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はみんぐ・ふれあ  作者: JING
第二章「満月の男と走る委員会」
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11/48

第11話「一緒に昼飯を食う命令」

オープニングテーマ「HUMMING」

https://youtu.be/azhMg2sRa5g

 体育祭の翌日、オレは筋肉痛で目を覚ました。


 男だった頃なら、百メートルを一本走ったくらいでこうはならない。


 脚だけじゃない。選択殻を投げた肩、旗を振った背中、時任を支えた腕まで痛い。女の身体へ変わってから、疲れは前と違う場所へ残る。


 布団の上で膝を抱え、ゆっくり息を吐く。


 痛い場所は、昨日使った場所だ。


 母さんの言葉を借りるなら、これも運動データというやつかもしれない。


 隣の部屋から、藍羽の声がした。


「ハミン、起きてる?」


「いま起きた」


「朝稽古、どうする?」


「やる」


 立とうとした。


 両脚が同時につり、布団へ倒れた。


「三分待ってくれ」


「やめときなさい!」


     *


 朝稽古は呼吸だけになった。


 おっさんは「休むのも修行」と言いながら、自分は石の水鉢を片手で持ち上げていた。何の修行なのかは聞かなかった。聞けばオレにもやらせる。


 学校へ着くと、校庭には昨日の跡が残っていた。


 白線は半分消え、テントは骨組みだけ。入場門の星が一つ落ちている。ひなたたちが応援旗から手形の紙を外し、クラスごとの箱へ分けていた。


「昨日のこと、覚えてるか?」


 ひなたへ聞く。


「リレーでハミンが突然コースを外れたこと?」


「その前」


「バトン渡した」


「そのあと」


「ハミンが旗のところにいた」


「そこまでの間」


 ひなたは眉を寄せた。


「……何かあったっけ」


 十三分が抜けている。


 本人は抜けたことにも気づかない。


「時計が飛んだとか、拍手が変だったとか」


「拍手?」


「全員そろってた」


「体育祭だからじゃない?」


 ひなたはそう言い、箱を持ち上げた。


「手伝って。普通の片付けくらい普通に終わらせたい」


「あとでやる」


「その台詞で本当にあとでやった人を、私はあまり知らない」


「オレはやる。その前に委員会へ行く」


 ひなたが嫌そうな顔をした。


「また勝負?」


「たぶん」


「普通って難しいね」


「面白いぞ」


「ハミンにとってはね」


 オレは委員会室へ向かった。


 昨日動いた五人のうち、記録を持っているのは委員会だ。


 見せてもらう。


 断るなら、勝ってでも。


     *


 絶対運命補完委員会の部屋は、高等部校舎の最上階から中等部棟へ延びる渡り廊下の中央にある。


 扉へ名前が金文字で長々と書かれているせいで、部屋の幅より看板のほうが広い。


 中では時任が体育祭の報告書を作り、閑崎が領収書を机いっぱいに並べ、先輩がソファで寝ていた。


「起きろ、先輩」


 頬をつつく。


「ハミン……デートか?」


「違う」


「じゃあ、あと五分」


「棒術の達人でも寝起きは弱いんだな」


「朝四時から撤収してたんだ」


 先輩は目を閉じたままオレの指を掴み、握手してまた寝た。


 閑崎が領収書から顔を上げる。


「ハミンさん。昨日の焼きそば屋から、試食分一食の請求が来ています」


「食べてないぞ。時任に止められた」


「では不正請求ですね」


「焼きそば屋を疑う前に、オレを信じるのか?」


「食べたなら一食で済むはずがありません」


「どういう信頼だ」


 時任はペンを置かなかった。


「異常停止の記録なら共有できません」


「まだ何も言ってない」


「言う顔をしています」


「顔で予定を読むな」


「あなたの場合、予定が顔からはみ出しています」


