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はみんぐ・ふれあ  作者: JING
第五章「逆因果のカード使い」
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27/53

第27話「結果が原因を追いかける」

オープニングテーマ「HUMMING」

https://youtu.be/azhMg2sRa5g

「右へ三歩。左手を上げる。しゃがむ」


 ひなたが札を読み上げる。


 オレは道場の中央で右へ一歩進み、二歩目に左へ曲がった。手は上げず、そのまま転がる。


 藍羽の蹴りが頭上を通った。


「いま右へ三歩って言ったでしょ!」


「途中で変えた」


「私の攻撃を見てからじゃない?」


「見てない」


「嘘」


「本当だ。おまえが来る前に転がろうと思った」


「それも先に決めてるじゃない」


「難しいな」


 床へ寝たまま考える。


 紫苑の札は、結果を先へ置く。


 オレが右へ行くと決めれば、右で転ばせる原因を拾われる。左拳を打つと決めれば、その拳が外れる道を引かれる。


 だったら、何も決めなければいい。


 そう思ったが、人間は何も決めずには動けない。立つと決め、息を吸うと決め、相手へ近づくと決める。頭を空にしようとした瞬間、《頭を空にする》という一つの予定ができる。


「次」


 起き上がる。


 ひなたが箱から別の札を引いた。


「赤い布を取って、円を一周して、藍羽の肩へ置く」


 道場の隅に赤い布がある。


 走る。


 一歩目で布を取らない。足で蹴り上げる。


 布が宙へ舞う。


 藍羽が予告なく右拳を出した。


 避ける方法を決めない。


 拳が頬へ触れる直前、その腕の外側へ掌を当てる。押された方向を感じてから、腰を回す。


 身体が左へ抜けた。


 落ちてきた布を肩で受け、回転の続きで藍羽へ近づく。


 布は手で取らず、藍羽の頭へかかった。


「肩じゃない!」


「似たようなもんだ」


「全然違う!」


 布の下から蹴りが来る。


 今度も触れてから方向を選ぶ。


 脛を前腕で受け、押し返さず、円の内側へ小さく回った。


「いまの!」


 藍羽が布を外す。


「先に避け方を決めてなかった」


「当たってから決めた」


「当たる前!」


「似たようなもんだ」


「格闘では全然違う!」


 道場の端でハヨンが端末へ記録している。


「接触から方向決定まで〇・〇八秒。事前筋収縮が減ってる」


「使えるか?」


「反応は遅くなる。でも選択肢の残数は増える」


「言い方が委員会っぽいぞ」


「数字を正確に言っただけ」


 ひなたは読み終えた札を山へ戻した。


「私、これ必要?」


「必要だ」とオレ。


「私が読むより、機械で無作為に出せばいいんじゃない?」


「機械の乱数は偏りを計算できる」とハヨン。


「私だって癖くらいあるよ」


「水守さんは、途中で気が変わる」


「褒めてる?」


「最高に予測しづらい」


「褒めてないね」


 ひなたは次の札を引こうとして、やめた。


「やっぱり今日は終わり」


「何で?」


「途中で気が変わった」


「いいな!」


「そう言われると腹が立つ」


 藍羽が笑う。


 オレも笑った。


 勝負の話で、ちゃんと笑えた。


     *


 学校へ向かう坂道で、ハヨンが隣を歩いた。


 大きめの白いパーカー。襟元の黒いインナー。丸眼鏡。淡い銀髪を片側で束ねた赤いリボンが、歩くたびに揺れる。十二歳なのに大学部の研究許可証を首から下げているせいで、遠足中の子どもが研究者の真似をしているようにも見えた。


