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はみんぐ・ふれあ  作者: JING
第四章「教授が月を盗む日」
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19/48

第19話「海へ行く委員会」

オープニングテーマ「HUMMING」

https://youtu.be/azhMg2sRa5g

 船は、殴っても勝てない。


 だから先輩は、さっきから甲板の手すりに負け続けていた。


「大丈夫か?」


「……余裕だ」


「顔が鈴華の帳簿みたいな色だぞ」


「帳簿は白です」と鈴華が言った。


「なら、今の先輩より健康だな」


 秋の海を渡る連絡船は、波へ乗るたび大きく腹を上下させる。星環学園の中高等部、総勢百二十人を乗せた船だ。笑い声と潮風と、酔い止めの匂いが入り混じっている。


 一本に編んだ長い赤髪が、潮風に引かれて背中を叩く。オレはそれを肩越しに払い、緋天衣(ひてんい)の前を留め直した。赤いチャイナ服みたいな上着と、いつもの黒いズボンで一組。制服を着ている生徒も多いが、星環学園は行事中も安全を守れば服装は基本的に自由だ。


 緋天衣は、男の身体で着ていた頃から同じものだった。身体が変わった朝、勝手に寸法を縮めたくせに、海水のしぶき一つ染みにしない。父さんは昔から「そういう服だ」としか紙に書かなかった。


 先輩は棒術なら高等部でも敵なしだが、水平線の揺れには棒を差し込む隙間がないらしい。褐色の顔を青くして、それでも警備腕章だけは外さない。


「唐揚げ食うか?」


「ハミン。今の先輩に油物を勧めるのは攻撃だよ」


 ひなたがオレの弁当箱を閉じた。


 クラスの班長になったひなたは、首から参加者名簿、肩から救急鞄、手には酔い止めの予備を下げている。格闘はできないのに、今日いちばん装備が多い。


「水守、助かる」


「西能寺先輩が素直だ」


「船の上では人は丸くなるんだ」


「胃がひっくり返ってるだけだろ」


「しゃべらせるな……」


 背中をさすると、本気で殴られた。弱いが、先輩にしては精一杯だった。


 星見島で三泊四日の秋季校外研修。


 中等部は島の自然観察、高等部は旧観測所を使った測量実習。それを一緒に行う理由は、学校から配られた紙に長く書いてあった。要するに、中等部と高等部を別々に動かすより、船も宿もまとめて手配したほうが安いからだと鈴華が教えてくれた。


 絶対運命補完委員会の三人は安全管理。体育祭で選択殻を止めたオレと藍羽は生徒補助員。ひなたは班行動のまとめ役。


 そしてハヨンは、研究助手という名目で、白雲衣へ収まる薬品と小型器具をすべて入れたうえ、そこへ入らない大型計測器を六箱持ち込んでいる。


「一個くらい置いてくればよかっただろ」


「必要度を計算して四箱減らしたあと」


 船室から出てきたハヨンは、大きめの白いパーカーの上に学園の臨時腕章をつけていた。襟元から黒いインナーがのぞき、銀髪を結ぶ赤いリボンが風へ引かれている。十二歳の研究助手は、船酔いどころか揺れを利用して機械の水平補正をしていた。


「じゃあ最初は十箱だったのか」


「お兄ちゃんの身体相、選塔の共鳴、島の地磁気、潮汐、月齢を同時に測る。最低限」


 最後の言葉で、藍羽がこちらを見た。


 濃紺の長い髪を風になびかせ、船首側の見張りをしていた。水色の上着の腕には、オレと同じ補助員の布が巻かれている。


「月齢って、あと四日で満月よね」


「三日と十一時間」とハヨン。


「研修が終わる日の夜か」


「予定どおりなら」


 ハヨンが空を見る。


 晴れている。だが西の水平線に、細い灰色の雲があった。


「低気圧が早まると帰りの船が一日止まる可能性、二十一パーセント」


「一日延びたら、島で戻るの?」


 藍羽が声を小さくした。


 満月の夜だけ、オレは元の男の身体へ戻る。文化祭のあと、委員会の三人にもその事実は話した。そのあとに来た二度の満月は、どちらも学校を休み、道場でハヨンの追加計測だけをして勝負はしなかった。実際の男の姿と、天文学上の月の出に合わせた正確な切替時刻は、まだ三人へ見せても共有してもいない。


