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臨機応変の俺と猪突猛進の親友、医食同源の少女と世界を旅する ~四字熟語を背負う者たちの腹ぺこ放浪記~  作者: 凡夫 成


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7/11

7話 昼行灯のどんちゃん

【前書き】


四字熟語が真名になる世界。


臨機応変、猪突猛進、医食同源の三人が、今日も腹を空かせて旅をします。


バトルあり、料理あり、ちょっとした言葉の物語あり。


よろしくお願いします。


 カヤ村を出てから、三日が過ぎた。


 リンたちは西へ向かって歩いていた。


 道は山道から、少しずつ広い街道へ変わっていく。


 すれ違う旅人も増えた。


 荷馬車。


 行商人。


 旅芸人。


 傭兵らしき男たち。


 それぞれが荷を背負い、馬を引き、笑い、怒鳴り、歌いながら同じ方角へ進んでいる。


「人が増えたな」


 リンが言った。


「町が近いのかもね」


 イオが地図を広げる。


 古びた紙には、街道沿いの村や町の名前が小さく記されていた。


「この先に、大きな市場町があるみたい」


「市場?」


 シンが反応した。


「飯はあるか?」


「市場なら、食材も屋台もあると思う」


「走るぞ」


「走らない」


 リンが即座に止める。


「何でだ」


「荷物がある」


「置いていけばいい」


「盗まれる」


「取り返せばいい」


「盗まれる前提で動くな」


 シンは不満そうに鉄棒を担ぎ直した。


 この三日間、食事はイオの豆と山菜のスープが中心だった。


 シンは何度も肉を要求したが、獣はなかなか現れなかった。


 一度だけ野兎を見つけたが、シンが叫びながら突っ込んだため逃げられた。


 それ以来、イオはシンへ狩りの前に口を開くことを禁じている。


「今日こそ肉だ」


「お金があればね」


 イオが言う。


 三人は同時に黙った。


 金はほとんどない。


 カヤ村で食事はもらったが、路銀が増えたわけではなかった。


「働くしかないな」


 リンが言った。


「肉屋で働く」


 シンが即答する。


「試食で全部食べる気でしょ」


 イオが睨む。


「全部は食わねえ」


「半分?」


「味見の範囲で」


「あなたの味見は食事よ」


「働いたら腹が減る」


「働く前から減ってるでしょ」


 三人がそんな話をしているうちに、街道の先が開けた。


 そこに現れたのは、色に満ちた町だった。


 門の上には、鮮やかな布が何枚も吊るされている。


 赤、青、黄、緑、紫。


 風が吹くたびに、布は花びらのように揺れた。


 門の内側からは、人の声が波のように押し寄せてくる。


 売り子の呼び声。


 客の笑い声。


 鍋の煮える音。


 油のはねる音。


 笛や太鼓の音。


 そして、肉の焼ける匂い。


 シンの足が止まった。


「肉だ」


「まだ門の外だぞ」


「匂う」


「私も分かる」


 イオの目も少し輝いていた。


「香辛料の匂いもする。干し魚もあるかも。薬草も……」


「イオ?」


 リンが声をかける。


「全部見たい」


「金はないぞ」


「働くわ」


「即決だな」


 門の上には、四文字が大きく掲げられていた。


 百花繚乱。


「百花繚乱の町か」


 リンはその文字を見上げた。


 多くの花が咲き乱れる。


 多くの才能が集まり、華やかに栄える町。


 その名の通り、門の向こうには無数の店と人がひしめいていた。


 町へ入った瞬間、三人は人の流れに飲み込まれた。


 左右には屋台が並ぶ。


 焼き肉串。


 揚げ芋。


 甘い果実水。


 香草をまぶした魚。


 豆を潰して焼いた薄い餅。


 壺に入った香辛料。


 山積みにされた薬草。


 干し肉。


 燻製肉。


 肉。


 肉。


 肉。


 シンの目は完全に肉串へ吸い寄せられていた。


「リン」


「駄目だ」


「まだ何も言ってねえ」


「金がない」


「見てるだけだ」


「よだれが出てる」


