↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はみんぐ・ふれあ  作者: JING
西遊記編
PR
51/54

第3話「その女の子は、荷物を捨てない」

オープニングテーマ「HUMMING」

https://youtu.be/azhMg2sRa5g

 転がった車輪が、女の子の足首へ引っかかった。


 身体が前へ倒れる。それでも腕を広げない。胸に抱えた包みを、かばっている。


 オレは横から入った。


 右足で車輪を踏み、左腕で彼女の肩を支える。急に止めたら膝を傷める。二人で半歩だけ前へ流れ、土へ靴底を滑らせた。


「荷物、置けるか?」


「置かない!」


 返事が速かった。


 後ろの妖怪が、棍棒を上げる。頭に短い角が二本、口の左右から牙が出ていた。背は先輩より高く、腹には太い帯を巻いている。


 オレは女の子を左へ押し出した。


 棍棒が落ちる。


 踏んでいた車輪を蹴り上げ、その内側へ棍棒を通した。木と木がぶつかり、輪が斜めに食い込む。妖怪が引き抜こうとする間に、半歩詰める。


 顎へ掌。


 上がった顔の下へ、肘。


 腹が硬い。厚い皮の奥で力が張っていた。突き抜くより、足をずらす。左へ身体を回し、相手の膝の外側へ踵を当てた。


 妖怪が、片膝をつく。


「おとなしくしてろ!」


「そっちこそ!」


 オレたちは、同じくらい怒っていた。


 もう一度来る棍棒を避けると、先端にくっついた車輪が邪魔をして、妖怪の腕が下がった。そこへ藍羽が飛び込む。手首を押さえ、足を刈り、道の脇へ投げた。


 土煙が上がった。


「足を止めてるのに、殴り合わないで!」


「殴り合いにはなってねえ。こっちが二回殴っただけだ」


「そういう数え方しない!」


 女の子は、ひなたの横まで走っていた。蓮が道の端へ誘導し、鈴華が追手のほうへ顔を向ける。先輩は、さっきの三匹の前へ棒を横にした。


 鼻の長いのが立ち止まる。


「おまえら、坊さんの仲間じゃなかったのか」


「だから、まだ会ってねえって!」


「じゃあ、なんで邪魔する!」


「転びそうなヤツがいたからだ!」


 妖怪は一瞬、返事に困ったような顔をした。


 その隙に、先輩が棒で地面を軽くたたく。


「こっちは通行止めだ」


 小さな青い火花が、雷綴の表面を走った。放ってはいない。それでも鍋の蓋をかぶった妖怪は、頭を両手で押さえて後ろへ下がった。


 大きな妖怪が起き上がる。口から土を吐き、棍棒へ絡んだ車輪を力任せに引き剥がした。


 車輪が割れた。


「ああっ!」


 少し離れた場所で、荷車の持ち主らしい老人が声を上げる。


「借り物を壊すなよ」


「おまえが入れたんだろうが!」


 そこは、確かにそうだった。


 オレは老人へ手を上げる。


「あとで直す!」


「直せるの?」と藍羽。


「ハヨンが」


「勝手に仕事を増やさない!」


 後ろから妹の声が飛んできた。頼めばやってくれそうな声だったので、いまは安心しておいた。


     *


 大きな妖怪は、女の子が持っている包みを指した。


「そいつは俺の獲物だ」


「この子が?」


 藍羽の声が低くなる。


「中身だ! 光る物を持ってやがる。村の外から来た小娘が、そんなもん持ってるわけがねえ」


「持ってるから、追いかけてるんだろ」


 オレが言うと、妖怪は棍棒を握り直した。


「細かいことを言うな!」


 細かいか。


 かなり真ん中の話だと思う。


 後ろで女の子が、ひなたの手を振りほどきかけた。


「わたしがもらってきたの! 盗んだんじゃない!」


「分かった。こっちへ来るな」


 オレは前を向いたまま答えた。


 妖怪の肩が下がる。さっきは頭を狙った。今度は腰から払ってくる。棍棒の先は重く、いったん振れば途中で変えにくい。


 オレは、わざと前へ出た。


 目の端で藍羽が動く。合わせるつもりだ。声はいらない。朝から何度も殴り合った相手の足音なら、少しは分かる。


 棍棒が横へ来る。


 オレは低く沈み、藍羽は一歩引いた。空振りした重さで妖怪の肩が回る。その背中の側へ入り、太い帯をつかむ。


 引く。


 反対から藍羽が膝を押す。


 妖怪の足が、二本とも土を離れた。


 横向きに落とす。頭は打たせない。肩と尻が、少し高い音を立てて地面へ着いた。


 今度は起き上がる前に、先輩の棒が胸の前へ下りてきた。


