第25話「先に転んでから殴ってくる男」
オープニングテーマ「HUMMING」
https://youtu.be/azhMg2sRa5g
満月が過ぎた翌朝も、オレの髪は赤かった。
目を開ける前から分かっていた。
背中から枕へ流れる、長い一本の三つ編み。胸の狭さ。布団の中で曲げた膝までの距離。何か月も使ってきた身体だ。いまさら確かめなくても、自分の形くらい分かる。
それでもオレは、両手を顔の前へ持ち上げた。
小さい手だった。
「お兄ちゃん。起床を確認。採血はしない」
襖の向こうからハヨンの声がした。
「聞いてないぞ」
「だから、しないと言った」
「前ならもう針を持って入ってきたな」
「前の私なら」
少し間があった。
「いまは、お兄ちゃんに聞いてからにする」
「じゃあ今日はなし」
「了解」
足音が遠ざかる。
その素直さへ礼を言おうとして、やめた。礼を言えば、こいつは許されたと思うかもしれない。オレも、言っただけで全部済んだことにしたくなるかもしれない。
目黒教授に奪われたのは、男だった記憶じゃない。
満月ごと、元の身体へ戻れる未来だ。
昨夜、月はちゃんと昇った。身体の奥では低い倍音が鳴り、庭へ伸びた影だけが男の形になった。けれど骨も、髪も、腕の長さも変わらなかった。
自分の身体が、月の向こうにいる誰かへ引かれていく感じだけが残った。
オレは布団を蹴った。
緋天衣へ腕を通す。女相では明るい朱赤になるチャイナ風上着と、色の変わらない黒いズボン。男だった時は上着も黒だった同じ一着なのに、いまの体格へ隙間なく合う。泥も汗も残らない、昔から変な服だ。
今日は学校だ。
月がどうなろうと、一時間目の英語は待ってくれない。
*
「ここ、先週の範囲」
ひなたがノートを机へ置いた。
色の違う付箋が五枚。字は小さいが、先生の脱線まで端へ書いてある。
「目黒教授の授業じゃないぞ」
「知ってる。目黒教授がいなくなってから、代わりの先生が二人来たの。英語と理科を一人で代講できる先生、普通はいないから」
「あいつ、普通じゃなかったな」
教授、と呼ぶ。
その二文字が、前より喉に引っかかった。
星見島から戻って、目黒教授は授業へ出ていない。学園側の説明は海外学会への急な出張。委員会室には顧問として連絡を送っているらしいが、オレたちの前へは姿を見せなかった。
「ハミン、前にも同じ理由で休んだでしょ」
「月例の体調不良だ」
「その説明で毎月通すつもり?」
「通ってる」
「先生たちが深く聞かないだけ」
ひなたはオレの机を見た。
弁当箱がまだ開いていない。
「お昼、食べないの?」
「あとで」
「ハミンが?」
「オレでも食わない時くらいある」
「初めて見た」
自分でも初めてだった。
腹は減っている。なのに蓋を開ければ、満月の庭でみんなが黙っていた顔まで出てきそうだった。
「ハミン」
教室の後ろから藍羽が呼んだ。
水色の運動着。長い濃紺の髪をもう結んでいる。
星環学園には制服もあるが、授業に支障がなければ服装は自由だ。だからオレは体育のあとも、朱赤の緋天衣へ戻っていた。
一時間前の五十メートル走では、女の身体のまま学年男子の一位を二秒近く置き去りにした。投球も跳躍も、普通の生徒なら相手にならない。それでも昔のオレを基準にすれば、速度も力も半分に届いていなかった。
「体育であれだけ勝って、まだ不満そうね」
「普段の半分も出てない。嘆くくらい許せ」
「放課後、一本」
いつもの誘いだ。
前なら昼飯を飲み込んででも受けた。
「あとでな」
「放課後があとででしょ」
「もっとあと」
藍羽の眉が寄る。
「私に負けるのが怖い?」
「それはない」
「じゃあ、笑いなさいよ」
「何で命令されて笑うんだ」
「勝負の話をしたら、いつも勝手に笑ってたから」
そうだったらしい。
