27 眠りに落ちた後で(ルミナリス視点)
凛が眠りに落ちた後、ルミナリスは彼女の寝顔を眺めながら出会った日のことを思い出していた。
生前、ルミナリスはカイナルディアという国で、国家魔導士として国防に関わる仕事をしていた。
国を守るためには力が必要だった――結果、禁呪に手を染めることになっても。
生きている人間を守るため、ルミナリスは死者を利用しようと考えた。
実体のない死霊たちならば、死ぬこともない。そう思って死霊を従える術を研究したり、霊体となった者を実体化しようとしたり、毎日毎日研究に明け暮れていた。
でも、きっと死者を冒涜するような行いに天罰が下ったのだろう。
ある日、ルミナリスの弟子だった男が裏切りを働いた。
その日はちょうど大きな術を使う実験をしている最中で、背後から襲われたルミナリスは術を暴走させてしまった。
暴走した術の発した負のエネルギーは、術者であるルミナリスを取り込んでなお勢いは止まらず、王都を飲み込まんとしていた。
薄れゆく意識の中で誰か止めてくれと願った時、親友で同じく国家魔導士をしていたエクストラーザの光の刃がルミナリスを貫いた。
術者を失ったことで暴走は止まったが、ルミナリスは命を落とした。
ルミナリス自身、それで暴走が止まって国を救えるのならば心残りはなかったはずだった。
けれど、負のエネルギーに汚染された精神はそのまま成仏することもできず、悪霊として存在し続けることになってしまった。
――――どうしてそんなに悲しいの?
曖昧な意識の中にかけられた声と言葉は、今でも鮮明に耳に残っている。
あの日、凛は自らが傷つきながらも手を伸ばしてルミナリスの負の感情に触れ、奥底にあった悲しいという感情を拾い上げてくれた。
それがきっかけで負の感情は浄化されて悪霊ではなくなったものの、ルミナリスはすぐに成仏することができなかった。
そもそもどうやったら成仏できるのかもわからない。
国を滅ぼしかけた手前、どの面下げてカイナルディアに帰れるというのか。
これからのことを考えているところに、山を下りるという凛の話を聞いて、麓までの道案内を買って出た。
まだ年若い少女が一人で下山できるほどベルナ山は甘くはない。
凛には助けてもらった恩義もあったから、麓まで無事に送り届けてあげたかった。
ただそれだけだったはずなのに。
絶望の淵に立たされてなお諦めない強い心、幽霊である自分を気遣ってくれる優しい心、どことなく寂しそうに遠くを見る横顔に目が離せなくなっていった。
魔獣に追われて滝から落ちた時は肝が冷えた。
無事だとわかって安堵したのもつかの間、死んじゃいたいと泣きじゃくる凛の姿を見て、抱きしめて慰めることもできず、ただ大丈夫かと声をかけることしかできなかった自分がもどかしかった。
自分のことでいっぱいいっぱいだっただろうに、凛は結果的に生き続けることを選んでくれた。
気がつけば、どこか危うげで儚げな彼女のことをもう少し側で見ていたいと思うようになっていた。
麓に下りた日の夜、凛から別れを切り出されたことで、ルミナリスは自分の気持ちをはっきりと自覚した。
いつかの時とは逆に「大丈夫?」と凛に顔を覗き込まれて彼女の黒い瞳を見た時、まだ一緒にいたいと思ってしまった。
だから、とっさに憑りついたはいいが解除できなくなったと嘘をついた。
先程、凛からこの世界の人間じゃないと聞いて、正直ひどく驚いた。
鳥便といったこの世界では当たり前のことを知らないのも、会話のやり取りでどことなくズレを感じることがあったのも、生まれも育ちも別の世界だと言われれば納得できるというものだ。
たまにどことなく寂しそうに遠くを見ていたりするのは、故郷を思っているからだろうか。
異なる世界に突然一人放り出されてどんなに心細かっただろう。
ルミナリスは音もなく立ち上がってベッドのそばまで来ると、自らの手に力をこめて実体化を試みた。
まさか生前研究していた『霊体となった者を実体化する研究』が自分の役に立つとは思わなかった。人生何があるかわからないものだ。
そうして、すやすやと眠る凛の艶やかな黒髪をそっとなでる。
手入れの行き届いた髪はさらさらとしていて触り心地が良かった。
今までずっと研究一筋だったのに、死んだ今になって淡い想いを抱くとは夢にも思わなかった。
ふふっとくすぐったそうに笑う凛に、ルミナリスの口元も自然とほころんだ。
『おやすみ、リン』
願わくば、せめて少しでもお前の孤独や不安を分かち合えますように。