 こいつ、前より言うようになった。


 机の上には、昨日の校庭を上から描いた図がある。何本もの赤い線が、観客席から中央へ伸びていた。選択殻の動きだ。


「それ、記録だろ」


「委員会内部資料です」


「オレも警備補助だ」


「選闘で決まった一回の警備は、とっくに終わっています。あなたが自分で続けた臨時警備も、体育祭終了時点で任期は終わりました」


「じゃあ延長する」


「選闘で得た条件を、敗者側が勝手に延長しないでください」


「面倒だな」


 時任はようやく顔を上げた。


「だから規則があります」


「規則の外で起きたことを、規則の中へ隠すな」


 部屋が静かになった。


 先輩が片目を開ける。閑崎の指が、領収書の上で止まる。


「昨日の停止は選闘じゃなかった。挑戦者もいない。なのにオレたち五人だけ動けた。選択殻は、止まったやつらへ触ろうとした。次に起きた時、誰かが消えるかもしれない」


「だから調査中です」


「オレも調べる」


「部外者です」


「当事者だ」


「当事者だから、情報を制限します。あなたは危険へ近づく」


「おまえらも近づいてるだろ」


「僕たちは、それが役目です」


「誰が決めた?」


「僕が選びました」


 時任は迷わなかった。


 そう言われると、無理やり机をひっくり返す気にはなれない。


 こいつは命令に隠れているだけじゃない。自分でここにいる。


「じゃあ、その選択ごと賭けよう」


 オレは拳を机へ置いた。


「再戦だ、時任」


「筋肉痛では?」


「戦えば治る」


「治りません」


「勝てば気にならない」


「それを治ったとは言いません」


 時任はため息をついた。


 それから、銀の懐中時計を机へ置く。


「条件は?」


「オレが勝ったら、委員会全員を一度、一緒に昼飯へ誘う」


「なぜ昼食が加わるんです」


「おまえら、話す時に規則を挟みすぎる」


「僕が勝った場合は、次に今回の停止を独自に調べる前に、委員会へ一度連絡する」


「いいぞ」


「軽く答えないでください」


「考えた。三秒くらい」


「短い」


「三秒を軽く言うな、っておまえなら言うと思った」


 時任の口が少し曲がった。


「先に言われました」


「昼飯は、先輩と閑崎が嫌なら無理に来させるなよ。おまえが誘うところまでだ」


 時任が瞬いた。


「選択を奪う条件なのに、選べるようにするんですか」


「嫌がるやつと食っても飯がまずい」


「オレは行くぞ」


 ソファから先輩が手を上げる。


「まだ勝敗は決まっていません」


「どっちが勝っても、ハミンとは食いたい」


 閑崎も領収書をそろえながら言った。


「予算内でしたら、わたくしも」


「大盛りにしよう」


「各自負担です」


「分かった」


「返事が早い時は分かっていない時ですね」


     *


 午前中、二度目の雲上闘技場。


 今日も動くのはオレと時任だけだ。


 先輩と閑崎は、選闘開始と同時に入口扉の脇から姿を消した。扉は暗い膜に閉ざされ、観客はいない。聞こえるのは床下の一定音と、自分たちの呼吸だけ。


 床へ条件が表示される。


 オレが勝てば、時任は委員全員へ一度、昼食を提案する。


 時任が勝てば、オレは次の独自調査の前に、委員会へ一度連絡する。


「選ぶ」


「僕も選びます」


『選択権移譲決闘を開始します。制限時間、十三分』


 時任が懐中時計を開く。


 オレは緋天衣の朱赤の上着を脱いで腰へ巻いた。ポケットの中身が落ちないよう、結び目を二度締める。


「準備してきましたね」


「もちろん」


「対策は?」


「教えたら速度差が消えるか?」


「消えません」


「じゃあ教えない」


 時任が少し笑った。


『始め』


 ち、ち、――ち。


 三度ためらう秒針。


 オレの周囲が五分の一速へ落ちた。


 前と同じ。


 足が泥へ沈む。腕が上がらない。編み髪が頬へ触れるまで、時任は四歩動ける。


