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はみんぐ・ふれあ  作者: JING
第二章「満月の男と走る委員会」
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第8話「十秒を五十秒にする少年」

オープニングテーマ「HUMMING」

https://youtu.be/azhMg2sRa5g

 翌日の放課後、旧天文塔の前には五人いた。


 オレと時任。立会いの先輩と閑崎。それから、呼んでもいないのについてきた藍羽。


 時任は委員章を藍羽の学生証へ向けた。灰色の塔印(とういん)が一つ灯る。


「如月さんは未登録です。この一戦に限る同行資格を付与します。受領しなければ、七階から先へは登れません」


「受領します。観戦できなくても、終わるまでここにいる」


「ライバルの試合を見るのは当然でしょ」


「見られないぞ」と先輩が言った。「選闘が始まったら、中で動けるのは二人だけだ」


「知ってます。終わった時の顔を見れば、どういう負け方をしたかくらい分かります」


「オレが負ける前提か?」


「勝つ前提で油断するよりいいでしょ」


 藍羽はオレの朱赤の上着の襟元へ手を伸ばし、曲がっていた留め紐を直した。


「時計ばかり見て、足元を忘れないで」


「時任に言ってやれよ」


「あなたに言ってるの」


 塔の古い扉を開ける。


 中は薄暗かった。壁へ沿って伸びる螺旋階段は、途中から闇へ溶けている。何階あるのか数えようとするたび、一段ぶんずつ合わなくなる。


 前を歩く時任が、工程表を読むみたいに話し始めた。


「条件を確認します。僕が勝った場合、ハミンさんは次回の体育祭準備日に一回、絶対運命補完委員会の警備指揮下へ入る。その勤務中は通常競技の練習より警備を優先する」


「オレが勝ったら、次の警備当番はなし。出してあるリレーと障害物競走の希望は、そのまま通す」


「その条件で正しいです」


「昼飯は?」


「含まれません」


「勝ったあと追加できないか?」


「できません」


 時任は即答した。


 後ろで先輩が笑う。


「残念だったな、ハミン。蓮は予算外の昼飯には厳しいぞ」


「予算担当はわたくしです」


 閑崎が静かに訂正した。


「なお、ハミンさんが京一へ要求した前回の昼食は、学食標準額を三百二十円超過していました」


「先輩が勝手に大盛りへしたんだぞ」


「惚れた相手に普通盛りは出せないだろ」


「その理屈、意味分かんねえ」


「オレにもまだ分からん」


「分からないまま言うな!」


 時任が立ち止まった。


「緊張感を持ってください」


「持ってるぞ」


「楽しそうにしか見えません」


「楽しいからな」


 時任は小さく息を吐き、また階段を上った。


 やがて先に白い光が見えた。


 最後の一段を踏む。


 屋上へ出るはずだった。


 けれど、そこに柵はない。


 直径百二十メートルの白い円。足元よりずっと下を流れる雲。青すぎる空。床の中央に十三重の円が描かれ、八本の線が外縁まで伸びている。


 雲上闘技場。


 何度来ても、高さの感覚がおかしくなる。七階、数十メートルの塔を登っただけで、見晴らしは二千五百メートル級。雲は下なのに息は地上と同じだけ吸え、耳も痛くならない。塔の屋上へ世界を載せたというより、世界のほうへ屋上の名前だけ貼りつけたみたいだ。