「出てねえ」


 シンは袖で口元を拭った。


 出ていた。


 イオは香辛料の店の前で止まった。


「これ、すごい」


 小さな壺に、赤や黄色の粉が入っている。


 香りだけで鼻の奥が熱くなる。


「辛いのか?」


 リンが尋ねる。


「辛いものもあるし、体を温めるものもある。肉の臭み消しにもなるし、薬にも使える」


「買えるのか」


 イオは値札を見た。


 すぐに壺から手を離す。


「働くわ」


「二回目だ」


 リンは市場全体を見渡した。


 賑やかだ。


 明るい。


 カヤ村とはまるで違う。


 人も物も、溢れるほどある。


 だが、どこかで妙な違和感があった。


 町全体は鮮やかなのに、通りの奥に一角だけ色が沈んでいる場所がある。


 看板が薄い。


 布が古い。


 人通りも少ない。


 リンはそこを見つめた。


「どうしたの?」


 イオが尋ねる。


「いや」


 リンは首を振った。


「後で見よう」


「今は?」


「まずは仕事探しと昼飯だ」


「昼飯!」


 シンが勢いよく振り返る。


「仕事が先だ」


「仕事したら昼飯だな」


「たぶん」


「よし。何でも運ぶぞ」


 シンは近くの荷運び場へ向かおうとした。


 その時だった。


 肉串の屋台の前で、ひとりの男がぼんやり立っていた。


 年は二十代後半か、三十代ほどに見える。


 くたびれた旅装。


 少し乱れた黒髪。


 眠そうな目。


 腰には武器らしいものもなく、背負っている荷も小さい。


 昼間だというのに、今にもその場で眠りそうだった。


 男は肉串を眺めながら、のんびり言った。


「うまそうだねえ」


 シンが隣に立つ。


「分かるのか」


「匂いでねえ」


「金は?」


「ないねえ」


「俺もない」


「じゃあ、同じだ」


 男はふにゃりと笑った。


 シンは怪訝そうに男を見る。


「誰だ、お前」


「僕?」


「他に誰がいる」


「昼行灯のどんちゃん」


 男は眠そうな声で言った。


 リンの視線が、男の背中へ向く。


 一瞬だけ、淡い文字が浮かんだ。


 昼行灯。


 三文字だった。


「三文字?」


 リンは思わず呟く。


 男は振り返り、ゆっくり瞬きをした。


「よく数えたねえ」


 シンも男の背中を覗き込む。


「本当だ。足りねえじゃねえか」


「よく言われる」


「どこに落としたんだ」


「どこだろうねえ」


「探さねえのか」


「疲れるからねえ」


「真名だろ。探せよ」


「まあ、なくても何とかなってるし」


 男は再び肉串へ視線を戻した。


「それより、うまそうだねえ」


 シンは少しだけ親近感を覚えたらしい。


「分かる。特にあの焦げた脂がいい」


「たれもいいねえ」


「塩もあるぞ」


「悩ましいねえ」


 二人は並んで肉串を見つめた。


 屋台の店主が眉をひそめる。


「買うのか、買わないのか」


 シンと男は同時に答えた。


「金がない」


「ないねえ」


「帰れ!」


 店主に怒鳴られ、二人は同時に一歩下がった。


 リンは額を押さえた。


「シン。知らない人と何をしてるんだ」


「肉を見てた」


「それは見れば分かる」


 イオは男を見る。


「あなた、旅人?」


「そうだねえ」


「どこから来たの?」


「あっちかな」


 男は適当な方角を指した。


「どこへ行くの?」


「こっちかな」


 別の方角を指す。


「何も答えてないわよ」


「そうかなあ」


「働ける?」


「少しなら」


 イオの目が光る。


「じゃあ、食べたいなら働きなさい」


「ええ」


 男は困った顔をした。


「僕、働くのはあまり得意じゃないんだ」


「なら帰って」


「匂いだけでも」


「帰って」


「厳しいねえ」


 シンが男の肩を叩く。


「どんちゃん。飯を食いたいなら働け」


「君も働いてないよねえ」


「俺はこれから働く」


「じゃあ、僕もこれから考える」


「考えるだけか」


「昼行灯だからねえ」


「便利な言い訳だな」


 リンは男を観察した。


 どう見ても、危険な相手には見えない。


