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はみんぐ・ふれあ  作者: JING
西遊記編
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52/54

第4話「三蔵法師に食費を請求された」

オープニングテーマ「HUMMING」

https://youtu.be/azhMg2sRa5g

 坊さんは、勘定書と戦っていた。


 宿の入口に立ち、片手に紙、もう片方の手に空の皿を持っている。向かいにいる店主の腕には、同じ皿が五枚重なっていた。


「おかわりは、同じ料理じゃろうが!」


「同じ料理を、もう一人前お出ししたんです!」


「そう何度も言わんでも分かる!」


「分かっていないから申し上げてるんです!」


 よく息の合ったけんかだった。


 オレたちは入口の少し手前で止まった。チャオは店の奥へ目を向け、背伸びをする。探している相手は、坊さんではないらしい。


「三蔵法師って、あれか?」


 藍羽へ小声で聞く。


「服は、そう見えるけど」


「かなり強そうだな」


「声がね」


 坊さんが、こちらを見た。


 オレの赤い服、先輩の棒、ハヨンの白いパーカーへ順に目が移る。最後にチャオを見つけると、急に顔が明るくなった。


「おお! ようやく追いついたか!」


「悟空は?」


「中じゃ。まずは、こちらへ」


 三蔵は一歩下がり、オレたちを店の前へ呼んだ。そして店主へ、大げさにうなずく。


「連れが来た。勘定は、まとめてくれ」


「待て」


 オレは坊さんの肩をつかんだ。


「誰の連れだって?」


「旅は道連れというじゃろう」


「会ったばかりだぞ」


「会わなければ、連れにもなれん」


 一理あるような顔で言うから、余計に腹が立つ。


 鈴華がオレの横から勘定書を受け取った。読み、皿を見て、店主へ二つほど尋ねる。その間、三蔵は空の皿を背中へ隠そうとした。


 見えている。


「こちらの追加分は、この方たちのお食事ですね」


「そうです」


「では、わたくしたちの分とは別にお願いします」


 きれいに切られた。


 三蔵が口を開きかけると、鈴華は先に勘定書を返した。


「ご自分で召し上がった分は、ご自分でお払いになってくださいませ」


 柔らかい声なのに、店の入口が一段狭くなった気がした。


     *


 店の奥から、猪のような鼻をした男が顔を出した。


 片手には、焼いた肉の串。


 もう片方にも、焼いた肉の串。


「お師匠はん、長いこと話しとるなあ。冷めるで」


「八戒! それは、誰の分じゃ!」


「追加で頼んだんや」


 三蔵の顔が、ゆっくり店主へ向いた。


 店主は、皿を一枚増やした。


 先輩が、声を出さずに肩を震わせている。オレも笑いそうになったが、油の匂いを嗅いだ途端、自分があの串を頼みそうだと気づいた。


 八戒はチャオを見つけ、目を丸くする。


「おお、追いついたんか。おい、悟空!」


 奥で椅子が鳴った。


 猿が出てきた。


 棒を片手に持ち、もう片方の手で口の横を拭っている。思っていたより小柄だった。だが、戸口へ足を置いた瞬間、床の上で身体がぶれない。かかとを下ろす前から、次へ動ける位置に腰がある。