「流出データと同じ帯域が、昨夜、学校側から返ってきた」


「返ってきた?」


「反射波。誰かがHF―001の三十秒を、選塔へ入力した」


「紫苑か」


「霧崎さんの札だけなら出力が小さすぎる。もっと大きい装置」


「目黒教授」


 ハヨンは肯定しなかった。


 否定もしない。


「オレが渡したせいだな」


「原因の一つ」


「慰めなくていいぞ」


「慰めてない。私の観測器がデータを作った。霧崎さんが複製した。お兄ちゃんが条件へ同意した。使った誰かがいる。一つだけにすると、ほかが次も同じことをする」


「でもオレの分は消えない」


「消さなくていい」


 ハヨンはリボンの端へ触れた。


「私の薬も同じだった」


「何が」


「先に《お兄ちゃんが男を好きになる》という結果を決めた。本人へ聞かず、身体という原因をあとから従わせようとした」


 ハヨンは一度息を吸った。


「しかも、留学中ずっと効く予定で作った。元へ戻す時期まで、私が勝手に決めた」


「いまは、その戻る時期すら分からない」


「うん。事故で身体相へ作用したあと、予定していた期限は意味を失った」


 足を止める。


 ハヨンも二歩先で止まった。


「まだ説明の途中」


「聞いてる」


「薬効が間違っていたことだけが失敗じゃない。結果を決める権利が私にあると思ったことが――」


 最後まで言わず、眼鏡を押し上げる。


「いまは、事故対策を先にする」


「逃げた?」


「保留。言葉にして終わった気になると危険」


「面倒な妹だな」


「お兄ちゃんに言われたくない」


 また歩き出す。


 道場から学校までの坂は、前より短く感じた。


     *


 最初の結果は、雨だった。


 昼休み。冬晴れの中庭で、ひなたの制服が突然濡れた。


「冷たっ!」


 頭から水をかぶったみたいに髪が頬へ張りつき、ノートへ大きな染みが広がる。


 空は青い。


 噴水もない。


「誰か水を投げた?」


 周りの生徒が見回す。


 オレには、紫苑戦と同じ二重の感触があった。


 濡れた結果だけが、先にある。


「数えろ!」


 ひなたの腕を引き、軒下へ走る。


「何を?」


「いいから!」


 一、二、三。


 四拍目で日が陰った。


 五拍目。真上へ小さな黒い雲が生まれる。


 六。


 七。


 八拍目。


 雨が落ちた。


 中庭の一角だけへ、夏みたいな大粒の雨が叩きつける。ひなたの濡れた制服へ、原因が追いついた。


「走って!」


 校舎側から藍羽が叫んだ。


 音は、そのあとに来た。


 がしゃん。


 二階の窓が、すでに割れている。


 ガラス片が陽の中へ飛び出し、その下にいた生徒たちがようやく見上げる。


「伏せろ!」


 先輩の棒が横から入った。


 電撃は使わない。長い棒で落下するガラスの向きを変え、校舎の壁へ散らす。


 オレと藍羽は生徒二人を軒下へ引き込んだ。


 割れた窓の向こうに、まだ原因がない。


「一!」


 蓮が校庭から時計を見ている。懐中時計ではなく、普通の計測器だ。


「二、三!」


 体育の授業で使っていたボールが、地面から跳ね上がった。


「四!」


 誰かが蹴ったわけじゃない。さっき生徒の足へ当たった反動が、いま遅れて始まったように転がる。


「五、六!」


 ボールが階段を上り、廊下へ入る。


「七!」


 割れた窓へ向かう。


「八!」


 窓枠を打った。


 破砕音がもう一度、最初の音へ重なった。


「八拍」


 ハヨンが軒下で端末を構えていた。


「霧崎さんの札と同じ」


「紫苑がやったのか?」


「一枚の札で二つの結果は置けない。雨と窓が同時。違う」


「じゃあ、複製したやつか」


 校内放送のスピーカーが鳴る。


 チャイムじゃない。


 低い一定音。


「選闘開始記録なし!」


 蓮が言う。


「時間停止もありません。これは正式選闘ではない。全員、現実時間のままです!」


 その言葉へ重なるように、廊下で二人の生徒が頭を下げた。


「ごめん!」


「こっちこそ、ごめん!」


 二人とも、何に謝ったのか分からない顔をしている。


