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はみんぐ・ふれあ  作者: JING
第五章「逆因果のカード使い」
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第29話「委員会は教授に背を向ける」

オープニングテーマ「HUMMING」

https://youtu.be/azhMg2sRa5g

 監査表は、食堂の長机より長くなった。


 委員会室の床へ紙を広げ、端を文鎮で押さえる。窓側が二年前。扉側が昨日。日付、時刻、使われた選片、承認者、返却の有無が一本の線でつながっている。


 朝の六時半。


 外はまだ薄暗い。


 先輩は紙の左端へ座り、被害記録を声に出していた。


「二年前、試験二〇八。霧崎紫苑。所属継続と記憶接続、一件」


 紫苑本人は窓際にいる。


 札を二十二枚使った翌朝で、右手には包帯。能力を使えないせいか、いつもより輪郭が薄く見えた。


「次」と先輩。


「体育祭の無断停止」


 蓮が監査表の時刻欄を指す。


「正式起動の十三秒前から選塔が作動。挑戦者、請求、同意署名、すべてなし。教授認証痕あり、署名欄は赤く消去」


「文化祭」


 鈴華が選片台帳を開く。


「共鳴事故の停止処理へ選片が消費されています。消費数の記録はありますが、元の所有者と返却処理欄が空白です」


「星見島」


「安全同意書の適用範囲が、研修参加から選塔試験まで赤字で拡張されています。署名後の変更です」


「オレと目黒教授のレベル3(原典級)決闘」


 口にすると、胸の奥へあの赤い線が戻る。


 鈴華は目をそらさなかった。


「帰還枝の対価として、保管中の小選択百八件を無断充当。百八件の所有者による追加同意はありません」


 監査表には、百八の小さな印が並んでいる。


 昼食を別のものへする。


 進路相談を一日延ばす。


 部活を休む。


 廊下を左へ曲がる。


 一つずつなら、誰かが気づかず失ってきた小さな選択だ。


 先輩は印の横に書かれた名前を読んだ。


「中等部三年、相沢真琴。高等部一年、倉田航。中等部一年、藤代ミオ。大学部、鷺沢遼――」


 一人も飛ばさない。


 蓮なら数字を正確に数える。


 鈴華なら返却額と差分を残す。


 先輩は、人の名前を読む。


「百八件目、高等部一年、時任蓮」


「僕?」


 蓮が顔を上げた。


「《昨日の夕食で甘いものを断る》」


「覚えがありません」


「奪われたからな」


「教授は、委員会員の選択まで燃料にした」


 蓮の指が監査表の上で固まる。


「オレもいる」と先輩。


「わたくしもです」と鈴華。


 自分へ法宝と居場所をくれた三人からも、目黒教授は選択を取っていた。


 大きな目的のためなら、この程度は小さいと思ったのかもしれない。


 一件ずつは小さくても、百八件ぶんだ。


「名前を読むの、やめないのか」


 紫苑が聞いた。


「忘れるからこそ読む」


 先輩は答えた。


「おまえの名前もだ、霧崎」


「明日また忘れるぞ」


「明日も読む」


 紫苑は窓の外を向いた。


 耳が少し赤い。


 ひなたが委員会室へ入ってきた。


「朝ご飯、持ってきたよ。購買のおにぎりだけど」


 腕には紫色の紐。手元の人数表には、名前の代わりに八つの丸がある。


「七人しか見えないけど、おにぎりは八個。なら八人いる」


 紫苑を見て、紐を見る。


「霧崎先輩。鮭と梅、どっちですか?」


「鮭」


「分かりました」


 ひなたは鮭を紫苑の前へ置いた。


 振り返った瞬間、誰へ渡したか忘れた顔になる。


 それでも鮭おにぎりは、ちゃんと一人ぶん減っていた。


     *


 監査の結論を書く前に、三人は自分たちの名をレベル2秘匿運用の責任者欄へ記した。一般生徒へ区分を知らせず、条件選択を使ってきた。教授の指示だったという一文で、自分たちの署名を消さなかった。