 立ち方にも隙がある。


 荷物も軽い。


 強い真名の気配もない。


 だが、三文字。


 真名が四文字ではない者は、稀にいる。


 二文字や三文字の者は、力が弱いか、真名が欠けているとされることが多い。


 リンも実際に会うのは初めてだった。


「君は一人旅?」


 リンが尋ねる。


「そうだねえ。大体は一人かな」


「大体?」


「たまに、誰かと歩く」


「目的地は?」


「昼寝できる場所」


「真面目に聞いてるんだけど」


「真面目だよ。昼寝は大事だ」


 リンは返す言葉に困った。


 シンが笑う。


「気に入ったぞ、どんちゃん」


「それはよかった」


「でも飯は分けねえ」


「それは残念」


 その時、通りの向こうから怒鳴り声が聞こえた。


「どけどけ!」


 大きな荷車が、市場の人混みを割って進んでくる。


 香辛料の樽や布袋を山のように積んだ荷車だった。


 引いている男たちは慌てている。


 車輪の一つが外れかけているのか、荷車が左右に大きく揺れていた。


「危ない!」


 誰かが叫んだ。


 荷車の進む先に、小さな子どもが立っている。


 手には果物。


 人混みに驚いたのか、動けないでいた。


 リンが走り出す。


 同時にシンも地面を蹴った。


「邪魔だ!」


 シンは荷車の前へ飛び出す。


 両手で荷車を受け止めた。


 木が軋む。


 車輪が土を削る。


 荷車の勢いが止まる。


 その隙に、リンが子どもを抱えて横へ逃げた。


「大丈夫か?」


 リンが尋ねる。


 子どもは頷いた。


 母親らしき女が駆け寄ってくる。


「ありがとうございます!」


「怪我はなさそうです」


 リンは子どもを渡した。


 シンは荷車を押さえたまま、振り返る。


「これ、仕事になるか?」


 荷車の男たちは顔を見合わせた。


「なる! なるから押してくれ!」


「飯は?」


「あとで出す!」


「肉は?」


「出す!」


「よし!」


 シンの背中に赤い四文字が浮かぶ。


 猪突猛進。


 荷車を止めていたはずのシンが、今度は前へ押し始めた。


「待て! 速い!」


「店はどこだ!」


「そこの角を右!」


「右だな!」


「そっちは左だ!」


「俺から見てだ!」


 市場に悲鳴が上がった。


 リンは慌てて追いかける。


「シン! ゆっくり!」


 イオも荷物を抱えて走る。


「荷車を壊したら、また飯抜きよ!」


「それは困る!」


 どんちゃんはその場に残り、ゆっくり欠伸をした。


 すぐ横を、荷車から落ちた樽が転がってくる。


 樽はどんちゃんの足元ぎりぎりを通り過ぎ、肉串の屋台の柱にぶつかって止まった。


 店主が目を丸くする。


「危ねえ!」


 どんちゃんは自分の足元を見て、のんびり言った。


「おや。運がよかったねえ」


 結局、シンは荷車を目的の倉庫まで運んだ。


 途中で看板を二枚かすめ、果物の山を少し崩し、リンに三度怒鳴られたが、荷は無事だった。


 荷車の持ち主は、汗を拭きながら頭を下げた。


「助かった。あのままじゃ大事故だった」


「飯は?」


 シンが即座に聞く。


「もちろん出す。ただ、その前にもう一つ頼めるか」


「何だ」


「倉庫の奥にある荷を、市場の店まで運んでほしい。祭り前で人手が足りないんだ」


「飯は?」


「増やす」


「やる」


 シンは即答した。


 リンは小さく息を吐いた。


「僕たちも手伝うよ」


「いいのか?」


「路銀も欲しいし、食事も欲しい」


 イオも頷く。


「その代わり、香辛料を少し安く譲ってもらえる?」


 商人の男は笑った。


「仕事ぶり次第だな」


「やるわ」


 イオの目が真剣になる。


 こうして三人は、市場で働くことになった。


 シンは荷運び。


 リンは帳簿の整理と、壊れた棚の修理。


 イオは店先で売る簡単な薬草茶の準備を任された。


 シンは大きな荷を一度に五つ担いで周囲を驚かせたが、行き先を三回間違えた。


 リンはそのたびに道案内をし、ついでに荷札の間違いも見つけた。


 イオは店の薬草を見ただけで、保存状態や使い道を言い当てた。