 時任とオレが中央へ進む。


 藍羽たち三人は扉の手前へ残った。


「終わったら迎える」と先輩。


「ハミン、ちゃんと帰ってきて」


「負けても帰るだろ」


「そういう意味じゃない」


 藍羽が何を言いたかったのか聞く前に、時任が床の内円へ入った。


「選塔に問う。時任蓮とハミンの選択を」


 床へ青と赤、二つの環が浮かぶ。


 オレの前の赤い文字は、さっき確認した条件を一字ずつ刻んだ。


 理解している。


 勝てば希望した二競技。負ければ警備一回。


「選ぶ」


「僕も、選びます」


 遠くの鐘が、一音だけ逆に鳴った。


 扉の向こうで、藍羽の髪が止まる。


 先輩の口元には笑いが残り、閑崎の袖は風の途中で固まった。


 色が薄くなる。


 三人の姿は、入口扉の前から影も残さず消える。扉だけは円の縁に残り、その面を暗い膜が閉ざした。


 次の瞬間、雲上闘技場にいたのは、本当にオレと時任だけだった。白い円の広さは、選闘前と変わっていない。


 空から風の音が消えている。


 低いハミングだけが、白い床のずっと下で鳴っていた。


『選択権移譲決闘を開始します。制限時間、十三分』


 女の声が告げる。


 時任は左手を背へ回し、右手で銀の懐中時計を開いた。腕時計じゃない。制服の内ポケットから鎖でつながった古い時計を出したのだ。


 文字盤には十二までしかないはずなのに、針の外側を十三番目の細い目盛りが囲んでいる。


「時門時計」


 時任が言った。


「法宝(ファーバオ)か」


 文字盤の内側を、古い気が十三周している。オレの緋天衣や、父さんの白沢衣と同じ、崑崙の道具の流れだ。


「その呼び方を知っているんですか」


「崑崙で育ったからな」


 時任の指がほんの一瞬だけ止まった。


「半径八メートル以内の時間流を変えます。僕は格闘であなたに勝てない。だから、その八メートルへ入れません」


「先に説明していいのか?」


「説明しても、速度差は消えません」


 正直なやつだ。


 オレは足を開く。前より狭く。重心を落とすんじゃない。真下へ足を置く。


 紅燕歩。


 時任は中央から十二歩先にいる。八メートルより遠い。まず近づかなければ拳は届かない。


『始め』


 床を蹴った。


 時任の親指が竜頭を押す。


 ち、ち、――ち。


 秒針が三度ためらう二秒で、オレの進路を包む小領域が定位置へ合った。


 世界が速くなった。


 違う。


 遅くなったのは、オレだ。


 蹴ったはずの足が、床から離れない。筋肉へ送った命令が、ぬるい泥の中を進んでいく。髪が頬へ触れるまでが長い。


 そのあいだに、時任は三歩動いた。


 こいつ自身は速くない。構えも素人に近い。なのに、オレから見れば、誰かが映像を五倍速で回している。


 右の肩が動いた。


 避ける。


 考えた時には、掌が左肩へ当たっていた。


 強い打撃じゃない。


 だが、片足がまだ床から離れ切っていない身体へ横から押され、軸が崩れる。転ぶ動作まで遅い。受け身を取ろうとする腕より先に、床が背中へ来た。


「ぐっ……!」


 時任が離れる。


 時計の蓋を閉じた。


 時間が戻る。


 痛みが一度に追いついた。


「っだあ!」


 床を叩き、跳ね起きる。


 時任はもう十歩先だ。額に薄く汗を浮かべ、呼吸を整えている。


「五分の一速。外で五秒進む間に、あなたの側では一秒しか進みません」


「つまり、オレの一秒の間に、おまえが五秒動く」


「感じ方としては、それで合っています」


「面白い!」


「なぜ笑うんですか」


「初めて食らった」


 もう一度踏み込む。


 今度は真っ直ぐ行かない。紅燕歩で右へ円を描く。八メートルの外側を回り、時任の背を取る。


 時任も中央を挟んで動く。


 戦い方じゃない。進行管理だ。オレの歩数と自分の歩数、闘技場の線、残り時間を一つずつ数えている。


「右へ三歩。次で境界です」


「教えてくれるのか?」


「自分へ確認しています」


「声に出すとオレにも聞こえるぞ」