 オレは、自然と足を開いた。


 面白そうだ。


「お兄ちゃん」


 ハヨンの声で、我に返る。


 悟空はオレを見ていなかった。


 チャオを見ていた。


「……おまえ、何やってんだよ」


 最初の言葉が、それだった。


 チャオの顔から笑いが消える。


「来たんだけど」


「見れば分かる。なんで、こんなとこまで」


「探してたから!」


「だから、一人で来たのかって」


「途中までは一人!」


 声が少しずつ大きくなる。


 二人の間にある距離は、五歩もなかった。どちらも近づかない。そのくせ、悟空の目はチャオの膝へ何度も落ちていた。


 傷に気づいている。


 なのに、聞かない。


「転んだのか」


 ようやく言った。


「転びかけたの。助けてもらった」


 チャオがオレを見る。


 悟空の顔が、そこで初めてこちらへ向いた。


「おまえか」


「おう」


「……そっか」


 それで終わった。


 オレは首をかしげる。


「心配だったって言えばいいだろ」


 悟空が、ぴたりと動きを止めた。


 チャオも止まる。


 店主まで、皿を置く手を止めた。


「おまえ、誰だよ」


 悟空の声が低くなる。


「ハミン。あっちは妹。ほかは仲間」


「名前の話じゃなくて」


「聞いたじゃねえか」


「二人とも、店の前!」


 藍羽が割って入った。


 オレと悟空の肩を、それぞれ片手で押す。悟空は押された分だけ引いた。相手の手に逆らうより、立つ場所をずらしていた。


 ますます、面白そうだった。


 先輩も同じことを思ったらしい。肩越しに、悟空の棒をじっと見ている。鈴華は先輩の顔を見て、ため息をついた。


「今日は、先にお食事です」


 全員が、そこには異論を言わなかった。


     *


 勘定のけんかは、皿洗いで落ち着いた。


 足りない分は三蔵たちが働く。追加注文は、先に値段を聞く。鈴華が店主と話をつけると、三蔵は不満そうに袖をまくった。


「わしは、遠くへ経を取りに行く身じゃぞ」


「お椀は近くにございますわ」


 反論の行き場がなかった。


 オレたちは持参の食料と、老人にもらった野菜を店へ渡した。米と汁の代を払い、足りない分は薪割りと荷運びを手伝うことで決まる。こちらの事情を聞いた店主は、同じ旅の連れでもずいぶん違うと三蔵を見た。