 隠したいからじゃない。


 分からない仕組みを、分からないまま大勢へ広げたくなかったからだ。


「その場合の一般生徒向け偽装案は用意した」とハヨン。


「偽装?」


 端末へ写真が出る。


 男の身体へ戻ったオレの顔に、眼鏡と帽子が描き足されていた。下にはでかい文字で『中央アジアの別門から急に来た従兄』。


「却下」


「まだ説明してない」


「オレがオレを従兄って呼ぶのか?」


「お兄ちゃんは急な発熱で隔離。従兄が看病に来る」


「自分で自分を看病するのかよ」


「お兄ちゃんなら一人二役でも騒がしいから、成立可能性はある」


「ない。必要になったら普通に話す」


 ハヨンが眼鏡を押し上げる。


「ほかの生徒へも?」


「必要なら。委員会にはもう話してる。先輩が実物を見て気絶したら、ひなたが酔い止めを飲ませる」


「用途が違うよ」


 ひなたが笑う。


 藍羽は少しだけ驚いたあと、うなずいた。


「そのほうがハミンらしい」


「身体の話は、見世物でも弱みでもないからな」


 女の身体になったばかりの頃なら、戻る夜を誰に見せるかばかり考えた。


 今は違う。


 どちらもオレだと、自分が知っている。なら、誰かの驚きを先回りして嘘を増やす必要はない。


「三人とも、何を内緒話してるんだ」


 先輩が手すりから顔を上げた。


「おまえが吐いた時の避難経路」


「吐かない」


 言った直後、船が大きく傾いた。


 先輩は走った。


 避難経路は正しかった。


     *


 星見島は、空から落ちた星が山になったみたいな形をしていた。


 港の後ろに丸い山があり、その頂上へ白い観測所が載っている。海から見えた建物は小さかったのに、近づくほど周りの景色だけ縮んでいくように大きくなった。


 船を降りると、まず委員会が働いた。


 蓮は乗船名簿と下船した人数を一人ずつ照合する。鈴華は宿へ運ぶ荷物と観測所へ直送する荷物へ色札をつける。復活した先輩は、船酔いしている生徒の鞄を三つまとめて担いだ。


 蓮の名簿には、出欠欄の下へ細い字でもう一段あった。《条件継続・対象なし》。前に見せられたレベル2の書式だ。鈴華も普通の会計簿とは別に、黒い糸で綴じた薄い台帳を鞄へ戻す。