「黙ると数を飛ばします」


 オレが内へ切り返す。


 時任が蓋を開く。


 また三度、秒針がためらう。オレが踏み込む先へ、五分の一速の小領域を合わせる二秒。


 来る。


 床を蹴る前に動けばいい。


 オレは時間が変わる直前、身体を前へ倒した。足で進めなくても、倒れる力なら――。


 遅い。


 何もかも遅い。


 時任は横へ抜け、オレの背中へ両手を置いた。力いっぱい押す。平均より弱いくらいの腕だ。それでも自分の身体を戻せない時間の中では、充分だった。


 白い線を二本、三本と越える。


 場外へ切れ落ちる縁が近づく。


 時任が蓋を閉じ、時間が戻った瞬間、オレは前へ転がり、爪を床の継ぎ目へ立てた。


 止まる。


 顔のすぐ前で白い床が尽き、その先には雲海まで何もない。


「危なっ」


「まだです」


 時任の靴が視界の端へ入った。


 追ってきた。


 オレは床へ伏せたまま脚を払う。時任は跳べない。格闘の足じゃない。


 今度こそ取った。


 そう思ったところで、時計の鎖が鳴った。


 時任が蓋を開く。


 ち、ち、――ち。


 時任を包む小領域を合わせる二秒。オレの脚が足首へ届き、時任の身体が傾く。片手を床へついたところで、秒針が定位置へ落ちた。


 時任だけを包む小さな領域が速くなる。


 五倍。


 跳べないはずの脚が、オレの払いを越えた。時任は勢いに身体を振り回されながらも、場外の手前へ着地する。止まり切れず膝をついた。


 顔が青い。


 自分を包む領域を速めれば、呼吸も心臓も五倍になる。


 なのに時任は時計を閉じない。


 オレが立つより先に背後へ回り、肩へ体当たりした。


 今度は耐えた。


 小さな身体の重心を真下へ置く。押された方向へ逃がし、回る。


 紅燕歩。


 時任の腕を取り、前へ投げる。


 時計が閉じた。


 速度が戻る。


 投げたはずの時任は、床へ転がりながら鎖を引いた。懐中時計が弧を描く。受け止めた親指で、銀の蓋をもう一度開いた。


 ち、ち、――ち。


 三度目のためらいも二秒。


 オレは追って手を伸ばす。


 指が届く寸前、腕を包む小領域が五分の一へ落ちた。


 時任は床を這って外へ逃れ、立ち上がった。


 蓋を閉じる。腕の遅さが消えた。


「残り、七秒」


「時計のか?」


 時任は答えない。


 唇が白い。時計を持つ右手を、左手で支えている。


 使える時間に限りがある。


 それも、かなり短い。


 七秒なら耐えればいい。


 オレは構えを解いた。


 時任の眉が動く。


「来ないんですか」


「待つ」


「あなたが?」


「失礼だな」


「一番苦手そうなので」


 時任は時計を閉じたまま下がる。


 オレも動かない。


 低いハミングが、床の奥で続いている。


 一秒。


 二秒。


 時任の呼吸が少し戻る。


 まずい。


 待っているのは、オレじゃない。時任のほうだ。時計の使用限界だけじゃない。決闘全体の十三分が過ぎれば、こいつは有効打で勝てる。


 戦うのが得意じゃないから、倒す必要もないと知っている。


「やるな」


「褒めても時間は渡しません」


「なら奪う」


 踏み込む。


 紅燕歩で右。時任も右。左へ返す。ついてくる。


 時計の範囲へ入る直前、鼻から短く息を吐く。


 時任が時計の蓋を開き、親指を竜頭へ置いた。


 三度のためらいを使う二秒。


 オレは踏み込みを止め、逆へ跳んだ。


 空振りさせた。


 時間流の境界が、目の前の空気を薄く歪ませる。見える。ほんの一瞬だけ、透明な壁みたいに。


 そこへ手を伸ばす。


 指先が触れた途端、腕だけが重くなった。


 境界はここだ。


 あと七秒。


 六。


 時任は範囲をずらした。針を合わせる二秒のあいだ、時計の音が変わる。


 オレは内へ入る。


 だが、一歩遅かった。


 時任は自分を加速させず、オレの後ろ足と、その下の床を包む小さな領域を速めた。踏んだ足だけが予想より早く滑る。


 身体が回りすぎた。