 三蔵は、聞こえなかった顔をした。


 食卓を動かして長くすると、大勢が並べるようになった。端には河童がいた。皿を持って、立ったり座ったりしている。


「おら、ここにいていいだか」


 悟浄という名らしい。


「席があるなら座ればいいだろ」


 オレが答えると、彼は少し笑って腰を下ろした。


「人が多いと、いろいろ聞こえるでな」


「声か?」


「声にしてねえほうも、少し」


 鈴華が、静かに悟浄を見る。悟浄は自分の胸を押さえ、それ以上はうまく説明できないように首を振った。


 八戒が横から口を挟む。


「こいつ、腹に隠したことがちょっと分かるんや。隠してる饅頭の場所までは分からへんけどな」


「そこは、今、分かったぞ」


 オレが八戒の袖を見る。


 八戒は慌てて腕を下ろした。


 チャオは悟空の斜め向かいに座った。小槌の包みを膝から下ろさず、先に汁を一口飲む。悟空は自分の椀を持ち上げたまま、その手元を見ていた。


「まだ熱いぞ」


「分かってる」


「そっちのほうが、煙が多い」


「同じ鍋から入れたよ」


「でも」


「悟空も、飲めば?」


 悟空は椀へ顔を寄せ、すぐ離した。


 熱かったらしい。


 チャオが笑った。悟空も、少しだけ口の端を緩める。そこでやっと、二人の再会が終わったように見えた。


 オレは飯を口へ運んだ。


 旅先の米は、道場のものより少し硬かった。汁に浸すとちょうどよくなる。野菜の煮物には、拾った時についた土の匂いは残っていない。


 食べるために運び、運ぶために直す。


 当たり前のことだが、いま食卓へ出ていると思うと、荷車の軸を支えた腕の疲れにも少し意味がつく。


「おかわり」


 オレと悟空と八戒が、同時に椀を上げた。


 鈴華の目が細くなる。


 三蔵が、洗い場から叫んだ。


「値段を聞け!」


 学んだことを、すぐ人へ教えたがる坊さんだった。


     *


 食後、男たちは宿の裏で薪を割ることになった。


 オレも一緒に立つと、店主が少し意外そうな顔をした。赤い服と三つ編みで判断されたのだろう。説明するより早いので、太い薪を一本持って外へ出る。


 悟空が斧を取ろうとしたところを、オレが先につかんだ。


「使えるのか?」


「薪なら、家でも割る」


 台へ立て、木目を見る。


 端から細い割れが入っている。そこへ刃を合わせ、斧の重さを落とす。腰まで振り回す必要はない。乾いた音がして、薪が二つへ分かれた。


 悟空が片方を拾った。


「悪くねえな」


「そりゃどうも」


 先輩が次の薪を置く。悟空が斧を受け取り、一撃で割る。速いが、切り口が少し斜めになった。


「右肩が先に入ってる」


 オレが言う。


 悟空が、こちらを見る。


「割れりゃ、いいだろ」


「割れたな」


「じゃあ、いいだろ」


「明日、棒でも同じになるのかと思って」


 悟空の目が変わった。


 先輩が、にやりと笑う。


 その間へ、蓮が薪を二本置いた。


「比べるなら、これを全部終えてからにしませんか」


 山になった薪を見る。


 かなりあった。


 オレたちは黙って手を動かした。勝負より先に仕事が来る場所は、道場だけではないらしい。


 少しして、悟空が低い声で言った。


「チャオを追ってたのは、どんなヤツだ」


「角が二本。腹が硬くて、棍棒。もう逃げた」


「何かされたか」


「膝を擦った。靴も擦れてた。手当てはした」


 悟空は、薪を持つ手を止めた。


「一人で来ることねえのにな」


「渡したいものがあるんだろ」


「そういうのは、おれが帰れば」


 途中で言葉が切れた。


 帰る日を、自分でも言えないのだろう。


 オレは割った薪を籠へ入れ、次の一本を持ち上げた。


「あいつ、会ったら怒ることがいっぱいあるって言ってたぞ」


 悟空の顔が、少し引きつる。


「何を?」


「知らねえ。飯を食わせながらなら、聞くと思うって」


「余計なことを教えんなよ」


「逃げなかっただろ」


 悟空は黙った。


 それから、笑った。


 少しだけ、声が出た。


「おまえ、変なヤツだな」


「おまえには言われたくねえ」


 二人で斧へ手を伸ばし、またぶつかる。


 先輩が横から持っていった。


「順番だ!」


 その一撃で、薪が台から飛んだ。


 蓮が、静かに台の位置を戻した。


     *


 宿の広間へ戻ると、三蔵はようやく皿洗いを終えていた。


 濡れた手を振り、旅がどれほど大変かをひなたへ語っている。ひなたは聞きながら、店主から借りた布で卓を拭いていた。


 八戒は、拭いたばかりの場所へ肘をつく。


 藍羽に布を渡され、しぶしぶ反対側を拭き始めた。


「それで、何の経を取りに行くんだ?」


 オレが座ると、三蔵は急に背筋を伸ばした。


「ありがたい経じゃ」


「名前は?」


「一生楽に暮らす法」


 オレは黙った。


 先輩も黙った。


 ハヨンは、笑いそうなのを口の中へ引っ込めた顔をしていた。


「そのまんまだな」


「大切なことは、分かりやすいほうがよい」


「何が書いてあるんだ」


「取りに行く前から分かっておれば、取りに行かん」


 それも一理ある。


 この坊さんは、正しい形の言い訳を作るのがうまい。


「楽に暮らすって、どれくらい?」


 ひなたが聞いた。


「朝起きたら飯があり、昼には昼飯があり、夜には寝床がある」


「いまも、ありますよね」と蓮。


 三蔵は、じっと蓮を見た。


「皿を洗わずにじゃ」


「そこか」


 思わず納得した。


 八戒が、濡れた袖を絞りながら戻ってきた。


「せやから、先に払える分だけ頼んだらよかったんや」


「追加の串を頼んだのは、おまえじゃろう!」


「わいの話は、今してへん」


「いま、するところじゃ!」


 二人の間に、悟浄が拭いた椀を置いた。争いの真ん中に置くには、ずいぶん薄い椀だった。どちらかの肘が触れたら割れると思ったが、三蔵も八戒も、同時に腕を引いた。


「それ、まだ濡れてるだ。ひっくり返しておいたほうがいい」


 悟浄が言う。


 八戒が椀を返し、三蔵が布を下へ敷いた。


 けんかは続いていたが、手は同じ仕事をしていた。オレはそれを見て、こいつらもずっと一緒に歩いてきたのだと思った。


 紫苑が、机の上に三枚の札を伏せる。


「食後に一つ。赤い札を当てれば勝ちだ」


「何がもらえるんや?」


 八戒がすぐ食いついた。


「俺の称賛」


「いらんわ」


 言いながら、一枚を指した。


 外れた。


 もう一度。今度は三蔵も身を乗り出し、二人で相談して選ぶ。また外れた。


 オレには途中で一枚が入れ替わったように見えたが、どこで替えたかは分からない。紫苑の指は速いというより、見せる場所がうまい。手首を見ようとすると、顔が先に笑う。


 悟浄は端の札へ、そっと指を置いた。


 紫苑の眉が動く。


 めくると、赤かった。


「おまえ、見えたのか?」


 オレが聞くと、悟浄は首をかしげた。


「隠す時に、そっちを気にしたような気がしただ」


「なら、次も頼むで!」


 八戒が椅子を寄せる。


 次は、外れた。


 悟浄は申し訳なさそうに肩を縮める。紫苑が札をまとめ、軽く笑った。


「一度見抜かれた手は、同じ顔では使わないさ」


 鈴華が茶を飲んだ。


「けれど、京一が次のお椀を狙っているのは、よく分かりますわ」


 先輩の手が止まる。


「心を読んだのか?」


「視線です」


 オレは自分の目を、空の皿から戻した。


 チャオが、小さく笑っている。悟空も横を向いたまま肩を震わせていた。さっきまで、小槌の包みがチャオの膝にあることを全員が気にしていたのに、いつの間にか、食べ残した漬物と札の置き場所が真ん中に戻っていた。


