24 想いの力を魔法に変えて
私とドラゴンの間に立ったルミナリスさんは、右手をドラゴンへ突き出し、左手を私に向かって伸ばしてきた。
『一か八かだ。リン、力を貸せ!!』
「どうするの!?」
『想いの力を魔法に変える! 憎悪で魔法が使えていたんだ。想いの力が強くなれば理論的には魔法が使えるはずだ!』
「それってどういう!?」
『手を取って、死にたくないって考えろ!』
なんだかよくわからないけど、とりあえずルミナリスさんに言われるがまま、彼の手を握って死にたくないと必死で思った。
死にたくない! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくない! 私はまだ死ねないの!
お父さんとお母さんとお兄ちゃんの分まで生きるって約束したんだから!!
ふわりと私とルミナリスさんをつなぐ手が温かみを帯びてくる。
『よし、いい感じだ!』
ルミナリスさんが勝気そうな笑みを口元に称えてドラゴンの前に突き出した手に力をこめると、その手が光を帯びてくる。光は収縮するように丸い球体になって大きくなっていく。
『悪く思うなよ!』
ルミナリスさんの力ある言葉と共に、光の球体が手から放出された。眩い光に思わず目を閉じると、体に衝撃を感じた。続いて、耳をつんざくようなドーンという爆発音。
「ギギャアアアアアア!!!」
ドラゴンの悲鳴が聞こえ、続いてバサッバサッと羽ばたく音と風を感じる。その羽ばたく音が小さくなって聞こえなくなった頃、私はようやく目を開けることができた。
もうそこにドラゴンの姿はなかった。
『なんとか撃退できたようだな』
遠ざかっていくドラゴンの後ろ姿を見ながら、ルミナリスさんが安堵の息を吐いた。
その時になって、私はルミナリスさんと手を繋いだままだということを思い出した。
「って、あれ? なんで手……」
ルミナリスさんは実体がないはずなのに、今は不思議と手を繋いでいる感覚があった。
不思議そうに手を眺めていると、ルミナリスさんは得意げに種明かしをしてくれた。
『手だけ触れるように実体化したんだ』
「そんなことできるの!?」
『もともと実体のない死霊が現実世界に干渉できるようにする研究をしてたんだ。まさか自分で使うことになるとは思ってもみなかったから、今まで思いつかなかった』
さらっと聞き流しそうになったけど、よく考えると怪しい研究だ。マッドサイエンティストだったんだろうか。
「…………ルミナリスさんって生前何してた人?」
『俺? 国家魔導士』
「こっかまどうし……」
魔導士なんて職業、ラノベの中だけだと思ってた。魔法のある世界っぽいし、魔導士なんて職業があっても不思議はない。国家ってつくくらいだから国の機関なんだろうか。
「公務員かー」
『こうむいん? なんだそれは』
「ん? 国の機関で働く人のことだよ。違った?」
『………………まぁ、そんなところだ』
なんだか気まずそうに目をそらしたルミナリスさんに、私はきょとんと首を傾げた。
やっぱり向こうの公務員とこちらの世界の公務員は違うのかもしれない。
「あ、そうだ。おじさん!」
いけない、すっかり忘れてた。
私はきょろきょろと辺りを見回し、道端に横たわるドリスさんのそばに駆け寄った。
俯せの体を転がして仰向けにすると、その口元に手のひらを近づけて息をしていることを確認した。よかった、ちゃんと息してる。
「おじさん! おじさん、しっかりして!! おじさん!!」
何度か肩を揺らして軽く頬を叩いていると、ドリスさんがゆっくりと目を開けた。
「う…………じょ、じょうちゃん……」
「よかった、気がついたんですね! 大丈夫ですか?」
「そうじゃ! ど、ドラゴンは……」
そう問われて、私は言葉を詰まらせた。
ルミナリスさんが撃退してくれたけど、彼の姿はドリスさんには見えない。
正直に言ったところで信じてもらえるかどうか。
そして何よりそれを伝えるということは、私自身が幽霊が見えるということを説明しなければならなくなる。
――――――やめておこう。