 その上で、教授の権限に関する結論は四つだった。


 一。レベル2試験二〇八は一学期以内の条件選択として申請されながら、記憶と氏名の保護領域をレベル3実装で開いた規約違反。


 二。体育祭と文化祭の無断停止は、同意条件を欠く違法起動。


 三。星見島の安全同意書は、署名後に意味を拡張されているため無効。


 四。オレとのレベル3決闘に使われた百八件は、対価の所有者が同意していない。


 蓮が四枚の証拠を監査表へ留める。


「顧問権限の一時停止条件を満たします」


「誰が停止する?」


「委員会三担当の全会一致。戦闘担当、進行担当、会計担当」


 先輩、蓮、鈴華。


「ただし、停止できるのは選塔と台帳への顧問認証だけです。教師としての地位や学校設備の一般権限は、学園側の審査が必要です」


「委員会を解散するわけでもない」と先輩。


「はい。いま解散すれば、保管中の選択を返す担当がいなくなります」


「奪う仕組みなのに、残すのか?」


 紫苑が言う。


 鈴華は監査表を見た。


「奪われたものを数え、返すまでは」


「そのあとどうする」


「そのあと、自分たちで決めます」


 誰かの命令を待つ答えじゃなかった。


 蓮が目黒教授の連絡先へ監査通知を送る。


 送信時刻、七時十三分。


 受信の印は、押した瞬間に出た。


 返信より先に、委員会室の扉が開く。


「朝早くから感心だね」


 目黒教授が立っていた。


 ミント色の髪。色のついた眼鏡。紫のスーツ。左腕だけ、手袋の下に赤い火傷の線が透けている。


 星見島で正体を明かした時と、教室で数学を教えた時と、同じ笑顔だ。


「目黒教授」


 呼ぶと、胸の中で言葉が引っかかった。


 教授は、確かにオレたちの教師でもあった。


 日本語の難しい言葉を言い換えてくれた。体育祭のけがを診た。文化祭を安全にすると言った。


 その全部が嘘だったとは思えない。


 だから余計に、奪ったことまで正しいとは言えない。


「監査表を読んだ?」と蓮。


「送信された範囲はね。よく調べた」


「訂正がありますか」


「解釈には。数字にはない」


 目黒教授は部屋へ入る。


 紫苑の前で一度止まった。


「霧崎くん。複製を破棄したね」


「俺が選んだ」


「君の記憶接続を返す手順が遅れる」


「遅れるだけか?」


「返すつもりだ」


「結果だけ聞くのはやめた」


 紫苑は目をそらさなかった。


 目黒教授は監査表の端へ指を置いた。


「西能寺くん、時任くん、閑崎くん。監査を終了しなさい」


「できません」と蓮。


「顧問命令だ」


「顧問本人が監査対象です」


「だからこそ、利害の外にいる私が全体を判断する必要がある」


「利害の中心にいるでしょう」と鈴華。


 笑みが消えている。


「教授は百八件を使いました。金銭なら、出納者が百八件の預かり金を、持ち主の同意なく別の支払いへ流用したのと同じです」


「返すためだ」


「本人が選んでいない使途へ、本人のものを使いました」


「大きな救助には代価が要る」


「代価を払う人を、救助者が決めてはいけません」


 鈴華の言葉は短い。


 目黒教授は先輩を見る。


「西能寺くん。生まれつきの帯電が成長とともに君の制御を越え、競技部が退部を求めた時、誰が君の気の流れを整え、古い導体芯を今の雷綴へ組み直して渡し、力を規則の中へ戻した?」


「教授だ」


「時任くん。あと十秒を悔やんでいた君へ、誰が時計を渡した?」


「教授です」


「閑崎くん。他人の恐れと自分の心を分けられなかった君へ、誰が鈴の制御を教えた?」


「教授です」


 三人とも、恩を消さなかった。


 体育祭で一般生徒を守り、文化祭でオレたちと同じ舞台を支えた。そのあいだに三人の「守る」は、教授の命令を正しく実行することから、目の前の一人へ理由を説明して選ばせることへ変わっていた。


