30 私、退魔師になりたい
おじいさんを病院へ連れていくのを手伝って宿屋に戻ってくる頃には、空が明るくなり始めていた。
こっそりと抜けてきた宿屋はまだ誰も起きてきていないようで、何事もなかったかのようにしれっと部屋に帰ってくることができた。
なんだかいろんなことがあって疲れた。
でも、すがすがしい感じの疲労感に、私は一つ伸びをして勢いよくベッドに座った。
マットレスが反発してボスンとお尻を受け止めてくれる。その勢いのまま背中からお布団に倒れこむ。
疲れているはずなのに、不思議と気分は高揚していて眠気もない。
腰窓から見える朝焼け前の白んだ空を眺めながら、ぽつりと呟く。
「ありがとう、か……」
そっと目を閉じれば、おばあさんの幽霊の晴れやかな笑みと言葉がありありと思い出された。
「私ね、ずっとこの力が嫌いだったの」
『なぜだ?』
ルミナリスさんは音もなく私の隣に腰を下ろすと、顔だけをこちらに向けて聞き返してきた。
私は寝ころんだまま苦笑する。
「だって、他の人が見えないものが見える力なんて気味が悪いでしょう? 今まで何度かこの力のことを打ち明けたことがあるけど、受け入れられたことなんてなかった……最後はみんな、私から離れていっちゃって……」
じわりと視界が歪む。やばい、泣きそう。
泣いているところを見られたくなくて、私は慌てて腕で目元を隠した。
「だから、こんな力なければいいのにって……ずっと思ってた――――でも、今日」
あのおばあさんの幽霊と出会って、誰にも聞こえない声を聞けたことで、私はおじいさんを助けることができた。
「この力のおかげでおじいさんが助かって……初めて、この力があってよかったって思えたの」
『…………』
ルミナリスさんは黙って私の話を聞いてくれていた。
「エクスさんにね――あ、私を保護してくれた教会の人なんだけど。その人にね、『退魔師』としての素質があるかもしれないって仕事を勧められた時は、幽霊の人と関わるってよくわかってなかった…………でも、今なら。今ならちょっとだけわかった気がする」
死して誰の目にも留まることができなくなってしまった彼らにとって、私は彼らと見えない人を繋ぐ懸け橋になることができる。彼らの思いを聞いてあげることができる。その先に、さっきみたいな笑顔があるのなら。
そう思ったら、この力も悪くないと思えた。
「私、ちゃんと退魔師になりたい。もちろん、元の世界に戻ることも諦めるつもりはないけど…………私、欲張りかな?」
そう問いかければ、笑うような気配と共に何かが頭に触れた。手で撫でられているような感覚なのに、そこに物理的な温かみは感じない。これはもしかしなくても頭をなでられてるんだろうか。
ルミナリスさんの頭なでなでに、顔に熱が集まる。
なんだかとっても恥ずかしくて、私はますます目元から腕を外せなくなってしまう。
それを知ってか知らずかルミナリスさんは楽しそうに頭を撫で続ける。
『いいんじゃないか? 人間なんてもともと欲の塊のような生き物だろう? どちらも追いかければいいんだ。生きているということはいろんな可能性があるということだからな』
既に死んでしまっているルミナリスさんの言葉は重い。
こんなにも達観した考えができるのに、どうしてルミナリスさんは未だに成仏できないんだろう。
私が下山の手伝いをお願いしてしまったせいだろうか。
だとしたら大変申し訳ない。
退魔師としての最初の仕事は、ルミナリスさんの成仏のお手伝いにしようとこっそり心の中で誓う。
「ねぇ、ルミナリスさん。私、ルミナリスさんのために何かしてあげられることあるかな?」
起き上がってルミナリスさんを下から覗き込むと、ルミナリスさんはちょっと焦ったように目をそらした。
イケメンさんなのに、なんだか可愛らしい仕草だと思ってしまった。
『……………………なんでもいいのか?』
「もちろん! あ。でも、難しいことはできないかもしれないけど……」
それでルミナリスさんの未練が少しでもなくなるのなら。
ルミナリスさんは少し視線を漂わせると、ぼそりと呟いた。
『じゃあ、これからはルミナって呼んでくれないか?』
「へ?」
『「さん」もなしだ。ずっと他人行儀だと思っていたんだ』
「え?」
『簡単だろ?』とどや顔を向けてくる。
いや、そうじゃない、そうじゃなくて。なんでこうなった。
それでも、ルミナリスさんのためにできることを聞いたのは私だ。
外国の人のニックネームみたいなものよね。世の中のアレクサンダーさんだって、アレクって呼ばれてるし。気恥ずかしいのは最初だけだ。頑張れ、私。
「ル、ルミナ……これでいいの?」
『ああ』
ほんのりはにかんだような顔を向けないでほしい。見てるこっちが恥ずかしくなってくる。
でも、これでルミナリスさんの願いは一つ叶えられたはず。
「どう? 成仏できそう?」
『うん?』
「やっぱりまだ成仏できなさそう?」
きょとんとして聞き返せば、ルミナリスさん改めルミナは眉間にしわを寄せてこちらにじとっとした目を向けてくる。
『なぜそんな話になるんだ』
「え、だって未練があるから成仏できないんでしょう?」
私の言葉に、ルミナは大きくため息をついて背中を丸めた。
何かまずいことでも言っただろうか。
『……わかってはいたが、お前はそういうやつだったな。未練が何かはわかった気がするが、それとこれは別だ』
「わかったの!? じゃあ、未練って何?」
『言わない。絶対、言わない』
「教えてくれたっていいじゃない! 私、協力するよ!」
『………………いい。自分でなんとかする』
「ええ!? じゃあ、私それまでずっと憑りつかれたままなの!?」
『そうなるな』
さも楽しそうに返してくるルミナに、私はがっくりと肩を落とす。彼はまだまだ成仏する気はなさそうだ。
でも、なんでだろう。
最初こそ憑りつかれることに不安や恐怖もあったはずなのに、今はなんだか一緒にいるのが不思議と心地よく感じる。
早く成仏させてあげたいと思う反面、まだ一緒にいたいという相反する気持ちもあって。
戸惑いもあるけれど、今はこのまま……もう少しだけ一緒にいたいと思った。




