25 バゼル村と温かい食事
ドリスさんの送った鳥便を受け取った村の人たちは大急ぎで救援にきてくれたようで、私たちは日が暮れる頃にバゼルという村に着くことができた。
助けに来てくれた村の人の様子から、ドリスさんがみんなに慕われているのが見て取れた。
村への道すがら、助けに来てくれた村の青年がドリスさんがどれほどお人よしなのかを話して聞かせてくれた。
どうやらこのおじさん、困った人を見かけると世話を焼かずにはいられない性分の人らしい。
ドリスさんは介抱してくれたことへのお礼だと、村での宿泊費を出してくれた。
こちらの世界のお金を持ち合わせていない私にとって、その申し出はすごくありがたかったので、お言葉に甘えることにした。
宿屋の部屋に案内された私は、羽織っていた白いローブを脱いで椅子の背もたれにかけると、その足でベッドに倒れこもうとして踏みとどまった。
いかんせん埃っぽい。
川に落ちて水浴びはしたとはいえ、ここ数日ずっと着ていた服で真新しいシーツの上に転がるのは気が引けた。
お風呂入りたいな。
そう思いつつ部屋に目を走らせたけど、お風呂らしきものは見当たらない。
その代わり、部屋の隅っこに小さな水色の正方形のマットが置いてあるのを見つけた。
一メートル四方のマットの表面には丸い円と三角としずく型をいくつか組み合わせたような模様が描いてあった。おそらくこれが清めの加護を受けるためのマットだろう。
私は寝っ転がりたい衝動を押しとどめて体を清める準備をすることにした。
ベッドの横に備え付けてあるチェストの引き出しを一つずつ開けてみると、バスタオルくらいの大きさのタオルが入っているのを発見した。
部屋着のようなものは見つからなかったから、今着ているものを洗濯してまた着るしかない。
よし、これをバスタオルにしよう。
「ごめんなさい、ルミナリスさん。体を清めたいから、ちょっとだけ外出ててもらっていい?」
『わかった』
ルミナリスさんは片手をあげると、ドアをすり抜けて外へ出ていった。
私はドアに閂がかかっていることを確認すると、服とブーツを脱いで裸の状態でマットの上に立った。
これを使うのは二度目なので使い方に迷うことはないけど、まるで自分が魔法使いになったみたいでどきどきする。
「水の加護を」
手を胸の前に組んで祈るようにぽそりと呟くと、足元が青白い光を放ち始める。下を向いて目をぎゅっとつぶると、頭から温水をぶっかけられたような衝撃を受けた。
あちらの世界でいう『加護』は目に見えない実感のないものだけど、こちらの世界の『加護』は実感のある魔法のようなもののようだ。
一瞬で体が綺麗になるのはありがたいけど、日本人としてはやっぱり温かいお湯にゆっくりと浸かりたいと思ってしまう。
すでに乾いている体にバスタオルを巻きつけて、椅子の背もたれに引っかけたままになっていたローブと脱ぎ捨てた服とブーツをマットの上に乗せて、体と同じように洋服も清める。
水の加護を求めれば、汚れた衣服も土埃でくすんだブーツも一瞬で洗濯したてのように清められた。こちらの世界の洗濯は驚くほど手間がかからない。
綺麗になった洋服に袖を通して全身すっきりしたところで、念願のベッドダイブを決行する。
清潔な白いシーツにぼふんと飛び込むと、ほどよいふんわり感が私を包んでくれる。
やっぱりお布団は気持ちいい。お布団大好き。お布団は正義だ。
そのままゴロゴロとお布団の感触を楽しんでいると、ドアをノックする音が聞こえた。
「はーい」
ドアの方へ返事をすれば、女の人の声が返ってきた。
「お夕飯を持ってきたよ!」
「今開けますー!」
勢いをつけてベッドから起き上がって、ベッド脇に置いてあったスリッパのような履物をつっかけてドアへと急ぐ。
ドアを開けると、恰幅のいいおばさんが銀の盆を両手に立っていた。
おばさんは私が出迎えると、にっこりと人のよさそうな笑みを浮かべて部屋に入ってきた。
宿屋の一階は酒場にもなっていて、そちらでも食事はできるようにはなっていたけど、まだこちらの世界の食事の作法もわかってないし、そもそも文字が読めないからメニューに何が書いてあるのかもわからない。
ドリスさんに夕食を一緒にどうかと誘われたけど、疲れを理由にご遠慮させてもらった。
宿泊の手続きをした時に、おまかせでかまわないからと夕ご飯を部屋に持ってきてもらえるようにお願いしていたのだ。
おばさんは部屋の中央にある丸いテーブルの上に盆を置いて、その上に載っていた皿を置いていく。
白いパンに野菜がたくさん入った赤色のスープ、ソーセージのようなお肉、カラフルな野菜が盛られたサラダ、それから小さな白いゼリーのようなものはデザートだろうか。
どれも美味しそうで、久しくまともな料理を食べていなかった私は、ごくりと溢れてくる涎を呑み込んだ。
おばさんは最後に水差しと陶器でできたカップを二つ置くと、空になった銀の盆を重ねて脇に抱えた。
「ご飯、部屋でよかったのかい? 下の方がもっといろいろ出してやれるんだけど……」
「すみません、運んでもらっちゃって。今日は少し疲れてしまって……」
「いやいや! そりゃドラゴンに襲われたんだ。疲れて当然さ! それじゃあ、ごゆっくり。食べ終わったら、皿は廊下に出しておいてもらえればいいから」
「ありがとうございます」
おばさんを廊下まで見送ったあと、ふらふらと食事が並べられたテーブルへ歩み寄る。
白い湯気を上げながら鎮座する夕食たちを前に、私は視界が潤むのを感じた。ここ数日はほとんど山で採れた木の実とか果物なんかを食べて飢えをしのいできた。
川で採れた魚を焼いただけでも涙がでそうなほど美味しかったのに、こんなに手の込んだ料理を食べたらどうなってしまうんだろう。
私は少し震える手で水差しの水を陶器のカップに移し替え、一つを自分のところに置いて、もう一つのカップに手を伸ばしたところではたっと動きを止めた。
ルミナリスさんを外に出したままだった。
「ルミナリスさん、もう戻って大丈夫だよ」
隣の部屋の人に呼びかけるように声をかければ、間髪いれずにルミナリスさんがドアをすり抜けてにゅっと顔を出した。
『もどった』
「おかえり。おばさんがご飯持ってきてくれたんだ。ルミナリスさんは……やっぱり食べられない?」
『そりゃ、俺は霊体だからな。食事は必要ない』
「そっか……」
一緒に食べられたらよかったのにな。残念。
それでも、もう一つのカップに水を注いで自分の反対側の席に置くと、ルミナリスさんが呆れたような顔を向けてきた。
『おい、俺は食べれないって……』
「いいの! だって、ルミナリスさんはここにいるでしょ」
『……………………ありがとな』
「うん」
私はルミナリスさんと向かい合って食事を楽しんだ。久しぶりに食べた手の込んだ料理に心も体も満たされて、なんだか胸がいっぱいになってちょっと泣いてしまった。
最近ちょっと涙腺が弱くなった気がする。
ルミナリスさんは手だけ実体化して、そんな私の涙をぬぐって慰めるように頭をぽんぽんと優しくなでてくれた。