「この葉、湿気てる。お茶にするなら今日中に使った方がいい」


「分かるのか?」


「匂いで」


「すごいな」


「料理と薬は、どっちも食べる人の体に入るものだから」


 店主は感心し、イオへ古い薬草の束を渡した。


「売り物にはできないが、使えるなら持っていけ」


「いいの?」


「捨てるよりいい」


 イオは嬉しそうに受け取った。


 しばらく働いていると、店の前にどんちゃんが現れた。


 いつの間に来たのか、誰も気づかなかった。


「頑張ってるねえ」


 リンは棚を直す手を止めた。


「君は働かないのか」


「応援してる」


「それは働いてない」


「心の労働だねえ」


「便利な言葉だな」


 シンが大きな箱を担いで戻ってくる。


「どんちゃん、働け!」


「向いてないんだよねえ」


「じゃあ食うな!」


「それは困るねえ」


「何で当然食うつもりなんだ!」


 イオは薬草茶をかき混ぜながら言う。


「働かない人には出さないわよ」


「試飲係は?」


「必要ない」


「感想なら言えるよ」


「眠いとか言いそう」


「よく分かったねえ」


「帰って」


 どんちゃんは困ったように笑った。


 その時、店主が薬草茶を一口飲んで目を丸くした。


「うまいな。これ、本当にあの湿気た葉か?」


「生姜草を少し足したの。体も温まるし、香りも立つから」


「店先で出せるぞ」


「じゃあ、試飲係いる?」


 どんちゃんがすっと手を上げる。


 イオは少し迷い、木の小杯へ薬草茶を注いだ。


「一杯だけ」


「ありがたいねえ」


 どんちゃんは両手で杯を受け取り、ゆっくり飲んだ。


「うん。いいねえ」


「どういいの?」


「眠くなる」


「やっぱり」


「でも、いい眠さだよ」


 どんちゃんは杯を見つめながら続けた。


「疲れてる人は、眠れないと食べても元気にならないからねえ」


 イオの手が止まった。


「……分かるの?」


「昔、誰かが言ってた気がする」


「誰?」


「忘れたねえ」


 どんちゃんはふにゃりと笑った。


 リンは、その横顔を見た。


 今の言葉は、ただの昼行灯が偶然言ったにしては、少しだけ深かった。


 だが、どんちゃんはすでに欠伸をしている。


 怪しい。


 しかし、怪しむほどの力も気配もない。


 リンは判断に困った。


 夕方。


 仕事を終えた三人は、約束どおり食事をもらった。


 市場の端にある商人たちの休憩所で、焼き肉と豆の煮込み、固いパンが並べられる。


 シンは目を輝かせた。


「肉だ!」


「先に手を洗う」


 イオが言う。


「腹が減って死ぬ」


「手を洗っても死なない」


「洗ってる間に肉が冷める」


「冷める前に食べたいなら早く洗いなさい」


 シンは走って水場へ向かった。


 リンは席へ座る。


 その隣に、いつの間にかどんちゃんが座っていた。


「何でいるんだ」


「流れで」


「働いてないだろ」


「試飲した」


「それは働いたことになるのか」


「イオに聞いてみようか」


 イオは無言で、どんちゃんの前にも小さな器を置いた。


「一杯だけよ」


「ありがたいねえ」


「働いてないから少なめ」


「十分だよ」


 どんちゃんは煮込みを口へ運んだ。


 少し目を細める。


「この豆、いいねえ」


「分かる?」


 イオが反応する。


「土が痩せてても育つ味がする」


 リンは眉をひそめた。


「そんな味、あるのか?」


「あるような気がする」


「適当だな」


「適当は大事だよ。きっちりしすぎると、料理も人も固くなる」


 イオは少しだけ笑った。


「それは分かるかも」


 シンが戻ってきた。


「どんちゃん! 何で座ってる!」


「席が空いてたからねえ」


「肉はやらねえぞ」


「少しでいいよ」


「やらねえ!」


 シンは肉を自分の器へ寄せる。


 イオが木べらを構えた。


「全員で分ける」


「こいつ働いてねえ!」


「試飲した」


「飲んだだけだろ!」


「感想も言った」


「俺だって感想くらい言える!」


「シンの感想は、うまい、肉、足りない、の三つでしょ」