 周りの生徒が荷物を追って離れてから、声を落とした。


「研修でレベル2を使うのか?」


「使いません」と蓮。「現時点では、安全監査の空欄です」


「現時点?」


「何も起きなければ、最後まで空欄です」


 答えは正しい。なのに、何が起きれば書くのかは言わなかった。


「オレも持つ」


「ハミンは中等部の点呼を手伝え」


「それくらい持てる」


「知ってる。だから別の仕事を頼んでる」


 先輩はそう言って、小学生みたいに両腕へ鞄を吊ったまま歩いていった。


 前なら委員会から命令されるだけで腹が立った。


 今は、誰がどこを見ていないか分かる。


 蓮は時間を見る。鈴華は数を見る。先輩は危ない場所へ先に立つ。規則で固める癖はあるが、その規則の内側にいるやつを守ろうとしている。


 文化祭を一緒に作ってから、三人の背中が前より近く見えるようになった。


「ハミン、二班が一人足りない」


 ひなたが名簿を持ってくる。


「船に置いてきたか?」


「怖いこと言わないで。写真部の子が、桟橋で海を撮ってる」


 見ると、高等部の男子が一人、望遠鏡みたいなカメラを構えていた。


「連れてくる」


「怒らないでね」


「怒らない。競走するだけだ」


「それを怒るって言う人もいるから」


 走って捕まえ、班へ返す。


 そのあいだにハヨンの六箱が一つ増えていた。


「何でだよ」


「船の振動記録を保存した予備媒体」


「箱ごと増えるのか?」


「精密機器」


 ハヨンが小さい身体で大きな箱を引こうとする。


 取っ手を持つ前に、反対側を藍羽が持った。


「二人で運ぼう」


「私一人で運べる」


「運べることと、二人で運ばないことは別」


 ハヨンは一秒考え、手を離さなかった。


「では、水平を維持して」


「はいはい、博士」


 二人の歩幅は合っていない。それでも箱はまっすぐ進んだ。


     *


 宿は港の近くにある古い研修館だった。


 畳の大部屋、長い廊下、窓の外には海。部屋割り表の前で、オレの名前だけ赤い枠に入っている。


「保健室横の個室?」


 ひなたが表を読む。


「学校で使ってるのと同じ扱いだな」


 今の身体を理由に男子の大部屋へ入れて問題を増やす必要も、本人の希望を聞かず女子部屋へ入れる必要もない。学校と相談し、保健担当室の隣にある小部屋を使うことになっていた。


 扉を開ける。


 布団が一組。机が一つ。


 計測器が六箱。


「オレより機械のほうが広い」


「七箱」とハヨン。


「増えたぶんまで入れるな!」


「温度管理が必要」


「オレも睡眠管理が必要だ」


 結局、機械を壁へ二段に積み、先輩が転倒防止の紐を結び、蓮が充電時間を表にし、鈴華が宿へ追加電気代を申告した。


「委員会って、機械の世話もするのか」


「事故になり得るものは担当範囲です」と蓮。


「ハヨンも事故扱いか?」


「お兄ちゃん」


「冗談だ」


「六割は本気の声だった」


 残り四割を当てられなかったので、オレの勝ちだ。


 学校から選択肢を聞かれ、オレもこの部屋でいいと言った。誰へも説明せず眠れるのは楽だ。


 それでも、廊下の両側には大部屋がある。夜になれば、笑い声は壁を越えてくるだろう。


 安全な場所と、寂しくない場所は同じじゃない。今夜はここを選ぶ。次も同じかは、その時のオレが決める。


 荷物を置き、海辺で昼食になった。


 島の人が作ったおにぎりと魚の唐揚げ、蜜柑。先輩は船で失ったぶんを取り戻すように食べた。鈴華は費用別に包み紙を分けようとし、ひなたに止められた。蓮は午後の行程を読み上げながら、自分のおにぎりへ一度も手をつけない。