 だから背を向けるのは、恩を忘れたからじゃない。教授に教わった責任と、行事で育てた情を、教授自身の命令より先に置いたからだ。


「なら分かるはずだ。私は君たちを道具として扱っていない」


「分かってる」と先輩。


 棒を肩から下ろす。


「助けてもらった。居場所ももらった。だから今日まで信じた」


「なら――」


「救われたことと、いま従うことは別だ」


 先輩は雷綴を床へ立てた。星見島で曲がった中央部には、修復後も濃い継ぎ目が残っている。


「オレは、今日の命令を聞かない」


 蓮が懐中時計を机へ置く。


「僕は教授から時間をもらいました。でも、その時間で何を選ぶかまで渡した覚えはありません」


 鈴華も、心響鈴を帯から外した。


「わたくしは、教授へ恩があります。恩を返すためにも、教授が作った損失を正確に数えます」


 三つの法宝が机へ並ぶ。


 返すためじゃない。


 自分たちの手にあると示すためだ。


 目黒教授の眼鏡へ、三つが映った。


「では命じよう。雷綴、時門時計、心響鈴、および全台帳を顧問保管へ返却しなさい」


 床から赤い線が伸びた。


 一本は雷綴へ。


 棒から床、壁、天井へ細い座標線が広がり、委員会室の位置を塔へ縫いつける。


 一本は時門時計へ。


 室内の秒針が全部、同じ時刻へそろう。


 最後の一本は心響鈴へ。


 鏡へ映った人数が、一人、二人と輪郭を固定される。


「三つで、場所と時間と認識を固定する」


 ハヨンが息をのむ。


「零頁を開く三点鍵」


 目黒教授は答えない。


 赤い線が、法宝を机の中央へ引く。


 先輩が雷綴を掴んだ。


 蓮は時計を閉じる。


 鈴華は鈴を両手で包む。


「返しません」と蓮。


「それは君たちを救う法宝だ」


「だから、自分で使い方を選びます」


 蓮は監査規程の最終頁を開いた。


「顧問利益相反時の一時停止条項。戦闘、進行、会計、三担当の全会一致により、選塔顧問認証を二十四時間停止。その間に証拠を学園監査室へ提出します」


「西能寺先輩」と蓮。


「賛成」


「閑崎先輩」


「賛成いたします」


「僕も賛成です」


 三人が委員章を重ねた。


 赤い線へ、青、銀、金の三色が走る。


『絶対運命補完委員会・顧問認証。一時停止』


 中立音声が告げた。


 目黒教授の赤い線が消える。


「これで、教授じゃなくなるわけじゃありません」


 蓮の声が震えていた。


「僕たちの恩人でなくなるわけでもない。だから、監査を受けてください」


 目黒教授は三人を見た。


 怒ってはいない。


 悲しそうにも見えない。


 答えを間違えた生徒へ、どこで計算を誤ったか考えている教師の顔だった。


「選び直すには、君たちはまだ情報が足りない」


「だったら話せ」とオレ。


「話したところで、君は私の必要な結果を選ばない」


「だから勝手に決めるのか」


「必要なら」


 教授は赤いペンを出した。


「法宝は返してもらう。君たちが後悔する前に」


 空中へ三本の線を引く。


 委員会室の壁が、紙みたいにめくれた。


 目黒教授の背後へ白い扉が開く。


「待て、教授!」


 呼び止めた「教授」は同じでも、その声から恩師への甘えが落ちた。


 恩人だった記憶を消したわけじゃない。いま選択殻を送り、三人の法宝を奪おうとした相手を、役職の後ろへ隠さないためだ。


 教授は振り向かない。


「次に会う時、君が何と呼ぶか楽しみにしているよ、ハミンくん」


 扉が閉じる。


 部屋の外で、何十もの足音が始まった。


     *


 廊下を埋めたのは、選択殻だった。


 体育祭の時の競技影とは違う。


 制服の形をしている。胸へ《返却》の白い文字。顔の代わりに、赤い一本線が縦へ走っていた。


 手は先輩の雷綴、蓮の時計、鈴華の鈴へ向いている。


「正式選闘ではありません!」


 蓮が委員章を確認する。


「挑戦も同意もなし。時間停止なし。現実時間です!」


「また全員で動けるな」


「けがも現実です!」


「それも聞いた!」