 普通の食卓に見えた。


 坊さんと猿と豚と河童と、知らない世界から来た八人が座っているのに。


 八戒が漬物の皿をチャオへ寄せる。


「まだ残っとるで」


「ありがとう。半分でいい」


「遠慮せんでええ。悟空に見つかる前に食べとき」


「聞こえてるぞ」と悟空。


「せやから、急ぐんや」


 今度は、チャオも声を出して笑った。


 チャオは小槌の包みを、そっと膝から机へ移した。悟空がそれを見る。何か言いかけたが、三蔵が間へ身を乗り出した。


「それは土産か?」


「悟空に」


「わしの分は?」


「ないよ」


 返事は短かった。


 ハヨンが小さく吹き出す。


 三蔵は傷ついた顔をしたが、店主が茶を運んでくると、すぐ両手で受け取った。立ち直りも速い。


 悟浄が、チャオのほうを見た。


「疲れとるだ。渡すのは、明日でもええんでねえか」


 チャオは目をこすりかけ、やめた。眠くないと言いたそうだったが、肩が少し落ちている。


 悟空は、その隙に包みから視線を外した。


「逃げねえよ。明日も、ここにいる」


 チャオの指が止まる。


「本当?」


「朝飯を食う前に出るわけねえだろ」


「そこは、普通に言えばいいのに」


 チャオは呆れた声で返したが、包みを抱え直す手は少し緩んでいた。


 店主が寝床を案内してくれた。客が少ない日で助かった。広い部屋を二つ使い、布団を並べる。宿代は明日の朝の仕事も含めて決まっている。旅の最初から、寝る場所と飯のためによく働いた。


「本を読んでるだけなら、腰は痛くならないんだけどな」


 廊下でつぶやくと、ひなたが振り返った。


「でも、薪の匂いは分からなかったよ」


 確かに、オレの手にはまだ木の匂いがあった。


 ひなたは笑い、チャオの手を引いて部屋へ入っていく。藍羽と鈴華が続き、ハヨンは最後にオレへ布の端を投げた。


「それ、足拭き。部屋へ入る前に使って」


 オレの靴の裏には、昼の道の土がついていた。


     *


 夜中、廊下へ出ると、悟空が庭を見ていた。


 棒を膝に乗せ、戸口に座っている。オレを見ると、少し横へずれた。


「寝ねえのか」


「水を飲みに来た」


「そうか」


 オレは隣に腰を下ろした。


 庭には小さな石と、空の桶がある。昼間なら何でもない景色だろう。暗い中では、石の影が深く見える。風が葉を擦り、遠くで犬のような声がした。


「小槌のこと、知ってるのか」


 オレが聞くと、悟空は膝の棒へ目を落とした。


「少しな」


「嫌なのか」


「分かんねえ」


 それ以上は言わなかった。


 オレも聞かなかった。会ったばかりで、全部話せと言うつもりはない。いま分かるのは、こいつがチャオを見つけた時、足を前へ出しかけて止めたことくらいだ。


 悟空がオレの手を見た。


「拳、硬いな」


「おまえもな」


「朝、少し動くか」


 オレは笑った。


「やっと話が早くなった」


 廊下の奥から、布団の擦れる音がした。


「オレもだ!」


 先輩の声だった。


 二人で振り向くと、戸の隙間から雷綴の先だけが出ていた。


「聞いてたのか」


「強い相手と戦う話は聞こえる!」


 悟空が、初めて腹から笑った。


 オレもつられて笑う。


 すぐに隣の部屋から、藍羽の声が飛んできた。


「寝なさい!」


 三人とも、同時に口を閉じた。


 どうやらこの旅でいちばん強い声は、三蔵のものではなかった。


エンディングテーマ「たいようは約束」

https://youtu.be/vCsi3UhBpp8

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