顔へ力を入れてみた。うまくいかなかった。
藍羽はそれ以上言わず、結んだ髪をほどいた。
「待ってるから」
「何を」
「ハミンが自分から、もう一回って言うの」
席へ戻っていく。
ひなたはノートの端へ、赤い丸を一つ足した。
「何だ、それ」
「今日やること。ノートを返す。お弁当を食べる。藍羽に返事をする」
「勝手に予定へ入れるな。蓮みたいだぞ」
「じゃあ、最初の二つだけ」
オレは弁当箱の蓋を開けた。
卵焼きを一つ口へ入れる。
味はした。
それだけで少し安心した。
*
放課後、旧天文塔の前に見知らぬ足跡があった。
正しくは、足跡だけが先にあった。
乾いた石段へ、濡れた靴底の形が一つ浮かぶ。
雨は降っていない。
次の瞬間、肩へ冷たい滴が落ちた。
見上げる。
塔の手すりから、誰かが水を一滴こぼしている。
「遅い」
声がした。
上の踊り場へ、紫の髪の男が立っていた。
褐色の肌。高くて細い身体。黒い開襟シャツの袖から、長い指がのぞく。短い紫髪の一房だけ、青緑色に光っていた。
その顔を、オレは星見島で見ている。
砂浜へ足跡だけ残し、振り向いた時にはいなかった男。
「おまえ――」
「霧崎紫苑。十七歳。おまえはここで俺と戦う」
「勝手に結果まで言うな」
「理由はこれから話す」
男――紫苑は、銀色の硬貨を長い指の上で転がした。拳を握って開くと、硬貨は消え、代わりに黒いカードが指の間へ挟まっている。
「いまの消失は、ただの奇術だ。こっちが法宝・逆因果札」
紫苑は黒い契約札を一枚投げた。
受け取る。
表へ赤い文字が浮かんだ。
《ハミンは選闘を受ける》
「もう決まってるみたいに書くな」
「決まるさ。おまえは、戻る方法を知りたい」
笑えなかったはずの胸が、わずかに動いた。
「知ってるのか」
「知っている場所を知っている」
「同じだろ」
「全然違う。答えの値段が上がる」
階段の下から足音がした。
「その人物から離れてください、ハミン」
蓮が上がってくる。先輩と鈴華も一緒だ。三人とも腕章をつけているが、以前より布の色が暗く見えた。
「臨時登録者、霧崎紫苑。登録申請は本日十六時十三分、顧問権限で受理されています」
「接続欄には、過去に塔が出した直接認証も残っています。経緯は照会中です」
「目黒教授が?」
「申請上は教授の認証です。ただし僕は事前承認していません」
「俺の名前を読めるのか、時任」
紫苑が面白そうに聞く。
「申請書に記載されています」
「そうか。いまはまだ」
意味の分からない言い方だった。
先輩が肩へ担いだ棒を下ろす。
「教授の命令か?」
「俺は教授と取引してる。命令じゃない」
「何を取引した」
「それを話すのは、ハミンが勝ったあとだ」
結論を先に置き、理由をあとへ回す。
話し方まで、さっきの足跡みたいだ。
「条件を出せ」
オレが言うと、蓮がこちらを見た。
「待ってください。相手の登録も能力も確認できていません」
「確認するために戦う」
「その考え方を止めてくださいと言っています」
「戻る手掛かりがある」
「だからこそです」
蓮の声が強くなる。
「いまのあなたは、条件を正しく比べられない」
「比べられる」
「では、先に聞いてください」
紫苑が二枚目のカードを出した。
「ハミンが勝てば、奪われた帰還枝の保管場所を俺が知る範囲で話す。俺が勝てば、ハミンの端末にある位相観測データを一部もらう」
「一部とは、どの範囲ですか」
鈴華が問う。
「文化祭の共鳴観測、個人識別欄を除く三十秒。周波数帯はここからここ」
カードへ細かな数値が並ぶ。
ハヨンのHF―001。
オレの端末にも、被験者用の複製が入っている。
「ハヨンさんの研究成果です」と鈴華。
「オレの身体の記録でもある」
「所有権を単純化しないでください」
蓮が言う。
「持っているから渡してよい、とは限らない」
正しい。