 オレは追わなかった。


 鼻から息を吐く。


 んー、と低い音を鳴らす。


 歌じゃない。同じ長さで吐き、同じ長さで吸うための印だ。


 時任が横へ動く。


 拳は来ない。


 オレの正面を避け、場外へ押しやすい角度を作っている。


 鼻歌を切らさない。


 遅くなっているのは身体だけじゃない。声も、肺も、心臓も、この領域の時間へ入っている。自分の一呼吸のあいだに、外側の時任が何歩進んだか。


 四歩。


 前回と同じ五分の一。


 時任が肩へ触れる直前、オレは力を抜いた。


 押される方向へ倒れる。


 受け身は取らない。倒れ切る前に時間が戻ると信じる。


 時任は追い打ちをしない。距離を取るため、時計を閉じる。


 流れが戻った。


 オレは倒れる勢いを紅燕歩の回転へ変え、床すれすれを滑る。


 拳が時任の制服へ触れた。


「速――」


 時任が下がる。


 届いたのは布だけ。それでも前回は触ることすらできなかった。


「一回」


 オレは言う。


「何を数えているんです」


「秘密」


 時計の使用回数じゃない。時任が時間流を切り替えた回数。三度ためらう音のあと、領域が動き出すまで二秒ある。


 時任はそれを隠そうと、次はすぐ時計を開かなかった。


 普通の速さで下がる。


 オレは追う。


 格闘なら圧倒できる。だからこそ、時任は時計を使う瞬間を選べる。


 八メートル。


 オレが境界へ入る。


 ち、ち、――ち。


 二回目。


 今度は時任を包む小領域が五倍速になる。


 姿がぶれた。


 右から来ると読んだのに、左肩を押された。振り向く途中で背へ回られる。時計の鎖が手首へ巻きつき、引かれた。


 身体が半回転する。


 場外へ三歩。


 時任の呼吸が、短く速くなる。


 一秒で心臓も呼吸も五倍。


 こいつは自分の時間を前借りしている。


 オレは足を踏ん張らない。鎖へ引かれた力で小さく回り、時任の懐へ戻ろうとする。


 時計が閉じる。


 時任は鎖を放し、すでに遠い。


「二回」


「やはり切替を数えていますね」


「声に出すと、おまえにも聞こえるぞ」


「前回の仕返しですか」


「役に立ったから真似した」


 時任は困ったように笑った。


「そうやって、すぐ人のやり方を自分のものにする」


「嫌か?」


「羨ましいんです」


 不意に、そんな言葉が落ちた。


「僕は一つ予定を作るのに、失敗する道を全部消してからでないと進めない。あなたは失敗した道を、次の足場にする」


「負けたのに何も持って帰らないほうが損だろ」


「簡単に言いますね」


「簡単じゃない。背中、まだ痛い」


 時任の目がわずかに和らいだ。


 その指が時計の竜頭へ触れる。


 会話も時間稼ぎだった。


 三度のためらい。


 三回目。


 オレは鼻歌を鳴らしたまま、境界へ踏み込む。


 空気の揺れが見える。


 時計の領域へ腕だけ入れれば、腕だけが遅れる。危険だ。だから境界へ沿って進む。


 円の外周をなぞる紅燕歩。


 時任が領域をずらす。


 針合わせの二秒。


 オレの鼻歌へ、低い倍音が返った。


 一拍目。


 時任の秒針が跳ねる。


 二拍目。


 領域が動く直前、時任の視線が次の中心を向く。


 そこだ。


 オレは時任自身じゃなく、時任が次に置こうとした時間の中心へ飛び込んだ。


 五分の一へ落とされる前に、身体を回す。


 紅燕歩。


 小さな回転半径が、時任の予測した軌道の内側へ入った。


 肩が胸へ当たる。


 時任がよろける。


 時計を開いたまま、自分を中心にした小領域を加速へ切り替えようとする。


「四回!」


 切替の二秒。


 オレは腰へ巻いた上着をほどいた。


 時任の視線が揺れる。


 攻撃じゃない。


 上着を時任の肩へ投げる。


 布が時間領域の境界へ触れ、半分だけ遅くなる。赤い裏地が空中で不自然に折れ、見えない境界線をそのまま描いた。