「蓮、食わないと止まるぞ」


「説明が終わったら食べます」


「説明を食いながらしろ」


「行儀が悪いでしょう」


「倒れるほうが行儀悪い」


 鮭のおにぎりを口へ押し込む。


 蓮は目を丸くしたが、吐き出さずに噛んだ。


「ハミンさん。次は包装を外してからになさってください」と鈴華。


「外した」


「でしたら結構です」


「そこだけ?」と藍羽。


 海辺へ笑い声が広がった。


 敵だったやつらと同じ輪で飯を食うのも、もう特別じゃない。


 その普通さが、少し嬉しかった。


 食後は、そのまま海辺の安全訓練になった。


 蓮が砂へ島の地図を広げ、赤い紐で潮の流れを示す。先輩は救助用の縄を杭へ結び、鈴華が救命胴衣の数を班ごとに確認した。


「海へ落ちた人を見つけても、泳いで追わないでください」


 蓮が説明する。


「何でだ。泳げるぞ」


「川と海では流れが違います。助けに入った人まで流される事故が多いんです」


「じゃあ、どうする」


「まず周囲へ知らせる。浮く物を投げる。陸から縄を伸ばす。船を呼ぶ。順番があります」


「目の前なら飛び込んだほうが早い」


「早く二人遭難できます」


 言い方は丁寧なのに容赦がない。


 訓練用の人形が沖へ投げられた。黄色い頭だけが波の間へ見える。


「誰か、救助役を」と蓮。


 手を上げる前に、先輩と藍羽も上げていた。


「三人はいりません」


「勝負で決めよう」と言う。


「安全訓練を勝負にしないでください」


「じゃんけんなら安全だぞ」


「そういう問題では――」


「三人で役を分ければいいんじゃない?」


 ひなたが救助縄を持ち上げた。


「ハミンが見つけて指示。藍羽が浮き輪を投げる。西能寺先輩が縄を引く。私は周りの班を下げる」


 蓮が予定表を見る。


「……訓練項目には全部入っています」


「なら決まりだな」


「水守さんの提案で、です」


 細かい。


 始めの合図と同時に、オレは波を見る。


 黄色い頭はすぐ見つかる。だが浮き輪を直接そこへ投げれば、横から来る波で離れる。


「藍羽、右へ二メートル!」


「人形から?」


「波が運ぶ!」


 藍羽が投げる。赤い浮き輪が狙いより右へ落ち、次の波で人形へ寄った。


「先輩!」


「任せろ!」


 縄が張る。


 先輩は力任せに引かなかった。波が岸へ向かう時だけ引き、戻る時は少し送る。棒を扱う手と同じで、相手の力を一度受けてから奪う。


 ひなたが見学の生徒を濡れた砂から下げ、鈴華が時間を記録する。ハヨンは横で潮の周期を測り、頼まれてもいないのに成功率を出した。


「救助完了。二十七秒」と蓮。


「速い?」


「初回としては」


「じゃあもう一回」


「訓練は競技ではありません」


「二回目のほうが助かる確率が上がるだろ」


 蓮が言葉に詰まった。


「その理屈なら、まあ」


 先輩が笑う。


「蓮、おまえもやれ。説明だけうまくなっても、人形は上がらないぞ」


「西能寺先輩は船上訓練からやり直してください」


「それは別件だ」


「同じ海です」


 二回目は蓮が指示役になった。


 予測は正確だったが、波が予定より一つ早く崩れた。浮き輪が外れる。蓮が固まるより先に、オレは予備の縄を取った。


「投げるぞ!」


「待って、いまなら左です!」


 蓮の声へ合わせて投げる。


 届いた。


 一人なら、最初の判断へ意地を張っていたかもしれない。


 蓮も前なら、予定外に投げたオレを止めていたかもしれない。


 いまは互いに、途中から相手の一歩を使える。


「二十五秒」と鈴華。


「負けた」と言う。


「訓練です」


「蓮、おまえ強いな」


「だから競技では――」


 耳まで少し赤かった。


 ひなたが濡れた浮き輪を拾い、砂を払う。


「委員会とハミン、前より話が早くなったね」


「前は決闘から始めてたからな」


「普通は会話から始めるんだよ」


 知っている。


 最近、ようやく覚えた。


     *


 午後、目黒教授が引率教員用の資料を持って現れた。


 紫のスーツに薄いサングラス。砂浜でも革靴なのに、靴へ砂が一粒もついていない。


「皆、無事に海を越えられたようだね」


「先輩は半分死んだ」と言う。


「三割だ」と先輩。


「回復したなら何より。午後は班別オリエンテーリングの説明と、安全講習だ。星見島は道が複雑だから、案内標識を外れないこと」


 目黒教授は人数を見回し、ハヨンの機械へ目を留めた。


「ハヨンくんの観測も、指定区域内で行うように」


「指定区域の根拠データを先にください」


「管理事務所へ用意してある。日本語版と、君が読みやすい数式版の両方を」


 ハヨンが少し悔しそうな顔をした。


 質問する前に答えを置かれるのが嫌らしい。


「目黒教授、あの建物は?」


 山頂を指す。


「旧星見観測所。高等部の実習場所で、明日は中等部にも外周を公開する。建てられた年代は記録上、百二十年前だ」


「記録上?」と蓮。


「地下の基礎だけ、もっと古い。島では昔から星を見る祭壇があったらしいよ」


 白いドームの下、黒い壁に丸い窓が並んでいる。