 時任の掌が胸元へ当たる。


「三秒です」


 押された。


 今度こそ白い縁を越えた。


 上下が消える。


 床へ伸ばした指が、五・七センチぶん届かない。全身が円の外へ出た瞬間、視界が白く反転した。


 落下は続かなかった。


 膝が冷たい石へ当たる。オレは雲の下ではなく、屋上扉の階段側――さっき最後に通った踊り場へ転送されていた。目の前の古い扉は、暗い膜に固められている。


『場外。確定計数を開始します』


「一」


 女の声が、扉の向こうから聞こえた。


 取っ手を引く。開かない。


「二」


 肩をぶつける。古い木なのに、崑崙の岩壁より硬い。


「三」


 気を足裏へ集める。踏むものならある。なのに、闘技場へ戻る道だけがない。


「四」


 考えるな。


 今日の身体は、明日の出来損ないじゃない。


「五」


 腰を小さく回し、身体全部で扉を押す。編み髪の先が木を叩いた。


「六」


 扉の隙間へ指先を差し込もうとする。


 届かなかった。


「七、八、九、十、十一、十二、十三」


 鐘が鳴った。


『勝者、時任蓮。選択権の移譲を確認します』


 世界が白く閉じた。


     *


 暗い膜が消え、屋上扉が内側から開いた。オレは階段側の踊り場で片膝をついていた。


 扉の向こうには、縮みも消えもしなかった雲上闘技場がある。藍羽たち三人も円の入口側へ再び現れ、藍羽の髪が止まる前の続きみたいに揺れた。外の時計は十三分進んでいた。先輩と閑崎には、そのあいだの記憶がない。


「ハミン!」


 藍羽が肩を支える。


「負けた」


「見れば分かる。どこ痛めた?」


「背中と肩。あと腹減った」


「最後のはいま関係ないでしょ」


「いつでも関係ある」


 時任は扉の反対側へ立っていた。立っているというより、壁へ背を預けている。時計を制服へしまい、右手を左の脇へ隠した。


 指が震えていた。


 オレが見ていると気づくと、時任は腕をさらに背へ回した。


「選闘の結果に従い、次回の体育祭準備日、一回だけ警備指揮下へ入ってもらいます。勤務中の離脱は個別許可です」


「分かった」


 素直に答えたら、時任だけでなく全員が黙った。


「何だよ」


「もう一回やる、と言うと思っていました」


「言うぞ。もう一回やろう」


「やはり」


「でも今日はオレの負けだ。すげえな、時任。弱いのに強い」


「褒め方が失礼です」


「戦いが得意じゃないのに、勝てる形へ全部並べた。面白かった」


 時任は言葉を失ったようにオレを見た。


 先輩がその背を叩く。


「よかったな、蓮。ずっと組みたがってた警備要員が手に入ったぞ」


「人を備品みたいに言わないでください」


「予算上の分類は臨時人件費でしょうか」


 閑崎が本気で考え始める。


「オレは飯で働くぞ」


「食費が人件費を超えますので却下します」


 その時、階段の下から軽い足音がした。


「おや。もう終わったのかね」


 目黒教授が書類鞄を片手に上がってきた。ミント色の髪、薄い色のサングラス。今日の授業では数学を教え、昼休みには大学部の薬学実験を見ていたらしい。本当に専門が何なのか分からない。


「時任くん」


 教授は小さな銀色の包みを投げた。


 時任が受け損ね、先輩が横から掴む。


「ブドウ糖と、気脈の震えを抑える薬だ。水と一緒に飲みなさい」


「ありがとうございます、教授」


「無理をしたね」


「規定内です」


「規定内と安全は同じではないよ」


 目黒教授は笑い、時任の制服の上から時計の位置を指で軽く叩いた。


「格闘だけなら、時任くんは委員会三人の中で最も不得手だ。けれど法力(ほうりき)の総量は一番多い。あくまで一般人の基準では、だがね」


 法力。気のうち、術や法宝へ回せる蓄えの量だ。拳の強さとは別で、使えば減り、休めば戻る。


「仙人でも道士でもない、ごく普通の人間なら、時門時計を正規出力で一秒動かしただけで意識を失う。君は扱える。だからこそ、扱える時間と安全な時間を同じにしてはいけない」