「そこだ!」


 境界の外へ片足、内へ片足。


 速い側の足で床を蹴り、遅い側は軸にする。身体が予想より鋭く回った。危険な使い方だ。膝へねじれが走る。


 それでも、時任の加速より先に内側へ入った。


 手首を取り、時計の鎖を自分の腕へ巻く。壊さない。奪わない。ただ閉じる。


 時任の親指ごと、時計の蓋を押さえた。


 時間流が戻る。


 勢いのまま二人で床へ倒れた。


 オレが上。


 右拳を時任の頬の横へ置く。左手は時計を押さえ、膝で腕を止める。


 時任は抜けようとした。


 力は強くない。


 でも諦めない。


『戦闘続行不能計数。一』


「まだ……」


「無理するな」


「二」


「時計なしで返せるか?」


「返せなくても、降参は僕が決めます」


「三」


 正しい。


 オレが決めることじゃない。


 拳を引かず、待つ。


「四、五、六」


 時任の肩から力が抜けない。


 唇がまた青くなっている。時計を使った腕が細かく震え、床へ伝わる。


「七」


「時任」


「八」


「次もやれる。今日は終われ」


「九」


 時任が目を閉じた。


「……降参します」


 鐘が鳴る。


『勝者、ハミン。選択権の移譲を確認します』


 オレはすぐ時任から下りた。


 床へ落ちた上着を拾い、蓮の肩へかける。ポケットから、道場を出る前に入れておいた角砂糖を三つ出した。


「食え」


「用意していたんですか」


「前に目黒教授が渡してた」


「薬は?」


「そこまで用意できない」


「それでいいです。勝手に薬を飲ませる人が、あなたの家にはもう一人いますから」


「笑えない冗談だぞ」


 蓮は角砂糖を口へ入れた。


 噛む音が静かな闘技場へ響く。


「なあ、蓮」


 呼んでから、オレは自分で気づいた。


 時任じゃなく、蓮。


 蓮も気づいたらしい。目を開け、オレを見る。


「何ですか」


「昼飯。あと、記録も見せろ」


「勝者請求は、昼食へ誘うところまでです」


「記録は請求じゃない。頼んでる」


「……嫌なら、断ってもいいと?」


「いい。昼飯も、来たくないやつは断っていい」


「どちらも嫌ではありません」


 蓮はゆっくり上体を起こした。


「僕も、あなたと話す時間が必要だと思っていました。予定にはありませんでしたが」


「いま入れろ」


「そうします」


 蓮の呼吸が落ち着くと、上着を返してもらい、朱赤の緋天衣へ腕を通した。布はオレの肩へ戻ると、すぐ今の体格へ沿った。


     *


 記録を見せてもらったのは、昼食の前だった。


 委員会室の奥に、選塔の記録端末がある。古い書見台に見えるが、開いた頁へ昨日の校庭が白い線で浮かんだ。


「異常停止、開始時刻十四時四十七分十三秒」


 蓮が読む。


「僕たちが停止を認識したのは十四時四十七分二十六秒。十三秒前から塔は動いています」


「誰かが先に動かした」


「機械の予備動作かもしれません」


「その可能性もある」


 オレがあっさり認めると、蓮は怪しそうな顔をした。


「教授の認証痕もあります」


 頁の端へ、細い赤線が一本走っていた。


 管理者権限。


 その下に署名欄がある。けれど名前だけ、赤いインクで塗り潰されて読めない。


「目黒教授じゃないのか?」


「教授は顧問です。選塔の緊急停止へ認証が使われること自体はおかしくありません」


「本人は止まってたぞ」


「自動認証なら、本人が動く必要はない」


「じゃあ、署名を消す必要は?」


 蓮は答えなかった。


 先輩が腕を組み、閑崎は黒い袖から鈴を少しだけ出した。鳴らさない。頁の赤線を見ている。


「教授は、オレたちを救ってくれた」


 先輩が言う。


「疑うなら証拠が要る」


「疑ってない。分からないから聞いてる」


 オレは頁を閉じなかった。