分かっていた。
それでも紫苑のカードに書かれた《帰還枝》の三文字から、目を離せなかった。
「受ける」
「ハミン!」
「三十秒だけだ。個人識別もない」
言い訳が、口から先に出た。
紫苑は笑う。
「結果どおりだ」
先輩が棒を強く握った。
「ハミン。せめてこれを持っていけ」
差し出したのは雷綴ではなく、訓練用の赤い六尺棒だった。塔の用具箱へ入れていたらしい。
「何で?」
「霧崎の最初の札に書いてある」
紫苑の指の間から、白い札が見えた。
《棒が手から落ちる》
「挑発か」
「予告だ」と紫苑。
オレは棒を受け取った。
「落とさなきゃいいんだな」
「原因を作れるものなら」
胸の奥が、久しぶりに熱くなった。
蓮は止めようとした。
階段の下から藍羽の声がした。
「ハミン、待ちなさい!」
蓮が委員章を振り返る。
「如月さんへ、この一戦限りの同行登録を送ります。受領してから上がってください!」
「受領した! だから先に行かないで!」
オレはもう、選塔の階段へ足を置いていた。
*
雲上闘技場へ上がった時、紫苑の手には二十二枚の札があった。
「数えたのか?」
「見せてる。一晩に使えるのは二十二枚。隠してあとから増やす趣味はない」
「親切だな」
「結果が決まってる勝負には、説明する余裕がある」
中央の十三重円へ二人で入る。
扉の前に、先輩、蓮、鈴華。その後ろへ追いついた藍羽が立った。
「ハミン! 返事もしないで別の勝負を始めないで!」
「終わったら一本やる!」
「絶対よ!」
「ハミン」と蓮が呼ぶ。
「条件の範囲を忘れないでください。勝敗と、あなた自身のデータだけです」
「分かってる」
「本当に?」
答える前に、紫苑が内円へ札を置いた。
「選塔に問う。霧崎紫苑とハミンの選択を」
青と赤の環が浮かぶ。
条件が刻まれる。
ハミン勝利――帰還枝の保管情報を、霧崎紫苑が知る範囲で開示。
霧崎紫苑勝利――ハミンが所持するHF―001複製から、指定三十秒を一度提供。
オレは全部読んだ。
読んだのに、ハヨンの顔を思い浮かべなかった。
「選ぶ」
「俺も選ぶ」
遠い鐘が逆に鳴る。
藍羽の口が止まる。先輩の棒が静止し、蓮の工程表と鈴華の黒い袖から色が抜ける。四人は輪郭ごと姿を消した。入口扉だけが円の外縁へ残り、暗い膜で閉ざされる。
動けるのは、オレと紫苑だけになった。
『選択権移譲決闘を開始します。制限時間、十三分』
低い一定音が床下で鳴る。
紫苑が、予告した札を右手へ持った。
表の文は短い。
《棒が手から落ちる》
「先に結果を置く。原因なんて、あとから追いつかせりゃいい」
札を二つに破る。
からん。
音が先にした。
赤い棒が、オレの足元へ落ちている。
なのに手には、まだ握った重さがあった。
「何だ、これ」
視界が二重になる。
床の棒と、手の棒。
紫苑の唇が動く。
「一、二、三――」
棒を握り直す。
四拍目。掌へ急に汗がにじんだ。
五拍目。紫苑がカードを一枚、目へ向けて投げる。
避ける。
六拍目。棒の端が、投げたカードへ触れた。
滑る。
七拍目。紫苑の爪先が棒の中央を軽く蹴った。
八拍目。
棒が手から抜け、床へ落ちた。
さっき聞いた音と、同じ音だった。
最初から床にあった棒は消えている。
結果へ、いま原因が追いついた。
「一本目」
紫苑は札の切れ端を捨てた。
「面白い」
口元が上がる。
勝負が楽しい。
そう思えたことに、オレは飛びついた。
棒を拾わず、紫苑へ踏み込む。
紅燕歩で外へ回る。カードを扱う指は長いが、拳に固い跡はない。近づけば勝てる。
紫苑が二枚目を出す。
《ハミンの左膝が床につく》
文字を見た瞬間、左膝へ冷たい床の感触が来た。
まだ立っているのに。
「一」
紫苑の数え方は口の中だ。声になりきらない。
札の端から文字が薄くなる。
「二」
