21 初めての漁
毒を探しに行くと言われ、ついていった先で見つけたのはハイビスカスのような形の綺麗な白い花だった。
ルミナリスさんが言うにはこの白い花の花粉には魚を痺れさせる毒があるそうだ。
人体には無害だと言っていたけど、本当に大丈夫なのかな……?
私は言われるがままに花ごと十個くらい摘み取って沢に戻った。
ルミナリスさんは水辺の縁に浮かんで何やら水面とにらめっこした後、ちょいちょいと手招きして私を呼んだ。
ちょうど滝から流れ込んだ水が緩やかに流れ込んでくるその岩陰には、魚の泳ぐ姿が見て取れた。
『ここに花粉を撒いてみてくれ』
「花粉だけでいいの?」
『ああ。こう、花の根元を持って下に向けて振るんだ』
ルミナリスさんのジェスチャーを見て、私は摘んできた花の根元を持って花を下に向けた。花をベルを鳴らすように振ると、黄色い花粉が水面に落ちた。
一個では足りない言うので、続けて三個投入してみる。
そのまま岸辺でしゃがみこんで観察していると、効果はすぐに現れた。
岩陰に潜んでいた魚がぷかーと浮いてきたのだ。
「わわっ、すごい! ルミナリスさん、本当に魚が浮かんできたよ!」
興奮気味に言ったら、ルミナリスさんは楽しそうに笑って早く捕まえるように促してきた。
最初は魚なんてどうやって取るんだろうと思ったけど、これなら私でも簡単に捕まえることができた。
二十センチくらいのアユのような魚を三匹ほど捕まえた私は、乾いた岩の上に大きめの葉っぱを敷いてその上に魚をのせた。
ローブの内ポケットに入れていた火の精霊の力が宿った石は、残念ながら先程の騒動でどこかに落としてしまったようなので、またその辺から卵型の赤い石を拾って点火した。
やっぱりこっちの世界の火起こしってすごく簡単で便利だ。
近くの木から枝をぽきっと折って、葉っぱや細かい枝を綺麗に取れば串のような先のとがった棒になった。それを三本作って、魚の口に突き刺したところではたっと止まる。
これ、どうやって立たせよう。
地面は岩なのでぶすっとさすことはできない。
考えた末に少し大きめの石を三つ組み合わせていい感じにできた隙間に串をさして立たせてみた。
うん、いい感じだ。
魚が焼けるまでの間に、リャナの実や食べられそうな木の実でも探してこよう。
私は完成した焼き魚を想像しながら、足取り軽く森へと入っていった。
山での採取も三日目ともなると、手慣れたものになっていた。
自分が食べるだけのリャナの実と木の実を両手に抱えて焚火のところへ戻ると、魚の焼き加減を見てみる。火が当たっている方だけ焼けていたので、串をくるりとひっくり返してもう反面も焼く。食欲をそそる香ばしい匂いにお腹が鳴った。
ああ、早く食べたい。
私は火のそばで体育座りをして、隣に座るルミナリスさんに話しかけてみた。
「前から思ってたんだけど、ルミナリスさんって山で暮らしてたことがあるの?」
『なぜだ?』
「だって、すごく山に詳しいから……インドアに見えて実はアウトドア派だったなんてびっくりだよ」
『? イン……? あうとどあは?』
「あー……こっちにはこういう言葉ないのか……ええと、インドアっていうのは外より室内にいる方が好きな人かな。アウトドアはその逆で外とか山の中とかで活動するのが好きな人っていうか……うーん、なんかそんな感じ?」
意味はなんとなくわかっているのに、言葉にして説明するのって難しい。
私の説明でわかったのかわからなかったのか、ルミナリスさんは少し考えた後に言葉を続けた。
『そういう意味合いで言うなら、俺はインドアだと思うが……』
「嘘!?」
『嘘じゃないさ。山に詳しいのだって、子供の頃に山で遊んでたからってだけで』
「子供の頃……」
なんだろう。この見るからにインドアな雰囲気のルミナリスさんが野山を駆けまわって遊ぶ姿が全然想像できない。
そういえば、ルミナリスさんっていくつなのかな。
「ルミナリスさんって歳いくつ?」
『もう死んでるからあてにはならないと思うが、一応二十一だ。リンは?』
「私は十八歳」
『十八!? 冗談だろう?』
私の年を聞いたルミナリスさんが目をカッと見開く。
え、何その反応。
「え、そんなに老けて見える!? 確かに友達には大人っぽいねって言われることが多いけども!」
『逆だ、逆! お前それで十八とか詐欺もいいところだぞ! どう見ても十五くらいにしか見えん』
「じゅうごっ!?」
いやいやいやいや、それはさすがに世の十五歳に失礼というものだ。
全力でそんなことはないと否定すると、胡乱気な視線が返ってきた。なぜ。
そういえば、オルト村で会った女の人はみなさん確かに綺麗で大人っぽかった。
あちらの世界でも外国の人から見たら日本人は幼く見えるっていうし、それと同じような感覚なのかもしれない。
「とにかく! 私はまぎれもなく十八歳ですっ」
これだけは間違いないと声を大にして言えば、ルミナリスさんは私の両肩をぽんぽんと叩いてなだめてくれた。
『わ、わかった、わかった――――――ほら、そろそろ食べないと焦げるぞ』
つっとさされた指を追うと、表面にところどころ焦げ目がついてちょうどいい感じに焼けた魚が目に入った。
確かに今食べないと焦げてしまいそうだ。
なんだか上手いこと誤魔化されてしまった気がするけど、香ばしく焼きあがった魚を前にしたら歳なんてどうでもよくなってしまった。
私は程よく焼き色のついた魚を手に、ごくりと唾を飲み込んだ。
このところずっと木の実ばかり食べていたせいか、魚を串に通して焼いただけなのにすごくおいしそうに見える。
「いただきます……!」
ぱくりとお腹の部分に齧りつくと、じゅわっと脂が溢れて口の中に広がった。
美味しい。
川魚だからもっと淡泊な味だと思っていたけど、十分脂がのっていて美味しかった。
欲を言えば塩がほしい。けど、こればかりは仕方がないと言わざるを得ない。
何より、久しぶりの温かい食事に不覚にも泣きそうになった。
途中、はらわたを取り除いていないことを思い出してちまちま食べになったけれど、三匹食べ終わるころにはお腹も心も満たされていた。
まだ日は高い。
今日中に山を下りるか、ここでもう一晩休んでから下りるかを聞かれて、私は今日中に山を下りたいと答えた。
あの恐ろしい獣が近くをうろついているかもしれないと思うと、あまり山の中に長居はしたくなかったからだ。
長いこと風にさらしていたおかげで生乾きくらいまで乾いたブラウスとスカートを身に着けて、山下りを再開した。
坂も緩やかで比較的歩きやすかったので、ルミナリスさんと雑談をする余裕があった。
ルミナリスさんは無口だと思っていたけど、話せばちゃんと反応も返ってくるし、私が知らないことをたくさん教えてくれた。
何かと気にかけてくれたり、心配してくれたり、なんだかお兄ちゃんみたいだ。
私は山道を下りながら、どうしたらルミナリスさんが成仏できるかを考えた。
会話からヒントを得られないかといろんな話を振ってみたものの、どれも未練になりそうなものとは思えなかった。
もう少しで山の麓についてしまう。
手を貸してくれるのは山を下りるまでって言ってたから、麓についたらルミナリスさんはまたあの湖に戻ってしまう。
それまでになんとか成仏する方法が見つかるといいんだけど……。
私は少し先を歩くルミナリスさんの後ろ姿を見つめて、そっとため息をついた。