「昨日、目黒教授だけ拍手へ指を合わせてた。偶然かもしれない。ここの赤線も機械の誤認かもしれない。でも、分からないものを分かったことにするな」


 蓮が目を伏せる。


「僕は、教授に時間をもらいました」


 小さな声だった。


「昔、事故があった。助けを呼ぶのが遅れて、間に合わなかった。あと十秒早ければと、ずっと考えていた時に、教授が時門時計をくれた」


 詳しいことは言わない。


 オレも聞かなかった。


 恩があるやつを、赤い線一本で敵だと思えと言われても無理だ。


「なら、ちゃんと調べようぜ」


「あなたは独自調査を続けるつもりですか」


「オレが勝った」


「そうでした」


 蓮は苦笑し、記録頁を複製用の薄紙へ写した。


「規則上、ここまで渡す義務はありません」


「じゃあ何で?」


「僕が選びました」


 薄紙を受け取る。


「ありがとう、蓮」


 今度は意識して名前で呼んだ。


 蓮は少しだけ間を置いた。


「どういたしまして、ハミン」


 さん、が消えた。


     *


 昼食会は学食の一番大きな丸テーブルで開かれた。


 オレ、藍羽、先輩、蓮、閑崎。それから片付けを手伝う約束を果たしたひなたも呼んだ。


「どうして私まで?」


「一緒に体育祭をやったから」


「委員会と昼食って、呼び出しじゃないよね?」


「呼び出しですと、面談室を使います」


 閑崎が静かに言う。


「安心できない情報をありがとう、閑崎先輩」


 全員が自分で席を選んだ。


 先輩は当然のようにオレの隣へ来ようとしたが、藍羽が先に鞄を置いた。


「ここ、私」


「席は早い者勝ちか?」


「そうです」


「選闘で決めるか」


「昼休みに時間を止めないでください」


 蓮が二人の間へ盆を置く。


 結局、オレの右が藍羽、左が蓮。向かいに先輩、閑崎、ひなたが並んだ。


「勝ったら全員で昼飯、って命令したんだって?」


 ひなたがカレーを混ぜながら聞く。


「蓮に、みんなを誘えってな。来るかは自分で決めた」


「じゃあ命令じゃなくても来たんじゃない?」


「オレは来たな」と先輩。


「わたくしも、予算内なら」と閑崎。


「私も」と藍羽。


 蓮は味噌汁の湯気を見た。


「僕も来ました」


「なら、選闘しなくてもよかったんじゃない?」


 ひなたの問いに、オレは箸を止めた。


 勝たなければ記録は見られなかった。


 でも、飯はたぶん食えた。


「次は先に誘う」


「そうして。時間が止まると、普通の生徒はお腹も止まるかもしれないけど、昼休みは減るんだから」


「ひなた、たまに難しいこと言うな」


「ハミンが簡単すぎるの」


 どこかで聞いた台詞だった。


 オレは大盛りの生姜焼きを口へ入れる。


 同じ卓に、敵だった委員会がいる。


 昨日までなら変な光景だった。


 今日も少し変だ。でも、嫌じゃない。


「次の満月、もうすぐでしょ」


 藍羽が小声で言う。


 委員会には聞こえないように。


「あと三日」


「父さんと、やるの?」


「やる」


「男の身体なら勝てる?」


「分からない」


 前なら、勝てると言った。


 いまは本当に分からない。


 長い腕も、広い肩も戻る。だが、それだけでおっさんを越えられるなら、とっくに答えは出ている。


「でも、勝ち方は見えてきた」


 紅燕歩。


 蓮の時計。


 女の身体で負けた三度ぶん。


 全部持って、満月へ行く。


「三日後、見てろ」


 藍羽は真っ直ぐオレを見て、うなずいた。


「最初から、そのつもり」


 向かいでは、先輩がオレたちの内緒話を聞こうと身を乗り出し、閑崎に盆で押し戻されていた。


 蓮は工程表へ、次の昼食会の欄を作っている。


 命令の印は、もうどこにもなかった。


エンディングテーマ「たいようは約束」

https://youtu.be/vCsi3UhBpp8

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