 オレは先頭の影へ飛び込んだ。


 顔の赤線を避け、胸へ掌。冷たい紙の感触。無選歩で押された方向へ回り、壁へ流す。


 影は潰れず、腕を伸ばし続ける。


「法宝を渡せば止まる」と先輩。


「渡すか?」


「聞くまでもない!」


 雷綴が床へ着く。


 焦げた匂い。


 青白い線が棒の軌道へ沿う。


「一回目!」


 先輩が横薙ぎに振った。


 電撃は遠くへ勝手に曲がらない。棒へ触れた三体と、床へ接地した影だけを走り、赤線を焼き切る。


 先輩の右腕が痺れ、指が一度開いた。


「連発するな!」


「分かってる!」


 階段から一般生徒の声がした。


「何、これ!」


「戻って!」


 ひなたが両腕を広げ、上がってくる生徒を止めた。


「南棟へ避難! 走らず、前の人の肩を見て!」


「でも委員会が――」


「委員会の人も避難させる! まず普通の人から!」


「ひなた、おまえも普通だろ!」


「知ってる!」


 人数表へ丸をつけながら下がる。


「見えない一人がいるから、数は目より一人多く! 誰も置いていかないで!」


 紫苑のことだ。


 忘れても、欠ける人数は覚えている。


 選択殻がひなたのほうへ向いた。


 法宝だけでなく、避難路も塞ぐつもりだ。


「藍羽!」


「任せて!」


 藍羽が気を纏い、影と生徒の間へ立つ。正面から受けず、天道宗の円で腕を外へ流す。


 ハヨンは階段の制御盤へ端末をつないだ。


「防火扉を閉める。していい?」


「生徒が全員下りてから!」とひなた。


「あと六人!」


「いま四人通った。残り二人!」


 能力がなくても、ひなたの数がなければ扉は閉められない。


 最後の二人が階段を下りる。


「いま!」


 ハヨンが防火扉を落とした。


 選択殻の半分が向こうへ遮られる。


 残りは二十体以上。


 鈴華の袖が、風と逆へ揺れた。


「一景だけ使います」


 鈴が鳴る。


 廊下が三方向へ分かれた。


 右にも、左にも、正面にも、雷綴と時計と鈴を持つ三人の幻が走る。


 選択殻が迷う。


 鈴華の眉間へ痛みが走った。法宝を奪われる恐怖が、影から逆流している。


「長く保ちません」


「三十秒ください」と蓮。


 時門時計を開く。


 ち、ち、――ち。


 三度ためらう二秒で、廊下中央の半径八メートルへ五分の一速を合わせる。


 廊下の中央、半径八メートルが五分の一速へ落ちた。


 完全停止ではない。


 黒い腕が水の中みたいに重くなる。


 蓮の唇から血の気が引く。


「三十秒だけだぞ!」


「僕が数えています!」


「なら、オレが使う!」


 遅くなった影の間へ入る。


 境界を越えた途端、脚も腕も重くなった。時門時計は、同じ廊下へ入った味方だけを速いままにはしてくれない。


 藍羽も反対から踏み込み、先輩の棒も領域へ入る。三人とも遅い。


 それでも、オレは鼻歌で呼吸をそろえ、藍羽は纏気を全身へ回し、先輩は棒術の一息を切らさない。遅延は消えないが、身体の内側の拍までは渡さない。


 空間の流れは全員同じ五分の一だ。それでも、自分の拍を立て直す術のない影は、次の動きへ移るまでがさらに長い。


 倒す技を先に決めない。


 触れた肩を回す。次の肘へ腰を預ける。紙の腕を足場に、内側、外側、また内側。


 先輩の棒が頭上を通る。


 鈴華の幻が退路を作る。


 影が三方向から来た。


「委員会、右!」


 そう呼びかけかけて、やめた。


 いま背中にいるのは、組織じゃない。


 体育祭で呼んだ先輩。


 決闘のあと、自分で記録を渡した蓮。


 鈴越しに本当の声を聞いた鈴華。


 三つの呼び方は、今日初めて知ったものじゃない。


 一人ずつ、ここまでの間に選んだ距離だ。


 それをいま、迷わずまとめて呼ぶ。


「先輩、右! 蓮、あと何秒! 鈴華、退路を頼む!」


「任せろ、ハミン!」


「十五秒!」


〈真っ直ぐ来てください〉


 鈴華の声が心へ届く。


 オレは幻の壁へ飛び込んだ。


 偽物の廊下が開き、本当の一本だけが残る。


