第5話「絶対運命補完委員会」
オープニングテーマ「HUMMING」
https://youtu.be/azhMg2sRa5g
昼飯を食べ終えたオレは、自分から委員会室へ行った。
先輩に勝ったから、聴取を受ける義務はない。時任もそう言った。だからこそ、自分で行ってみたくなった。
断る道がなくなる瞬間を見た。
あれを「すごい決闘だった」で終わらせたら、たぶん父さんに紙で殴られる。
「ハミン、本気?」
食堂の出口で藍羽が聞いた。
「本気」
「昨日はあんなに聴取を嫌がったのに」
「昨日は先輩が決めようとした。今日はオレが決めた。全然違う」
「……そういうところだけ、妙に頑固よね」
「ほかは柔らかいぞ」
肩を回す。昨日打たれた場所が痛み、顔が引きつった。
「全然柔らかくないじゃない。保健室で冷やしてからにしなさい」
「委員会室で冷やす」
「私も行く」
「如月さんは登録当事者ではありません」
いつの間にか時任が背後にいた。片手に予定表、もう片方に古い懐中時計を持っている。
藍羽が振り返る。
「ハミンを一人で行かせられません」
「正式聴取ではなく、本人の希望による制度説明です。それでも台帳には個人情報がある。外部同席は認められない」
「私は天道宗の――」
「星環学園の規則では、同級生です」
時任は言い切ったあと、少しだけ声を柔らかくした。
「終了時刻は午後一時三十五分。次の授業には間に合わせます。怪我については救護箱もあります」
藍羽は納得していない顔だったが、手順をきちんと示されると反論しにくいらしい。
「一時三十五分を一秒でも過ぎたら、迎えに行きます」
「如月さん、塔へは――」
「委員会室に!」
「それなら構いません」
「時任、おまえら真面目だな」
「時間を守るだけで褒められたのは初めてだよ」
時任は時計を閉じた。
蓋の裏で、細い秒針が一度、二度、三度ためらうように揺れた。
それから正しい速さで動き始めた。
*
絶対運命補完委員会の部屋は、高等部校舎の最上階から中等部棟へ延びる渡り廊下の中央にあった。
扉の横には、長すぎる名前が金色の文字で掲げられている。下には小さく『行事調整・予算監査・安全相談』。
「表向きは普通の委員会なのか」
「表も裏も仕事だよ。体育祭の日程、文化祭の予算、部活動間の設備調整。名前が大げさだから、最初はみんな笑うけど」
「格好いいのにな」
「君くらいだよ、素直に喜んだのは」
中へ入る。
壁一面が棚だった。学校行事のファイル、備品の台帳、救急用品。中央の大机には時計、そろばん、計算機、赤と青の札が並んでいる。
閑崎は黒い和装のまま、帳簿へ細い筆で数字を書いていた。金と桃と水色の髪が、墨の黒へ落ちている。
「お待ちしておりました、ハミンさん」
「オレが来るって分かったのか?」
「京一が『絶対来る』と」
部屋の隅で先輩が得意そうに腕を組んだ。
「勝負のあとに疑問を放っておける顔じゃなかった」
「顔で分かるのか」
「オレには分かる」
「惚れたから?」
「そうだ」
即答されると、こっちが困る。
「京一。私的感情は議事録の対象外です」
「なんでだ、鈴華。大事だろ」
「予算へ影響が出た場合のみ記録します」
「今日の昼飯で、もう影響出たぞ」とオレ。
閑崎はそろばんを一つ弾いた。
「把握しております。高等部食堂、通常一食額の六・八倍」
「あれ、一食として通ったのか」
「選塔の定義は、時々おおらかです」
笑っていいのか怖がるべきか迷う。
時任が椅子を引いた。
「まず選闘の安全規則から説明する。質問は途中でも受けるけど、最後まで聞いて」
「分かった」