 三拍目。


 一人の鞄から教科書が落ちた。


 四拍目。もう一人の靴へ当たる。


「わざとだろ」


「違う」


 五拍目で声が荒くなる。


 謝罪という結果へ、喧嘩の原因が追いつこうとしている。


「止まってください」


 鈴華の鈴が鳴った。


 大きな幻は出さない。二人の間へ、白い一本の線だけを見せる。


「いま感じている怒りは、あなた方が最初に選んだものではありません」


「心を読んだのか?」とオレ。


「いいえ。謝罪の時点では、二人とも相手を心配していました。鈴へ触れた像と、いまの像が違いすぎます」


 鈴華は二人へ別々の方向を指した。


「八つ数え終わるまで、線を越えないでください」


 二人は戸惑いながら離れた。


 八拍目。


 教科書を踏んだ生徒の足が滑る。


 けれど喧嘩相手は、反射的にその腕を掴んだ。


 原因はできた。


 結果だけが変わった。


「謝ったなら、もう喧嘩は終わりでいいだろ」


 支えられた生徒が言う。


「うん」


 逆因果が、二人の選択を最後までは奪えなかった。


     *


 事故は校舎の北側へ広がった。


 転ぶ前に膝を擦りむいた生徒。


 答える前に赤い丸がついた答案。


 倒れる前から床へ散っている本。


 どれも八拍以内に、原因が追いかけてくる。


「中等部は南階段へ!」


 ひなたが濡れたまま誘導札を持った。


「走らない! 名前を呼ばれた順に移動! 欠けてる人がいたら言って!」


「ひなた、着替えろ!」


「全員出してから!」


「風邪引くぞ!」


「普通の風邪ならあとで治せる!」


 普通の生徒にしか言えない判断だった。


 力がないから、置き去りの数を数える。


 オレたちは北廊下へ走った。


 蓮がすべての結果と原因へ時刻をつける。


「窓、十二時五十九分四秒。原因、十二時五十九分十二秒。雨、十二時五十八分四十七秒。原因、五十五秒」


「全部八秒?」


「拍です。現象ごとに〇・七秒から一・二秒の差があります」


「紫苑の呼吸に合わせてたからか」


「今回は学校側の人の呼吸を拾っている」


 ハヨンが画面を見せる。


 文化祭で流出した三十秒の波形。それが校内の何百人もの拍へ引き伸ばされている。


「私のデータが、結果を先に固定する足場に使われてる」


「止められるか」


「原因が一つなら強い。霧崎さんと同じなら、増やす」


「何を?」


「原因」


 廊下の先で、展示用の大きなガラス棚が砕けた。


 まだ砕けていない棚へ、砕けた像が重なっている。


 中には体育祭の優勝杯と、文化祭の模型。真下に避難の遅れた一年生が三人いる。


「結果が来る!」


 オレは走った。


 未来の破片が先に頬をかすめる。まだ傷はない。


 一拍。


 一年生を藍羽のほうへ押す。


「任せて!」


 二拍。


 藍羽が三人を抱えるように廊下の角へ運ぶ。


 三拍。


 ガラス棚の脚を見る。左が緩んでいる。横には清掃用の台車。天井では換気扇が強く回り始めた。


 原因の候補が三つある。


 だが、放っておけば札は一番近い一つを選ぶ。


「先輩、左脚を棒で押せ!」


「壊すのか?」


「壊さない。押すだけ!」


 四拍。


 先輩の棒が左から触れる。


「藍羽、反対から引け!」


「倒れるでしょ!」


「倒さないくらい!」


 五拍。


 藍羽が気を纏った指で右側を引く。


 オレは台車を棚の正面へ転がし、寸前で止める。


 六拍。


 左脚が原因か。


 右への力か。


 台車の衝突か。


 換気扇の振動か。


 ガラスへ重なった結果が明滅する。


 七拍。


 赤い文字が空中へ浮いた。


 《展示棚が砕ける》


 文字が四方向へ引かれ、どれも薄くなる。


「八!」


 結果が反転した。


 未来の破砕音が吸い込まれる。


 頬をかすめたはずの傷が消えた。


 ガラス棚は、揺れながらも立っている。


「原因を一つに決められなかった」


 ハヨンが言う。


「戻ったぞ!」


「小さい結果だから。人へ直接大きな傷を置くのは、そもそも保護で失敗する」


「じゃあ全部、原因を増やせばいい」