左脚を引く。結果を知っているなら、原因を避ければいい。
「三」
紫苑は攻めない。
「四」
床の十三重円が、ほんの少し傾いた。
雲上闘技場の床が動く。
紫苑が作ったんじゃない。最初からある床の歪みを、札が原因として引き寄せた。
「五」
右へ体重を逃がす。
逃がした先へ、さっき落ちた棒が転がってくる。
「六」
踵が乗る。
「七」
紫苑の手が肩へ触れた。
「八」
左膝が床へ落ちる。
『有効打、霧崎紫苑』
肩へ置かれただけの掌が、打撃として数えられた。
結果が先に決まっていたからだ。
「二枚目」
「札一枚で一つか」
「よくできました」
「八つ数えてる」
「耳も悪くない」
立つ。
鼻歌を鳴らす。
一定の拍なら、八拍を数えられる。
紫苑の三枚目。
《ハミンの右拳が外れる》
拳を打たなければいい。
蹴りへ変える。
文字が薄れる。
一、二、三。
紫苑の脇腹へ左脚を送る。
四拍目、紫苑が一歩下がる。
蹴りが届く距離を外れる。
五拍目。蹴りを途中で止め、右拳へ変える。
決めていなかったはずの拳が、結果へ引かれる。
肩が勝手に前へ出た。
六拍目。足元の棒へ爪先が当たり、身体が半歩ずれる。
七拍目。右拳が紫苑の頬をかすめる。
八拍目。外れる。
「原因を避けても、別の原因が寄ってくる」
「札に書いた結果へ行ける道があるかぎりな」
紫苑は笑う。
こいつは強い。
速いわけじゃない。拳も軽い。
だが、オレが相手の重心や呼吸から次を読むより先に、次の終わりを置いてくる。
生まれる前の一手は読めても、もう生まれ終わった結果は読めない。
四枚目。《紫苑はハミンの背後にいる》。
目の前の紫苑が一瞬薄れ、背中へ息が触れる。
原因はこれからだ。
振り向かない。正面の紫苑へ飛び込む。
一、二。
紫苑は横へ逃げる。
三、四。
追う足が床の細い溝へ取られる。
五。
紫苑が肩を押して通り過ぎる。
六、七。
オレが振り向く。
八。
背後にいる。
首筋へカードの縁が当たった。
『有効打、霧崎紫苑』
「二対零」
「数え方まで先に言うな」
「事実だ」
そこから紫苑は札を切らず、オレも決め手を作れないまま間合いを出入りした。
床下のハミングが少しずつ高くなる。十三分の終わりが近い。
次の札を出す前に、懐へ入った。
腹へ拳。
紫苑が札をかざす。
破るより早く手首をつかむ。
札は一度に一枚。
破れなければ結果は置けない。
肘を返し、床へ投げる。
紫苑の身体が宙へ浮く。
その顔は、まだ笑っていた。
「俺はもう勝った」
左手に、別の札があった。
いつ持ち替えた。
《ハミンが投げられる》
破れる。
紫苑を投げたはずの視界が反転した。
オレの背中が、先に床へある。
一拍。
掴んだ紫苑の腕が、妙に重くなる。
二、三。
投げる力へ逆らわず、紫苑が空中で身体をひねる。
四。
腕が巻き込まれる。
五、六。
オレの重心が紫苑の腰を越える。
七。
原因が分かった時には遅い。
八。
背中から落ちた。
紫苑の膝が胸の横へ止まる。
『有効打、霧崎紫苑。三対零』
空の端が白くなり、床下のハミングが高くなる。
『制限時間、終了。有効打差を確認』
決着音が鳴った。
『勝者、霧崎紫苑。選択権の移譲を確認します』
「俺はもう勝った。おまえは、俺がどう勝ったかをこれから決めるんだ」
紫苑は上から言った。
札は五枚しか使っていない。
残り十七枚。
もっと見たい。
どう破るか考えたい。
胸が熱い。
なのに、その熱の底へ別のものが落ちてきた。
ハヨンのデータ。
オレは戻る手掛かりがほしくて、あいつが何か月も取った記録を賭けた。
負けたことより、そっちのほうが腹立たしかった。
紫苑ではなく、自分に。
*
時間が戻った。入口扉の暗い膜が消え、選闘中に姿を消した藍羽たち四人が外縁へ再び現れる。
「ハミン!」
藍羽の声が、止まる前の続きで飛んでくる。