「選闘の正式名は、選択権移譲決闘。挑戦者と受諾者が互いの請求を理解し、自分で『選ぶ』と言って初めて成立する。脅されている、意識がはっきりしない、内容を読めない状態なら無効」
「昨日みたいに?」
「昨日は有効。君は二度も内容を言い直した」
「三度でもよかった」
「そこは張り合わなくていい」
時任は表を一枚出した。
勝敗は降参、十数えて立てない、全身場外後に入口扉の階段側へ転送されて十三計数、十三分終了時の有効打差。武器戦なら事前の指定がある時だけ武器喪失も判定に入る。
「昨日、先輩が棒を捨てても負けじゃなかったのか」
「通常戦だったからね」
「だったら、なんで離さなかった?」
先輩は布袋へ入れた棒を見た。
「こいつは借り物じゃない。負ける時だけ手放すのは嫌だった」
それ以上は説明しなかった。
握りに残る古い焦げ跡と、手の甲の火傷が頭に浮かぶ。
「闘技場には安全機構がありますが、無傷を保証するものではありません」と閑崎が続けた。「致命傷は直前で散らされます。骨折、火傷、失神はあり得ます。選闘で負った傷は現実へ戻っても残ります」
「外では十三分経ってた」
「学園広域停止と決闘相の基準時間は、最大十三分です。時門時計みたいな局所変動は別ですが。停止している生徒には記憶も苦痛もありません」
「おまえらは見てなかったのか?」
「当事者以外は誰も動けない」
時任は自分の委員章を示した。
「委員章へ重要場面の残響記録が返るだけ。僕たちでも中へ助けに入れない。選闘は最初から最後まで二人だけだ」
その言葉で、昨日の静けさが戻ってきた。
止まった鳥。止まった紙飛行機。鏡の中で瞬きをした女。
「鏡に誰かいた」
三人を見る。
「長い黒髪の女の人だ。おまえらは止まってたのに、その人だけ動いた」
時任の指が、懐中時計の蓋へ触れた。
閑崎は表情を変えなかった。ただ、指の鈴がほんの少し揺れた。音は出ない。
「残響記録にはありませんでした」と時任。
「見間違いって言うのか?」
「断定はしない。塔には、選ばれなかった風景が映ることがある。人の形を取る場合もある」
「生きてる人か?」
「分からない」
正直な答えだった。
「次は、勝者が封鎖できる選択について説明します」
閑崎が帳簿を開いた。
開かれた頁には六つの大きな欄。その中に八つずつ、小さな印がある。上端には『公開取扱』。頁の綴じ目には、続きの薄紙が何枚も重なり、黒い帯で伏せられていた。端に見える頁番号も、一、二の次が四になっている。何を隠した分類なのかは書いていない。
「通常の選闘で扱うのは、原則として一回、または七日以内の軽微な行動です。昼食、席、当番、練習への参加。金銭は学食一食程度」
「下に隠した頁は?」
閑崎の指が、二枚目の帯へ触れる直前で止まった。
「監査用の分類です。一般の生徒へご説明するのは、いま申し上げた範囲までとなります」
「選闘に、説明してない続きがあるのか?」
「公開されている制度は、いまのものがすべてです」と時任が答えた。
嘘ではない言い方だった。だからこそ、全部を答えた言い方にも聞こえなかった。
「先輩の六・八倍は?」
「京一が自主的に追加した分です。封鎖が要求したのは最低価格の一食だけ」
「じゃあ、あれは本当に先輩が選んだんだな」
「はい」
先輩がうなずく。
少しだけ喉の骨が取れた気がした。
閑崎はページをめくった。
細かな字が並ぶ。
『明日の放課後、体育館の片付けを一度手伝う』
『七日間、図書室の指定席を譲る』
『金曜日の昼休み、廊下を左へ曲がらない』
『部活動を一日休む』
「小さすぎないか」
「小さいからこそ、争いを大きくせず済みます」
時任が答えた。