 先輩と背中が触れた。


 蓮の時間境界が足元へ見える。


 鈴華の鈴の拍へ鼻歌を重ねる。


 三人を委員会より先に呼んだ。


 三人も、役職より先に答えた。


 迷いが消えたのは、それだけだった。


「一、ゼロ!」


 蓮が時計を閉じる。


 時間流が戻った。


 影が一斉に押し寄せる。


「先輩!」


「二回目!」


 雷綴が床へ刺さる。


 青白い電撃が棒の周囲を円に走った。接地した影の赤線を焼き、鈴華の幻へ追い込まれた群れを一度に崩す。


 先輩の右手から棒が滑りかける。


 オレが中央を掴んだ。


「三回目は使うな」


「格好いいところだぞ」


「腕が動かないだろ」


「ばれたか」


「何回一緒に戦ったと思ってる」


 先輩と二人で棒を支え、最後の影を床へ押さえた。


 藍羽が気を流し込む。


 ハヨンが胸の《返却》文字へ逆因果事故の欠番信号を送る。


「返す相手が定義されてない!」


 白い文字が割れる。


 選択殻は薄い紙片へほどけた。


 一枚、二枚。


 雪みたいに廊下へ落ちる。


 最後の一枚へ、赤い線が残っていた。


 鈴華が鈴を近づける。


〈法宝を返せ〉


「教授の声か?」


「声ではありません。命令だけです」


 鈴華は紙片を台帳へ挟んだ。


「本人の説明がない命令へは、従いません」


     *


 選択殻が消えた直後、校内放送が鳴った。


『全校生徒へ連絡します』


 教授の声。


 教室で聞いた時と変わらない、穏やかな声だ。


『絶対運命補完委員会、西能寺くん、時任くん、閑崎くんの三名は、重大な顧問命令違反により委員資格を一時停止します』


 先輩が腕章を見る。


 蓮は目を閉じる。


 鈴華の指が黒い布へ触れる。


『また、無登録協力者、霧崎――』


 名前のところだけ音が抜けた。


『――君について、発見時は教職員へ報告してください』


 放送が終わる。


 防火扉の向こうで、生徒たちがざわめいた。


「西能寺先輩たち、何したの?」


「最後の名前、聞こえた?」


「名前なんてあった?」


 ひなたがこちらへ戻る。


 人数表には八つの丸。


 そのうち一つだけ、誰の丸か分からない。


「霧崎紫苑だ」とオレ。


「霧崎……」


 ひなたは紫色の紐を見る。


 紫苑へ目を合わせる。


「いた」


「毎回驚くな」と紫苑。


「毎回忘れさせる人に言われたくありません」


 先輩が腕章を外した。


「資格停止か」


「後悔していますか」と蓮。


「してる」


 全員が先輩を見る。


「もっと早く監査すればよかった」


 蓮も腕章を外した。


「僕は、まだ教授から聞いていないことがあると思っています」


「聞くのをやめる?」


「逆です。委員でなくても聞きます」


 鈴華は最後に腕章を解いた。


「わたくしたちは、絶対運命補完委員会ではなくなりました」


「一時停止だ」と先輩。


「では、いまは何と呼びましょう」


「先輩、蓮、鈴華でいいだろ」


 オレは言った。


 三人がこちらを見る。


 組織の名前は長すぎる。


 組織名ではなく一人ずつへ呼びかければ、ちゃんと本人へ届く。


「それでいい」と先輩。


「異論ありません」と蓮。


 鈴華が、ほんの少し笑った。


「予算科目としては不明ですが、呼称としては承認いたします」


「予算から離れろよ」と先輩。


「無所属になったからこそ、食費の管理が必要です」


「昼飯の話か?」


 オレが聞く。


「ちょうど腹減ったな」


「霧崎先輩との約束、今日でしょ」


 ひなたが人数表を上げた。


「学校だと落ち着かないから、道場へ移動しよう。全員分の席、作ってある」


 外を見る。


 白いものが、一つ窓を横切った。


 今年最初の雪だった。

エンディングテーマ「たいようは約束」

https://youtu.be/vCsi3UhBpp8

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