26 私、異世界から来たんです
水差しとカップだけを残して食べ終わったお皿を廊下に片づけた私は、ベッドに腰かけてサイドチェストに置いてあった砂時計のようなものに目を向けた。
手のひら大の砂時計のようなものはこちらの世界の時計だ。
メモリはちょうど八を過ぎたあたりだから、あちらの世界で夜の七時を少し過ぎたあたりだとわかる。
エクスさんに見方を教えてもらっておいてよかった。
疲れているとはいえ、寝るにはまだ早い気がする。
どうしようかなと思っていると、テーブルのところに座っていたルミナリスさんが声をかけてきた。
『なぁ、リン。村に着いたら教えてくれるんだろ?』
「ふぇ?」
『お前が何者かって話』
「ああー……」
『忘れてたのか……』
「イヤ、ソンナコトナイデスヨ?」
ははっと笑って誤魔化す。そういえば、そんな約束をしていた。
ご飯を食べたらすっかり忘れていた。
別に誤魔化す気はない。もう腹はくくっているから、あとは話すだけだし。
「そうだね――――突拍子もない話だけど、ルミナリスさんはそれでも聞く?」
『ああ。もちろん』
迷いのない返事に、私は一つ息を吸って覚悟を決める――――よし。
「私、この世界の人間じゃないの」
『…………………………は?』
たっぷり間をおいて聞き返された。
「だからね、私、この世界の人間じゃないの。こことは別の世界から連れてこられたの」
『こことは、別の世界……?』
信じられないといったように聞き返してくるルミナリスさんに、私は頷いて見せた。
まぁ、普通信じられないよね。
「そう、別の世界。私たちは地球って呼んでる。私はそこの日本って国にいたんだけど、どういう訳か何かよくない白い人影と遭遇して……気がついたら、この世界に来てたってわけ。それが大体……六日くらい前の話かな?」
『六日前……』
「そう。だから、まだこっちの世界のこと全然わかってないの。幸い言葉はわかるけど、文字は読めないし」
『読めないのか?』
「言ってることはわかるのに、文字になるとさっぱり……今だって、メニュー表が読めないからわざわざ部屋にご飯持ってきてもらったわけだし」
そうして、私はこちらの世界に来てからのことを順を追って話した。
風の精霊ラティスと出会って言葉をわかるようにしてもらったこと、別の世界から来たことは黙っていた方がいいと言われたこと、そのラティスの勧めで村の教会に保護してもらったこと、そこで退魔師にならないかと勧められてルミナリスさんのところに飛ばされたことを話した。
なんか本当にこの一週間で色んなことがありすぎたなと、話していた私の方が思わず遠い目をしてしまった。
すっかり黙り込んでしまったルミナリスさんを見ると、彼は顎に手を当てたまま固まってしまっていた。
いきなりこんな話されたって信じられるわけないよね。
重い沈黙に耐えかねてきた頃、ルミナリスさんがようやくその口を開いた。
『にわかには信じがたい話だが、辻褄は合うな…………お前を連れて来たとかいう何かよくない白い人影とはなんだ?』
「ラティスが……こちらの世界のことを色々教えてくれた風の精霊が言うには、私をこっちに連れてきたのはイーニスっていう……」
『イーニスだと!?』
ルミナリスさんが食い気味に声を上げる。
その反応にびっくりして見返すと、ルミナリスさんは眉間にしわを寄せて難しそうな顔でこちらを見てきた。
『その精霊は確かにイーニスと言ったのか?』
「うん、確か……私からイーニスの匂い? がしてるって言ってたような気がする」
『……お前、やばいのに目をつけられたな』
「で、でも! こっちの世界に来てからは一度も会えてないよ!?」
『そう簡単に会えてたまるか! 相手は創造主だぞ』
「いやあ……そうなのかもしれないけど、そのせいで日本に帰る方法を聞くこともできないし」
『にほんに帰る……リンは元の世界に帰りたいのか?』
「当たり前でしょ! いきなりこんな訳のわかんない世界に連れてこられて、知り合いもいないし、文字だって全然わかんないし……!」
言えば言うほど、自分がこの世界で異質な者だと言っているようで。
私は俯いて唇を噛んだ。
もうこのやりきれない気持ちをどうしていいかわからない。
爪を中に手を強く握りこむと痛みで少し頭が冷えた。
不意に頭上から声がかけられた。
『すまない、リン。思いつめるようなことを言いたかったわけじゃないんだ』
その言葉に、私ははっと顔を上げてルミナリスさんを見た。
ルミナリスさんは申し訳なさそうな顔をこちらに向けて、握りこんでいた私の手を開かせた。
『前にオルト村に戻らなきゃと言っていたから気になっていたんだ。お前にとって、帰りたい場所は別にあったんだな……』
「あ……」
言われて初めて気づいた。
そういえば、確かにそうだったかもしれない。完全に無意識だった。
『元の世界に帰る方法はわからないのか?』
「うん……だから、とりあえずはオルト村に戻りながら、元の世界に帰る方法を探すしかないかなって」
私の答えに、ルミナリスさんは黙り込んでしまった。
その表情からは何を考えているかはわからない。
そんな彼の整った顔を見て、イケメンさんはどんな顔しててもイケメンだなとどうでもいいことをぼんやり思った。
私はそのまま後ろに倒れてベッドに沈み込んだ。
やや硬めのマットレスとふんわりとした掛布団に体を投げ出すと、あっという間に睡魔が襲ってきた。
思っていたより体は疲れていたのかもしれない。
気がつけば、私はそのまま眠りへと落ちていた。