 リンが言うと、シンは反論しようとして止まった。


「四つある」


「あと一つは?」


「熱い」


「増えても駄目だ」


 食事は賑やかだった。


 シンは肉を食べ、イオは手に入れた薬草の使い道を考え、リンは市場で得た小銭を数えた。


 どんちゃんは少ない煮込みを、誰よりもゆっくり味わっていた。


 夜が近づく頃。


 商人の男が、リンたちへ小さな袋を渡した。


「今日の分だ」


 中には銅貨と、香辛料が少し入っている。


 イオの顔が明るくなった。


「いいの?」


「働きは十分だった。特に荷運びは助かった」


「もっと運ぶぞ」


 シンが言う。


「明日も頼みたいくらいだ」


「飯は?」


「出す」


「やる」


 リンは笑いながらも、市場の奥へ視線を向けた。


 昼間に感じた違和感。


 色の沈んだ一角。


 夜になっても、そこだけ灯りが少ない。


 賑やかな市場の中で、その通りだけが沈黙しているように見えた。


「あそこは何だ?」


 リンが商人へ尋ねる。


 商人の顔が少し曇った。


「古い屋台通りだ」


「店が閉まってるのか」


「最近は客が来ない」


「なぜ?」


「負けたからだ」


「負けた?」


 商人は口を閉じた。


 それ以上話したくない様子だった。


 どんちゃんが、眠そうにその通りを見た。


「花が多い町なのにねえ」


「何が?」


 リンが聞く。


「一輪だけ残そうとする人がいるのかなあ」


「どういう意味だ」


「さあ」


 どんちゃんは欠伸をした。


「眠くなってきた」


「君はいつも眠そうだろ」


「昼行灯だからねえ」


 どんちゃんはふらりと立ち上がった。


「ごちそうさま。おいしかったよ」


「どこへ行くんだ」


 シンが尋ねる。


「寝床を探しに」


「野宿か?」


「屋根があると嬉しいねえ」


「働け」


「明日考えるよ」


「絶対考えない顔だ」


 どんちゃんは手をひらひら振って、人混みの中へ消えていった。


 リンはその背中を見送る。


 昼行灯。


 三文字の旅人。


 力もなく、目的もなく、働く気もない。


 ただの変わり者。


 そう思うには、少しだけ引っかかる。


「リン」


 イオが呼んだ。


「何?」


「あの人、何者だと思う?」


「分からない」


「危ない人?」


「そうは見えない」


「じゃあ、ただの昼行灯?」


 リンは、どんちゃんが消えた通りを見る。


「それも、まだ分からない」


 シンは残ったパンをかじりながら言った。


「どんちゃんはどんちゃんだろ」


「お前は単純でいいな」


「何だと」


「褒めてる」


「嘘つけ」


 その夜。


 三人は市場町の安宿へ泊まった。


 久しぶりの屋根の下。


 久しぶりの布団。


 久しぶりに、シンの腹の音ではなく、人々のざわめきを聞きながら眠る夜だった。


 だが、リンはすぐには眠れなかった。


 窓の外には、百花繚乱の町の明かりが広がっている。


 色とりどりの灯り。


 賑やかな声。


 華やかな市場。


 その中に、一角だけ暗い通りがある。


 負けたから。


 商人はそう言った。


 何に負けたのか。


 誰が勝ったのか。


 リンには分からない。


 そしてもう一つ。


 昼行灯のどんちゃん。


 あの男も分からない。


 分からないことが、少しずつ増えていく。


 けれど、それが旅なのだろう。


 リンはそう思うことにした。


 翌朝。


 町では、年に一度の大市が始まる。


 百花繚乱の名にふさわしく、町中の店が味と技を競う祭り。


 そして。


 その祭りが、町の色を奪う勝負になることを。


 三人はまだ知らない。

【後書き】


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


リンは考え、シンは突っ込み、イオは鍋を握る。


そんな三人の旅を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。


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