「まだやるか」


 先輩は笑っていた。


 妖怪は、笑っていなかった。


「おまえら、どこの連中だ」


「見学」とオレ。


「見学で投げるな!」


「見学先で人を追いかけるなよ」


 紫苑が棍棒を拾い上げ、手の中で重さを量った。


「いい木だな。車輪の弁償にはなる」


「俺の武器だぞ!」


「あちらの車輪も、あの方の物ですわ」


 鈴華が老人を手招きした。老人は最初おそるおそる近づいたが、壊れた輪を見ると、急に声が大きくなった。


「今朝、油を差したばっかりなんだぞ!」


 生活の怒りは、強い。


 結局、妖怪は帯の袋から銭を出し、壊れた車輪の分を払った。鼻の長いのたちは、もう道の端へ逃げていた。鍋の蓋だけが一度振り返ったが、先輩と目が合うとまた走り出す。


 大きいのも、棍棒を拾って去った。


 紫苑が、いつの間にか妖怪の袖へ入れていた乾いた葉を回収する。オレには何の役に立ったか分からなかったが、彼はそれを指の間で回して、満足そうに笑った。


     *


 女の子は、荷物を抱えたまま石に座った。


 名前はチャオという。赤い袖の上着を着て、髪を緑の布でまとめていた。


 額に汗が光り、片方の膝から血が出ていた。ひなたが水を含ませた手拭いを渡すと、やっと片手を包みから離した。


「ありがとう。わたし、もう少しで転ぶところだった」


「転んでたぞ。最後だけ止めた」


「じゃあ、最後をありがとう」


 言い直されると、少し照れた。


 オレはしゃがみ、靴の土を払うふりをした。チャオの靴底はずいぶん擦り減っている。今日初めて長い道を歩いたようには見えなかった。


「どこから来たんだ?」


「いろんなところ。最初は、小さな村から」


「一人で?」


 チャオがうなずく。


「届けたいものがあるの」


 布の結び目へ、視線が落ちた。


 ハヨンは傷薬の小瓶を差し出す。チャオは包みを抱え直そうとして、膝の傷に手拭いを当て損ねた。


「持ってようか」とひなた。


 チャオの指が、少し強く布をつかんだ。


 ひなたは手を止め、それ以上近づけなかった。


「じゃあ、そこに置いたままでいいよ。膝だけ、こっちに向けて」


 言われたとおりにして、チャオは薬を塗ってもらう。しみたらしく、鼻の横へしわが寄った。けれど、包みは揺れなかった。


「それ、そんなに重いのか」


 オレが聞く。


「重くない。でも、なくしたら困る」


「金とか?」


「違う」


 チャオは少し考えたあと、結び目をほどいた。


 中から、小さな槌が出てきた。


 頭は丸みがあり、持ち手は手のひらに収まる長さだった。飾りのようにも見えるが、光が当たったところだけ明るいわけではない。布の影に入った側からも、淡い色がにじんでいた。


 ハヨンが一度、眉を上げる。


 だが、手は伸ばさなかった。


「光の小槌っていうの」


 チャオが言う。


「悟空に、渡さなきゃいけないの」


 オレと先輩が、同時に顔を上げた。


 また同じことをしてしまった。


「悟空って、あの?」


「棒の使い手か?」


 二人に詰め寄られ、チャオが少し身体を引く。藍羽がオレの襟を引き、鈴華が先輩の肩を押し戻した。


「質問は、一つずつ」


「近いですわ」


 オレたちはしゃがみ直した。


 チャオは二人の顔を見比べ、やっと少し笑った。


「知ってるの?」


「話だけだ。実際には、まだ会ってない」


「じゃあ、会ったら、あんまり驚かないでね」


「そんなに強いのか?」


「強いけど……お行儀も、すごく悪いから」


 ひなたが、なぜかオレを見た。


 そこは比べなくていい。


     *


 荷車は、軸まで折れていた。


 車輪の弁償代があっても、すぐに新しい物が生えてくるわけではない。老人は根菜を籠へ戻しながら、何度も折れたところへ目をやっていた。


 ハヨンがパーカーから小さな金具を出す。


「今日、村まで動けばいい?」


「そこまで行けば、息子が直せる」


「じゃあ、木を二本」


 オレと先輩が周囲を見る。


「生えてるやつじゃなくて、落ちてる枝」


 妹が先に言った。


 二人とも、木を見ていた。


 藍羽が鼻で笑う。オレは細すぎず太すぎない枝を拾い、手で余分な出っ張りを折った。ハヨンは折れた軸を左右から挟み、金具と縄で固定する。長い説明はない。必要な長さを指で示し、蓮がそれに合わせて縄を切る。