『見える』ことをカミングアウトしたって碌なことにはならない。きっとドリスさんにも変な目で見られてしまう。
私は体を起こそうとしているドリスさんを支えながら答えた。
「ドラゴンなら、馬を食べてどこかに飛んでいきました。私たち、運よく助かったみたいです」
「そうか……わしらは助かったのか……」
「はい。でも、馬と荷物が……」
道に無残に広がる商品と荷台の残骸に目を向けると、ドリスさんはやんわりと首を振って力なく笑った。
「生きていれさえすれば何とかなる……」
「でも、これからどうやって……」
馬もない。荷台も壊れて、人通りもまったくない。
一応山で摘んできた痛み止めの草を持っているから、二人とも歩けなくはないだろう。
けれど、私もドリスさんも全身傷だらけの状態で長時間歩けるとは思えなかった。唯一無傷の幽霊のルミナリスさんは私から十メートルくらいしか離れることができない。
詰んだんじゃ、と思う横でドリスさんは腰につけていた小さなポーチから紙と羽ペンを取り出した。
ドリスさんは何の変哲もない紙に光るインクで何か文字のようなものを書き連ね、一通り書き終わった後、それを慣れた手つきで折っていく。
何が始まるんだろうと見ている私の前で、その紙が白い鳥に姿を変えた。
「ええっ!?」
「なんじゃ、そんなに驚いて。鳥便を送っただけじゃろうが」
「いや、だって。紙が鳥に……」
「そりゃ、そうじゃろう? 鳥便なんじゃから」
ドリスさんに当たり前のように返されて、私はここが異世界であることを思い出した。
日本じゃありえないようなことをここ数日で何度も見てきた。
訳のわからない瞬間移動とか、精霊とか、悪霊とか、加護とか、差し当たってはさっき遭遇したドラゴンもそうだ。
紙が鳥になったところで不思議はない。だって、異世界なんだから。
自分に言い聞かせるのに必死で気づいていなかった――飛んでいく白い鳥の後ろ姿をほけーと見つめている私を、怪訝な顔でルミナリスさんが見ていることに。
ドリスさんの話では鳥便を近くの村まで飛ばしたので、あと二、三時間もすれば誰かが助けに来てくれるだろうという見立てだ。
郵便屋さんがいなくても直接手紙が送れる鳥便、すごく便利だ。
助けが来るのを待つ間に痛み止めの草を食べて回復した私とドリスさんは、手分けして道に散らばった荷物を拾い集めることにした。
ドリスさんの荷物は主に日用品が多かった。
王都から買い付けたものを外れの村々まで届ける仕事をしているらしい。帰りは立ち寄る村々の特産品を買い付けて売り歩いているそうだ。
麻の袋に散らばったオレンジやりんごに似た果物を拾っていると、ルミナリスさんが『なぁ』と声をかけてきた。
ちらりとドリスさんを見れば、少し離れたところで熱心に野菜のようなものを拾っているのが見えた。この距離なら、ルミナリスさんと話していても聞こえることはないだろう。
「なに?」
『お前、なんなんだ?』
「え?」
『鳥便知らないなんて、ありえないだろう。この世界の人間なら誰だって知ってることだ』
「あー……」
やってしまった。
向こうの世界だって郵便は世界共通のものだ。こっちの世界の郵便が鳥便だというなら、それはこの世界に住んでいる人にとって当たり前のものに違いない。
ラティスに異世界から来たってことは隠しておいた方がいいって言われていたから、誰にも言わずに隠してきた。
教会に保護してもらった時も、『狭間』に落ちたということにしてある。
つまり、この国での私は『異世界からやってきた人』ではなく、『外国からやってきた人』って位置づけだ。
ルミナリスさんは射貫くような真剣なまなざしで私を見つめている。
嘘や誤魔化しではきっと気づかれてしまうだろう。
ルミナリスさんとはこれからも一緒にいることになるのだから、隠すのにも限界がある。
正直、一人で秘密を抱えるには荷が重いとも思っていたところだし。
「…………わかった。村に着いたらちゃんと話す」
私は足元に落ちていたりんごに似た果物を袋の中に詰めて答えた。
ルミナリスさんは『ああ』と返事をしたっきり、その話には触れなかった。




