29 おじいさんを助けて
そうして連れてこられたのは、他の家よりも少し大きめなログハウスの前だった。
ドアの横には看板のようなものが掲げられて、何か文字のようなものが書いてあった。
私じゃ読めないからやっぱり案内してもらってよかったと自分の判断にほっと息をつく。
って、安心してる場合じゃなかった。
私は腕を振り上げてドンドンと大きくドアを叩いた。
「夜分にすみません! 急患です!!」
一度、二度とノックを繰り返し、三度目と思って腕を振り上げたところで、内側から閂が外れる音がした。
一歩下がってドアが開くのを待つと、中から四十代くらいの無精ひげを生やした男の人が不機嫌そうに顔をのぞかせた。この人が医者なんだろうか。
「なんだい、あんた。こんな夜中に!」
明らかに不機嫌そうな声に、一瞬足がすくみそうになる。
そりゃ、夜中にたたき起こされれば不機嫌にもなるだろう。
でも、ここで引き下がるわけにはいかない。
「夜分にすみません! 急患なんです! あっちの家でおじいさんが倒れていて……助けてください、お願いします!」
一息で言い切ると、医者らしきおじさんは急に態度を変えた。
「ちょっと待ってろ」
そう言っていったん家の中に引っ込むと、すぐに作業服のようなものとカバンを持って出てきた。
不機嫌な姿はなりを潜め、まっすぐに真剣な目をした医者の姿がそこにはあった。
「どこだ?」
という問いかけに、私は自分が来た方向を指さして案内する。先頭はおばあさんの幽霊だけど。
道すがら、いつ倒れたかとか今の状態はとか聞かれたけど、私が知っている情報はほんの少ししかなくて、台所でおじいさんが倒れていること、わずかながら息があることくらいしか答えられなかった。
おじいさんが倒れている家を出てからお医者さんを連れて帰ってくるまでそんなに時間はかかってないとは思うけど、おじいさんはまだ大丈夫だろうか。微かにしか息をしてなかったのが気がかりだった。
言い知れぬ不安にかられながら、おじいさんちのドアをくぐって台所に急ぐ。
「この人です!」
倒れているおじいさんの元にかけよって医者のおじさんを仰ぎ見ると、彼は自身が持っていた小型のランプでおじいさんの顔を照らして顔を顰めた。
「マルスのじーさんじゃねぇか!」
慌ただしく腰を下ろすと乱暴にカバンを開く。
どうやら顔見知りのようだ。
「おい、お嬢ちゃん。俺の持ってきたやつだけじゃ手元が暗い。ランプを持ってきてくれ」
「わ、わかりましたっ」
確かに、こんなに薄暗くちゃ診察もちゃんとできないよね。
ランプ持ってきてって言われても、見ず知らずの人の家だし、家探しするのも気が引ける。そこまで考えた時に、ふとおばあさんの幽霊なら知ってるかもしれないとひらめいた。
「おばあちゃん、ランプ。ランプないですか?」
向かい側に座り込んで意識のないおじいさんを見つめているおばあさんの幽霊にランプの場所を聞いてみる。同時に医者のおじさんが息をのんで私を見た。
この際、どう思われようとかまわない。緊急事態なんだから。
私の声が聞こえたのか、おばあさんは顔を上げて私を見つめてくる。
「おばあちゃん、ランプ知らない?」
もう一度。ゆっくりと繰り返せば、おばあさんは理解したのか立ち上がってランプの場所に案内してくれた。
ランタンのようなランプを持って「火の加護を」と唱えると、ランプに彫られた魔法陣を通じてランプにどこからともなく火がともった。
よかった、教会や宿屋のランプと使い方は一緒みたい。
火が灯ったランプを持って医者のおじさんのところに戻ると、おじいさんの目を指で開いて診察をしているところだった。
「ランプ、持ってきました」
「助かる」
私はただじっとおじいさんの診察が終わるのを祈るような気持ちで待つしかできない。
医者のおじさんは手際よく診察を終えると、持ってきたカバンから黒くて丸い球と何かの液体が入った瓶を取り出した。
「お嬢ちゃん、ちょっとこっち抑えててくれないか」
「はいっ」
言われるがまま、おじいさんの体を起こして支えると、医者のおじさんは慣れた手つきでおじいさんの口に丸い球と液体を流し込んだ。薬だろうか。
「これで一安心だ」
ふうと息をついて医者のおじさんが言ったので、私も安堵の息を吐いて体から力を抜いた。
向かいのおばあさんの幽霊を見れば、おじいさんに覆いかぶさるようにして嬉しそうに涙をこぼしていた。
よかった。
おばあさんに笑みを向ければ、横から視線を感じた。
そちらに目を向けると、医者のおじさんから訝しげな目で見られていた。
しまった。
そういえば、私ってば後先も考えずに普通におばあさんに話しかけてた。ランプを探すときにはっきり『おばあちゃん』って言っちゃった気がする。
私は畏怖の目を向けられるのを覚悟して、医師のおじさんを見返した。
「な、なにか?」
「お嬢ちゃん、おまえさんはもしかしてミーティアスなのか?」
「ミーティアス?」
え。何それ。
『ミーティアスっていうのは、お前のように『見える能力をもつ者』のことだ』
初めて聞く単語に肯定も否定もできずに戸惑っていると、背後に控えていたルミナリスさんがそっと教えてくれた。
あちらの世界でいう霊能力者のようなものか。なるほど。
「あー……見えるということでしたら、そうですね。ミーティアスなのかもしれません」
肯定すれば、医者のおじさんは気難しそうな顔にくしゃりと笑みを浮かべた。
思ってた反応と違くて、私は更に戸惑ってしまう。
「ありがとう。マルスのじいさんが助かったのはお前さんのおかげだ――そこにばあさんの幽霊がいるんだろう?」
私が笑みを向けた場所を見て、医者のおじさんが確認してくる。
「えと、はい」
「よかったな、ローラさん。あんたが頑張ってお嬢ちゃん呼んできてくれたからマルスさん、助かったんだぜ」
その言葉に、ローラさんと呼ばれたおばあさんの幽霊は涙を流しながらも晴れやかな笑みを浮かべた。
『ありがとう』
しっかりとした声は私の頭の中に優しく響いた。