「部活の場所、昼食の席、当番。学校で揉める原因のほとんどは、外から見れば小さい。でも本人には大きい。殴り合いや嫌がらせになる前に、塔の中で一度だけ決める」
「負けたほうは納得するのか?」
「勝敗が明確なら納得できる人は多い」と先輩が言った。「少なくとも、無関係なやつは怪我しない」
「納得できない人は?」
「監査で不均衡が分かれば、選択を返します」
閑崎は棚の一角を示した。透明な細い栞が、瓶の中に何十枚も立っている。それぞれに赤い文字が薄く浮かんでいた。
「これが選片。封鎖された未来枝の所有記録です。期限が切れるか、勝者が返すか、再決闘で取り戻せば本人へ戻ります」
「返せるのか」
「もちろん。委員会の仕事は奪うことだけではありません」
扉が叩かれた。
中等部一年らしい男子が、上級生に付き添われて入ってくる。男子の右手首には赤い印があった。
「すみません。昨日の選闘の件です」
上級生は野球部の服を着ていた。
「こいつに、今日の練習を休むって命令したんです。でも、今日が登録締切だったのを知らなくて。休んだら大会メンバーに入れない」
「請求時の説明に、登録締切は含まれていましたか?」と時任。
「出てませんでした」
「勝者として返還へ同意しますか」
「はい。オレ、そこまで奪うつもりじゃなかった」
閑崎が瓶から一枚の選片を抜いた。
鈴を鳴らす。
男子の手首から赤い印がほどけ、栞へ戻る。上級生がそれへ指を触れた。
「返す」と自分の声で言う。
栞は細い光になり、年下の男子の胸へ吸い込まれた。
男子が自分の足を確かめるように一歩踏み出す。
「走れる」
「最初から走れただろ」
「練習へ行く方向には、足が向かなかったんです」
年下の男子は上級生へ頭を下げた。上級生も、もっと深く下げる。
「次は、塔じゃなく話して決めます」
「そうしろ」
先輩が二人の背中を軽く押し、送り出した。
ただ奪って喜ぶ組織じゃない。
それは分かった。
でも、返すための委員会が必要なくらい、最初に奪う仕組みでもある。
「最初から、勝っても命令しなければいいんじゃないか?」
「二十四時間以内に確定しなければ失効します」と閑崎。
「なら、みんなそうすればいい」
「決闘を展開した時点で、塔は微小な未選択反応を消費する」と時任。「勝者の請求は、争いに区切りをつける意味もある。何も決めず戻れば、現実でまた同じ争いになる場合が多い」
「それでも、断れないのは気持ち悪い」
先輩がオレを見る。
「昨日は楽しかったんだろ」
「楽しかった」
「なら、制度全部が嫌ってわけじゃない」
「戦うのと、負けたあとに道を一個消すのは別だ」
答えると、先輩は少し考えた。
「オレは、決めた条件で正々堂々戦えば、それも勝負の一部だと思う」
「オレも昨日はそう思った。今日、おまえの声が止まるまでは」
部屋が静かになった。
誰も怒鳴らない。だから、誤魔化せない。
閑崎の指で、鈴がごく小さく鳴った。
〈左へ行きたかった〉
耳からじゃない。
頭の内側へ、知らない声が触れた。
オレは立ち上がった。
「今の、誰だ」
「何のことでしょう?」
閑崎の目が細くなる。
「左へ行きたかったって」
机の上の帳簿が、勝手に一ページ戻った。
『金曜日の昼休み、廊下を左へ曲がらない』
その行だけが赤くにじんでいる。
「ハミンさんにも聞こえたのですね」
「閑崎の声じゃないのか」
「わたくしは運びました。声は選片に残ったものです」
閑崎は鈴を手のひらで包んだ。
「選べなかった瞬間の思いは、時に残響となります。ですから収支を記録し、増え過ぎないよう管理する必要があります」
「本人へ返せないのか」
「期限は明日です。勝者が同意すれば返せます」
「なら今すぐ呼べ」
「授業中です。午後四時に双方を呼ぶ予定です」