「それは君に時間を渡す道具だ。時間へ君を渡してはいけない」


 時任の顔から、ほんの一瞬だけ表情が消えた。


「……分かっています」


「ならいい。昔のように、あと十秒あればと悔やむ必要はない」


 昔。


 時任の指が強く握られる。


 オレが聞き返すより早く、目黒教授は藍羽のほうを向いた。


「如月くん、医務室までハミンくんを頼めるかな」


「はい。歩ける?」


「走れる」


「歩きなさい」


 腕を引かれる。


 振り返ると、時任は薬を飲まず、銀色の包みを見つめていた。


 医務室には先生がいなかった。藍羽は勝手知ったる様子で救急箱を棚から下ろし、オレを丸椅子へ座らせる。


「肘、出して。あと膝も」


「これくらい舐めとけば――痛っ」


「消毒液を舐めるつもり?」


 容赦なく綿を押しつけられた。決闘中は気にならなかった擦り傷が、止まった世界から帰ってきた途端に自己主張を始めている。


「負けたのに、なんでそんな楽しそうなのよ」


「負け方が見えたからだ」


 オレは壁の丸時計を指した。


「藍羽、三つ数えてくれ。同じ間で」


「一、二、三」


「もう一回。今度は二と三の間を、ほんのちょっとだけ長く」


「一、二……三。これで何が分かるの?」


 オレは目を閉じた。時任の懐で、秒針は三度ためらった。遅くされた時も、何もかもが同じ重さになったわけじゃない。床を蹴る瞬間、境目が薄く光った。あいつは強い力で押し潰したんじゃない。オレが飛び込む場所と瞬間を選んで、そこへ遅さを置いたのだ。


「時任の時計は、ずっと全力じゃない。たぶん使える長さに限りがある。だからオレを走らせて、決めた場所でだけ捕まえた」


「それが分かったなら、次は勝てる?」


「まだ無理だな」


 藍羽が消毒の手を止める。


「意外。すぐ勝てるって言うと思った」


「分かんねえのが一個ある。オレが鼻歌を歌った時だけ、時計の音が少し乱れた。声か、息か、それとも別の何かか。そこを間違えたら、また同じように転がされる」


「じゃあ調べるしかないわね」


「おう。付き合え」


「仕方ないなあ。敗者の治療代として、購買のプリン一個」


「高くないか?」


「昼飯を賭ける人に言われたくありません」


 最後の絆創膏を貼る指は、口ほど乱暴じゃなかった。オレは時計の秒針へ合わせ、息だけで小さく旋律をなぞった。答えはまだ出ない。だから面白い。


     *


 三日後、オレの左腕には「警備補助」と書かれた腕章が巻かれていた。


「似合いますね」


 工程表を渡しながら、時任が言う。


「嬉しくない」


「選んだ結果です」


「負けた結果だ」


「受けると選んだ結果でもあります」


 正しい。


 正しいから腹が立つ。


 体育祭まで二週間。工程表は朝七時三十分の搬入から、当日十七時の完全撤収まで、五分刻みで埋まっていた。


 その途中、一か所だけ空白がある。


「ここ、何だ?」


 体育祭前日の十四時十三分から十四時二十六分。


 線だけが引かれ、作業名がない。空白の右端へ、赤い筆跡で小さく書かれていた。


 ――予行。


「時任」


「何ですか」


「この十三分、誰の予定だ?」


 時任がのぞき込み、眉を寄せた。


「僕は入れていません」


 赤い文字へ指を近づける。


 触れる前に、インクが紙の裏へ染み込むように消えた。


 あとには、何も予定されていない十三分だけが残った。


エンディングテーマ「たいようは約束」

https://youtu.be/vCsi3UhBpp8

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