オレは床へ座っていた。紫苑はもう条件の札を選塔へかざしている。
端末が勝手に熱を持った。
HF―001の複製から、指定された三十秒だけが白いカードへ移る。個人名も身体寸法も含まれない。けれど、ハヨンが見つけた共鳴の式は入っている。
「待て」と蓮。
「条件は成立しています。止めればハミン側へ追加の封鎖が――」
鈴華が台帳を確認する。
「転送範囲は事前定義内です」
白いカードが黒へ戻った。
紫苑はそれを胸の内へしまう。
「またな、ハミン」
「次は勝つ」
「なら次の結果も、先に置いておけ」
紫苑が階段へ向かう。
先輩が道を塞いだ。
「どこへ持っていく」
「取引相手のところ」
「教授か」
「原因はあとで知る」
先輩の横を通る瞬間、紫苑の右手が小さく震えた。
使った札は五枚。
紙で指を切ったような赤い線が、一本ずつ指へ増えている。
代価だ。
追おうとしたが、膝が痛んだ。
藍羽が肩を支える。
「勝負、楽しかった?」
「ああ」
答えてから、苦くなった。
「楽しかったから、ほかを見なかった」
*
道場へ戻り、オレはハヨンへ全部話した。
言い訳を先にしないよう、最初から。
「オレが勝手に受けた。おまえのデータを渡した。悪かった」
ハヨンは端末を受け取り、転送履歴を読んだ。
眼鏡の奥の目が、一行ずつ動く。
「流出範囲は三十秒。個人識別なし。HF共鳴式の前半が含まれる」
「取り返す」
「命令?」
「違う。オレがそうしたい」
「私に、どうしてほしい?」
前なら、ハヨンが自分で対策を決めていた。
いまは聞いた。
だからオレも、考えてから答えた。
「どこまで危ないか、一緒に確認してくれ」
「了解」
二人で端末を開いた。
奪われた記録は消えたわけではない。複製された。三十秒の波形から作れるもの、作れないものを一つずつ数える。
「身体相の直接切替はできない。個人位相鍵がないから」
「じゃあ何ができる」
「複数人の呼吸へ選塔の固定場を重ねる実験。文化祭で一秒未満だった現象を、長くできるかもしれない」
「学校ごと止めるみたいに?」
「可能性はある」
ハヨンは画面を閉じなかった。
「お兄ちゃんを責めるのは簡単。でも私も、お兄ちゃんの身体に関するデータだから自分だけのものだと思っていた」
「いまはオレの失敗の話だ」
「分けて考える。だから、お兄ちゃんの失敗はお兄ちゃんのもの。私の失敗は私のもの」
「面倒だな」
「必要」
「分かった。まずオレのを片づける」
流出した帯域へ印をつけ、対策用の観測項目を並べた。
夜は遅くなった。
それでもハヨンは、オレに黙って薬も採血も使わなかった。
*
翌日の放課後、紫苑は校舎裏の自動販売機にもたれていた。
缶コーヒーを持っている。
飲み口はまだ閉じているのに、空き缶入れから同じ缶が落ちる音がした。
「また結果が先か」
「癖みたいなものだ」
「帰還枝の話を聞いてない」
「おまえは負けた」
「だから次に勝つ」
「いい顔へ戻ったな」
「おまえのおかげじゃない」
「原因は誰のものでも、結果は同じだ」
紫苑は缶を開けた。
背後からひなたが来る。
「ハミン、図書室へ返す本――」
オレと紫苑を見た。
「霧崎紫苑。こいつを覚えとけ」
「霧崎先輩?」
ひなたは紫苑へ頭を下げた。
「高等部の人ですか?」
「そうだった」と紫苑。
「だった?」
ひなたが聞き返す。
その時、校舎の時計が一度鳴った。
ひなたは瞬きをした。
視線が紫苑の身体を通り過ぎる。
「ハミン」
「何だ?」
「さっき、誰と話してたの?」
紫苑はそこにいる。
なのにひなたは、本当に見えていない顔をしていた。
紫苑が缶コーヒーを飲む。
空き缶入れから聞こえた音へ、ようやく原因が追いついた。
エンディングテーマ「たいようは約束」
https://youtu.be/vCsi3UhBpp8