 紫苑は荷車の下へ潜り、留め具を渡していた。あの顔で土の上へ寝転がることは気にならないらしい。服についた土は気になるようで、出てきてから丁寧に払った。


 チャオも立ち上がり、根菜を拾い始める。


「座ってろよ」


「手はケガしてない」


「膝はしてるだろ」


「しゃがまなければ拾えるよ」


 腰を曲げ、長い大根を一本持ち上げる。ひなたが籠を寄せ、二人で傷んだものを分けた。畑の物を扱う手が慣れている。


 老人が、その手元を見ていた。


「嬢ちゃん、農家の子かい」


「家の畑をやってるの。最近、ちょっと留守にしてるけど」


「じゃあ、帰ったら草が大変だ」


 チャオの顔が、途端に真剣になった。


「そうなの。それが心配で」


 悟空へ大事な物を届ける途中でも、畑の草は気になるらしい。


 オレは、自分が道場の庭の草むしりを途中にしてきたことを思い出した。帰る時には、父さんが紙を用意しているかもしれない。


 荷車が動くようになると、老人は修理代を払おうとした。鈴華が、金具の代だけ受け取る。それ以外は、こちらも車輪を戦いへ使った分だと言った。


 老人は、なおも何か渡そうとして、最後に野菜を二つ差し出した。


「宿へ持っていきな。煮てもらえる」


 オレは受け取った。


 今度は遠慮しなかった。


     *


 西へ向かう道を、一緒に歩くことになった。


 チャオの探す悟空も、三蔵という坊さんと旅をしているらしい。さっき見た立て札の話をすると、チャオはすぐ顔を曇らせた。


「また狙われてるんだ」


「そんなにうまいのか、その坊さん」


 口へ出してから、藍羽に肩をたたかれた。


「食べ物の感想みたいに言わない」


「だって、そういう話だっただろ」


 チャオは少し困ったように笑い、そんな噂は当てにしないほうがいいと言った。本人を食べて確かめた者がいるなら、もう三蔵は歩いていないはずだ。


 確かに。


 簡単なことを言われると、さっきの三匹が急に気の毒になった。


「悟空は、なんでその坊さんと旅してるんだ?」


「いろいろ、あったの」


 チャオは、足元の小石をよけた。


「前は、わたしの家にいた。朝ごはんを食べたら、昼ごはんのことを聞くの。昼ごはんのあとには、夜ごはん」


「計画的だな」


「お兄ちゃん、いま共感するところじゃない」とハヨン。


「お皿も、すぐ空にするんだよ。畑の手伝いを頼んだら、力を出しすぎて、抜かなくていいものまで抜くし」


 ひなたが、またオレを見る。


 こっちを見る回数が増えている。


「でもね、いないと、家が静かすぎるの」


 チャオの声が少し小さくなった。


 道の両側で草が鳴る。風が来て、彼女の袖を持ち上げた。小槌を包んだ布の端も揺れたが、手は緩まない。


「朝、余分にお椀を出しそうになる。帰ってきたら怒ろうと思ってたことも、言う相手がいないと、どんどん増えちゃう」


「会ったら全部言えばいい」


 オレは言った。


「多いよ?」


「飯を食わせながらなら、聞いてるだろ」


 チャオが吹き出した。


「うん。それなら、逃げないかも」


 笑った顔は、追われていた時よりずっと幼く見えた。小槌を届けるというのは、強い猿へ武器を運ぶことだけではないらしい。


 オレは、家の卓に並ぶ椀を思った。


 父さんの大きな椀。ハヨンが片手で持つ、小さな椀。オレの飯が多いと文句を言う藍羽。食べる順番を気にする蓮。


 帰ったら席があると知っているのは、かなり強いことだ。


「小槌は、どう使うんだ?」


 先輩が聞いた。


 チャオは布の上から、丸い頭を撫でた。


「悪い心を払って、素直な心へ戻すんだって。だから、これがあればって思って……取りに行ったの」


「殴るのか?」


 オレの問いに、チャオは一瞬黙った。


「いきなり殴ろうとは思ってないよ」


 藍羽が、何か言いたそうにオレを見る。


 分かっている。いまのは、少しオレが悪い。


「みんなは、どうして旅してるの?」


 今度はチャオが聞いた。


 オレは後ろを見た。蓮が少し考え、ひなたは借りた本を入れていない空の手を見た。何から話せばいいのか、全員の顔に同じ迷いが出ている。


 本の中へ来たと言われても、チャオには意味が分からないだろう。オレだって、道場の門から来たヤツに、おまえは紙に書かれた人物だ、と言われたら、まず何を食ったのか聞く。