時任が予定表を示した。
本当に全部書いてある。
オレは座り直した。
「監視対象って言ってたな」
「うん」
「オレもおまえらを監視する」
「勝手に決めないでほしいな」
「断る選択は残ってるだろ」
時任が返事に詰まる。
先輩が声を上げて笑った。
閑崎は帳簿へ何かを書き足した。
「何て書いた?」
「相互監視、一名追加」
「予算は?」
「出ません」
*
午後一時三十三分、委員会室の扉が開いた。
「説明は順調かな」
入ってきた男を見て、時任たちの姿勢がそろった。
「教授」と先輩。
男は三十歳くらいに見えた。淡い緑の髪。色のついた眼鏡。紫のスーツに、似合わないほど使い込まれた書類鞄。教師というより、遊びに来た研究者みたいだ。
「目黒総司教授。絶対運命補完委員会の顧問です」と時任が紹介する。
「中等部でも教えてるのか?」
「大学では学際研究、中高では特別授業。頼まれれば保健体育以外はだいたい見るよ。保健体育も理論だけなら」
目黒教授は軽い調子で言い、オレへ手を差し出した。
「初めまして、ハミンくん。ようこそ星環学園へ」
「オレのこと知ってるのか」
「転入生の名前くらい覚えるさ。日本語で困っていることは?」
「村の人間ならみんな日本語も英語もしゃべれたぞ?」
崑崙では、子どもが気を耳と喉へ巡らせ、いくつもの言葉を聞き分けて同じ響きを返す修行をする。父さんの世代はもっと多くの言葉を使えた。日本語そのものには困らない。
「それは心強い。では、学校独特の言い回しは?」
「契約書の漢字が多い」
「それは日本人も困っている」
敬語の遠回しな断り方や、校則の婉曲な書き方や、若者言葉だけは別だ。谷の老人は断る時、だいたい「否」と一字で済ませていた。
握手をする。
細い手だった。
けれど、指の付け根に硬い皮がある。ペンだけを持つ手じゃない。
「肩を打ったね」
「先輩の棒で」
「記録を見たよ。いい回転だった。いまの身体を嫌っているだけでは、あの動きは出ない」
胸の奥を見られた感じがして、手を離した。
「嫌じゃないとは言ってない」
「もちろん。戻りたいことと、現在を使うことは両立する」
目黒教授は笑った。
正しいことを言われたはずなのに、その言葉だけが妙にきれいすぎた。
立ち上がった拍子に、鞄の横ポケットから薬の空き瓶が落ちた。
目黒教授が片手で受け止める。
瓶を灯りへ透かした。底には、紫色の薬液が残したごく薄い着色と、肉眼では見落としそうな輪がある。
ほんの一秒。
色付き眼鏡の奥で、目が細くなる。
「面白い沈殿だ」
「見えるのか?」
「何が?」
「底の輪」
目黒教授は瓶を回した。
「私には空の瓶に見える。薬品の式は、見る人の期待で模様に見えることがあるからね」
返された瓶は少し冷たかった。
「目黒教授は、選闘をどう思ってる?」
「急だね」
「勝ったやつが、負けたやつの道を消す。教授が作ったのか?」
「今の制度を整えたのは私だ。昔はもっと危険な野良決闘があった。校舎で刃物を持ち出す者も、負けた相手へ何度も報復する者もね。塔へ隔離し、賭けられる内容を小さくし、返還の仕組みを作った」
「なら、奪わない決闘にすればいい」
「勝敗だけで人が区切りをつけられるなら、そうしたい」
目黒教授は机の選片を一本つまみ上げた。
「選ぶことは楽しい時ばかりではない。どちらを選んでも誰かを傷つける時、誰かに決めてほしいと思う人もいる。管理は支配にもなるが、保護にもなる」
「本人が頼んだ時だけならな」
「君は強い。強い人は、自分で選べない苦しさを想像しにくい」
「教授は、全部選べるのか?」
目黒教授の指が止まった。
すぐ、いつもの笑顔へ戻る。
「全部は無理だ。だから間違いを減らす仕組みを作る」
