええっ、いいんですか!?」
おおっ。ドリスさん、すごくいい人。
それからとっても甘いパンケーキを食べて宿屋をチェックアウトした。
どうやら今日これから隣村に行く荷馬車が出るらしい。
本来ならドリスさんが乗るはずだったんだけど、怪我を心配されて村人に全力で引き留められたらしい。代わりに村の若い人が行くことになったそうだ。
よかったら隣町まで乗って行ってはどうかと勧められて、その好意に甘えることにした。
ドリスさんは餞別にと言って、小さな麻の巾着袋と荷馬車に乗れるようにと書いてくれた商人さんへの手紙、それが入るくらいのショルダーバッグを渡してくれた。
少し重い麻の袋は軽く振るとちゃりちゃりと音がして、まさかと思って袋を覗けば銀色の貨幣が数枚入っているのが見えた。
お金!?
もらえないですと断った私に、ドリスさんはこっそりと耳打ちしてくる。
「本当はお嬢ちゃんがドラゴンを追い払ったのを見てたんじゃ……それにあんな寂れた場所に一人で蹲っていたのも、何か訳があってのことなんじゃろ?」
「それは……」
「わしがあげられるのは少しばかりじゃ。足りない分は道行く村でなんとか稼ぎなさい」
お金の入った袋をぎゅっと握らせて私を荷台の後ろに座らせると、ドリスさんは達者でなと言って御者台に座る村人と話しに行ってしまった。
周りに人気がなくなると、隣に座ったルミナが話しかけてきた。
『――いい親父だな』
「ほんとだね。でもこれでようやくオルト村に戻る目途がついたよ」
『村に戻ってどうするつもりだ?』
「とりあえずは元の世界に帰れる方法がないか調べながら、退魔師の仕事をエクスさんに紹介してもらおうと思ってる。あと、オルト村の門番をしてるルッツさんとリッツさんに伝言を預かってるんだ」
そう。エオ君が成仏するのを見送った後すぐに狭間に落とされたから、預かった伝言をルッツさんたちにまだ伝えられていない。
オルト村に戻ったら、真っ先に伝えに行こう。
そんなことを思っていると、御者台のお兄ちゃんが声をかけてきた。
「おーい、お嬢ちゃん!そろそろ出発するよー!」
「はーい!」
大きな声で返事を返すと、荷馬車はゆっくりと走り出した。
ドリスさんは人影が小さくなって見えなくなるまで、村の門のところで手を振ってくれていた。
青い空に白い雲。すがすがしい空気。
旅立ちにはとても恵まれた天気だ。
私はふと隣に座る黒いローブのルミナに顔を向ける。
日本にいた時はまさかこんな風に誰かと異世界を旅するなんて思ってもみなかった。
人生何が起こるかわからない。
私がルミナのことを見てたからだろうか、彼も私のことを見つめ返して『どうかしたか?』と首を傾げる。
私はやんわりと首を振ると、今まで通ってきた道を見た。
ルミナと出会ったベルナ山はもう遠く小さくなっていた。
「ねぇ、ルミナ。成仏できるようになるまでよろしくね」
そういえばちゃんと言ってなかった気がすると思って、にっこり笑って手を差し出せば、ルミナは破顔して手だけ実体化して握り返してくれた。
『こちらこそ。末長くよろしくな』
まだまだ成仏する気のなさそうなルミナの返事に思わず笑ってしまった。