 中央の窓だけ、十三の輪と八本の線で囲まれていた。


 選塔で見た目紋と同じだ。


「偶然か?」


「丸い観測窓は、どこも目に似るものだ」と目黒教授。


 軽い答えだった。


 ハヨンは端末を向け、何も言わず撮影した。


 安全講習の最後に、補助員だけ追加の同意書を渡された。


 崖道での救助、夜間の避難、非常時の指示系統。普通の文章の間へ、一行だけ妙な言葉が混じっている。


『認知または時間の異常停止時、安全確保に必要な判断を、復旧までの範囲で引率責任者へ一時委任する』


「時間の異常停止?」


 読むと、蓮が横から用紙をのぞいた。


「選択残響が発生した場合の安全条項です。体育祭以降、研修要項へ追加されました」


「未来を渡すって意味じゃないよな」


「違います。動けない状態で避難場所を決める権限だけです。復旧した時点で終了します」


 蓮は断言し、自分の控えへ時刻を書いた。


 ハヨンが用紙を端末で読み取る。


「原文保存。版番号、署名欄、追記履歴も取得」


「疑ってるのか?」


「お兄ちゃんは読まずに署名するから」


「読んだ」


「いま私が止めなければ、名前だけ書いて終わってた」


「読もうとはした」


 藍羽がため息をつき、ひなたが笑う。


 オレは一行ずつ読み直した。


 異常停止のあいだ、命を守るための判断だけ。


 戻ったあとの進路も、身体も、満月も渡さない。


「ここまでだな」


 該当行の横へ線を引き、署名した。


 目黒教授が紙を受け取る。


「慎重なのは良いことだ、ハミンくん」


「教授がいつも言ってるだろ。全文を見て選べって」


「よく覚えているね」


 サングラスの奥で、目が細くなった。


     *


 夕方、海岸の下見へ出た。


 明日の開始地点へ札を立て、危険な岩場へ縄を張る。先輩が杭を打ち、藍羽が結び目を確かめ、オレはひなたと距離札を運んだ。


 蓮は秒単位の予定表を作ろうとして、波へ二度濡らされた。


「海は予定表を読まないぞ」


「知っています」


「怒るなよ」


「怒っていません」


「紙には怒ってる」


 濡れた表を絞る手へ力が入っていた。


 砂浜の端で、誰かが立っていた。


 紫の髪。横髪に水色の細い差し色。高等部の制服に似た黒い服だが、名札がない。


 青年は一枚のカードを指先で裏返した。


 その足が動く前に、砂へ靴跡が生まれた。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 足跡がこちらへ近づき、そのあとを青年の身体が追う。


「おい!」


 走り出す。


 青年はこちらを見た。


 知らない顔だった。


 けれど、知らない相手を見る目じゃなかった。


 口元だけで笑い、カードを折る。


 砂浜の足跡が、今度は崖の向こうへ続いた。


 追って岩を回る。


 誰もいない。


 足跡だけが海へ入り、波の中で途切れていた。


「ハミン!」


 藍羽たちが追いつく。


「誰かいた」


「研修の生徒?」とひなた。


「名札がなかった。カードを持ってた」


 蓮が参加者名簿を開く。


「紫色の髪で該当する生徒はいません」


「島の人では?」


 鈴華が砂を見る。


「それにしては、足跡が奇妙です」


 最後の一つだけ、つま先と踵が逆を向いていた。


 先輩が崖の上を見た。


「明日、警備範囲を広げる」


「オレも探す」


「勝手に走るな。見つけたら先に呼べ」


「強かったら?」


「なおさら呼べ」


 答えながら、先輩はもう船酔いの顔をしていなかった。


 空が暗くなる。


 山頂の旧観測所へ一つずつ明かりがついた。


 丸い窓を囲む十三の輪。


 外側から内側へ、順番に赤く光る。


 最後に中央の黒い窓が開いた。


 目のようだった。


     *


 消灯後、保健担当室の隣の個室で、一人で布団に入った。


 廊下の片側、男子の大部屋から声が弾んでいる。誰が船でいちばん青い顔をしていたとか、昼の救助訓練で誰がいちばん速かったとか、同じ話が何度も大きくなって、そのたび笑いが起きた。


 反対側の女子の大部屋からも、菓子袋を開ける音と話し声が重なる。誰かが笑うと、別の誰かが笑い、壁越しに何人分もの声になる。


 どちらの輪にも、明日なら普通に混ざれる。扉を開けて行けば、たぶん誰も追い出さない。


 でも、今のオレがどちらへ入っても、最初に一度は説明が要る。


 この部屋は、自分で選んだ。誰にも説明せず着替えて、眠れる。間違っていない。


 それでも、左右の大部屋から笑い声が届くたび、その真ん中へ一人だけ置かれたみたいで、胸の奥が少しだけ苦しくなった。


 布団の中で、壁のほうへ寝返りを打つ。


 両方の笑い声が小さくなるまで、聞いていた。


 笑い声が消えたあと、海の底から、低い音が返ってくる。


 オレの鼻歌と同じ高さで。

エンディングテーマ「たいようは約束」

https://youtu.be/vCsi3UhBpp8

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