「学校全部で何件あると思ってるの」


 もっともだった。


「元を止めます」


 蓮が校内図を開く。


「反射波の中心は旧天文塔。一階の基準機です」


「正式選闘じゃないなら、みんなで行けるな」


「行けます。ただし現実時間です。けがも疲労も戻りません」


「いつも戻らないだろ」


「確認です」


 鈴華が避難する生徒の最後尾を見た。


「水守さんが全員を南棟へ移しました」


「なら走るぞ」


     *


 基準機は、塔の一階で逆さに動いていた。


 針が左へ回り、紙が印刷口へ吸い込まれ、赤い文字だけが空中へ残る。


「HF―001の帯域を切る」


 ハヨンが端末を接続する。


「お兄ちゃん、鼻歌。文化祭と同じ基準」


「分かった」


 低く鳴らす。


 藍羽が違う高さを重ねる。


 先輩は棒で機械の振動を床へ逃がし、蓮は暴れる針の流れを五分の四まで落とす。完全には止めない。鈴華の鈴が、機械の偽の警報を本当の音から分ける。


 全員の音が違う。


 だから一つの原因へ固まらない。


 ハヨンが接続を切った。


 針が止まる。


 校内の低音も消えた。


「終わり?」


 藍羽が聞く。


「新しい結果の発生は止まった。もう置かれたものは八拍待つ」


 全員で八つ数えた。


 何も起きなかった。


 蓮が基準機の記録板を外す。


 裏側へ、赤い認証線があった。


「教授権限」と先輩。


「自動認証かもしれません」


 蓮はそう言いながら、線を隠さなかった。


「今回は目黒教授へ先に報告しない」


 オレが言う。


 三人がこちらを見る。


「原因を一つにするな。教授が使ったか、誰かが権限を盗んだか、機械が勝手に動いたか。全部残して調べろ」


「あなたに言われなくても」と蓮。


 少しだけ、笑う。


「同意します。顧問への報告前に、委員会の内部監査記録として複写します」


 鈴華が鈴を一度鳴らした。


「わたくしも、原本の声を保存します」


「オレは?」と先輩。


「機械を壊していない証人です」


「重要だな」


「普段の行いのためです」


「ひどくないか?」


 こんな時でも、三人のやり取りは変わらない。


 ただし立つ場所は変わり始めていた。


 教授の説明を待つ生徒から、自分たちで記録を比べる監査者へ。


     *


 夕方、屋上のフェンスへ紫苑が座っていた。


「落ちるぞ」


「俺が落ちる結果は置いてない」


「普通に落ちる可能性は残るだろ」


 襟を掴んで内側へ下ろす。


「過保護だな」


「目の前で落ちられると寝覚めが悪い」


 紫苑の前へ、破られていない札が一枚ある。


「今日の事故、おまえじゃないな」


「俺なら二十二件で終わる。学校全部へばらまくほど安くない」


「データを渡した先は」


「教授だ」


「使うと知ってた?」


「試験には使うと言われた。あんなふうに生徒へ出すとは聞いてない」


「信じる?」


「信じたい原因が減った」


 紫苑は札をこちらへ滑らせた。


 表は空白。


 裏に、選闘の日時だけがある。


「再戦状か」


「俺の札を一枚も使わず、今日の結果を壊した」


「みんなでな」


「正式選闘では一人だ」


「分かってる」


「次は、俺が負ける結果も置いてみろ」


「おまえが自分で書くのか?」


「それじゃ俺の勝ちだ。おまえが原因を作れ」


 札を取る。


 胸が熱くなる。


 今度は、その熱だけで条件を選ばない。


「賭けはあとで決める。ハヨンにも話す」


 紫苑が眉を上げた。


「学習したな」


「負けたものを持って帰った」


「なら、次は俺から何を持っていく?」


「昼飯代」


「帰還枝は?」


「情報は、勝って無理やり吐かせるより、自分で話したくさせる」


「できると思うか?」


「原因はあとで作る」


 紫苑は声を立てて笑った。


 その笑いだけは、結果より先じゃなかった。

エンディングテーマ「たいようは約束」

https://youtu.be/vCsi3UhBpp8

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