予鈴が鳴った。
「一時三十五分です」
時任が言う。
「見事な進行だ、時任くん。ハミンくんを授業へ返してあげなさい」
目黒教授が扉を開けた。
「また話そう。君の身体のことも、私の分野が役立つかもしれない」
「母さんとハヨンが調べてる」
「天才一家だね。なら私は、学校で困らないよう手伝うだけにしよう」
親切な教授だった。
少なくとも、その時のオレにはそう見えた。
*
それから数日、学校は騒がしかった。
朝は藍羽と登校。授業。昼はひなたが新しい大盛りを教える。放課後は道場で藍羽と再戦し、そのあとおっさんの受け身百本。
藍羽との二戦目は七秒では終わらなかった。
三十二秒かかった。
勝つだけなら、もっと早く終わらせる手は残っていた。けれど、それでは今の身体を覚えられない。崑崙の気で押し切らず、男の頃の間合いへ逃げず、藍羽の型を今の手足で受けてから返す。自分でそう決めたぶん、勝負は長くなった。
「進歩したな」
「負けたけどね!」
「次は一分を目指せ」
「勝つのを目指す!」
藍羽は同じ足払いを二度と受けなかった。正面から踏み込むふりをして、途中で呼吸を変える。オレが読んだ瞬間、その読みを外してきた。
強い。
負けても一回ごとに別の相手になる。
学校では先輩が毎日、中等部の食堂へ来た。
「ハミン、今日の放課後は空いてるか」
「藍羽と勝負」
「そのあと、二人でどこかへ――」
「うまいラーメン屋なら行く」
「二人で?」
「藍羽とひなたも呼ぶ」
「増えたな」
「人数が多いほうがいろいろ食える」
先輩は何度も何かを言いかけ、そのたび食事の話へ変わった。
藍羽は「勝つ前に話を進めるな」と割り込み、ひなたは面白そうに眺めている。
「ねえハミン。西能寺先輩の言いたいこと、本当に分かってない?」
「再戦だろ」
「半分はそうかも」
ひなたは笑うだけで答えを教えなかった。
委員会の三人は、相変わらずオレを監視していた。
時任は塔へ近づく時間を記録し、閑崎は腕輪の異常波形を写し、先輩は「監視」を理由に昼飯へ来る。
オレも委員会を見た。
先輩は喧嘩を止める時、強いほうを殴るのではなく、最初に弱いほうを安全な場所へ動かした。
時任は雨の日、廊下の滑る場所を全部予定表へ書き、授業が終わる前にマットを敷いた。
閑崎は文化部の予算を一円単位で削るくせに、壊れた楽器の修理だけは予備費からすぐ出した。
嫌なやつらではない。
だからこそ、あの塔を正しいと思っているのが分からなかった。
*
金曜日の放課後、閑崎が選片の返還を終えた倉庫を見せてくれた。
「相互監視の範囲です」
「そんな規則あったか?」
「先日、追加しました」
倉庫の棚には、空の瓶が並んでいる。期限の切れた選片は持ち主へ戻り、記録だけが帳簿に残るという。
オレは一番奥で立ち止まった。
「音がする」
「残響でしょうか」
「違う。まっすぐすぎる音だ」
壁に、白い紙が一枚挟まっていた。
誰も触れていない。
それがひとりでにめくれる。
裏は真っ白だった。
次の瞬間、赤い文字がにじみ出た。
『双相、観測一回』
「閑崎」
「はい」
「これ、どういう意味だ」
閑崎が紙を見る。
「何も書かれておりませんが」
「赤い字があるだろ」
指を差す。
文字はもう消えていた。
紙の端へ、赤いインクが一滴だけ残っている。
床へ落ちる前に、その滴も紙へ吸い込まれた。
倉庫の外から目黒教授の声がした。
「閑崎くん、監査表を借りてもいいかな」
いつもと同じ、親しみやすい声だった。
白い紙は、もう動かなかった。
エンディングテーマ「たいようは約束」
https://youtu.be/vCsi3UhBpp8