「芝居をするんだ」


 オレは、分かるところから言った。


「旅の話を。だから、実際に歩いてみたくて来た」


「役者さん?」


「これからなる」


「まだ一度も練習してないんだけどね」とひなた。


 チャオは、順番に顔を見た。


「じゃあ、あの人は強い人の役?」


 先輩を指す。


「分かるか!」


 先輩が胸を張る。


「オレも強い役だぞ」


 オレが言うと、チャオは少し首をかしげた。


「さっきの戦いを見たから、分かるよ。でも、二人とも強い役だと、誰が困る人をやるの?」


「そこは、まだ決まってねえ」


「弱い役をやったら、本当に弱くなるわけじゃないでしょ」


 正しい。


 正しいのだが、先輩と同時に困った。


 藍羽が笑い、紫苑が指を鳴らした。


「いい観客だ。役を決める時にもいてほしい」


「私は、困った人のほうが難しいと思うな」とひなた。


「どうして?」


「助けてほしいって、上手に言えないこともあるから」


 チャオは自分の包みを見た。追われている時、彼女は助けてとは叫んでいなかった。荷物を離せとも、諦めろとも言われたくなくて、ただ走っていたのかもしれない。


 オレは先へ伸びる道を見た。


 相手が何をしたいか分かるのは、殴り合う時だけとは限らない。けれど、拳より顔のほうが読みづらい時もある。


「困ったら言えよ」


 チャオへ言った。


「荷物を置け、以外にもやり方はあるだろうし」


「うん。さっきは、怒鳴ってごめん」


「怒鳴ったのはオレもだ」


「なら、お互いさまね」


 チャオが笑う。


 先輩が横から、困った時には棒を貸せると言った。鈴華が、困り事の形を聞いてからにしてほしいと返す。やっぱり役を決めるのは、まだ少し先になりそうだった。


     *


 道が川へ近づくと、風が冷たくなった。


 木の橋の手前で、チャオの歩幅が小さくなる。本人は止まろうとしない。オレは先へ走り、橋の欄干へ肘をついて待った。


「休もう」


「まだ歩けるよ」


「オレが休みたい」


「さっき、走ってたのに?」


「走ったからだ」


 チャオは疑わしそうに見たが、ひなたが水筒を出すと、ようやく橋の端に腰を下ろした。


 足の甲に、靴の擦れた赤い跡があった。膝とは別の傷だ。ハヨンが柔らかい布を切り、靴の内側へ当てる。チャオは自分で紐を結び直し、立ったまま二度、足踏みした。


「楽になった」


「よかった」


 ハヨンは残った布を畳み、道具をしまった。


 川の水は澄んでいた。石の間に小さな魚がいて、近づくと影の下へ隠れる。先輩が棒を構えかけたので、鈴華が首を横へ振った。


「夕飯前に、全員びしょ濡れになるのは困ります」


「まだ何もしていない!」


「する前に申し上げました」


 紫苑は橋の欄干でカードを広げていた。チャオがそれを見て目を丸くすると、一枚を選ばせ、裏へ返す。小さな手品が始まった。


 蓮も隣に座り、見えないように手を添える。ハヨンは仕掛けを見抜いたらしいが、何も言わない。最後にチャオの選んだ札が水筒の下から出てきた時、ひなたが彼女より先に拍手をした。


「どうやったの?」


「旅の途中に、一つくらい分からないことがあってもいいだろ」


 紫苑が笑う。


 チャオは小槌の包みを膝に置き、両手で拍手をした。


 抱え続けていた腕が、初めて空いた。


 オレはそれを見て、橋の先へ目を向けた。夕方の光が道を斜めに切り、煙が何本か立っている。教わった村だろう。


 風に乗って、何か怒鳴る声が聞こえた。


「また追手か?」


 先輩が立つ。


 だが、次に聞こえた言葉は、棍棒を持った妖怪のものとは少し違った。


「わしは、そんな値段とは聞いとらんぞ!」


 腹の底から出た、かなり立派な文句だった。


 チャオが顔を上げる。


「いまの声……」


 オレも立ち上がった。


 西遊記の坊さんは、怒る時までよく通る声らしい。


エンディングテーマ「たいようは約束」

https://youtu.be/vCsi3UhBpp8

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。